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不発弾処理の失敗

段ボールの谷間でインスタントの天そばを手繰る。

引っ越し蕎麦のつもりだったが、手伝いに来てくれている佐紀には不評だった。


「正之ね、せっかく手伝いに来てるんだからもっと良いモノ食べさせなさいよ」

「そうは言っても先立つものがない」


情けない話だったが、オレには本当に金がない。

奈良に帰ってきたのも、それが原因だ。

小説家を目指すと息巻いて上京したものの、まるで才能の芽が出なかった。

そもそも才能なんて無かったのかもしれない。

玉ねぎの皮を剥いて行けば中に何かあるのかもしれないと信じていたが、出たのは涙くらいのものだ。


「しょうがないわね。夜は何か食べに行くわよ。JR奈良の駅前に美味しい飲み屋を見つけたの」

「いいのか? 本当に金持ってないぞ」

「出世払いよ。一応仕事の口も見つかったんでしょ?」

「うん、まぁ、一応」

「じゃ、就職祝いも兼ねて一杯()るわよ」


新卒でもない人間が口に糊しようと思えば、職種に贅沢は言えない。

警備員としてでも雇ってくれるところがあったから、こうして帰ってくることが出来たのだ。

この格安アパートを見つけてくれた佐紀には頭が上がらない。


「さ、そうと決まればサクサク片づけましょう。兵拙速を尊ぶっていうしね」

「そうかな、部屋の片づけくらいは巧遅の例を見たことがあるけど」

「煩いわねぇ。そんなこと言ってるからいつまで経ってもパッとしないのよ」


いつまで経っても。

確かに、それはそうだ。

小学校の学童保育で一緒に遊ぶようになった佐紀とはもう何年の付き合いか分からない。

神保町に棲んでいた三年半はほとんど合わなかったけど、人生のほとんどは佐紀といることになる。


「びりびりー びりびりー」


意味不明な節を付けながら段ボールを開梱していく佐紀に倣って、オレも本の整理に取り掛かる。

文章の指南書や雑多な史料を版の大きさに合わせて並べていく作業は楽しい。


「こっちの箱も開けちゃっていいー?」

「いいよー 任せたー」


確か佐紀にやってもらっている方にはもう大物はなかったはずだ。

簡単な台所回りのものと、小物入れくらいだろう。




ふと見ると、佐紀の動きが止まっている。

珍しい。

“リスみたいに動き続けてる”とか“動かないと死ぬ。サメみたいに”とか言われてるのに。


「どしたの、佐紀?」


返事がない。

何か手元のモノを読んでいるようだ。

……便箋?


ピンク色の可愛らしい便箋を見た瞬間、オレの頭の中で不発弾が爆発した。


「だ、ダメダメダメダメ!! 佐紀、それ読んじゃ駄目だよ、絶対!!」


振り返った佐紀は、にんまりとした笑みを浮かべている。

でも、ちょっと目が赤い。


「もう遅いよ。全部読んじゃった。通しで。五回も」


そう言いながら、便箋を封筒に入れ、自分のポーチに仕舞い込む。


「ちょっと、待って、何で持って帰ろうとするのさ!」

「何を今更。宛て先は私なんだから、貰っておいて何の問題もないじゃない」


顔が熱い。

しくじった。どうしてあんなところに無造作に入れておいたんだ。

さっさと捨ててしまえば良かったんだ。



何事もなかったかのように佐紀は荷物の片づけに戻る。


「やっぱり、飲み屋は今度ね」

「え?」

「今日は、私の奢りで良いもの食べに行くわよ。ホテル日航奈良のレストランとか」

「ええ?」

「これから忙しくなるわね。正之のちゃんとした就職先も探さないといけないし」

「ええぇっ?!」



不発弾の処理を誤ると、人生が大きく変わってしまうこともある。

……まぁ、それも悪いことではないのかもしれないけれども。

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