鬼の宿
初投稿です
その夜は激しい雨であった。
時折稲光や大風も伴い、山中はどこか不気味で異様な雰囲気にあると言えた。
そんな中、足元も見えづらい山中を必死に走る人影があった。幾度か木の根や岩に足を掬われながらも必死に走るその影は大人にしては小さく、男にしてはやや華奢な少女のものであった。
「はあっ!、はあっ!」
息を乱しながら走る少女は時折後ろを振り返り、雨で見えない向こうから何か来るのを恐れるように更に必死に道なき道を走った。身体中に擦り傷や切り傷を作り、服がところどころ破けるのもかまわず走り続けた。
しかし、ついに少女にも限界が来た。大木の根につまづき、別の大木にしたたかに身体を打ち付けたところで少女はその場に倒れ込んでしまい、体に更に鞭打って立ち上がって走り出そうとしたが過度の疲労と傷の痛みで起き上がることが出来なかった。
少女は我が身に降りかかる大雨や時折光る雷を見上げながら自らの死期を悟り、その目を雨以外のしずくで濡らしていると、ふと雨音に混じって足音が聞こえている事に気付いた
あいつらに追いつかれてしまった、もう自分は死ぬのだと少女は覚悟を決めた瞬間、少女の意識は雨音の中に消えていった。
「んっ……んん」
目が覚めた時、最初に少女――大間文美は自分はもう死んでいるのかと思ったが、体を起こして感じた疲労や傷の痛みからすぐに生きている事に気付き、周囲を見渡せば誰かに助けられたのか布団に寝かせられており、窓から見える月から恐らく昨晩なのだろうが、死ぬ覚悟を決めた事が何だか嘘のように思えた。
「ここは……どこ?」
改めて周囲を見渡し、どうやら和風の家の一室のようで畳が敷かれ、障子張りの襖や木造の内装に加え、木製の低い机くらいしか置かれていない質素な内装であった。ただ自分が寝ている布団は上等なものなのかとても触り心地は良かった事からもしかしたらお金持ちの別荘なのかもしれないと文美が思い至ったその時、部屋の戸の向こうから声がした。
「失礼します、お目覚めですか?」
「ひゃ、はははい!」
不意に戸越しから聞こえた若い女性の声に文美は驚いて声が裏返りながら答えると戸が開き、声の通り若く、やや茶色がかった後ろで髪を結った16歳の文美よりかは年上であろう女性がお辞儀をして入ってきたのだが、ある意味予想通りというか予想外というか、女性はロングスカートのメイド服を着ていた。
「お早うございます。よく眠れましたか?」
「お、お早うございます。と、とてもよく眠れました」
少しどもりながらも文美が挨拶を返すと、女性は優しげに微笑みながら文美が寝ている布団の横に座った。
「申し遅れました、私はこの家でハウスメイドとして雇われている尾上メイと申します」
「ど、どうもご丁寧に! 私は大間文美と申します!」
そう言ってお互いに深々とお辞儀をし合いながら文美はこんなに丁寧なメイドさんがいるのだからやはりここはお金持ちの家か別荘なのだろうと確信したが、ふとある事が気になった。
「あの~ところで、私を助けてくれたのはあなたですか?」
そう尋ねるとメイはゆっくりと首を横に振ってそれを否定した。
「いえ、私が仕える方がここまでお連れしました。そしてその方はあちらの戸の影から先ほどからあなたの安否を気にして聞き耳を立てています」
「…おい、言うなメイ」
文美が戸の方を見ると呆れた様な若い男の声がした。恐らく戸の横の壁にもたれ掛かっているのだろうが、その声を聞いて文美は少し首を傾げた。その口調がどこかガサツであまり金持ちという雰囲気がなかったからだった。
「そんなところに隠れていらっしゃるのはよろしくないかと。出てこられてはどうですか?」
メイがそう言うと声の主は少し唸って何やら難色を示した。
「ん~いや、そう言われてもな……あんまり人前に出るわけには……」
「あ、あのでも、助けて貰ったお礼を言いたいんですが!」
文美が必死そうにそう言うとメイはニコリと笑い、扉の方を見た。
「そうおっしゃられていますが?」
その後、少し間が空き、
「あ~…文美っていったか? 何があっても驚かないか?」
その言葉の真意が分からず、文美がメイに視線を送ると、メイはどこか苦笑気味に頷いた。恐らく大丈夫だと伝えてくれているのだと文美は読み、頷き返した。
「…はい、何があっても驚きません」
「……じゃあ、出るぞ」
そう言って声の主が扉の影から出てきて、文美は暫し言葉を失った。
青い格子模様の入った白い着物に身を包む自分と同じ年頃程の男声らしい多少逞しい体、不安げな表情だがどこか強気な顔つき、そして透き通るような白い肌と清流を思わせる背中まで伸びた白髪に薄紅色の瞳、そして後ろに鹿のようにまっすぐ伸びた短い角はその人物の現実味をどこか遠くにしていた。
「……やっぱ驚いてんじゃねえか」
その少年が溜息混じりにそう言うと文美はふと我に返った。そして改めて目の前の人物をよく見て、少なくとも角は本当に生えていると納得せざる負えないほど馴染んでおり、服装も相まって何となくこの場に存在していても不思議ではないように思えた。
「…………」
「あ~すまん、何か言ってくれないと反応に困る」
白髪の少年がそう言うとメイが、
「しかしシロ様、そのお姿を見て最初に驚かれなかった事は無いとおっしゃられていませんでしたか?」
「待てメイ、出ろって言ったのはお前だろう」
シロと呼ばれた少年がメイにそう言うとメイはいつの間にか立った姿勢のまま何食わぬ顔で、
「文美様をお助けになったのはシロ様なのですから、お顔くらいお見せになった方がよろしいかと思いまして」
「見つけたのはお前だろうが」
「その後私が止めるのも聞かずに助けに行ったのはシロ様です」
そこまで言われるとシロという男もぐぅの音も出なくなり、メイを言い負かすのを諦めたのか文美の横に来てどっかりと腰を据えた。
「少々名乗り遅れたが俺の名は白銀丸だ。ただ面倒だから出来ればシロと呼んんでくれ。お前を助けたとメイは言っているが特に気にするな。ほんの気まぐれだ」
何やら下手な言い訳を照れ隠しにまくし立てているようで逆に何かいい人に見えてくるなぁと文美は思ったが、とりあえず訊くべき事を訊いてみた。
「ここってどこですか? あの山の辺りってこんな立派な民家があるようには見えなかったんですが?」
そう尋ねられ、シロが頭を掻きながら困った表情をするとメイが説明し始めた。
「ここは文美さんが倒れられていた山の頂上付近です。ある種の結界により外からだとただの雑木林に見えており、この屋敷がある事を分かっている者にしか来る事が出来ないのです」
いきなり突飛押しもない事を言ったメイに文美は少しキョトンとしたが、次に自分を何やらじっと見ているシロを見返し、こんな妙な人物が居るのだから結界の類などもあるのだろうとすぐに納得した。
「分かりました、よく分かりませんが、そういう事なんですね」
意外に理解の早い文美にシロは感心したようだったが、メイはある意味当然だろうという顔であった。
「あ~…んでだ、何でお前が山の中にズタボロで倒れていたのか教えてくれないか?」
そう尋ねると文美は一瞬体を強張らせた。正直何があったのか思い出したくもなかったのだが、恐らくこの人達なら、いや寧ろこの人達じゃなければ話しても信じてもらえないだろうと話し始めた。
「実はここら辺に林間学校に来たんですが、あの大雨の晩に突然マントを羽織った男の人が来て先生や友達を襲って噛み付いたんです。しかも噛み付かれた人はみんな目が空ろになってしまって、その男の人の言う事を聞くようになってしまって、私も襲われて、幸い噛まれなかったんですが、怖くなって山の中に逃げて、それで……」
「あ~もういいもういい、怖い事思い出させてすまなかったな」
今にも泣き出しそうな顔の文美にシロがそう言って宥めた。そして何やら目配せするとメイは頷き、静かに部屋を後にした。
「あの、私そういったオカルトを少し知ってはいるんですが、あれは…吸血鬼なんでしょうか?」
「まあそうだろうな、聞いてる話の限りだと吸血鬼だな」
「あの、吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるっていいますけど…」
「ああ、なるな」
普通にシロがそう言うとますます文美は泣きそうな顔になり、シロは段々と焦ってきた。昔から物言いが悪いと姉達に言われていたがこうして目の前で泣かれそうになるとちゃんと治しとくべきだったと後悔してきた。
「あ~…そうだ、ちゃんとお前の友達とかは戻してやるから安心しろ」
そう言うと文美は少し泣き止み、半信半疑の視線を向けたが、シロはとりあえず泣き止んでくれた事に内心ホッとしていた。
「できる…んですか?」
「まあすぐには無理だが、治せる奴に心当たりがある。今さっきメイには連絡を取るようにさせたから早ければ明日には……」
「その心配はないようです」
いつの間にか戻ってきていたメイに文美はかなり驚いたが、シロは驚いた様子もなくメイの言葉に首を傾げた。
「心配ない? もしかしてすぐ近くまで来ているのか?」
「そうではなく…」
メイが何か言いかけたその時、部屋の戸が静かに開き、そこに緑地に赤い菊の模様入った着物を着たメイ程の年頃でセミロングの優しげな雰囲気の女性が悠然と立っていた。
「もう来ていました。そして途中からですが話も聞かせていただきました」
女性はそう言うと唖然としているシロの横を通り過ぎ、ゆっくりと文美の隣まで来て座り、その手をそっと握った。
「貴女のお友達や先生方は必ずお助けします。なので貴女は自身の傷をちゃんと癒しなさい」
文美はいきなり現れた女性のその言葉を何故か心から信じれた。恐らくその女性のどこか落ち着く雰囲気が安心感を湧かせてくれたのだろう。
「というわけで、私は吸血鬼になった方達を治すので、シロちゃんは元凶をどうにかしてください」
「……まず、不法侵入してきた事を謝ろうぜ、葵姉」
「あら、ちゃんと宮子ちゃんが入れてくれたわよ?」
「…あの馬鹿猫は色んな意味で駄目だ、そしていつになったらそのシロちゃんを改めてくれるんだ?」
「貴方が私の弟である限り、私は貴方をシロちゃんと呼んであげるわ」
「別にいいから、大体お互いにいい歳……」
と、シロがそう言いかけると一瞬、葵の雰囲気がヒンヤリとしたものに変わった。
「いい歳とか言わないの、鬼ならまだまだ若いわ」
「はい、スンマセン」
冷や汗掻きながら視線を逸らすシロを見ながら、文美は意外とこの葵という人も侮れないと思う一方である単語が引っかかった。
「……鬼ってどういう事ですか?」
その言葉にシロは視線を逸らしたままやばいという顔をし、葵は意外そうな顔をした。
「あら、見て分からなかったかしら?」
そう言われて良く見ると葵の頭の上にもシロほど目立たないが小さい角が生えていた。
「…鬼、なんですか?」
「ええ、私は木鬼でシロちゃんは金鬼なの。他にも兄弟はいるのだけど、安心して。私達は人を食べたりしないわ。むしろ仲良くしたいの」
屈託のない笑顔でそう言われると、本当にシロ達が鬼という怖いイメージのあるものには文美には見えなかった。
「…いい加減教えてくださいませんか?」
「何を?」
葵に治療と薬を作る邪魔だと言われ、部屋を後にして廊下を歩きながらメイはシロに尋ねた。
「極力人間との接触を避ける貴方が何故あの子を助けたのかです、しかも蘇生させてまで」
「ギリギリ死んでなかったから蘇生じゃなく治療だ。まあ俺も葵姉に習ったのをうろ覚えでやったから成功するか心配だったがな」
そう言って自分の手のひらを開いたり閉じたりして苦笑いするシロをメイはまだ真剣な眼差しで見つめていた。
「では言い直します。何故治療してまで彼女を助けたんですか?」
「案外しつこいなお前、そんなに人間を助けたのが気に入らないのか?」
「彼女を助けたからではなく、吸血鬼から助けたからです」
メイがそう言うとシロも合点がいった顔をした。文美が襲われた吸血鬼という奴は正直言ってかなり面倒な相手であり、正直あまり相手にするべきではない連中なのである。
「…コレと言って理由はないが、可愛らしい女の子が変質者に追われて居たらとりあえずその変質者を殴り飛ばさなきゃいかんだろ」
「おおむね異論はありませんが、可愛くない女の子の場合はどうするんですか?」
「俺は女の成分の何割かには必ず可愛いか綺麗があると思っている」
「…葵様はどちらですか?」
「……姉弟でそういうのは恥ずかしいだろ」
「強いて言うなら?」
「…綺麗5割面倒5割」
「私は?」
「あ~可愛い4割綺麗2割生意気4割」
「文美様は?」
「現状可愛い8割綺麗2割…痛っ!」
シロは後ろから引っ叩いてきたメイをギロッと睨み付けると、メイは深々と頭を下げた。
「すみません、つい手が出てしまいました」
「…急にお前が可愛い10割になった。それと手大丈夫か?」
「ありがとうございます。そして心遣い感謝します」
分かりやすいんだか分かりにくいんだか分からんとシロは小さく溜息をつき、次の瞬間には張り詰めた顔つきになっていた。
「…メイ、そいつはこの近くにいるか?」
「……はい、結界の外で文美様の言っていた従者を引き従えて結界を破ろうとしています」
「あっちから来てくれるとは好都合だ」
「……行くのですね」
「どっちにしろここに来るつもりなら迎え撃たなきゃな、屋敷は頼んだぞ番犬」
そう言うと頭を深々と下げながら自分を送り出すメイに片手で答えながらシロは屋敷の外に出ていた。
「ここか」
その頃、シロの屋敷の結界外では空ろな目をした大勢の人間を従えた不気味な男が居た。青白い肌に口から覗いた牙、そして黒いタキシードにマントに身を包んだその姿は正しく吸血鬼という風体に他ならなかった。
「全く、人の食料を横取りするとは、礼儀のなっていない奴だ。女王は何故あんな奴を探って来いなどと……」
そう言いながらも吸血鬼はこの狩りをしているような快楽に身を震わせ、牙が見えるほど笑ったその男の顔はあまりにも卑しく、とても人間のものとは思えなかった。
「さあ、お前ら結界を破れ! こんなもの数で押せばいずれ破綻する!」
確かにメイが言っていたとおり、吸血鬼や彼に噛まれた大勢の吸血鬼もどきにも目の前には雑木林しか見なかったが、ある種の妖気がこの先から微かに漂っている事は分かった。ならばこの先に何かあるという確信を持って進めば何かしら見つかるはずなのである。
ただ、一つ誤算があったとすれば、
「ぎゃあああ!」
「ぐぉおおお!」
「ん!? 何事だ!」
月夜の大群の中を白い旋風が駆け抜けた事だろう。
「おっと、悪いね。雑魚には用はなかったんで吹っ飛ばしちまった」
全く悪びれる様子もなく、それでいて挑発的な笑みを浮かべた白髪の少年を目にし、吸血鬼はぎこちなく笑った。何者かは知らないが車程度なら投げ飛ばせる吸血鬼もどきを蹴散らしたその力はかなりのものだという事があまりにも明白であったからだ。
「おやおや、これは大仰な登場で」
「これはこれは、下賎で大きな蚊だ。駆除しなくちゃな」
そう言うとシロは構えたが、自分相手に何の武器を持っていない事に吸血鬼は少し拍子抜けした。強靭な肉体を持つ吸血鬼に対して何ら得物を持たないなど愚の骨頂にしか映らなかったのだ。
「ほほう、まさかこの私を倒せるとでも? そして彼らが邪魔をしないとでも?」
余裕を取り戻した吸血鬼がそう言うと周囲に居た眼が空ろな少年や少女が人ではありえない速度で飛び掛かってきたが、シロはそれを見て年齢から確かに文美の同級生らしいなとボンヤリ考えていた。
別段彼らはシロにとって脅威ではないが、だからと言って全く彼らに攻撃の意思を見せなかったのは余裕からではなく、
「さあ目覚めましょうか」
既に姉がそこに居た事に気付いたからだった。
葵は何やら小さな壷の様な物を取り出し、そこから立ち上る奇妙な色の煙を浴びると飛び掛かってきた少年少女はふっと糸が切れたかのようにその場で眠りに落ちてしまった。
「なっ、なんだと!?」
流石に吸血鬼がその光景に驚いているとシロは面白そうに含み笑いしながらこう言った。
「悪いな、木鬼の葵姉は薬のエキスパートでな。擦り傷から妖怪変化の治療も出来る。ついでに言えばさっき隙を見て俺の屋敷に向かわせた何人かも俺の番犬の餌食になるだろうな」
「さて、宮子。仕事の時間です」
「うにゃ~、めんどいニャ~」
そう言うとメイからげんこつを貰い、ミニスカートのメイド服に身を包んだ猫耳の少女は頭を抑えてうずくまった。
「すいません、頑張りますニャ」
そう言って宮子は改めて眼前に迫っている空ろな目をした少年達を見た。まるでゾンビみたいだニャ~等と暢気に考えているその横で、メイは天を仰ぎ、薄っすらと光を降り注がせる三日月を見上げた。
「まあ、あの程度なら十分でしょう」
そう言うと同時にメイの頭の上に犬のような耳が生え、その腕に鋭い爪が生えた。
「おお、何かもっと怖くなったニャ」
「後で噛み殺しますよ」
「さあ、お仕事お仕事ニャ!」
「そ、それがどうした! お前らがここで死ぬのは変わりない!」
「変な事を言うな、何故俺がここで死ぬんだ?」
「決まっているだろう、それは…!」
そう言いながら吸血鬼は先ほどまでの吸血鬼もどきとは別格の速さでシロに組み付き、その首筋に顔を近づけた。
「ここで俺に噛まれて血を全て抜かれるからだ!」
そう言って吸血鬼がシロの首筋に噛み付いた瞬間、ガキャッっという嫌な音がし、吸血鬼の牙が折れた。
「なっ、何だこれは!」
リチャードが驚いている間にシロはリチャードを引っぺがし、地面に深く跡が付くほどの勢いで叩き付けた。
「がはぁっ!」
「気持ち悪い事するな、それと言っておくが俺の肉体は金属並みに固い!」
続けざまにシロは正しく鉄拳とも言うべきその拳をリチャードの顔面に叩き込んだ。
「ぐあはぁ!」
「何用で来たか知らないがな・・・」
シロはそう言いながら手から日本刀を出現させた。
葵があらゆる薬を司る木鬼なら、シロこと白銀丸は武器を司っており、その身は鎧が如き堅固さを誇り、武具を生み出す金鬼なのである。
「ああ…あぁ」
リチャードは納得した。自分達吸血鬼の女王が彼を探して来いと言った理由を、この国に居るとされる鬼を探って来いと言った理由を。
こんなのと、自分たちは戦わなければいけないのだと。
「・・・俺の縄張りで、好き勝手にやってんじゃねえよ!」
その鬼気迫る形相で煌く刀を振り下ろす白い鬼のその姿はその吸血鬼が最期に見た光景であった。
「お帰りなさいませ」
「…おぉ」
「あら、頑張ったわねぇ」
屋敷に戻ってきたシロと葵は出迎えたメイの後ろに山積みにされた吸血鬼もどきの少年達を見上げながら声を漏らした。
三日月で力が半分も出せないのにここまでやれたメイに素直に感心したのだ。
「にゃ~疲れたにゃ~」
「あなたは3人しか相手をしてないでしょう」
「いやいや、ウチにはあれが精一杯にゃ」
「どうだか」
ジト目で宮子を見るメイを見ながらシロは苦笑しながらとりあえず気になる事を聞いてみた。
「あの子はどうだ?」
「あ、はい。グッスリとお休みです」
「私の治療は完璧ですからね」
自信たっぷりにそう言う葵にやはり苦笑してから、シロはメイに真面目な顔を向けた。
「じゃあ起きる前にその連中と一緒に元の林間学校の宿泊所に戻しておけ」
「…よろしいのですか?」
「別に引き止めとく理由もない、それに悪い夢だったということで済ます」
「あらあら、勿体無い。実は好みではなかったんですか?」
葵がそう言うと一瞬メイがピクッと反応したが、シロは無視して葵に答えた。
「葵姉、確かに昔好きだった女にはそっくりだけどさ。だからこそ何事もなく帰したいんだよ俺は」
「……まあ、そうですね。あの子の今後の為にもそれがいいでしょうね」
「ああ、それがいいんだ。メイ」
「はい」
不意に振られたがメイは即座にシロに答えた。
「頼むぞ」
「…はい」
大間文美が目を覚ました場所は、林間学校で泊まっている宿泊施設だった。
「…あれ? どうして、シロさんの家は?」
周りを見渡してもいつも通りのみんなが起きてたりまだ寝てたりしています。
ただ、部屋の一部が壊れていたり、怪我をしている人も居るのを見ると、夢ではなかった事だけはハッキリしていた。
「……そうか、本当にみんなを助けてくれたんだ」
苦し紛れだったのかもしれないけど、でもちゃんと約束を果たしてくれたんだと、文美は少し嬉しくなった。
「ありがとうございます。シロさん、メイさん、葵さん」
そしてどこら辺に居るかは分からないが、それでもこの山のどこかにいる不思議な彼らに、文美は届かない礼を言った。