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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第6章――
57/59

57話 眠り姫

 山のような城は迷宮と言い換えても過言ではなく、ちょっとやそっとでマッピングできる規模ではない。

 正直、城内に潜入して見つかった相手が既に知り合っているセレーネさんで良かったとどこかで思っている。

「リネアさんに逃げられてしまった……」

「大丈夫、嫌われてはいないはずですわ」

 笑っているセレーネさんを見るからに、今後の展開が非常に心配であるが。それよりも優先される事が僕の前にはあった。

 それはリザとマリーとの間で交わされた内容についてと、マリー自身に起きている事だ。

「セレクトさん。あなたはリリアの隠し球でこのセプタニアにおいても宝ですわ。そこをしっかりと理解したほうがよろしいです。簡単に弱みを握られてしまわないようお気をつけくださいませ」

「って事だと。バレてますかね……色々と」

「ええ、色々と……でも分からない事もあるかもしれません。ですけど私もセレクトさんが知らないことも知っているかもしれませんわ」

 なぞなぞなのか引掛け問題なのかと考えを巡らせるが、答えは無いなと諦める。

「僕の知らないことですか……」

「まあ、その事は追々……着きましたわ」

 そこでは城の兵士の出入りが激しく、扉は開け放たれたままになっていた。

 誰もが役割を与えられ忙しいのか、こちらを気にかける者はいない。

 しかし、セレーネさんが扉へと近づけば兵士たちは立ち止まり広間の奥まで道ができる。

 影ではあるが、その先に見えた目的に向かって僕は歩く。

 何か色々な愚痴を考えていたが、どれもこれもすっぽりと抜けていくき、最後に残ったため息を吐き出す。

 まだ距離はあるが、声が届くところで立ち止まった。

「マリー」

 僕の一声で立ち尽くしていたマリーが振り返り、その顔は今にも泣きそうなほどに歪んでいた。

 そんな顔を見せるなよと言ってやりたかったが、

「なんだ。色々考えたが……迎えに来た。行くぞ」

「あ……あ……」

 口をパクパクと動かしてはいるが言葉にはならず、まるで迷子が親を見つけたような足取りで、マリーは僕に駆け寄ってきた。まだまだ十四歳で精神は未成熟なのだと悟る。

「よっ」

「……セ、セレクト……どうしてこんなところまで」

「様子をちゃんと見ておきたかったのと……リザと何があったのか知りたくてさ」

「すまない……本当に私は愚かだったのだ。お前が見てなければと何処かで思っていたのかもしれない。裏切るつもりはなかった!」

「…………?」

 どうにも僕は思い違いをしているようだ。会話が噛み合わない。

 マリーが僕を裏切るつもりはなかったというが、まるで心当たりがないのは困りようだ。

「流されるようにこんな所まで来て、気づくのが遅かったんだ。だがもう、間違えない。だから……セレクト……隣に……居させて――」

 言葉が途切れ倒れこむようにマリーが僕に抱きついてきた。

 急な出来事に腕を背中に回したが、女性特有の甘い香りにドキリと胸がなる。

「マ、マリーさん? ちょっと大げさすぎじゃないですかね?」

 体重をかけてくるマリーを支えるために腕に力を込めた。

「おい、流石に……って、おい!」

 本当にマリーは力なく、ズルズルと重力を受けて腕から落ちていく。

 意識を確認したが気を失っている。

 どういうことだと、あらゆる可能性を見るためにマリーの魔力の働きをみた。

「何だこの魔力……体を縛り上げてるのか……」

 茨のような魔力がその触手でマリーの内側にへばりついている。

「これはいったいどこから。この指輪か? 魔道具か!」

 術式を読み取る魔術でどのような形式をとっていてその魔法の性質を見抜く。

 ふざけるなと叫びたい衝動に駆られたが、怒りに駆られるよりも魔法の解除が先だった。

「魔法は解けたけど……指輪を壊してもダメか……無理にこの茨も引き剥がせない。遠隔型……」

 周りを見渡し、魔力の痕跡を辿っては同じような術式を模した指輪をつけている人物を見つける。

 それは眼光鋭く、赤い紅蓮の髪を携えた人物。

 誰もが知る王国の戦姫、メルヴィナ・グラン・セプタニアン。

 人を虐げるために作られたような魔法具をマリーに取り付けた張本人。

 めまぐるしい後悔の連鎖で頭を殴られた気がした。

「……僕の目は節穴だったか。ゴメンなマリー、すぐに自由にしてやる」

 マリーの腰にさしてあった刀を引き抜き、僕を今も睨み据える人物へと向き直る。

 歩くよりも早く、走るよりも遅く、僕は進む。

 メルヴィナの持つ大剣の長さは刀より二倍は長かったが、速度を変えずに僕は刀の届く範囲まで突っ込んでみせ、反応したメルヴィナは問答無用と大剣を振るう。

 交差する合間に僕は避けつつ一閃。

 轟音凄まじく、またたきも許さない一瞬で二撃目をメルヴィナが穿つ。

 が、僕の目的は完遂したので既に後方へと下がっていた。

 攻撃が空振りに終わったメルヴィナは呆け、僕は背中を向けてマリーの下へと歩き出した。

「どうした? 今ので終わりか? 不抜けたか……」

 つまらない挑発など僕には響かない。

「どうとでも……」

 顔をメルヴィナに向けていなかったので声が届くとも思えなかった。

 だが、小さな金物が落ちる音がしたと思えば後方で気配が膨れ上がる。

「――貴様よくも!」

 空気が振動し、衝撃がメルヴィナと共にやって来る。

 激情に駆られた大振りの剣を避けるのはたやすく、そこに一つ体術を加えて受け流してやれば綺麗にメルヴィナの顔は泥に塗れる。

「何が……起きた」

 刹那の中でうつ伏せで倒れたメルヴィナは起き上がろうとしたが、僕が上に乗り両手の関節を決めているので立ち上がれない。

「…………」

「貴様……そうか。お前がマリーの――セレクトとはあの時の魔術師か!」

「うるさいな、だまれよ。お前にマリーを預けたのは間違いだった」

「あ? だとおおぉぉ!」

 怒りを糧にメルヴィナの尋常じゃない力が腕に加えられるが、人の形をしている以上どんな者であれ……絞められた関節に無理に力をこめれば肩が外れるだけだった。

「糞、クソ、くそおおぉ!」

 メルヴィナの暴走を始める魔力の胎動、紅蓮の髪が赤みを増して輝きだす。

 だから僕は一つ、その無防備な背中に手を置いて魔力を流し正常に戻してやる。

「あああああああああああ……あ?なんで、だ……竜化が」

「仕掛けが分かればどうということはない。そろそろ終わらせよう。あいつの痛みを知れよ」

 今一度魔力をメルヴィナの体内に流し、意識を削り取る。

 抵抗する力がなくなったメルヴィナの上から離れ、マリーの体内魔力が正常に戻っているのを確認した。

 それから縛られて不規則になっていたマリーの魔力を正常に戻す。

「……私は……そうだセレクト」

「痛むところはないか?」

 マリーは上体を起こそうとしたので手を引いてやる。

「問題ない……これは、セレクトがやったのか?」

 倒れたメルヴィナを見て言っているのだろう……

「止む終えずね……それと指輪は壊させてもらった」

「そう、か」

 指輪の有無を確認したマリーが立ち上がると、メルヴィナに近づいて悲しみにくれた表情を浮かべる。

「メル、すまない。全ては私の責任だ……セレクト、私はこいつと約束をした。一緒には帰れない……」

 僕はマリーが無理やりに従わせられていたと思い込んでいたが、どうにも様子が違う。

 意識を飛ばすのはやりすぎただろうかと考えたが、あんな指輪をマリーにはめさせていたのだから弁解の余地などさせない。それがマリーの意思であったとしても。

「とは言っても。一度は一緒に来てもらわないと困る。リザが倒れたんだ」

「リザが!」

 驚きのあまりリザが振り向き、苦悶の表情を浮かべた。

「マリーとの意識をつなげている最中に起きた事だ。詳しく知っておきたい」

「…………セレクト、すぐに行くぞ」

 意を決したマリーの瞳には憂いはなく、これでリザに会わせることができそうだ――この殺気立つ兵士達を振り切れれば。

「俺達の姫にあんな真似しやがって、どこにも行かせるかよ」

 大剣を携えてた兵士が僕達の前まで来ると、出口の扉を固めるように他の兵士達も壁を作った。

「やめよ。その方達は私の客人ですよ?」

 強固な壁に思えた人の壁は綺麗に二つに分かれると、セレーネがホホホと現れ、その隣には何故かメルヴィナの側近で隠者のペトゥナが控えている。

 どす黒い殺気は見なかったことにしよう……

「セレーネ様、ですがこの者は姫様を」

「これはあの子と彼等の問題ですわ。貴方がたが手を下せばそれこそ取り返しがつかなくなってしまいます」

「ですが!」

「喧嘩程度で戦争を起こすつもりですか?」

 扇子を広げたセレーネさんはいつものように口元を隠すが、その目は笑っていない。

 横で見ている僕でも背筋が凍りそうな冷徹な目である。

 蛇に睨まれたカエルのようにその眼光を受けている兵士は萎縮し、顔色が青くなる。

「ささ、セレクトさん、今の内にここから離れてしまいましょう」

「待て……メルヴィナ様は」

「両肩を脱臼して気を失ってるだけだよ。すぐに目覚めるさ」

 ペトゥナさんの憤怒の表情、その瞳の奥に悲しみを見てしまい僕は同情をしてしまった。

 後は城を出るまでセレーネさんに付き添ってもらい、城下町へと戻ることが出来た。



 

 宿屋、地竜の懐は平民街でも裕福層が住まう場所にある。

 老舗として知る人ぞ知る完全紹介制の宿屋で古風な作りが売り、その顧客も富豪と貴族が多い隠れ家的存在。

 セレーネさんにも宿泊場所として宿屋の名を出したらクスクスと笑いながら「誰も下手に手を出せませんわ」と、含みながら言っていた。

 他にも別れ際に「ことが済めば迎えを送ります。これからがとても忙しく、楽しくなりそうでなによりですわ」

 やはりというかなんというか、とんでもない相手に恩やら弱みを握られてしまったようだ。

 そして後方のマリーも城を出てから言葉を交わすこともなく、宿屋までついてきてくれた。

「やっと帰って来れた……入るよ!」

 扉をあけて奥へと進む、ベッドにリザは寝かされてイースさんが傍らにオロオロとこちらを見ている。

「リザ!」

 マリーが今だ眠り続けているリザに駆け寄り、僕もあとに続く……

「リザは起きた?……それとリネットさんはどこに」

「リザイア様の意識は戻ってません。リネット様もさっきまでいたんですけど、急に飛び出して行っちゃいました」

 セレーネさんの手の者に気づいてリネットさんは飛び出していったと推測するべきだろう。入れ違いになったのは不安であるが、向こうも事情は把握しているはずであるので、戦闘行為までは発展しないはずだ。

 それよりもリザの意識が戻らないのが気になってしかたがない。

「やっぱり無理に意識の同調を解いたからかな……他にも要因がありそうだけど。マリー、何があったか覚えている範囲で説明出来る?」

「……私は……」

 目をつぶったマリーは一度大きく息を吐いてから意を決したように話し始めた。

「セレクトの信頼を踏みにじったと思い、いてもたってもいられなかった。それであんなにも心配していたリザを拒絶してしまった」

「……そうか。だとしたら――」

 僕は状況を今一度頭の中で再現し、リザの心情を考慮して倒れた時のことを思い出してみる。

「マリーの心情を心配したリザが無意識下で力を強めたと仮定して。リザの力の本質は同調だったはずだから……負の感情による精神汚染状態にあるのかも」

「それは一体どういう」

「このままじゃ目を覚まさない可能性もあるし、何より悪夢に囚われている状態とも言える」

「それなら直ぐに!」

「もちろんなんとかする。とりあえずリザの状態がどうなってるのか――」

 力を押さえ込んでいる魔道具のアクセサリーをリザの手から離す。すると抑えられていた思念の波動が頭へと響いてきた。

 耐えることはできるが周囲の状況を考えて直ぐに魔道具をリザへと戻す。

 何処までが範囲か分からないが、外が少し騒がしいきがする……

「なんだ今のは。リザはあの苦痛の中に居るのか?」

 これはまずいなんてものじゃない、精神汚染の空間を作り出すリザの体質がバレれば災害とでも呼ばれてしまいそうだ。

 中世の魔女狩りじゃないにしろ幽閉や封印などという騒ぎはごめんこうむりたい。

 と、今はどうでもいい事は考えないように頭を切り替え、リザの精神サルベージ計画を模索する。

 早くしろとばかりにマリーが睨んでくるが、人の精神に関する魔法などおいそれと試すことはできない。

 外からはどうにも出来なさそうだが……内側からだったらどうだろう。

 創作の話になぞる訳ではないけども、精神を同調させられる環境は整っている。

「よし。マリーにはリザを助け出しに行ってもらおうかな」

「分かった! なんでもやってやる……と、どこに行けばいいんだ?」

「もちろん、リザの頭で心の中だよ」

「そんな事が可能なんですか?」

 話を聞いていたイースさんが身を乗り出して聞いてくる。

「何か特殊なことをするわけじゃない。既にリザが思念を飛ばし続けているからそれに同調するだけ。リザの力の範囲を――これぐらいに限定してマリーには隣のベッドで寝てもらう。外から連絡取れるように魔法を作っておくかな」

 リザの寝ているベッドにもう一つベッドをくっつけツインサイズにする。

「セレクトはどうするんだ?」

「僕は外から逐一様態を見てマリーを引き戻すか指示を出すよ」

 セーフティとしての役目がなければマリー自身も精神汚染で戻ってこれなくなる可能性があるが、それをマリーに伝えても不安を煽るだけで、成功率が下がる事はしない。

 そこから準備が整うまでに三〇分とかからないかった。

「こっちの準備は終わったけど、マリーの心の準備はどう?」

「いつでも行ける。だが……あの中で寝れるものなのか?」

「心配はいらない。マリーが寝てからリザの力を範囲を広げるから……さ、寝て」

 マリーはリザを一瞥してから横になり、そっとリザの手を握る。

「今から眠りの魔法をかけるけど抵抗するな」

「…………」

 すぅと、マリーの寝息を確認した後に賢者の石を使って二人の状態を確認する。

 映し出される数値は脈、脳波、魔力振動数と限られていたが、今からでも増やしていくつもりだ。

 それとイースさんも息を潜めて覗き込んでいた。

「マリー、聞こえるか?」




 城内でのちょっとした混乱が収束してから日も陰りだした頃、贅沢な彫刻を模した天蓋付きのベッドで横たわる真紅が目を覚まし、すぐそばで椅子に座った紺碧が刺繍の施された本を閉じる。

「両肩は治しておきました。まさかあなたが負けるとは思いませんでしたが。他に痛むところはないかしら?」

 うそぶくセレーネはセレクトをけしかけた張本人であるが、力量差を見余ったことには驚いていた。

 まさか魔術師として大成した英雄が、剣をもってしてもセプタニア王家を凌ぐ力量を持っているとはと……

「その声はセレーネか……見ていたのか? なんとも無様だっただろ……まさか人間の、魔術師に手も足も出ずに完膚無きまでに負けるとは」

「ふふ、メルちゃんから弱音を聞けるとは思いも……でも、随分と楽しそうで何よりですわ」

「今の我は笑っているか。負けて奪われたのにこうも心躍るとは」

 メルヴィナは改めて自分の手を見ていう、そこにあった物をなぞり舌なめずりをする。

「奪われたのなら奪い返す。セレーネ、あの者が何処へ行ったか知っておるのだろう?」

「お教えできませんし、どちらが先に奪ったと言えばメルちゃん、あなたの方でしょう? それにあの方は私の下へと来ていただくのですから、粗相を働かれては困りますわ」

「あ?」

「ああ、こんな目をするようになってしまって。私はとても悲しいですわ……昔はお姉ちゃんと言ってあんなにも可愛かったのに……」

 セレーネはおよよと演じた仕草で手で顔を隠し、ちらりとメルヴィナを見てから、

「こればかりは譲れません。それに先程から寝たまま……まだ体が動かないのでしょう?」

 図星をつかれたメルヴィナは苦虫を噛み締めてセレーネから顔を背け、ひと呼吸してから天井を見つめる

「…………あの者は我にいったい何をしたと思う?」

「詳しくは分かりませんわ……そうですわね。セレクトさんは魔法を得意とされていたはずですけど、一切使っておりませんでしたわ」

「竜化が出来なかったが、あれは魔法ではないのか?」

「あれも魔法ではありません。あれは魔力をそのままメルちゃんに入れていたように見えましたわ」

「そんな事が可能なのか?」

 脳筋のように見えるメルヴィナだが、教養として魔法の知識は叩き込まれている。

 そしてその基礎として他人による魔力干渉は行えないと教えられていた。

「質問ばかりで昔のメルちゃんに戻ったみたい……魔法では無い何らかの方法で魔力を操作したとしか思えませんわね。はぁ、お兄様がいれば詳しく聞けたのですが、今はおりませんし。残念ですわ」

「人間で王家の血を強く引く我に魔法を使わずに……そうか! マリーはこれを見ていたのだな。だとしたらあれがマリーの……師」

 高くそびえるセレクトという壁に魅せられ、頑なに隠そうとしていたマリーの秘密が繋がる。それはメルヴィナに確信を持たせた。年がどうのと軽く混乱しているメルヴィナをセレーネは楽しそうに見る。

「ではここで一つ、メルちゃんの答えと私の答えを合わせてみましょうか?」

 そう言ってからセレーネは持っていた物をメルヴィナに見せる。

「本?」

「ええ、教国で見つけた本ですわ」

  



 リザの意識下へと入ったマリーは靄の中をひたすら落ちる感覚にとらわれていた。

”マリー、聞こえるか?”

「聞こえる!」

”どんな感じだ?”

「靄の中を落ちている感じだ!……あ」

 マリーは靄を抜け、そこが大空だと知る。

「なんて美しいんだ……これがリザの心」

 あの靄は分厚い雲であり、今見えるのは夕日と夕闇が交じり合う風景。

 セレクトがリザに渡した魔法具の宝石と同じ光景であり、リザの新しい記憶をマリーは見ていた。

 自由落下は止まることを知らず、まだまだ地面までは程遠い。

”大丈夫か?”

「まだ落ちてるが……地面は見えているが、このままで大丈夫なのか?」

”取り敢えず落ちる所まで落ちようか。着地は意識をしっかり保て衝撃に備えて”

「…………ああ、分かった」

 マリーの額にはうっすらと汗が浮かび、これから自身に起きる事を考えないようにした。

 地面まで到達するのに数分を要してから、着地の衝撃は感じず埃すらたたなかった。

「ふぅ。着いたぞ」

”問題はなさそうだね。もう一度回りの状況を教えてよ”

 マリーは荒野が広がる光景を見渡していると、いつの間にか大きな屋敷が目の前に現れた。

「砂漠に……急に屋敷が目の前に」

”リザの心の中だからマリーの主観では認識がしにくいのかもね。それにしても開墾する前の記憶か……屋敷に入ろう”

「分かった。それにしても先ほどより少し声が小さくなってないか?」

”……これから徐々にもっと僕の声が届かなくなると思う。十分注意して進もう……”

 屋敷の扉には鍵はかけられておらず、マリーは中へと進む。

 そして何やらパーティーでも開かれていたのであろう装飾と、絢爛豪華な内装がマリーを出迎えた。

「中に入った」

”まずは……二階のリザの部屋に行こうか”

 マリーは中央階段をのぼり、セレクトに言われるままリザの部屋へと移動する。

 中へと入ってみたが調度品やベッドもなく、空の部屋が広がる。ふと窓の外に見たことのない街並みが見えた。

「窓の外に知らない街並みが見える」

”ついこの間まで砂漠に街を作ってたんだ。リザの部屋から見える街の光景だろうね”

「随分と楽しそうな事をしてたんだな……」

”いや、随分と忙しかったし。いろいろあったよ”

 乏しいものはほかになくリザの部屋を後にする。

 それからしらみつぶしに部屋を見て回ったが、どれももぬけの殻で手がかりが無い。

「屋敷内はだいぶ見て回ったが、何もないぞ」

 それとマリーは入ってきた時より装飾品が減っている気がした……

”使用人用の離れがあったから。そっちに行ってみようか”

 屋敷の裏方に通じる通路から離れに入るり、またしらみつぶしに部屋を見ようとしたマリーだったが。

 途中で他の色違いの白い花の彫刻が施された扉に気づき、そこで止まる。

「これはリリアのリザの部屋の扉だ」

”ん? 離れにリザの部屋の扉があったのか?”

「ああ、入ってすぐ近くにあった扉だ」

”…………入って――ようか”

 間をおいてからセレクトは誤魔化したが、そこは彼に宛てがわれた部屋である。

 徐々にノイズが交じるセレクトの声に不安を覚えたが、意を決して扉を開くとまた別の空間へと繋がった。

 そこは流れ星が流れ続ける夜空の平原。

「ここは星の降った夜か……む」

 入ってきた扉は消えていて、マリーの足元には毛布が一枚敷かれていた。

 めまぐるしい状況の変化にマリーが目をこすれば、次には馬車が現れる。

「次はこれに乗れというのか」

 馬もいない馬車へとマリーは乗り込もうと扉をくぐった瞬間。

「また落ちるのか! セ、セレクト!」

”マ……聞こ……合図……を――――”

 聞き取れずにセレクトとの交信が途絶え、マリーは落ち続ける。

 そして絶景として星の輪郭が見えた事で、ここがスペリアム教国の創世の大樹から降りた記憶であると思い出す。

 懐かしいと思うには衝撃的すぎるマリーであった。 

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