輪廻6
「ただいま」
部屋に戻り、ルクスに告げる。
「ただいま?…」
意味がわからないという様子に。
「家に帰ってきた時とか、どこかから別の場所へ行って戻ってきた時に使う言葉よ。
ただいまに対しては、おかえりとか、おかえりなさい、
もっと丁寧に言うとお帰りなさいませと言うこともあるわね。」
ルクスは納得し。
「お帰りなさいませ」
と、告げた。
「どこかへ出かける時にはいってきます、と、言うのよ。
それに対しては、いってらっしゃい、とか、いってらっしゃいませ、ね。」
そのまま、いろいろな言葉を教えた。
やるべきことがあるから、それほど長い時間は教えられない。
ある程度で切り上げると、ルクスは毎日必ず言葉を教えてほしいと願った。
彩伽はそれを了承し、各々仕事に戻る。
日々、ルクスはルクス、と、自分に言い聞かせた。
こんな風に言葉を知りたがるのも、いろいろ聞きたがるのも、
最初の頃のアルテルに似ていて、どうしても思い出すからだ。
そして、ある日。
「彩伽、あの絵は、何ですか?
よく、見ていますよね?」
胸が締め付けられた。
話すべきかどうか、どう対応したらいいか悩む。
「…あれは…」
彩伽の様子に、何かを感じたのか、ルクスは。
「ごめんなさい。
何か聞いてはいけない事でしたか?」
彩伽は驚いた。
ルクスが既に感情を持ち始めている。
「ルクス…
ううん、いいのよ。」
ルクスに座るよう言うと、彩伽はアルテルの絵を見つめる。
「あれは、アルテルの姿を描いたものよ。
あなたは、世界の子供だから、自分が再生するという事は知っているわね?」
ルクスは頷く。
「はい。」
彩伽は両手でルクスの両手を取る。
「あなたはアルテルの生まれ変わりなの。」
ルクスは目を見開き、アルテルの絵を見つめた。
そして、立ち上がり、近づく。
その絵に触れ。
「これが、私の前の生。」
ルクスはその場で振り返り、訊ねた。
「なぜ、私を同じ姿にしなかったのですか?」
彩伽は微笑み、答える。
「アルテルはアルテル、ルクスはルクスだからよ。」
首を傾げるルクスに、彩伽は歩み寄る。
「いつか、その意味がわかる時が来るから。
あなたは私の従者だから、望むと望まざると、必ずその時は来る。」
今は、まだ拙い感情。
それが育つと、どうなるだろう。
彼は混乱するのだろうか。
困惑するだろうか。
いずれにしても、自分がそばにいて、相応に対応しよう。
彩伽は改めて、そう心に決めた。
「…わかりました。その時を待ちます。」
笑顔を向けると、微かな笑みが返ってくる。
「あ…」
思わず声を漏らした彩伽に、ルクスはただ不思議そうに首を傾げた。
仕事に戻るように告げ、彩伽は一人自室に残る。
ルクスが初めて笑った。
その事実が嬉しくて、震えるほどに嬉しくて、涙が出た。
「ねえ、アルテル。
ルクスが笑ったわ。」
アルテルの笑顔を思い出す。
きっと今ここにアルテルがいたら、
良かったですね、と、笑うだろう。
実際、アルテルそっくりの存在を創ることも可能だ。
ただそれは光の粒子の集合体に過ぎないため、
感情を持つことはない。
そんなものを作っても仕方がない。
だから、アルテルを自室の壁に絵として残した。
「さながら遺影ね…」
寂しそうに絵に触れる。
あまり心を沈めすぎないように、深呼吸した。
彩伽の心の動揺はこの部屋に現れてしまうから。
「さ、仕事をしましょう。」
前を向いて歩いていく。
そう決意させてくれたのはアルテルだった。
だからこそ、前を向いていたい。
「いってくるわね、アルテル。」
絵に向かってそう言って、部屋を後にした。




