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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第6章――
59/59

59話 閉ざされた瞳

 僕達は荷物をまとめて宿を出払い、ペトゥナさんに連れられては、城内に舞い戻ってきていた。

 本日二度目であるが、今回はちゃんとした手続きの下、正面からの入城である。

「わ、私何かが一緒についてきてもよ、良かったんでしょうか」

 イースさんがあわわと目を輝かせて城内を見回しているが。セレーネさんの庇護下に置かれると言う事は、この場の面子は人質のようなものだ。

 まだ、どう転ぶともしれない現状に、誰かしらの死と言う結末が用意されているのではないかと思うと。

 僕の心は磨り減ってきていた……

「セレーネ様は優しいから、そんなに心配する必要ないよ?」

 と、リザになだめられる。魔道具で力を抑えられ、感情を読み解く事は出来ないはず。だから僕が身にまとう空気は相当に暗いのだろう。

 だが、城内に入ってからお通夜状態の人物は僕だけではない。マリーも同じように暗い顔をしている。

 メルヴィナに悪感情を抱く僕には分からないが、マリーは随分と気に入られていたらしい。

 約束をしたと言っていたし、後ろめたさに苛まれているかもしれない。

 そして、あらゆる方向で警戒をしてくれているリネットさんはとても頼りになった。

「ああ、早く帰ってデータの整理をしたい……」

 現実逃避もつかの間、セレーネさんと晩餐を兼ねての面会をすることに、相成ったわけだ。


「セ、セレクト様!」

 今しがた晩餐が行われている部屋へと僕達が入るなり、ガタっと椅子が倒れるほどに勢いよく立ち上がった人物が目に入る。

 驚きのあまり広げられた白い翼から羽が舞うその人は、リネア・アクア・クローチェス。

 スペリアム教国の聖女で絶世の美女。金色の髪が棚引く姿は女神を連想させる。

 そして今は口を手で押さえて涙目と、やっぱりそれも絵になる……

 僕はとりあえず一礼してから、セレーネさんへと目を向けた。

「お待ちしておりましたわ。直ぐに温かいものを運ばせますから、こちらへ来てお座りください」

「セレーネ様、これはどういうことなのですか……何故、セ、セレクト様が――キャ!」

 倒れた椅子に気づかずに腰を下ろしてしまったリネアさんは、後ろに転げてしまった。

 そうとう同様しているのが見て取れる。そんな姿を見ていてセレーネさんとのこれまでの言動に、なる程と合点がいく。

 そう……情報の漏洩もとは間違いなくリネアさんである。

 椅子に座り直したリネアさんは顔を伏していて、その後ろで椅子を直したフィアさんが済まなそうな顔をしていた。

「リネアさん、別に責めたりしませんから顔を上げてください。僕達がセレーネさんに目をつけられるのは時間の問題だったと思いますし……」

「ふふ、それだとまるでわたくしが悪者みたいですわ。ナターシャちゃんからは順序建ててお話を聞いただけですのに……」

 そう思うのは自由だが、実態は尋問に類するやりとりがあったはずだ。

 全員が着席すると、既に料理は裏手で準備されていたらしく、目の前に山となって出揃う。

「積もるお話は、お腹を満たしてからにいたしましょう」

 と、言っているはずなのに使用人が誰ひとりとして、この場に残っていない。

 マリーとリザに合図を送り、料理に手をつけるよう指示する。

 縮こまっていたイースさんもそれに乗じて食べ始めた。

「セレーネさん。僕達を集めたってことは、スペリアムでの出来事は知っているんですよね」

「ええ、もちろん。リリアでの急速な発展やリザさんのご病気の事も掴んでおりますわ」

「そこまで知ってて、僕達……いや、僕に何かごようなのでしょうか?」

「……こちらをご覧下さいな」

 一冊の本が魔力で浮遊して、僕の手に落ちてくる。

 大きな木を模した刺繍が施された本には”女神の降臨~英雄紀伝~”なんて事が書いてあった。

 パラパラとめくると、有ること無いこと書かれているが、間違いなく僕たちのことである。

 最後のページをめくり、著者”グレイル・アクア・クローチェス”を見つける。

「すみません。セレクト様……お父様方が勝手に……」

「……う、うん。まあ、名前は伏せてあるし……」

「そのことについても……実は……劇を通して名前が上げられてしまいまして……うっうっ」

 嗚咽が入るほどに泣き出してしまったリネアさんに、皆の食事の手が止まり、フィアさんが背中をさすっている。

 何とかポツリポツリとフィアさんの補足混じりに経緯を聞くに。どうにもグレイルさんが教会に蔵書として送った本が原因らしく、写本が多く世に出てしまったようだ。

 そしてその人気に嫉妬した何者かが、演劇で表現するにあたって僕達の名前を出してしまったらしい。

「利益と権利がドロドロに絡み合った結果、激化してしまったということですか……」

「セレクトさん達はこのセプタニアでも、今や貴族界隈ではとても名が広まっております。故に迅速な対応を迫られてしまって、申し訳ありませんわ」

「もしかしなくても。視察と言う名目も僕とリザを保護するためですか?」

「ええ……あの時は逃げられてしまいましたが。今こうしてお話しておりますので一安心ですわ」

 またあのニヤリとした口元を隠すように扇子で覆うセレーネさん。

 仕草はとても魅力的だが、そこに含まれる見透かされている感じは、ヤルグを対峙した時と似ている。

 だけれども各国の要人が手を出してきていたらと考えると、セレーネさんの対応はとても温厚的だと思ったほうがいい。

 ふと僕の口からは感謝の言葉が出てきていた。

「ありがとうございます」

「ふふ、でも本当に懸命な判断をなされて良かったですわ。強行する輩がちらほら覚えがありましたから。それに同盟を結んでるとは言え隣国に囲われるのも、堤体としてはよろしくありませんからね」

 またリネアさんが凹みそうな事を……見れば肩を落としたリネアさんが、シュンと縮こまっている。

「あれ、でも昼間にスペリアムの大使館に協力を頼みに行きましたけど。門前払いでしたよ?」

「……その件は聞き及んでおります。本人の確認が出来なかったと言っておりましたが。英雄であるセレクト様の顔知る者に確認を取れば、すぐにでも協力いたしておりました。誠に申し訳ありません……」

 手違いと言うものは何処にでも転がっているし。何より僕が納得させられる物を貰っておきながら、人に預けてしまっていると言う、有様だ。

「いや、僕の方にも十分非があるんで、その事はいいっこ無しでお願いします」

「そんな……ですが……」

「そうですわ、ナターシャちゃん。既にセレクトさんは私の庇護下におりますので、どんな手を使ってもこの事実は変えられませんわ。それに救国の英雄に対してこの所業は仇で返しております。我が国としてはとても許されるものではございません。そこをしっかりと理解しておいででしょうか?」

 後半はどうにも僕達に向けても言っているし。

 弱みを握った時にヤルグもよくやる、絶対優位の交渉が始まってしまった。

「はい、ですから。私達が代表としてセレーネ様の下で、謝罪の機会を作っていただけるよう。お願いしに参りました」

「私達は同盟国でナターシャちゃんの頼みですもの、謹んでお受けしますわ。では、後ほど場を改めて設けまして、本人への謝罪とさせていただきますわね。それでよろしいでしょうか、セレクトさん?」

 答えなど分かっているはずなのに、セレーネさんはこちらに振ってくる。

 異論がないことをマリーとリザに確認し、

「――はい、分かりました。ですが、僕達は本来学生であり、今後にわたって各方面から狙われる事は目に見えています。その上で国からの監視と護衛がつくでしょう。ですから学園での生活をする間は、その費用を教国に負担していただこうと思います」

 落としどころとしては甘甘だなぁ、なんて自分で言っておきながら思っていると。

「あら、お優しいのですねセレクトさんは、てっきりリリア商会持込の交渉術を披露していただけると思いましたのに……流石にそれでは国としての体裁が保てませんわ。せめて迷惑料として教国が得た利益の……七割はいただきませんと」

 と、セレーネさんは付け加えた。

 この場合、賠償金として全額以上のお金をふっかける事が出来るところを、あえて利益の七割なんて言う。

 確信をもって言おう、セレーネさんは優しい人だ。

「リネアさん、それで大丈夫でしょうか?」

「ありがとうございます、セレクト様。そのように上にはお伝えします。絶対に譲歩なんてさせません……」

 意気込んでいるリネアさんは親の敵を見つけたように、黒いオーラをまとっていた。

 とりあえず元気になったリネアさんを見て、これで食べ物が少しは喉を通る。

「このステーキ美味しいな……何のお肉使ってるんだろ」



 晩餐を終えた僕達は、リネアさんを見送ってから客間へと場所を移した。

 円卓を囲み、ふふふっと笑うセレーネさんを前にまだ交渉は続く……

「これで心配事が減りましたわ」

「無くなったんじゃなくて、減ったんですね……それで、あのやりとりって意味ありました? 事前にリネアさんとはそれとなくこうなる事を、話し合って決めてましたよね。絶対」

「あら、それはどうでしょう。交渉事には絶対なんてありませんわ」

「政とそこらの商談を同じにしないでください」

「ふふ、セレクトさんはとても面白い方で、私とても嬉しくなってしまいます。何せ王国の政策に口を出す方たちは、私利私欲か戦のことばかりしか考えてないのですから……平和を維持するのはとても大変なのですわ」

「それで、これで終わりって訳ではないですよね?」

「なぜそのように思うのかしら?」

「この件に関しては少し、いや。かなり無理を押し通したと思います。それで善意だけで僕達を保護したと言うには、やっぱり無理がある。正直に聞きます、僕に何をさせたいんですか?」

「一個人に対して王族が願う……とてもセレクトさんは大きく出ますわね。本来は私の方が願いを叶える立場にあるはずなのに……ええ、そうです。あなたにお願い事がありますわ」

 ずっと口元を隠していたセレーネさんはその扇子を閉じてる。

「ただ、その前に一つ。マリーちゃんでいいかしら? 貴方は私の保護を受けられない立場におります。何故かと問われれば、メルちゃんがセレクトさんを諦める代わりに貴方の保護を申し出たからです。今直ぐにメルちゃんの下へ行ってくださればとても助かりますわ」

 ここでマリーが留まればとどまる程に僕とメルヴィナの遭遇確率は増えるのは確かだ。

 だからといって、あの指輪の事もある……

「セレクト……」

 だけど、マリーの目を見れば分かる。

「……ふぅ、行っておいで。それに約束もしてるんでしょ?」

「すまない。だが、あいつの傍にいるのは王都にいる間だけだ。学園に戻ればいつものように……」

「ああ、飯でも作って、一緒に食べよう」

 やっと笑顔になったマリーに僕は憂いを見せずに送り出す。

 これでセレーネさんが気にしていた、メルヴィナ側の人間を追い出せた状態になる。

 聞かれてはまずい願いとはなんなのだろう……

 セレーネさんは微笑を浮かべて――頭を垂れた。

「伏してお願い申し上げます。私の父で現国王。グラム・ドラグ・セプタニアン。その人の瞳に光を取り戻して欲しいのです」

 僕は王族が頭を下げるなんて考えておらず。一瞬何が起こったのか分からなかった。

 特に威厳を重視する立場にいると思われるセレーネさんが……

 でも、この光景には既視感がある。

「か、顔を上げてください!」

「ですが、不治の病を治してしまわれたセレクトさんであれば」

「……出来ないなんて言うには早計かもしれませんが」

 あ、動揺していらぬ事を言ってしまった。

「でしたら、治る可能性があるという事ですわね!」

 わっと両手をセレーネさんの綺麗な手で握られる。

 顔が近すぎて目をそらさずにはいられなかった。うう、リザさんそんな目で見ないください。

「………ん……せめて症状を教えていただかないことには……」

 取り乱したことをほほほと笑って。でも、何処か図られた気がした。

「はい――――」

 症状を聴く上で、国王が加齢もしくは遺伝による白内障を患っている事が分かった。

 もちろん僕は医者じゃなし、目についても詳しい治療方法など知りはしない。

 だから確実な手術なんて事は出来ないし、実績もない……それでも治す手立てが無いわけではなかった。

「ちょっと用意して欲しいモノがあるんですけど……いいですか?」

「直ぐに用意させますわ。それでどういったものを――」

 セレーネさんにお願いしたものは、直ぐさま僕の前に籠いっぱい用意される。

「すぐにご用意できる物はこれだけですが……今からでも追加を――」

「いや、五個ぐらいあれば良かったんですけど」

 庶民と王族の隔たりを感じつつ、僕は一つ手に取り確認する。

「ちゃんと中まで茹でてあって使えそうです」

 用意してもらったのは何の変哲もない”ゆで卵”。

 カラを剥いて楕円の球体が皿の上に転がす。

「この白身って白内障の症状と似てるんですよ。今からこれを透明な状態に戻すことが出来れば。あ、出来ちゃいましたね」

 知識として戻すことが出来ると知っていた。

 だが、その方法というものが特許の関係上、知識として欠落していたのだったが。

 錬金を行うことで時間をかけずに成功させてしまった。

「そ、そんなに簡単に治せてしまうのですか!」

 流石にセレーネさんも驚くが、僕も簡単に出来てしまった事に驚いている。

「……意外にできちゃうんですね。あ、まだ、確実に治るとは限りません。せめて動物で検証をやったあとに、被験者を募って、あ」

 このパターンはやばい、また余計な事を口走ってしまった。

 どうにも研究している感覚でしゃべるとボロが出る。

 言い訳を考えていると、手を引かれ、膳は急げとセレーネさんが立ち上がる。

「あのー」

「城内の治療所に同じ病の馬がおりましたわ。そちらへ向かいましょう」

 治療所では白内障の治療目的に集められた動物たちが檻の中に居て、あれよあれよと動物実験の結果は……見事にうまくいった。

 何匹か同じことを繰り返し、全部が成功例としてデータが取り揃う。

「姫様!見えます!……なんとお礼すればいいのか……これで孫の顔を見ることができますぞ。くぅ」

 男泣きを見せる初老の下男が何度もお礼の言葉を述べて、神に祈りを捧げながら部屋を出て行く……

 被験者を募るとはいったが、これでは人体実験ではないだろうかと頭をよぎる。

 その後も片目だけ濁った兵士達を治療し、問題は何も起きなかった。

 改良の余地がまだ見いだせていないし、逆に失敗例が出ない事が僕には怖い。

「あの、セレーネさん……ここは?」

「この先がお父様の部屋ですわ」

 分かっていた事を再確認するために聞いてしまった。

 なにせ、ここに来るまでに強面の門番からはとても睨まれ、侍女達には総出で止められもしたのだ。

 それでもセレーネさんは聞く耳持持ってくれない。

「だから、ですね……気が早いんじゃないかなぁと僕は思うんですけど」

 僕の言い訳虚しく、扉の奥へと手を引かれ、国王様の前へと連れてこられてしまった訳である。

「お父様このような時間に申し訳ありませんわ」

「外が騒がしいと思ったが。そうかセレーネか。うむ、お主も王選に参加する決意が整ったということであるな? では、王たる証を見せよ」

「はい。では、セレクトさん。お願いしますわ」

 治療をするだけなのに、政がすぎる。ましてや王選なんて言葉が飛び出しているのだ。

 面倒くさいを通り越している……。

「セレクトさん、さあ」

 セレーネさんが国王様との間を空ける。とうとうここまで来てしまった。

 弱腰の姿勢をするのは失礼に当たると、気を引き締める。

「はい。では、目を見せていただいてもよろしいでしょうか」

 失礼がないように、国王様の両目を見ると、真っ白に濁った瞳が光に反射する。

 今までの事例から言えば、簡単に治せる部類にはいる。

「どうですか?」

「これだったら直ぐにでも治せます」

「ほう、お主は余の目を治せると申すのか……名はなんと申す」

「これは失礼しました。僕の名はセレクト・ヴェント。リリアで生まれ、魔術師を目指し今は学園にて学生をしております」

「ほう、昼間にもリリアの出と申す……マリーという娘がきたぞ。知り合いか?」

「はい、彼女とは旧知の仲にあります。粗暴は矯正しましたが、何か失礼な事をしていなければいいのですが」

「何、良き武人として覇気を放っておった……だが、お主からはそれ以上の覇気を感じるが。魔術師にして惜しい程の才を持っておるな」

 どうにも魔力を図られての評価をされたみたいだったが、たしかに僕の魔力は貴族と比べると小さい。

 今は魔法の構築技術で差は埋められるが、同じ物を使われれば間違いなく押し負けるだろう。

「解せぬな。学生風情が何故我の目を治せると申すのか聞いてみたい。説明してくれるのであろうな」

 もちろんと頷いたセレーネは答える。

「お父様、この方はリザイア・ルドロ・リリアス嬢の不死の病を治しただけでなく。数多くの偉業を成してリリアを発展。加えて教国では魔王を倒し。果てはこのセプタニアの地位を向上させた。立役者にございますわ」

「…………」

「…………」



 一方のマリーは、メルヴィナの屋敷へと丁重に迎え入れられていた。

「おい。メル」

「何だ?」

 二人は就寝の準備が整ったようで、ベッドへと横になっている。

「ベタベタするな」

 メルヴィナはセレーネから渡された本を読み終えてからというもの、興奮仕切りで使用人たちにはマリーの凄さを語り。

 その度に傍らにいないマリーのもどかしさで気を落とす。

 ペトゥナの帰還を機にセレーネのいいつけを無視し、マリーを取り戻すべくフル装備で準備を整え、いざ出陣の構えを取ろうとしていた。

 そして、そこにきてマリーの来訪が伝えられ一転。

 鎧を脱ぐやいなや、まるで無理やり猫をあやすようにマリーをもみくちゃにしていた。

「それに指輪はなくなったのだ。同じ部屋で寝る事もないであろう!」

「そう言うなマリーよ。我はお主が自分から戻ってきてくれて嬉しくて仕方ないのだ」

「だからお主のためではない! 約束だからだ! なっ、何処に手を」

「夜は長い、楽しもうぞ……」

「な、なんで、こう、なったー!」



 間が開いたどころではない、時間が止まった気さえした。

 僕が言った訳ではないにしろ自己紹介で魔王を倒したと言うのだから、疑われても仕方がないし。詐欺師でさえ盛らないような話がそれに続く。

「ふ、ふははは。これはまいった。セレーネが連れてくる輩と聞いてどのような者かと期待したが、それ以上。過去の英傑も霞んで聞こえる大英雄ではないか。あっはっは」

 これを丸呑みで信用するのは子供だけな気がするが。セレーネさんと言う人柄があって真実味がおびたのかもしれない。

 だけど、セプタニアの地位の向上とはどういうことだろう……

 国王がひとしきり笑ったあとに、咳払いしてから話を続ける。

「すまぬな。幼少の頃に読んだ英雄を思い出すほどに心踊ったのだ。許せ。して、そなたの英雄譚に我の名を残すことができるとあらば、喜んで力となろう。さあ、治してくれるか、我の目を」 

 差し出された国王の顔、その閉じた瞳に魔法をかける。

「目は開けないでください。急に光を瞳に取り入れれば、痛みを伴うかもしれませんので」

 治療はほんの数秒、そこにイースさんに作った魔法の眼鏡を国王の顔にかける。

「もう目を開けて大丈夫です。それと、当分はその眼鏡を付けていてください。特に日中は必ず」

「…………」

 目を開けた国王は僕を見て、セレーネさんを見て、周りをぐるりと見渡して。また僕へと戻る。

「すまぬ……いや、これほどとは」

 枯れた井戸から水を汲み上げたように、涙を両目から流す。

「ああ、こんなにも光が眩しいとは。色あせた記憶も鮮やかに戻る……おお、セレーネか、とても母親に似て美姫前としておるな」

「お父様……お初目にかかります」

 僕は涙ぐむセレーネさんの言葉で、どれほどの月日が国王の目から光を奪ったのかを考える。

 急かされるがままに行動してしまったが。この時を待ち望んでいたのは国王だけではなく、セレーネさんも待っていたのかもしれない。

 それに治療所には多くの被検体があり、治療の研究が進められていた。

 これを主立って行った人物を想像する……

 抱きしめ合う親子の光景を見て。

 僕は、生涯において忘れることはないだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きがとても気になります。 テンポよく話が進んで読むのが楽しいです。 いろいろ大変でしょうが、続きを期待しています。
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