9話 鍛錬
秋祭りも無事に終わった。リザが戻ってきて前より忙しくなった気がする。
理由は祭りが終わり、家に帰っている途中で、マリーにお願いされた事が原因だ。
「セレクト、私は強くなりたい。でも、このままじゃ全然強くなれない。だから教えてくれないか?」
僕は、最初の内はかなり渋った。
しかし、何日もマリーが頼み込んでくるので、そうとうな覚悟があると思い承諾した。その際色々制約もした。
1、僕の言う事は何でも聞くこと。
2、強くなったからと言って絶対に腕試しや喧嘩をしないこと。
3、もう少し女の子らしくすること。
練習を始めてから1週間。子供だからなのか、はたまたそういう才能があるのか、もしかしたら両方なのか。何にせよ、マリーの上達は早かった。
最初に覚えさせたのは体重移動、バランス、基礎体力の向上。
僕も体力を付ける為に早朝トレーニングを開始した。
マリーとの朝の走り込みが終わり家に一時帰宅。
「ただいまー」
「セレクト、手紙が届いてるわよ」
すぐさま手紙を受け取ると複数あった。
その殆どがヤルグ手紙。
エーテル観測を行いかすかな神父の魔力を探しだし、他の手紙は捨ててしまう。
関わるとめんどくさいからだ。
神父様からの手紙に書かれている自然文字と、それらについての説明を読む。
そして最後の一枚を読むと、
『もう、セレクトきゅんは、手紙はちゃんと読んでほしいんだぞ。毎回書くのもたいへんなんだぞ。単刀直入に述べちゃうんだぞ。この前の作戦の時に使ってた仕掛けについて、詳しく教えてほしいなぁなんてね。たとえば火が出る札とかすごくそそられちゃった。もうすぐ寒くなる時期だから、体が温まる道具とかついでにほしいなぁ。追申・読んでくれるまで、続けちゃうんだからね!』
(う…うっぜー)
手紙を持ちながら数十分たたずんでいた。
次に神父様に言って僕以外の人が手紙お開けたら、何か仕掛けが発動するようにしてもらおう。
時と場所は変わり、リリアス邸。
「もう少し捻りを大きく、早く」
マリーには体術と剣術の訓練を同時進行で行なわせていた。僕はそれを横目に見て指を少し動かす。
カン、カン、と木がぶつかる乾いた音とが響く。マリーが持った木刀と、空中に浮いた木刀が戦っている。もちろん僕が動かしている。
「マリーちゃん、がんばってるね」
「だねぇ、だからリザも勉強しっかりしないとね」
「うん!」
リザの勉強も見てあげていた。他にも家庭教師が居るが、僕に教えてほしいと言われたので、マリーの修行をしながら片手間に教えている。
「出来た!」
「じゃ、発動させてみな」
空中に魔法陣を描く。
「”ウィルの化身をまといし光よ”」
電球クラスの光が現れる。それを見つめながらリザがため息をはく。
「はぁ、もうちょっと派手な魔法覚えたいな、攻撃魔法とか」
「うーん、やめておいた方がいいよ」
「なんで?セレクトはすごい炎の魔法を使ってたってマリーちゃんが言ってたよ」
「あの時は必死だったからね」
「じゃー、私もそれ教えてほしいなー」
「…やめておいた方がいいよ」
「んー」
教えようとしない僕に不満そうな顔をするリザ。
「じゃー逆に聞くけど、何で攻撃魔法を知りたいの?」
「えーと、かっこいいからじゃだめ?」
「やっぱり、教えられない」
「なんで?」
「魔法ってのは便利な力だよ。簡単に火が起こせるし、簡単に光も作れる。でもね簡単に人も傷つけられるんだ。攻撃魔法なんてそれの代名詞だよ。…リザには人を傷つけてほしくない」
「………」
「魔法には無限の可能性がある。だから攻撃魔法以外にも、すごい魔法なんていっぱいあるよ。それらを覚えたいなら、いくらでも僕の出来る範囲内で教えてあげる」
「…うん」
「じゃあ、一つ特別な事を教えてあげる。魔法って指以外にも発動が可能って知ってるよね」
僕は手のひらに集中して一瞬で陣を作り出す。
「こうすれば、すばやく魔法を使うことが出来る。どう?」
「う~ん、上手く出来ない」
「まぁ、全部理解してないと無理だね。最初は手のひらをなぞって練習してみな」
「てい! やっ!! はっ……うわぁあ」
マリーが攻撃を受けきれずにやられる。すると悔しそうに起き上がり僕に文句を言う。
「こらーセレクト、こっちにも集中しろ!!」
「はい、そこは”してください”もしくは”してよね”だ。腕立て10回」
「な、なんでよー!」
「はい命令違反で腕立て20回。言う事は何でも聞くって言ったよね?」
マリーはこれ以上腕立ての回数が増えるのが嫌なので、続けようとしていた後の言葉を飲み込み、不満ながらも腕立てを始めた。
「リザにお願いがある…マリーに女の子の使う言葉を教えてあげて」
「うん」
この後はマリーが疲れてきたので、休憩をはさみ再度特訓。日が暮れ始めたので帰った。
とある特訓の休みの日、噴水前で騒動が起きた。マリーとガイアスが喧嘩をしていたのだ。
僕は仲裁に入る。
「マリー、喧嘩はしないって言ったよね!」
「喧嘩を売ってきたのはガイアスからだ!」
「何だと!俺を仲間はずれにしたのはマリーだろ!」
どうやら僕とマリーの訓練を見て仲間はずれにされたと思われたらしい。僕にも非があるので攻められない……
「だから秘密の特訓って言ってるだろ!」
「何だよそれ!俺も混ぜろよ!」
あーだこーだと言い争っている内に、また取っ組み合いの喧嘩になる。
僕が止めに入ろうとすると、驚いた事にガイアスがマリーを倒してしまう。
「へっ、いいよ。仲間はずれなんだろ!じゃーお前なんか友達じゃない!お前の子分でもなんでもない!」
「あっ」
僕が言葉をかける前にガイアスは走り去ってしまった。残された僕とマリー。
「大丈夫かマリー」
「まさかガイアスに負けるとは…」
口ではこういっているが、内心あせっている様子だ。
「謝りに行ったほうがいいな」
と僕がつぶやく…
「…」
どうせ謝るしか無いのだからと思いながらも僕はマリーの葛藤を見守ることにした。
「それとマリーは契約違反だ。今から町を一周して来い」
「!!」
(それにしても、あのガイアスの動き…)
この時、僕は明日になればガイアスもケロッと忘れて現れるだろうと思っていた。
次の日と、さらに次の日もガイアスは現れなかった。さすがに謝りに行こうかとも思ったがマリーがその気で無いので、もう少し様子を見ることにした。
それと僕自身もヤルグの件で忙しかった。
そんな流れで一月がたったころ。だいぶ寒くなってきた夕暮れ時。部屋でマリーに文字を教えていた。
すると勢いよく扉が開き。
「セレクト、マリー!助けてくれ!」
ガイアスが入ってきた。
「ふん、いま…「どうした?何かあったのか?」
「フェリアが居なくなった…お前達にしか頼めない…一緒に探してくれ!」
「「!!」」
僕とマリーが顔を見合わせてガイアスと共に外に出る。
「ガイアス、フェリアは何時ごろ居なくなった?」
「昼までは居た…」
「お前の鼻は使えないのか?」
「香水をぶつけられて…」
(あのフェリアが?香水を?)
「何があったんだ?」
「……………」
「おい」
「…喧嘩をしたんだ。マリーと喧嘩してもう遊ばないって事で…」
「「…」」
しばしの沈黙の後。顔を見合わせてフェリアが行きそうな場所をくまなく探す。エーテル観測を行いフェリアを見つけようとする。しかし、だいぶ時間が経過してる事と、外だという条件で。エーテルの観測に引っかからない。
1時間ほどたち日は落ちた。僅かに夕日が残っているぐらいだ。
僕の家の前にいったん集合する。
「どうする?」
「このままだと、危ない。大人にも知らせないと」
だいぶ冷え込んでいる。フェリアの事を思うと一刻の躊躇も出来ない。
僕はジーノさんに伝えようと決意した時…かすかにフェリアのエーテルを観測した。
無言で僕は走り出す。
「おい、セレクト!」
「何か見つけたんじゃないか!?」
(まだ、探してない所があった…僕の家だ!)
灯台下暮らしとはこの事だ。家の裏庭にいどうする。
よりフェリアのエーテルが感じられる。
(ここか…)
後からマリーとガイアスが追いつく。
そこには寒くなって来たためしまいこんであったエキセントリックマリー号がしまってあった。
アイスが何時も仕舞われていた隠し蓋…恐る恐るあける………そこにフェリアが寝ていた。
ガイアスが安心してその場にへたり込んでしまう。中のフェリアを抱き起こす。すると何かが落ちた。
「あ」
中には花やぬいぐるみが入っている。マリー号をしまってから、どうやらフェリアの秘密基地になっていたようだ。
「!!」
フェリアが目を覚ました。じたばたと暴れる。そこで立ち直ったガイアスが、
「フェリア、心配させるなよ、ほら帰るぞ!!」
「やー!!」
フェリアがガイアスの言うことを聞かない。
「やじゃない、帰るぞ!母ちゃんも心配してる…」
「やー!!」
やはり言うことを聞かない…すると。
「……ぁだめ」
「ん?」
「皆仲良くしないと…だめ…またかくれんぼとか…いっぱいしないと駄目!」
はぁ…僕たちは自分達の事ばかり考えていてフェリアの事を忘れていた。まだ幼いフェリアは僕達の間で起きた事を理解していないだろう。しかし、毎日のように遊んでいた友達が急に居なくなるのは寂しいはずだ。ショックだったはずだ。そんな事を思うと胸が締め付けられる。
(僕は酷い事をしたな…)
フェリアの頭をなでてやる。むずかゆそうにするフェリア。
「なぁ…」
それは合図だった。フェリアを中心に互いの顔を見て…
「ごめん…隠してたわけじゃないんだ」
「おれも…ついかっとなって…ごめん」
「僕からも説明しておけばよかった…ごめん」
フェリアが中心で困惑する。
「フェリア、もう大丈夫だよ。明日からまた遊ぼう」
「んー!!」
次の日、リザの家でかくれんぼをした。
正直、僕もこの日はすごく楽しかった。
「はっ!」
「やっ!」
木刀と木刀で打ち合う。
「あんまり本気になるなよ!」
ガイアスも訓練に加わった。最初はトレーニングでひーこら言って後悔していた。
この日もリザの家でリザに魔法を教えながらマリーの特訓をする。違うのはそこにガイアスが居ることだ。ちなみにフェリアは、隣で僕が作ったクレヨンで紙に落書きをしている。
傍らではガイアスとマリーのつばぜり合が始まり……ガイアスが押し勝つ。
負けたので素振りを始めるマリー。先ほどのガイアスとマリーのやり取りを見比べて、ある違和感に気がついた。
(ガイアスとマリーにそこまで差が無い様に思うんだけどな…やっぱりガイアスの魔力の動きがおかしい事が原因なのか…魔力が木刀に流れ込んでるような……)
魔力は無意識下で発動する事がある。あくまで体の内部に限るが。魔法を発動させる時も例外でなく起きている現象で。不完全な魔法を発動させる際にイメージし、補助を担う。これが無意識下での体内の魔力の働きだ。
「よーしガイアス、次は負けない!」
「かかって来い。次で10勝0敗にしてやる!」
「マリーちょっと来て!」
「えー、なんで?」
「いいから」
しぶしぶマリーが近くに来る。
「マリー、ちょっといいかな。前に魔力の操作の仕方は教えたよね?」
「ああ、光を出すやつな」
「じゃー、木刀に魔力を流し込んでみて。ガイアスもそれやってるから」
「何!そんな事をしてたのかあいつ」
「たぶんだけどね本人も気が付いてないんじゃないかな」
マリーがガイアスの前に戻る。思い込ませるのが大事なので、マリーには出来ると強く念を押しておいた。きっとマリーならやってくれるはずだ。
「え、ええ、ちょマリー…うわぁああ!」
マリーの一撃で吹き飛ぶガイアス。
「ふっふっふガイアス君、もう君には負けないよ」
「ち、畜生! セレクト何かマリーに教えたな!」
ガイアスが負けたのでぎこちない形で素振りを始める。
「あ、ガイアス、マリーの真似はしなくて良いからな?」
「どうして?」
「お前、他の人に剣術教えてもらってるだろ?」
「うん、父ちゃんにちょっと」
「僕が教えてるマリーの剣術は特殊だから。もしかすると変な癖がついちゃうかも。そうすると後々弱点になりかねないよ」
「…分かった。っとよし、もう一勝負だ!」
そんな二人の勝負を見ながら観察を続ける。
(物に魔力を流し込んだだけで強化されるものかな?…無意識で強化の魔法…強化ってなんだ?……そうか物を動かす魔法と同じで重力か念力。じゃー人為的にも可能かな…試してみたい)
「お前らちょっといいか。僕じきじきに相手をしてやる」
「ふっふっふ、今のスーパーマリーさんに勝てると思うなよ」
「正義の味方は簡単にやられないぜ!」
僕は二人を実験台にして強化の魔法を構築した。これからは動作の中に取り入れておこう。
(実験には犠牲と言うものが必要になってしまう…なんて悲しいんだ)
二人はぐったりと倒れている。
主に念力を使っていることが分かった。まだ、これは科学的に解き明かしてはいない。
強化には3種類ほど見つけた。物による付与、肉体の強化。それとは別に筋肉の限界を解除するものも見つかった。しかし、見つかったと言っても。すでに誰かが見つけてるはずだ。ガイアスが自然に覚えたように…
そして特訓の日々は過ぎる。喧嘩をすることもしばしば。しかし、笑い合って過ごすことの方が多く。
マリーは言葉使いこそ、なかなか治らないが。女性としての振る舞いをするようになってきたと思う。
ガイアスも少しづつ大人になっている。身体的な意味で。今は僕の背と変わらない。
リザはかなり女性の形が出来てきた。たまに目が合うとドキリとしてしまうほどだ。彼女には自然文字で治癒魔法を教えてあげている。
フェリアは恥ずかしがりやなところは治らないが。最近はよく話しかけてきてくれるようになった。
それでも変わらない日々が続くと皆が皆思っていた。
しかし変わっていく…少しずつ…変わらない季節は無い。
止まらない時間は無い。
僕達も変わっていく。
季節のように色をつけて。
でも誰も気が付かない…その日が来るまでは。