6話 シークレットメンバー
あの日はマリーを家に送り届け、気がつけば日が暮れ夜道を一人で歩いて帰った。
事前に警備団の人が事の転末を母さんと父さんに話してあったらしく、家にたどり着いたと同時に玄関先で泣きつかれる様に心配されてしまったが、ガイアスの怪我の方がよほど心配で後の説教も上の空で聞いていた。
それから数日の間は外出禁止を言い渡され、もともとインドア派の僕は忘れるように錬金術の研究に没頭し、マリーも同じように外出禁止となっていたようで数日と来ず、マリーがやっと僕の家に顔を出した日、僕も晴れて外出の許可が下りた。
互いに顔を合わせるのは久しぶりで、なんと声をかけていいのか分からない。
無意識に目の前の女の子の名前をつぶやいていた。
「マリー……」
「コック、例のものを作ってほしい」
こちらの気も知らず、その唐突ないやり取りに少しほっとさせられる。
「例のもの……ケーキか?」
「……うん」
僕もいつもの風を装う振りで切り替えて返事をしたが、こんどはマリーは弱々しく応答。
どうやらマリーも明るくいつものように振舞おうと空元気を出しただけのようだった。
こんな時だからこそ僕は明るくいなければならないと考え、そのままの勢いで会話する。
「もしかしてガイアスの見舞でも行くのか?」
「……ああ、だから至急に頼む」
それなら僕も賛成だ。
僕はすぐさまケーキ作りに取り掛かり、その作業の合間にマリーからガイアスの様態と数日の間何をしていたのかと話た。
そして会話もなくなった頃にケーキは出来上がり、
「今回は特に張り切って作ったからな、せっかくだから入れ物もいい物にしよう」
僕は錬金術で紙を作り、それからもう一度錬金術で加工する。二度の工程で作られた入れ物は前の世界で広く使われていたケーキを収めるための入れ物。この世界には又と無い作りで丈夫な取っ手付きの箱だ。精度が格段に上がった錬金術の賜物で褒めて欲しいほどの力作なのだが、マリーは早くしろと言わんばかりにどうでもよさそうである。そんないつものやり取りをしつつ外に出ると、季節的に夏へと移行してきているのだろう、とても蒸し暑く額に汗を覚えた。
マリーが歩き出すと僕もそれに並び歩き始める。
「そういえばガイアスの家ってどこにあるんだ?」
恥ずかしながらまだガイアスの家が何処にあるのか僕はまだ知らなかったりする。
「そうか、セレクトはまだガイアスの家に行った事がなかったか。ガイアスの家は尖った屋根の家を曲がった先にある」
抽象的な屋根をした家を目印に出されても、それが何処にあってどれだけ尖っているのか分からないし、曲がった先がどれほどなのか想像もつかない。とりあえずマリーに付いていくしかなさそうである。
そんなガイアスの家に着くまで僕はマリーがこの数日もの間、何をしていたのか聞いてみる。
「親父に殴られて店の手伝いをしてた」
「そうか、大変そうだね」
マリーの家は3代続く鍛冶屋で、主に警備団に武具を卸している。
「セレクト、お前はどうなんだ?」
「外出禁止でずっと家にいたよ」
「……そうか」
僕は何の気なしに言ったが、マリーはそれを聞いて気落ちしてしまう。
「気にするなよ、家にいたけど好きなことやってたし。そうだな、今度とっておきなの見せてあげるよ」
「とっておき?本当か!」
「うん、その時はガイアス達も一緒な」
「もちろんだ!」
そんな他愛もない会話をしていると、いつの間にか尖った家を前を通っていたのか、ガイアスの家の扉の前まで来ていた。
そこは集合住宅を彷彿とさせる造形で、隣近所とは壁一枚といった作りだろう事が伺える。
躊躇なくマリーが目の前の扉を叩く。
少しの間を置いてから扉が開かれ、中から出てきたのは黒髪が長い綺麗な女性、見た目は20代後半ぐらい……ガイアス母親だろう。目がとてもフェリアと似ている。
「あ、マリーちゃん。それと……セレクト君かな?」
「はい」
「最近のガイアスとフェリアがよくセレクト君の話をするのよ。これからも仲良くしてあげてね」
母親の反応から僕はほっと胸をなでおろす。
正直に言うとここに来るのがすこし怖かった。
気絶したガイアスがどうなったかとか何も知らなかった事もそうだし、何よりあの場ですぐさま助けに飛び出せなかった後ろめたさがあるからだ。
「パパから聴いてるわ。セレクト君、息子を助けてくれてありがとね」
満面の笑みでガイアスの母が言うそれに、何かとても大きなつかえが取れた気がした。
ガイアスは部屋で療養中なのでそこまで案内してもらう。
「たのもー」
マリーは寝ているであろうガイアスを気にも留めずに、何時もの調子にもどっていた。
ガイアスママが苦笑い気味にこちらを見てから居間に行ってしまう。
残された僕達はガイアスの部屋へと入る。
ガイアスは半身を起こしこちらを見ていて、その隣には積み木で遊んでいるフェリアが手を振っていた。
「お前の顔を拝みに来てやったぜ!」
「マリーそれはないだろ、ガイアス大丈夫か?」
「何だ来てくれたのか。俺は正義の味方だからな。こんなのへっちゃらだ!」
フェリアがこちらを見てからマリーに飛びつき、僕はそれを横目にガイアスのとなりに腰をかける。
近くで見ると本当に酷い怪我で、だけど骨は折れていなさそうだ。
さすが丈夫が取り得の獣人といった処か。
「これ、見舞の品」
「……ケーキか!?」
さすが嗅覚に優れている狼人族だ、箱の中身をかすかな匂いで言い当てた。
それから色々と雑談をしてみたが、本当に元気そうだったので一安心。これで後遺症があったら酷い後悔に悩まされていたと思う。
ケーキをガイアスママに頼んで切り分けてもらう。珍しいお菓子なのでガイアスママも気になったようだ。何所に売ってるのかと聞かれて手作りだと答えると、とても驚かれた。
「作り方教えてもらっても良いかしら?」
「はい、でしたら今度作りに来ます」
「それはうれしい、その時は私も腕によりおかけてご飯を作っておくはね」
そして僕とマリーは夕方を迎える前に帰る事にした。
そして翌朝……
バン!と音を立ててマリーが部屋に入ってくる。
「コック、例のものを作ってくれ」
「ん?またケーキ?」
「そうだ」
昨日見舞いに行ったばかりなのに……今日も?
もしかしてガイアスが完全に治るまで作らされるのかと想像する……
それでも僕はしぶしぶとケーキを作る。まぁ、ガイアスが心配なのは僕も変わりが無い。
昨日と同じように箱にケーキを入れる。
さぁ、ガイアスに会いに行くかと家を出たがマリーは昨日の道とは違う道を行く。
何も言わずマリーの後ろに付いていく。
そして土の道が石畳の道に変わり、街の南側、この街を収める大貴族の家へとやってきてしまった。
目前にあるのは岩を切り出して積み上げた大きな塀、それと分厚い木の門。
僕はそれを見上げる。
「セレクトこっちだ」
マリーのいる方向を見る。
(よかった、目的はここじゃない)
「ここから中に入れる」
塀には子供がちょうど入れるぐらいの穴が開いていて、どうやらここから入るらしい。そして今だに目的を説明されない。
「……いや、まて」
「ほら、早く来い」
僕の忠告を前に、既にマリーは向こう側にいた。
罪悪感にかられながらも中へと入ると目に飛び込む広い庭と広いため池、その向こうには屋敷が見える。
かなり綺麗に手入れされていて領主の家だと確信。
「おい、こっちだ早くしろ。うるさい奴に見つかると大変だ!」
うるさい奴とはここの使用人かあるいは主だろう。不法侵入なのだから当たり前だ。
隠れるように進んだ先でマリーは木を見上げていた。
その木はちょうど屋敷の二階、そのベランダに枝がかかっていて。
まさかここから登るんじゃないだろうなと思えば、そのまさかだった。
「マリー、さすがにそれはまずいって」
「冒険とは常に危険なのだよ」
本当にこいつは怖いもの知らずに顔が引きつる……子供とは何と恐ろしい生き物なのだろう。
見ていて危なっかしくもマリーは木を登り、しかたなく僕はマリーの追いかけて登る。
「おっと」
マリーの背中が大きくのけぞる。
「あぶな!」
バランスを崩したマリーを僕が支える。
「ほら、危ないじゃないか!」
「セレクトが後ろに居てくれるから大丈夫だ」
「僕はケーキも持ってるんだぞ」
やっとベランダに掛かる枝へと到着したが、案の定そこからは飛び移らなくてはならない。マリーは慣れた様子で飛び移り、僕に早く来いと合図をする。
意を決して翔ぶが、
「げふっ!」
僕はケーキをかばい着地に失敗……
「静かにしろセレクト!」
誰のせいだと目尻に涙を浮かべて心で叫ぶが、マリーに届くはずも無い。
ベランダからの風景はリリアを一望出来き、少しばかり見とれている僕をよそにマリーはベランダの窓を開けて中に入っていく。
もう何度も来てるのか手馴れた手際、のそのそとマリーの後を追いかける。
部屋に入ると花の香りがし、色々な花が飾られていた。
そして当人のマリーの姿が見当たらない。探すように恐る恐る部屋の奥へと移動すると大きなベッドがあり、マリーがその隣にいる。そしてベッドの上には人形の様な銀髪で長い髪をおろした少女が一人。
「マリーちゃん来てくれたんだ。ありがと」
「今日はリザに新しい子分を見せてやろうとおもってな、特別に連れてきた」
リザと呼ばれた少女と目が合と、僕は苦笑い気味に軽く手を振る。
そんな彼女も微笑を作り手を振り返してくれるが、何とも儚げであった。
「えっと……僕はセレクト・ヴェント。よろしく」
「リザイア・ルドロ・リリアスです。よろしくね」
「ふっふっふ、こいつが私の新しい子分だ。私の言うことは何でも聞く。故にリザの言うことも何でも聞く!」
随分と自慢げに言ってくれるが子分になった覚えは一度もない。
「それはそうと。今日は見舞いに来てやった」
「うん!」
僕は見舞いの品をベッドの隣の小さな円卓に乗せてからマリーと並ぶ。
近くでリザイアを見てみるが、本当に人形のように綺麗に整った顔立ちをしている。
にしても気になるのがマリーが言った見舞いと言う事だ。
ベッドに横になっているからには風邪なのだろうか……
僕を紹介しおえたマリーはリザイアと最近の出来事を隣で聞く分に大分膨張しながら話し始める。
とりあえずやる事のない僕はそんなリザイアの観察をしていると、とある違和感に気がつく。
それはリザの髪の毛の根元がきらきらと光っているということ。もっと良く観察してみれば銀髪も一本一本も光を乱反射しているようにも思える。
これらの症状に多少聞き覚えならぬ読み覚えがり、以前に教会でかじった本の題名を思い出す。
”先天性魔晶石症候群”
まず最初に説明するのならばこの世界には魔晶石と呼ばれるエーテルの塊の様な物があり、短的にいうのならば自然界でエーテルが集まりやすい所で取れる希少な石だ。
そして”先天性魔晶石症候群”とは体内でエーテルが魔晶石になってしまう奇病。
僕は本当に魔晶石症候群なのか観測を行い見極める――――
魔力を目視する事でガラリと風景が変わる、ものすごい量のエーテルが彼女中心に渦を巻いてる事にきずかされた。
間違いない……
この奇病は12歳未満の子供がかかる奇病らしいこと以外は分かっておらず、確立された治療方法もない。事例が少ないのもその要因だろうし、魔力やエーテルといったものに科学的な実証もされてない事が特に大きいと思う。
「マリーちゃん、そろそろ帰ったほうがいいかも」
リザが何かを察して僕たちを返そうとするが、
「何を言っている、ここからがすごいんだ!セレクトは――――」
火の付いたマリーが興奮気味に話を続けてしまう。
僕が警戒をしていたがその意味もなく、部屋のドアの開く音がした。
まず最初に部屋に入ってきたのは老人。続いて背が高く紳士な服を着こなしている男性が入ってくる。
「まーたお前か!しかも今日は一人ふえちょる。今度はしょっ引くと言ったじゃろ!」
老人が怒鳴ってこちらに来るとマリーの腕をとる。
「まぁまぁ、いいじゃないか。娘のお見舞いに来てくれたんだ」
「しかし旦那様ぁ………」
背の高い男性と老人のやり取りを見るにこの背の高い男性が屋敷の家主らしい。
後に続いて着飾った女の人も入ってきたが、リザイアと同じ銀色の髪をしているのを見るとリザイアの母親。さらにその後にもぞろぞろと5人ほどの医者と魔術師と思われる人が入ってきた。
どうやら今日はリザイアの検診の日。
僕とマリーは部屋の隅でリザイアの検診を見届けてても良いといわれたので居座ることにした。
それから30分程で検診は終わり、その間に医者達の会話から背の高い男性の名前がディーマスというのだけ分かった。
医者やディーマスさん達が部屋から出ていくと、マリーが嬉しそうにまたリザと雑談を始めた。
「あ、リザイア……その……トイレって何所かな?」
「リザでいいよ。トイレはそこの扉を出て左の突き当たりにあるわ」
「トイレぐらい我慢しろ」
僕は部屋を出て大きな廊下にでる。トイレに行くというのは部屋から出るための口実で、本当の理由はリザの病状を聞くのが目的。とりあえず客間を探こと数分、悲しい雰囲気の廊下に屋敷の財がどれほどの物か見通せてきた頃、怒声が屋敷内を轟かせる。
声がした方へと歩いていき、人気のある扉の隙間から中を覗くと先ほどの医者達が居てディーマスさん達と口論していた。
「もうそんなには長くはないかと。以前見たときより悪化していますし……残酷なようですが治ったという事例も無いのです」
「そんなことは承知の上だ!それでもわたしは諦めたくない。お願いだ娘を見捨てないで欲しい……せめて最後の最後まで……」
うなだれるようにディーマスさんは腰掛けにすわった。両手で目を塞ぐように強く押し当てている。
やはり治療も上手くは行っていないようだ……
僕はその場を後にしてリザ部屋へと戻る。
「遅かったなセレクト、よほど長い糞をたれていたのだな?」
「ちょっとマリーちゃん汚い」
「っとそうだ、いいものを持ってきたんだ」
マリーはテーブルに置いてあった箱からケーキを取り出して見せる。
「まぁ、食べてくれ。極上の一品だ!」
リザが少し困った顔をした後に告げる。
「マリーちゃんごめん。お医者さんから決まったものしか食べちゃいけないって言われているから」
そりゃそうだ、病人に下手なものを食べさすのはマズイ。ガイアスは病気より怪我であったし、体の調子も取り戻していた。
「そ、そうか。かなり美味いんだがな……治った暁には又持ってきてやろう!」
「ふふ、ありがと」
リザはにかんで笑う。
それを見ていた僕は分かってしまう。彼女は知っているのだ自分がもう長くは無い事を。
「マリーもうそろそろ時間だよ、帰ったほうがいい」
「あ、もうそんな時間か……リザまた今度くる」
「うん」
それ以上僕はこの場に居ることに耐えられそうに無かった……すたすたと一足早く扉から出る。
部屋の外に待機していたのかメイドが一人、門前まで案内をしてくれた。
帰り道マリーが寂しそうに呟くように心情を吐露する。
「リザはいい子だ……きっと神様が助けてくれる。もし助けてくれなかったら私が助ける」
マリーはガイアスの時の事を思い出しているのだろう。何も出来かった自分が悔しくて今強がっている。
「…………」
しかし、現実はそう甘くは無いことは僕は知ってる。
余り時間がない……せめて出来る事だけでもしてあげたい。
マリーとは僕の家の前で別れ、僕は急いで二階に駆け上がり神父に手紙を出す事にした。
資料となりそうな本が届くまで時間が少しある。
手持ちの資料からエーテルに関する事を見直してみることにした。
出した手紙の返信が来たのは2日後で、手紙には例の本といくつかの手書きの資料。それと小さな麻の袋が添えられていた。
本は以前ざっと目を通した”先天性魔晶石症候群”と言うそのままのタイトルの本。
そして小さな麻の袋からは小粒の透き通る青黒い石。
「あれ、まだ何か袋の中に……紙か」
小さな紙には”魔晶石”と書かれていた。
本物なのかどうなのかは置いておいてエーテル観測を行う。
石を中心にエーテルが渦をまいていて、それはリザを観察した時と同じであった。
僕はこの本が届く2日間の間にエーテルに関する体内の流れなどを調べ、いくつかの憶測をたてていた。そしてこの本を参考書に実験的な事をしようと思っていたが、その思惑は届かず……
本の内容自体が確証もない治療や祈り方などが記載されているだけだった。
「そうだったな、記憶に止めないレベルの内容だったから読まなかったんだっけ」
本からなにも発見が無かった事には落胆を覚えたが、神父様が直々に作ってくれた資料に目を通す。
内容はこの奇病の発症者の多くが貴族である事と、特に平民と貴族が子をなした場合に多いいという事実に関してだった。
「なるほど、この病気は遺伝か」
貴族となれる人材を考慮して考えれば、魔力が高い事は優先事項。
貴族間や魔力が高い人と掛け合わせていけば必然的に平民との魔力の格差が生まれるのは想像しやすい。そこに魔力が低い人材の血が入り、遺伝子に誤差が生じた場合……
自然と体から抜け出る魔力に対して、取り入れるエーテルが多い場合やその体の中での循環に支障が出てる場合。色々と考えられる……
多分リザは他にも何らかの欠損があり、体内のエーテル濃度が上がり続けて結晶化しているのではないかと仮説を立てた。
だけど問題はこの結晶化をどうやって止めるかで、人体実験なんておいそれと出来るわけない。
そしてそれから僕は何とか体内のエーテルを外部から循環させる方法を魔法で作り出せないかと、自分の体で何度も試行錯誤を繰り返すことになる……
数日と時は進み魔晶石を見つめていると。
バン!
部屋の扉が突然開き僕はビックリしながら後ろを見るとそこにマリーが立っていた。
「ノックしないと驚くだろ……で、どうしたの?」
集中して魔法を組み立てていたので忘れていたが、この数日間マリーは僕の前に顔を出さなかった。
「遊びに行く!!」
「今日はさすがに大事な用事があるんだけど」
「ガイアスが元気になった!一緒にリザの見舞いにも行く!」
「ほう」
ガイアスが元気になった事は良い事ではあるが、リザの見舞いに行くとなれば魔晶石化の状態も分かるし何かの糸口が掴めるかもしれないと思い、ついていくことにした。
何時もの待ち合わせ場所の噴水に来ると、既にガイアスがフェリアと手を繋いで噴水の淵に座っていた。
「おう、来たか!待ちわびたぞ!さっそくかくれんぼでもするか?」
「いや、それも良いんだが私に付いて来てくれないか?」
「……フェリア?」
どうやら様子がおとなしいフェリアに違和感を覚えて顔を覗き込んでみる。
「セレクト、フェリアがどうしたんだ?」
久しぶりに皆が顔を合わせたのだから彼女は普通ならもっと喜んでいるはずだなのだが……
「フェリア……?」
ガイアスがフェリアを覗き込むように話しかけ、そして額に手をあてる。
「熱っつ。こいつ風邪ひいてるじゃん!」
わたわたとガイアスが取り乱す姿に、僕は肩に手を置き落ち着かせる。
「くしゅん……」
ガイアスがすまなそうな顔でこちらを見る。
「すまん、今日は無しで」
「一緒についていくか?」
「大丈夫!」
そういってフェリアをおんぶしてガイアスは僕たちに背を向ける。
「なるべく水を取らせて、安静に寝かせとけよ。後で見舞いに行くからな」
ガイアス達は帰ってしまうと、その場に残されるマリーと僕。
「あいつらにもリザに合わせてやりたかったんだがな……今日のところは仕方ない、私達だけでも行くぞ!」
「おう」
どうやらガイアス達はまだリザに会った事が無いようだ。
「あそこは、超極秘だからな」
――――場所は移りリリアス邸
通り抜けるための穴へとやってきたが。
「クソ!ふさがれてる!!」
壁の穴は綺麗にふさがれていた、多分あの執事の仕業だ。
壊れないかとマリーが蹴りを入れているがびくともしない。数分マリーの四苦八苦する姿を眺めていると門のほうでディーマスさんの怒鳴り声がする。
僕達は急いで見に行くことにする。
「娘を売れだと!?ふざけるな!貴様たちの顔は覚えたからな!この街で商売など出来んようにしてやる!わかったらすぐにこの街から出ていけ!!」
血眼になりながら三人の商人に怒鳴っていて、怒鳴られた商人達は慌ててその場から立ち去っていった。
ディーマスさんは僕たちに気づいたようで少し穏やかな顔つきになるが、見て分かるほどにやつれていた。
「はは、すまんね。大人の世界には色々事情があるんだ……娘に会いに来てくれたんだろう?あがりなさい」
丁重に屋敷の中へと入れてくれたディーマスさん。
多分先ほどの商人たちはリザの噂を聞いてのこのことやって来たのだろう。
魔晶石は貴重で国が持っている鉱山以外では微々たる物しか取れないと聞く。
だからといって娘を売れとはどういう神経をしているんだろうか……
ディーマスさんの後ろ姿は数日前の紳士とは似ても似つかない程に覇気が感じられなく、そんな事を思っているとリザの部屋の前まで来ていた。
「リザ、お友達が来てくれたよ」
そういって部屋に入るがリザからの返答はない。
そしてその姿に僕は息を呑んでしまう。
リザの体は無残にも魔晶石化がかなり進んでいた。すでに体の表面はすべて魔晶石になってしまっていて、綺麗だった銀の髪や顔すらも……既に目は見えていないだろう。かろうじて肺は機能しているのだろうか、胸あたりが上下して動いてるのが見てとれる。
だけど以前のリザの面影は何も無い、一週間足らずでここまで悪化するとは思ってはいなかっただけにショックは大きい。
だけどマリーは躊躇せずにリザの横に立つと、リザの手を取り何か呟いていた。
僕はそんな光景を見ながら冷静になり分析をする。
何時間たっただろうか……外が夕焼け色に染まり初めているのを確認し僕達はリリアス邸を後にする。
僕は今までの仮説を改めながら、色々考えていた。
エーテルを吸収すること自体は呼吸してるのと同じで完全に止めたらまずいことになる。やはり魔力の放出を促すために、外的に補助する魔法を仕込む他はないように思える。だが問題はある他の人の魔力を簡単に操れるものなのだろうか?今までは自分の身体でしか試していなかった事への不安。
そんな時あることに気がつくと同時にマリーが話かけてきた。
「何で神様はリザを救ってくれないのかな?……なんで私は何も出来ないのかな?
私は何か悪い事したのかな……だからリザがあんな事になっちゃったのかな?」
「マリー、思いつめすぎるな」
「でも……」
「マリーは僕にリザと会わせてくれたじゃないか、ガイアスを助けさせてくれたじゃないか。お前がいなかったら全部は繋がって無いんだよ……だから何も出来ないなんて言うな」
「じゃあ、セレクトは何か出来るのかよ!」
「出来る!僕なら治してやれる……だから泣くな!」
「……そんな気休めいうなよ……私は知ってるんだ!聞いちゃったんだよ治らないって!」
僕はマリーの手を握ろうとしたが、先に走り去ってしまった。
だけど僕は追いかけない。
それは今すぐにでも試さなきゃならない事があるのと、今夜にでも実行に移さないと手遅れになりそうだったからだ。
――リリアス邸前。
夜空お見上げると月は無く、綺麗な星が一段と輝いている。
意を決して侵入、魔法を使い塀を飛び越える。
魔法での持続的な浮遊はとても危険だが、一時的な飛躍ならその問題は無い。
一足飛びで塀の上までたどり着くと、そこからまた地面に着地するさいも衝撃を抑えるために魔法を使う。
リリアス邸の財政状況から厳重な警備は現実的ではないし、実際に楽々入れてしまっていた。
屋敷を外から見るに使用人が巡回は行っているのか、移動する光が一つだけ確認出来る。
注意をしながらリザの部屋のベランダへと同じように飛翔し移動。音を出さないように窓へと手にかける。
鍵は……かかっていない。
難なくリザの部屋へと入れた。
光は無く足元も確認できないで魔力による光源を小さく保ち、そして僕はリザの前に来ている。
(だれ…………え?セレクト?)
「っ!?」
(何しに来たのこんな時間に?)
聞き覚えのある声はリザの声で、ただ驚いたのはまるで耳元で囁かれるように聞こえたためだった。
どうやっていのかはまるで分からないし、昼間は話せる状態では無かったはずだ。
「ちょっとリザに用事があってさ」
(もしかして私を連れ去りに来たの?)
「ん……どういうこと?」
(私知ってるんだ。今日ね、商人さんたちが来て私を買い取るとか話してたの)
それはディーマスさんと商人達のやり取りで知っているが、リザはここから動けないはずだし。ディーマスさんがリザにそんな事を話すわけもないだろうし。商人達にリザを合わせるわけもないだろう。
「君のお父さんが許さないよ」
(ううん。商人さんたちは諦めてないよ)
「そう……なのか。でもそんな事は今はどうでもいいな。それよりもやる事があるんだ」
僕はリザに近づき服に手をかける。
(や……やめて!)
リザの叫びは脳天を揺さぶる衝撃で、これらが魔力のたぐいで送られる事象なのだと理解した。
卑しい気持ちがある訳でもない、だから優しく彼女を落ち着かせる。
「大丈夫……僕なら君を助けてあげられるから」
(何するの!?)
「魔晶石化を治すんだよ」
(……そんなの嘘よ!)
「確かめてみればいいさ」
リザは多分……どういうわけか心が読める。だとすれば僕の頭の中を見ればすぐにわかってくれるはずだ。
(…………本当に私を治せるの?誰もできないのに……なんで?)
「僕はこの世界に充満する力について色々調べてきたからね。他人の魔力に干渉する術も心得てるんだ。今からするのはリザの取り巻くエーテルの吸収軽減、それと体内の魔力放出を円滑に促すための回路造りかな?」
ただ心配なのはこれだけで魔晶石化が防げるのかどうかと言う点だが、未知数すぎて確かな事は言えない。魔力が精神に作用されやすいのは確かなだけに、病気は気から何て言葉がこの世界では大きく働く可能性を秘めている。なら治ると自覚してもらったほうがより治る確率は上がりそうだと思いリザには言い聞かせる事にしたのだ。
僕がリザの魔力に同調させて、彼女の体に自然文字を描く。
作業してる間は彼女が怯えないよう話を合わせていた。
それは他愛も無い会話。
マリーが何時も持ってきてくれていた変な物。前に僕が持ってきたケーキをすごく食べたかった事、マリーが水揚げ場で魚を貰った話など。
(私……出来るようになるかな?)
「なれるさ、絶対。ならなかったらマリーが許さないだろ?」
術式の発動までそれほど時間はかからなかったが……この胸の魔法式は跡として残ってしまうかもしれない。
(大丈夫だよ、気にしないでセレクト)
やはり心を読まれていた。
「じゃあ僕は行くね……明日また来るよ」
(うん…………)
リザがそう言うと彼女は寝てしまった。もしかしたら痛みで今まで眠れなかったのかもしれない。
彼女を取り巻くエーテルの渦が消えたのを見守った後、僕はそそくさとその場を後にする。
彼女の魔晶石化の原因はエーテルの吸収速度が人数十倍に高く、なおかつ魔力として自然に放出するための機関が欠損していた為に起きた事象。
まだ未熟な体に見合わない量のエーテルを貯蓄してしまう状態も、このまま体が大人になれば自然と解決されるはずだ。
翌朝――――――リリアス邸。
「奥様!旦那様!!」
執事のあわてた様子でディーマスに報告に向かっていた。
その慌てぶりからディーマスと婦人は急いでリザの元へと向かう。
「あ……あああ」
婦人がその場に泣き崩れるのを執事が支え……ディーマスはリザイアに近寄っている。
「…これは現実か。ゆ、夢じゃないのか?」
「旦那様しっかりとしてください!」
リザイアの顔や体にあった魔晶石は剥がれ、周囲に転がっている。
「き……奇跡だ!」
何年もの間、何も出来ずに居た彼らにとっては神の御業そのものだった。
そんな騒ぎになっているとは何も知らないリザは寝息を立てて起きる気配はない。
寝ているリザにすがるように泣き崩れるディーマス。
遅れて婦人もそこに駈け寄り、そっと親子が抱きしめ合う。
リザの体にはまだ魔晶石が残っていたが、触ればポロポロと崩れ落ちていく。
そして、リザは今だに、くすぐったそうに夢を見ていた。