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おとぎのうみのなか

物語は終盤。


いわゆる悪役、レディ・バードとの戦い真っ最中といった局面。

僕、ヒバリと、敵側に回りやがった元味方、アゲハの押し問答。


「アゲハ!意地張ってないで早くそれを僕に返せ」

「意地なんか張ってません!思いっきりアゲハの意志なんです!」

「だからそれが意地張ってるって言うんだ!」


うぜえ!

アゲハの奴、僕の刀を奪って抱えて離さない。

レディ・バードなんか、そんな僕らの争いを楽しそうに笑って傍観してる。あーむかつく!

…って、初っ端から終盤って、おかしくないか?


と言うか、駄目だろう!



『おとぎのうみのなか』



落ち着いて時間を巻き戻そう。

アゲハは(まだ)僕らを裏切っていないし、レディ・バードを追い詰めることも全く、全然、かけらほども出来ていない今。何も始まっていない今。いきなり終盤を語るなんて暴挙のことは忘れてほしい。


こほん。

えー、何から話そうか。まずはそうだな。僕らの暮らす王国の、特殊さから話さなければならないかな。

この国は、海の底にある。

そして、列車の中にある。

夜行列車ミッドナイトブルー。

うーん。理解し難いだろうな。海の底で生まれて、列車の中で育った僕でさえ、この国の有り様が変わっているってことは解っているのだから。


順を追って説明します。

僕の暮らす『ミッドナイト王国』は、海底を走る列車の中にある。昔々は地上にあった国だけれど、ある時代、戦争から逃れるために海へ潜った。とは言え海の中では息をすることすら出来ないから、潜水艦みたいなものの中で生活するのが必然。

その潜水艦が、ミッドナイト王国の場合においては『列車』の姿をしていた。

故に僕、僕ら、国民は、海の底を走る列車の中に暮らしている。

車窓から見える海底の真夜中色と王国の名前から、人々はそれを『夜行列車』と呼んだ。

ミッドナイト王国の、海底列車。


夜行列車ミッドナイトブルー。


それが、僕の国だ。


で。初めまして。僕の名前はヒバリ。性別は男、年齢は十五、職業はバンカー。バンカーについては…まあそのうち話すよ。


現在地。

夜行列車の一号車、一等個室、つまりは王族の部屋。そんな部屋の、無駄に豪華なベッドの上には、詰まらなさそうに伏せる女の子が一人。


アゲハ。

スワロウテイル姫。

この国の、お姫様。


年齢は、今はまだ十四だけど、明後日僕と同じ十五歳になる。職業は、お姫様。まだ、敵側に就く前のアゲハ。…ってその暴挙に関することは忘れたんだったか。失言失言。


「ヒバリぃ」

アゲハの前で目を閉じたままの僕、を呼ぶ声。

「飽きました。詰まりません。食堂車に行ってスイーツ食べません?」

「食べません」

「…起きてたんですか」

寝ているものだと判断して、勝手に食堂車に繰り出すつもりだったに違いない。アゲハは不愉快そうに頬を膨らませる。『声を掛けた』という事実を作るために言葉にしただけなのだろう。


甘いな。寝たふりも見抜けないとは。ふ。

ま、見抜けないのも無理はない。寝たふりの演技がリアルすぎて、本当に睡魔がやって来たほどのクオリティだったからな。この僕の寝たふりを見抜くのは、アゲハにはまだ無理だ。腕を磨いておけよ。


……話が逸れた。

「スイーツでなくてもいいです。せめてこの部屋から出たいです」

アゲハは口を尖らせつつ妥協案を提示する。

スイーツを食べに行く、という目的でなくてもいいから、とにかく部屋から出たい、と。

ただでさえ海底をめぐるだけの夜行列車ミッドナイトブルー。部屋にこもったままでいることなんて、退屈以外の何でもない。

一日に何度か『駅』に停まり、そこから地上に出ることも出来るけれど、列車の外、海の外は他所の国だ。物資の輸出入以外にはあまり使われない手段ではある。


「ねえ、いいでしょう?退屈なんです。外出したいんです」

「駄目」

僕はアゲハの提案をぴしゃりと跳ね返す。

「ほら、明後日はアゲハの誕生日だろ?十五歳を祝う式典で部屋から出られるじゃないか」

今、わがままで出なくとも。

「そんなの公務じゃないですか。嫌です。アゲハは遊びたいんです。明後日、式典なんか出ないでスイーツ食べに行ってもいいんですか?」


「そんなの却下だ」

当り前だろう。許可できるかそんなもん。

「解りました。ヒバリがアゲハを無理やりスイーツに連れ出したって設定にしますからそれで許可して下さい」

これでどうだと言わんばかりに、アゲハの目が光る。


「全力で、却下だ」

ふざけてんのか、お前。

そんな僕にデメリットしかない提案、いいって言う訳がないじゃないか。

「ヒバリの意地悪っ!ああ、もう嫌です!アゲハはここから出たいんですー!」

ツインテールをぶんぶんと振り回し、アゲハは抗議を体で表した。

ま、無理もない。アゲハはもう一週間、この車両どころか部屋からすら一歩も出れていないんだ。その一週間前の外出も、部屋から脱走したから他の車両に行けたのであって、でなければ今でも引きこもり記録を着々と延ばし続けていただろう。


「食堂車のスイーツ美味しかったなあまた食べたいなあお友達に会いに行きたいなあ部屋から出たいなあ部屋から出たいなあ部屋から出たいなあ!」

句読点も付けずに一気に羅列する。相当不満溜まってるな、これは。

だが、引き下がることなんて出来やしない。


「全部却下」

僕としては、こう返すのが当然でしょう。

「なんでですか!アゲハがチッチに会いたいと思うのはいけないことなんですか」

ああ、チッチってのはアゲハの友達ね。五号車に住んでる。

「いけないこと、っていうか…」

アゲハが外出したがる気持ちも、確かに理解できるんだけども。

溜め息を、一つ。


「僕はさ、国王からアゲハが他の車両に行かないように見とけって言われてんの」

解る?騎士かと思いきや、ただの見張り役なんだよ、僕。しょぼ。

「そんな僕が独断で、アゲハの出たい出たいを了承出来ると思うか?」

「出来ろよ」

「出来ねえよ」

アゲハが小さく舌打ちしたのが聞こえる。

こいつは普段、標準装備で丁寧すぎる程のですます口調なのに、機嫌が悪くなると態度も悪くなるからな。発動は稀だけど、イラっとするんだよな。このモードのアゲハには。

「ヒバリのへなちょこー!意気地無しー!」

「はぁ?」

「むかつくー!」

それはこっちの台詞だ!悪口オンパレードしやがって。


ぼふん、と勢いよく枕に顔を埋めるアゲハ。ばたばたと両足を動かして不機嫌アピールをする。

「んなことしたって食堂車にも、チッチのところにも、連れてってやらねえからな」

やれねえんだよ。義務として。だから諦めろ。


限られた空間。

列車の中。

国王としては、お姫様がそのへんをうろちょろしているのは嫌だと言うか何と言うか、認められないのだそうだ。現に、国王自身引きこもりの自己記録更新中。よっぽどのことがない限り部屋からは出てこない。

一号車の一番奥、一等個室の中の一等個室ってくらいに華美な部屋、つまりは国王の自室。そこに、こもったままなんだ。

ったく、生きてんのかよ。


「ヒバリはいつもお父様のいいなりですねー。やだやだ。ヒバリ自身の意識が感じられません」

「僕は気絶かなんかしてんのか?」

意思ならともかく、意識って。

「ん?何?」

「いや、別に」

無自覚か。


「お姫様なんだから、ふらふら出歩けないのは仕方がないだろうスワロウテイル姫。その欲求は忘れろ」

お姫様が普通車両に頻繁出没だなんて、尊厳も半減だ。あ、韻踏んじゃった。

だけど、国王が言いたいのは多分、そういうことだろう。


「アゲハはお姫様じゃありませんよ?」

「その標準装備、捨ててから言え」

アゲハの標準装備。そう表現してもいいだろう、ですます調の丁寧言葉。

お前のその言葉遣いが、自らの育ちのよさを証明しちゃってるぞ。…まあ、時々現れる態度の悪いアゲハは別として。

「はあ…幼い頃からの習慣というのは恐ろしーリテラシーですね」

うむむ、と唸る。


と言うか、お前も韻踏んじゃったのか?だけど微妙に意味が通じてないぞ。ですます調の話し言葉には、リテラシーなんて関係ないんじゃないか?


「ですがヒバリ」

あごに手をやり難しい顔をしていたアゲハが、はたと雰囲気を変えて、呼ぶ。

「あ?」

「いつまでもこの部屋に留まっていたら、物語は進行しませんよ?」

「…うるせえよ」

物語の進行とか気にすんな。


「部屋の中にいるままだと、ずっと二人で話してるだけじゃないですか。これでは盛り上がりに欠けます!例えば…そうですね。こんなストーリーはいかがですか?」

「いかがですか、って…おい、アゲハ?」

やばいぞ。目がキラキラだ!嫌な予感がする!

「食堂車に繰り出すスワロウテイル姫。パティシエの本日オススメの一品として優秀賞を頂いたスイーツを手がけたパティシエの自信作を本日の一品として提供しているものを注文…」


「解り難っ!なにそれ、品名?長いし意味が通じてるのかどうかさえ怪しいよ」

「そして、スワロウテイル姫がスイーツを口にしようとした瞬間!」

「ああ、無視なんだ」

シカトするんだね。

「待って下さい、アゲハ様!と、声を掛ける従者ヒバリ」

「アゲハのこと様付けしないし、僕はお前の従者じゃねえよ」


…ん?従者、なのか?そう言われたことはなかったけど。一応アゲハに付き添ってるもんな。って言うか、むしろパシリ的な…。

いや、止めよう。

悲しくなってくる。

「ヒバリはスワロウテイル姫に言います。私が毒味をします、と」


毒味?

「毒味と称して、スワロウテイル姫のスイーツを横取りする従者ヒバリ」

「横取りて」

「ところが、スイーツを食べた瞬間!苦しみ出す従者ヒバリ!ぐわーうわー…で、始まるミステリーが食堂車に行けば掴めます」

ぐ、と拳を握るアゲハ。

「掴みたくねー」


確実に僕死んでんじゃんか。被害者じゃんか。即出番皆無じゃんか。

どうせアレだろ?犯人はお前なんだろ?従者が毒味をする前に姫が何か仕込んだんだ。

「お気に召しませんか…残念です。ではプランBでいきましょう」

「もういいよ」

どうせろくなストーリーになりゃしないんだろ。嬉々とするアゲハを、僕は制した。つもりだった。

アゲハは僕の制止なんてお構いなしにプランBを語り始める。


「食堂車に向かう道中、何らかの力が働き海中に投げ出される従者ヒバリ。大変!息が出来ません!」

「もういいってば!」

ほらね、予想通りだ!どうしてどのプランでも僕が息絶えるんだよ。何らかの力って何がどうなれば働くんでしょうね!食堂車に向かう=僕が息絶えるシナリオしかないのなら、 どう転んでも食堂車行きを断固拒否します!


「アゲハ…よく解ったよ。お前は僕が嫌いなんだな」

「いえ、大好きですが」

けろりと即答。僕には君が理解出来ないよ。


「話題を変えます、ヒバリ」

「何」

「ドラゴンフライさんがお目見えですよ」

「は?」


アゲハが指差す僕の肩越し、真後ろ、扉側。

勢いよく振り向けば、確かにドラゴンフライが立っていた。

「どうも。ヒバリさん」

にこりと微笑んだドラゴンフライは、被っていたシルクハットを軽く持ち上げ挨拶する。

「どどどうもじゃねえよ!無音で背後に立つなって、いつも言ってるだろ!」

びっくりするんだ。心臓に悪いんだ。


「アゲハ姫はちゃんと気づいてましたよ」

「当たり前だろ!」

アゲハの位置からは、この部屋唯一の扉がしっかりと見えるのだから。

「ヒバリさんは毎回素直に驚いてくれるから楽しいな。ハナバチくんは直ぐに気づいちゃうからな。やっぱり驚かすならヒバリさんだよなあ」

ケラケラと笑う。

「直ぐに気づけなくて悪かったな」

心底嬉しそうだな、ドラゴンフライ。覚えてろよお前。


「ああ、そうだアゲハ姫」

ぽん、と手を打つ。

お前は本当に行動の全てがわざとらしいと言うか嘘臭いと言うか…なんて、僕がドラゴンフライという男について溜息を吐いている間に、奴とアゲハはなんだか途中からは参加出来ないような雰囲気で盛り上がっていた。

うーん、入りそびれた。

ま、いいや。この隙にドラゴンフライの紹介をします。


彼の名前はドラゴンフライ、性別は男、年齢は…不詳。十代だと言われたら「そうですか」となるし、実は意外に歳を重ねているんです、と言われても「やっぱりね」とか納得出来てしまう。あいつ、一体いくつなんだろうな。聞く度に返ってくる答えが違うんだよなあ。

出会ったとき、ドラゴンフライは六十六歳だと言っていた。僕はそれをしばらく信じていた訳だけれど、ハナバチにはそのことで随分笑われたな。


うん、今更ながらに僕も思うよ。さすがに六十六歳はなかった。本当、あいつの言うことをそのまま信じた過去を悔いてる。

ああ、ハナバチの名前が出たところで彼の紹介もしておこうか。そのうち出てくると思うし。

名前はハナバチ。年齢は十四だったか。ドラゴンフライもハナバチも、職業は僕と同じでバンカー。ドラゴンフライは管理を、ハナバチは情報収集を担当している。


で、バンカーっていうものの仕事についてなんだけれど…。

「ヒバリっ!」

アゲハに呼ばれた。

今、僕はバンカーの解説をですね、しようと…。はあ。

「何、アゲハ」

「ドラゴンフライさんが教えて下さいました。ハネバンクが大変な事態だそうですよ」


バンカーの仕事場、夜行列車ミッドナイトブルー、客車の最後尾。僕ら国民にとってかなり重要な機関、ハネバンク。

それが、大変な事態!


「なんでそんな大事なことをアゲハと談笑してるんだよ、ドラゴンフライはさあ!」

僕は部屋を飛び出した。


そして、滑って、転んだ。


本当に何をやっているんだ、僕は。

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