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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第6章――
56/59

56話 望むべき所

「取れない……」

 マリーはメルヴィナに敗北し、誓の指輪なる魔道具による効果によって行動を共にする事を余儀なくされていた。

「なに、王国での式典が終われば外れるようになっておる。心配するな」

 メルヴィナは自身の着ける指輪を指して言う。

 騎士同士誓いを受けた指輪はその願いが成就するまで、外れることは決してない。

 もし外したいと本気で願うのであれば指を切り落とす覚悟が必要となるだろうが、もちろんそこまでして外すメリットはマリーには無い。

 問題は指輪が外れないということではなく、その誓われた内容が問題なのである。

 そして願われた内容は”休暇の終わり、王国で行われる式典の終わりまで共に行動すること”

 メルヴィナは軽い気持ちで願った内容なのだが思いのほか指輪の効力は大きく、

 時にメルヴィナとの勝敗が決し互いに指輪をはめてマリーはその場を離れようとした際、誓の指輪の効果が発動してしまい体を貫くような痺れにマリーは襲われ昏倒してしまう事態となった。

 すぐにメルヴィナに介抱されて意識を取り戻しはしたが、どうにもメルヴィナを中心に半径十〇メートル以上離れてしまうと指輪の効果が発動し、意識が飛ぶほどの痺れに見舞われることが解ったのだ。

 そんなこんなでしばらくは衣食住をメルヴィナと共にしなくてはならなくなってしまった。

「ふむ、そろそろ時間だ」

「やっと着いたのか」

 メルヴィナ達は飛竜船に乗ってセプタニアの王都へと到着し、現時点で王国式典開催の三日前となる。

 各々で荷物をもって飛竜船から降りる中、二度目の王都だなとマリーは城下街の一部を眺め、城下街の中では目立つ時計塔を見つめる。

 ぞろぞろと他の乗客とともに地上に降りると既に馬車が用意されていて、馭者とボイルが待っていた。

「姉御ぉ。俺は家に顔をだしに行くが、本当にマリーを城に連れて行くのかよ?」

 どうやら船から一足先に降りたボイルはマリーの向かう先を案じているらしく、待っていたようだ。

「そうする他あるまい。心配するな、誰にも文句など言わせん。それにマリーは竜騎士としての才も十分に持っている。お前も見たであろう? 飛龍がああも心を開いているところを」

 今回も飛竜船には双子の飛龍が同行していて、マリーに甘えていたのをメルヴィナ達に見られていた。

「だけどよぉ……」

 ボイルが心配する先にある王城。古の龍が作ったとされる山の如き城は城でありながら龍の巣窟と呼ばれる危険地帯。

 鶴の一声ではなく龍の一声により弱者の命が紡がれ、次の政権を虎視眈々と狙う者達であふれている。

 どこで龍の尾を踏んでしまうかも分からないそんな場所だ。

 王政絡みでボイルも何度か痛い目を見ているのか、別れる間際までマリーの事を心配そうに見つめていた。

 そして荷物を馬車へと載せ終え、マリーとメルヴィナはボイルの心配をよそに王城へと向かう。

 マリーは揺られる馬車の中で、隣に座るメルヴィナにふと視線を向け、

「すまんな、マリーよ。我の浅はかな行いでお前を縛り付けてしまっておる」

 揺れる馬車の中で近づく城を前に、メルヴィナは少しだけ悲しげな表情でマリーに謝罪をのべる。

「そんな謝罪をすると雪がふるぞ?」

「今更気づいたのだ。お主の気高さは自由にこそあるのだと……」

「……本当に今更だな。だが、メルヴィナもこのような事態になるとは考えていなかったのだ。それに敗北した私の自業自得。勝者はメルヴィナだ、気にするな」

 メルヴィナは指輪の効果がこれ程に限定的なものになるとは思っていなかった。マリーも同じく軽い気持ちで受けた騎士の誓だからこそ、責める気にはなれない。

 もしこんな事をセレクトに知られたら叱られるだろうなと、マリーはため息を吐き、その時の言い訳を考えるようにしていた。

「うむ、前に一度訪れていた事があったが……改めて見てもやはりでかいな。そして今日はこの先に行くのだな……」

 馬車から城門が開いていくのがわずかばかりに見える。その光景にマリーは感慨深いものだと思うと、ふと言い知れない不安を感じる。

「ボイルが言っていたな。龍の巣窟だとか……あれはどういうことだ?」

「王選の義も近いのでな、何かと周りも騒がしい。なに、お主に何かあれば全力で阻止して見せよう」

 とは言ってくれているが、マリーもメルヴィナも野性的な勘は働くが、頭を使えるかと聞かれれば首をかしげてしまう。

「ペトゥナ、お前は先に王城へ戻り、マリーに手を出しそうな輩を洗い出しておけ」

 メルヴィナの命令がくだされると、どこに居るかは分からないペトゥナの気配が消える。

 城門が開いていくのをマリーは見ながら、やはり心の何処かにくすぶる感覚を払拭しきず、未知のものに対しての不安なのか、何か他のことなのか……答えが見つけられない。

 言い知れない不安を抱きながらマリーは王城へと確実に近づいていく……



 ただっ広く整理された庭を通り、豪勢な出迎えをされ、場所は移り城内。

「教国でも見なかった豪勢ぶりだな。この通路は目がチカチカしてきたぞ」

 特にちょうど太陽が通路を一番照らす時間なのだろう、マリーは煌びやかな調度品のある廊下を目をこすりながら歩く。

「お主は教国にも行ったことがあるのか……我も何度か訪れたことがあるが水が綺麗で果物が美味かったな」

「…………」

「それよりこれから父上……現国王グラム・ドラグ・セプタニアンに謁見しに行く。粗相のないように頼む」

 マリーが口を噤むぐ理由をメルヴィナはあまり詮索はしない。

 無論気にならない訳ではないが、マリーの信頼を得ることが優先事項なのかペトゥナにも詮索は不要とつたえていた。

 休む暇もなくマリーはメルヴィナに城内の奥へと連れられて、迷路のような階段をひたすらあがっていく。

 時折行き交う兵士や侍女達はメルヴィナを見るや、道を開けて膝を折る。

 その慣れない光景をつい目で追ってしまうマリーのしぐさに、メルヴィナは愛おしいものを感じた。

 やがてマリー達は二匹の龍をかたどった二枚扉の前にやってくる。

「この先が王の間だ」

 王の間の扉の前には甲冑を着た獣人がいた。

 その姿たるや威風堂々と覇気をまとい屈強な兵士そのもので、城内で行き交う兵士達とはまた装いも違う。そんな扉を守る獣人の眼光は鋭くメルヴィナの隣にいるマリーを射抜く。

 その目がマリーに物語る、なぜこのような所に脆弱な人間が居るのかと。

 敵意ではないにしろ、侮蔑に似た眼差しを向けられて気持ちがいいものではない。

 しかし、マリーもここが神聖な場所だと理解しているので一切目を合わせずに、挑発にのるような真似はしなかった。

 むしろ反応したのはメルヴィナで、

「さっさと開けろ」

 と、殺気が膨れあがる。

「……姫様。この一年でだいぶ成長なされたようですな。感服いたします」

 屈強な兵士は臆することなくメルヴィナの殺気を受け止め、平然と何事もないかのように扉を開けた。メルヴィナの後にマリーは王室へと続く。

 その際マリーやはり獣人の刺さるような視線を感じたが、気にする素振りは見せなかった。

「お帰りなさいませ、メルヴィナ様。国王陛下もお帰りを心待ちしております」

 中には数人の侍女が待機して、メルヴィナの帰りを待っていた。

「すまないが、父上のもとに客人も連れて行きたい。構わないか?」

「メルヴィナ様のお客人であれば、誰も咎める事はございません。お茶の準備は後ほどに、先に寝室へとご案内いたします」

「そうか。だが、案内は無用だ。それに父上の体にも負担はかけたくない。長居はしない、茶の準備もいらぬ」

「はい。では、そのように……」

 メルヴィナは侍女達を下げると奥の扉に向かい歩き出す。

 王の私室といっても寝室が一つというわけではない。生活するための空間が広がり、マリー達がいるのは玄関にあたる。色々な部屋へとアクセス可能な構造で、豪勢ではあるが利便性を優先した段差の無い作りになっていた。

「先程はすまんな、我を含めて血の気が多い者が集まっているのだ」

「あの者は相当強いな、メルヴィナとどちらが強い?」

「今は分からんが、前は我と五分五分といったところだ。お主であれば相性良く勝てる可能性はあるぞ……おしゃべりはこの辺にしておこう。父上の寝室に入る」

 寝室に入ると遮音効果を目的に幾重にも天蓋が広げられ、メルヴィナはそれをかき分けながら進んでいく。

 その後に続いてマリーも追っていくと、色が違う天涯の向こうに”王”という大きな気配を感じた。

「父上、今戻りました」

 ヒゲと年輪のような皺を顔に刻んだ老人が、ベッドの上で半身を起き上がらせてメルヴィナ達を待っていた。

 父上というにはだいぶ年をとってしまっていると、一目にマリーは思う。

「ふむ、よく無事で戻った。愛しのメルヴィー。さあ、こちらへおいで、よく顔を見せてくれ」

 国王という威厳もなく顔を破戒させて笑顔を作り、メルヴィナを手招きし、手が届くと強引に引き寄せる。

「ち、父上、今は我の大事な客の前です。昔のような愛称で呼ぶのは控えても……うっ」

 メルヴィナは本気で嫌がってはいないが、マリーの見ているからか顔を真っ赤に染める。

 このような顔も見せるのかとマリーは親子の抱擁を微笑ましく見守った。

「客人……この匂いは人間であるな。いや、我が娘、メルヴィーが友人を連れてるとは……そこで見ていないでこちらに来なさい」

 国王グラムの発言にマリーは少し戸惑うが、その言葉には従わせる何かを感じて身を寄せてしまう。

「すまない、父上は目が不自由でな。影しか追えぬ」

 マリーは腕から肩を触られ、顔を少し撫でられる。

「武人としての気を感じる。名を聞いていなかった。我はグラン・ドラグ・セプタニアン。この国の国王をしておる」

「……お初にお目にかかります。私はマリー・アトロット。父はリリアで鍛治屋を営んでおりますが、訳あって私は剣士を目指しております」

「ほう、リリアの……近年よく聞く名であるな。この間も不毛の地を開墾すると許可を求めてきおったぞ。眉唾ながら了承はしたが……もし民草に難を敷いているのであれば式典で審問する事になるかもしれん」

「父上! マリーは領主リリアスの娘、リザイア嬢とは懇意にしておりますので、そのようなことは」

 メルヴィナが心配して撤回を求めたが、

「心配するなメルヴィナ。開墾の話は初めて聞いたが……少なくとも、リリアでそのような事は許すはずがない」

「いらぬ事を語ってしまったようだ……メルヴィーよ、マリーに城内を案内してあげなさい。晩餐は共にできないが、また時間を作りゆっくりと話をしよう」

「はい、父上」

 マリーはメルヴィナ共に国王に一礼し、王の寝室を後にした。 


「国王は随分と年を取られているようだな」

「珍しい話ではない。今はなき母上は正妻に当たるのだが、なかなか子ができなくてな。晩年になって我を生んだのだ」

 マリーの前を歩くメルヴィナの表情が読み取れず、不躾な質問だったと後悔する。

 セプタニア共王国に住んでいるとはいえ、王家がどういうものなのか全く知らないマリーは、その無知さに罪を抱く。

「……嫌な事を聞いたな。すまん」

「何、気にするな。母の顔は絵でしか見たことはないが、ボイルの母が乳母として我を育ててくれた。故に我はあいつを坊と呼んでおるのだが」

 気にしていないと振り向いたメルヴィナの顔には一点の曇りもない。マリーは国王の溺愛ぶりを思い出すと、悲観する行為そのものが彼女に対しての冒涜なのだと理解した。

「メルヴィナ様……」

 通路を歩いていると脇から声をかけられ、影が浮かぶようにペトゥナが姿を表す。

「ペトゥナか、どうだ収穫はあったか?」

「はい、現在セレーナ様とアダル様は視察に出ており王都を留守にしております」

「そうか、他には……」

「残念ながら、バーズ様が王城内におり、今はいつものように……」

 マリーには話の内容がわからないが、顔をしかめたペトゥナを見ることで、バーズという輩が厄介な人物なのだと悟る。

「それ以上は言うな、口が汚れる。やはり一年程度では変わらぬか……」

「なんだ、苦手な相手なのか?」

「我から言わせれば王家の恥だ。しかし、悲しい事に王選抜候補者の筆頭の第一王子、我の腹違いの兄にあたる。女と見れば見境なく盛る色情狂……」

 メルヴィナは話しながら表情を険しくする。

「ペトゥナ、すまんがマリーもいる中でやつとは顔を合わせたくない。早速だが逐一動向を伝えてくれ」

「はっ!」

 王室を出た所でペトゥナが柱の影へと消えて気配がなくなる。

 先ほどの獣人騎士を横にメルヴィナがマリーに問う。

「さて、マリーよ。この後は部屋へと案内するのもいいが、手合いの訓練所でも覗いていかないか?」

「姫様、今は第三飛竜隊と第二地竜隊がちょうど訓練中と思われます」

 横合いから獣人騎士による言葉にマルティナは眉をぴくりと動かす。

「そうか。であれば行くぞマリー」

「好きにしろ」

 王国には一個十五人編成の中隊が複数編成され大隊をなしている。

 その中でも竜に乗る者たちは精鋭中の先鋭で組まれ、一個人が隊長級。

 空を駆ける飛竜隊は六十五名で五までの中隊、地を統べる地竜隊は二百二十五名が十五の中隊を成して平時は王都を守護している。

 これが戦時となれば地竜隊及び騎兵隊が編成され数個の師団を作られることになっている。

 しかしながら国家間での争いは幸か不幸か半世紀程行われていない……

 またこれらの隊に所属しない者も存在し、彼らは一個でありながら想像を絶する戦力を有することで、戦術兵器として役目を果たす。

 その一人としてメルヴィナが挙げられるだろうか。

 まだ、各僻地に配置されている規格外に比べれば荒いかもしれないが、その片鱗は現れている。

 そしてその事も本人は少なからずマリーとの手合わせを重ねることで手応えを得ていた。

「全員整列!」

「いい、続けろ!ただの見学だ!」

 と、メルヴィナの声が訓練所にて響くが誰しもが顔を引きつらせ、言葉通りになる事などないと知っている様子である。

「姫殿!ご帰郷、心からお慶び申し上げます!」

 この中で隊長と思われる二人の騎士が前に出てくる。両名ともに獣人なのだろう、その特徴が見て取れる。

「グリンとレイモンだったか……ご苦労。ただし普通にしていろ。何かあればこちらから出る」

「「はっ!」」

 王国騎士の敬礼と共に二人が訓練へと戻っていき、その背中をマリーは見る。

「どうだ、どれも猛者だろ」

「強いな……だが、勝てないとも思わない」

 ニヤリとメルヴィナの唇が避けそうな笑みを横からマリーは目にし、フツフツと浮き上がる周囲の殺気を背筋で感じる。

 それもそうだろう、十四、五の小娘に上から目線で精鋭中の精鋭が罵られたのだ。

 千に一人が集まると言われる者たちが烏合の衆かの如く彼らには聞こえただろう……

 さすがのマリーもまずい事を言ったと頬に汗が垂れる。

「ふ、ふはは。あっはっは! 面白い小娘! 姫様に気に入られたのであろうが見たところただの人か? ならば魔術でも使うのであろうが。まあいい、一つ手合わせをするとしよう」

 初老に入りそうな騎士が啖呵をきり前に出てくる。

「メルヴィナ。私にはこの指輪があるんだが……」

「我はここから動かん、この範囲でやれ」

 どこからどこまでが指輪の効果かは明確には分からないが、メルヴィナから五歩程離れる。

「ほれ、これを使えい」

 マリーに木剣が投げてよこされ、それを受け取り、また構える。

「様になっとるのぅ。ここは一つ名乗っておくか。わしの名はアルバイン・ロード・レイン。若い頃は千剣のアルバインと呼ばれておった」

「私はマリー・アトロット。他はない」

 両者が名乗り終えると、間が空きアルバインから仕掛ける。

 状況的に待ちを強いられたマリーはメルヴィナとの戦闘の違い、初手を受けることになった。

 そんなマリーの目に映るいくつもの道筋、防御として受けるか、左右後ろと避けるか……いつもはここから先はぼやけて見えなくなっていたが、この時は違った。

 相手の剣筋と自身のイメージがピタリと重なるような、足りなかった物が満ち足りた思いが溢れ出る。

「ほう、姫様の唸らせたわしの一撃を初手で見極めるか。天に届きうる才を見せてくれるのう」

 変速的な剣筋であったがマリーは見極めていた。

 そして二手三手と続く攻防ではっきりと打つべき手が見え、なぞるように剣筋を合わせるだけで終わってしまう。

「こりゃまいったわい! 姫様が気に入るだけのことはある。上には上がおるなぁ……ほれ、どうした呆けて」

「え、ああ。もう一度相手をたのみたい」

「ひっひっひ。これ以上の醜態はさらせんよ。ほれ、まだ他にいっぱいおるし……おい!おまいら!こんか!」

 アルバインの一声で止まっていた周りが騒がしくなる。

「千剣が軽くやられる相手に俺達がかなうかよ!」

「つか人間だろ? なんでやられてんだよ!」

「魔法なんて使ってないじゃん!」

 周りがドン引くような攻防を披露したことで、メルヴィナは自分のおもちゃを見せびらかしたいといった衝動を抑えきれなくなったように恍惚とした表情を浮かべていた。

「我の剣と打ち合える実力は伊達ではないと言う事だ。分かったかマリーよ」

 わっはっはと笑うメルヴィナはいいのだが、マリーは先ほどの感覚がもう一度再現できないものかと疼いて仕方がない。

「ふむ、一人がダメなら二人同時に相手すると言うのでどうだ?」

 浮き足立っている騎士達に名案とでも言いたげにメルヴィナがいうと、流石の騎士達もこめかみに青筋をたたせる。

「姫殿下……流石に騎士としての教示ってもんをわきまえている俺たちを馬鹿にしすぎってもんだぜ。たく……いいぜ、一人でも俺はやってやるよ!名はマルコ・ロード・ロックス。押してまいる!」

 先ほどのアルバインが技を駆使する剣だとすれば、このマルコと名乗った騎士は力で押す剣である。

 メルヴィナに比べれば圧倒的に遅く、軽い剣筋を柔軟に受け止めてマリーは右へと流す。

 まるで水でも切ったような手応えにマルコの心は折れそうになったが、叫ぶ事で何とか踏みとどまり剣戟を繰り出す。

「うおおおおおおぉぉぉ!こんにゃろおおお!」

 手合わせであるはずの訓練であるが、木剣どうしの打ち合う音がそこからは欠けていた。

 マリーの腕に比べればマルコは腕は三倍ほども違い、竜が相手でも十分に傷を与えられる力を持っている。

 だが、いくら力を込めた攻撃も音もなくマリーに受け流され、フェイントは綺麗に見極められる。

 やがて体力の限界を迎えたマルコは最後の力を振り絞り、渾身の剣を振り下ろす。ガッという音の手応えにマルコは一瞬驚いたが、それは地面へとぶつかる自身の持つ木剣の音で、落胆の色は計り知れない。

 圧倒的な技量の差が明確になり、肩で息をして膝を折るマルコ。

「これは……すごいな……お前らも試してみるといい」

 のっしりと腰を上げてマリーに握手を求め、その小さな手を確認すると後方の群衆へと混ざっていく。

 アルバインと打ち合った時と同じく、マリーは明確に見えるイメージに戸惑うばかり。

 メルヴィナとやりあっている間はまるで見えなかった物が何故見えるのか不思議に思っていると、次から次へと相手が名乗り出ては剣を交える。

 途中から二人やら三人とやりあうが、マリーが攻勢に出ると綺麗に瓦解し、五人がマリーを囲んでやりあう所で止めがはいった。

「なーにをしているかぁ! 貴様ら女子供を囲って嬲るなど言語道断! そこになおれぇい!」

 訓練所に黒い軽装を纏った獣人が現れ叫び散らすが、

「師団長殿が参られたぞ!」

「師団長お願いします! 俺達の仇を……」

「な、何なのだ貴様ら……うむぅ?」

 化物だなんだと騎士達の言葉を聞いては師団長とやらも事を察したらしく、メルヴィナに一礼してはマリーの前にやって来る。

「随分と部下たちが失礼をした。どうにも眉唾ではあるが相当な技量の持ち主のようだな。彼らの手前相手をしなくてはならなくなったが。大丈夫か?」

 連戦状態ではあるが、マリーは十分に体力を残している。

「問題はない、体が温まってちょうどいい具合だ。私の名はマリー・アトロット」

「その物言いと覇気、小娘というにはうむぅ……吾輩の名はマード・ブラッド・セプタニアン! 行くぞ!」

 彼は王家の末席、獣人にてその席を用意された武人で、メルヴィナとも互角に渡り合えると言われている。

 互いに意気込んだはいいが、双方共に剣を構えたまま硬直し微動だにしない。

 チリチリと空気が軋み、騒がしかった騎士たちも、師団長をけしかけた者たちも息を飲んで見守る。

 普段は気にもとめないような物音が聴覚を刺激し、何倍にも聞こえるほどに騒がしいとその場に居たものの感覚が研ぎ澄まされていく。

 そんな中で不意に一人の騎士の鎧の留め具が緩み、落ちる音がした。

「はっ!」

「…………」

 不意をつこうとしたマードによる威嚇に、マリーは微動だにせず受け止め、周りの者たちの数名が腰を抜かす。

 だが、互いに前に出る事もく、時間が過ぎると肩で息を吐いては共に剣を下ろした。

「うむ、本気を出すにはちと場がわるい。それにこんなおもちゃでは納得も行くまい。マリー・アトロットと申したか……名を覚えておこう」

「……うむ。出来れば打ち合いたかったが。仕方あるまい」

 周囲の被害を考えれば訓練所では狭すぎる、それにメルヴィナとの指輪の契もあるのでマリーは素直に引くことにした。

「叔父上との剣闘をみてみたかったが致し方あるまい、随分と迷惑をかけた。我達はこれにて訓練所を後にさせてもらうぞ。行くぞマリー」

 何かに急かされるようにメルヴィナは訓練所から離れ、マリーもその後を追う。

「どうしたメルヴィナ……」

「すまんな、我もあそこにいては疼いて仕方がなかったのだ。この指輪がなければ……口惜しい。だが、マリーをお披露目出来た事でよしとしよう。それにしても、なんなのだ、あの剣裁きは。音がまるで聞こえなかったぞ」

「そのことについてだが。私にもよくわからない……幻のような物が見えて、その通りに剣を動かすことであのような事が出来たのだ」

「ほう、剣の道筋が見えたと言うのか……我もうかうかとしてられぬな。マリーよ、我にも剣術を教えよ」

「なんだそれは。既に私よりもメルヴィナの方が強いじゃないか」

「ふん、我は竜族の血が流れる故に力を持っているにすぎぬ。人間族であるお主の力を手に入れることが出来ればより強くなれると確信したのだ。だから教えよ」

「そういう事か。とは言っても……私も高みを目指している最中、剣を教えるにはまだ未熟だ」

「なに、謙遜するな。お前が未熟と言うならば切磋琢磨を続ける者たちが悲しむぞ」

「うっ……そんな事は」

 だとしても、やはりマリーの剣はまだ発展途上で色々と変化する余地があり、そんな不確かなものを教えてはメルヴィナに悪いと思っている。

 今でもあの剣筋の幻影を見たことで、次の戦闘では大きく変わるだろうと確信めいたものがあった。

「そのうちな」

「そのうちか……まぁ良いであろう。どうしたペトゥナ」

「バーズ様がこちらに向かわれております」

 バーズ、ペトゥナが監視をしていた対象で、城の中では特に要注意人物である。

「嗅ぎ回ってきたか……式典までは顔を合わせたくはない。先導を頼むぞペトゥナ」

「はっ!」


 城内を隠れるように移動しては誰にも悟られず、数ある広大な庭の数ある離れの屋敷、その一つへと潜伏することになった。

 既に心許せる侍女達を呼んであったのか、屋敷内には複数の人影があり、宿泊の準備がなされていた。

「姫様、お帰りなさいませ」

「ああ、湯浴みの準備は終わっているか?」

「いつでも入る準備は整っております。すぐに入られますか?」

「頼む、式典が終わるまでの食事もこちらで済ませる予定だ」

「承知いたしました。それでは湯浴み場まではこちらの者たちが先導いたします。では」

 マリーは後ろをついて回るだけで何かいうこともなく、屋敷の内装を眺めてはあくびをする。

 そしてメルヴィナとの湯浴みと晩餐を済まして就寝の時間。

「寝るにはちと早いが、体を動かすのもあれか……マリーよ。お前の剣を見せてはくれぬか? 代わりと言ってはなんだが我の剣を見るといい」

 メルヴィナは寝間着で大剣をマリーへと受け渡す。

「思っていたが、随分とでかいな。それに魔力も……私では扱えん」

「であろうな。我の魔力は優秀な人間と比べても何倍も違う。その炎剣アグニムスは特に魔力食いが激しくて扱えるものは我の他、父上ぐらいであろう。さぁお前の剣を見せてくれ」

 マリーは傍らにおいていた刀を取り、鞘から抜いて刀身を見せる。

「……さほど飾ってなどいないのに、魅入る程に美しい。片刃で切ることに特化しているが……サーベル等とはまるで違う。持ってもいいか?」

「持ってみたかったんじゃないか? ほら、特に刃は気をつけて持て。痛みを感じる前に切れるからな」

 と、注意をしているのにメルヴィナは指先を刃に当てては肉が切れる。

「押し当てるだけで綺麗に切れる……魔法ではなさそうだな。この剣自体が鋭く作られている……なる程そういう事か。これはマリー、お前だけの為に作られた剣――っく」

 メルヴィナが刀へと無意識に魔力を送るとひどい痛みを感じて落としてしまう。

「おい、落とすな」

「すまん、だが今――くっ」

 拾い直そうとしたメルヴィナは柄を掴もうとしてまた痛みが生じる。

「なんだ、この剣は。噛み付いてきおったぞ……」

「そんな馬鹿な……ほら、私は大丈夫だぞ?」

 マリーが掴んでみるがなんともない。

「剣は主を選ぶというが、これはまいった。嫌われたようだ」

 それ以上メルヴィナはマリーの刀に触れるのをやめた。

 どういう原理かはわからないが、セレクトなら説明してくれるだろうとマリーは気に留めておくことにした。

「ふん、まあいい。そろそろ寝るか」

「したら私は……床か椅子か」

「ベッドは一つだが十分に二人寝れる。問題ない、こっちで寝ろ」

 すでにベッドで横になっているメルヴィナがマリーを誘う。

「そうか、メルヴィナが良いと言うなら寝させてもらうが。ふむ」

 ベッドへと腰をおいたマリーはそのやわらかさにバランスを崩しかけ、予期せぬメルヴィナの行動で押し倒された。

「何をする?」

「侍女達がよくこのようにしていたからな、真似してみた。思いのほか楽しいものだ」

 楽しげに笑いマリーへと覆いかぶさるメルヴィナ。

「なあ、メルヴィナ……どうした?」

「マリーよ、我の事はメルと呼んでくれぬか?」

 改まってメルヴィナ真剣な表情でマリーに頼み、マリーも疑問となっていたことをぶつける。

「どうして私なのだ? 何故気にかける? 好意的な行動などとった覚えはないのに……」

「……確かに我にも最初は分からなかったが、今なら分かる。お前は我と似ている。性別や髪の色や言葉遣い……何よりもその他を圧倒する力、相いれぬ弱者との隔たりと擦れ。価値観を共有出来る者を見つけたと私は何処かで思っていたんだろう。勝手ながらすまない」

「確かに勝手だな。私とお前とでは持っている力が違う。先天的に備わっている力と、後天的に手に入れた力……」

「だが、力は力だ。見る者にとっては違いは無い。弱者は畏怖し線を引く……」

 この時メルヴィナの目が妙に儚げに映り、どうしてかセレクトの影に重なる。 

 見ていられないと上に覆いかぶさるメルヴィナを横にどけて、マリーは背を向けた。

「あいつも……そう、かもな。くだらない話はやめて寝るぞ……メル」

「ああ……お休みだ。マリー」



 その日から式典が始まるまでの間は王城内を潜むようにすごし、訓練所で騎士達と手合わせも何度か交えて良好的な関係にもなった。

 そして式典の当日――

「おい、こんなのは聞いてないぞ?」

「仕方ないであろう、離れられんのだから。こうするしか他あるまい」

 飛竜の背に乗ったマリーは大観衆を前に固まり、なれたものだと地竜に乗ったメルヴィナは手を振りながらパレードを見渡す。

「手を振るぐらいは出来るだろ」

「…………」

 気が乗らないマリーは何処か、どうしてなのか分からないがソワソワとしていた。

 まるで落ち着かない、キャリーやボイルといった顔見知りも参加しているパレードであるのに……そして大行進も中盤へと差し掛かった頃だろうか、

”マリー!パレードに参加してるなんてびっくりしたよ!”

 懐かしい声にマリーの体が反応するが、汗が手のひらから溢れる。

”え……リザか。ああ私も不本意ながらな……あれ。セレクトは……”

 思考だけでの会話だがマリーの口はしっかりと「セレクト」という言葉を紡ぐ。

 すると心臓が熱せられたような感覚が胸から喉、果ては脳天を貫く。

”いるよ。今二人でマリーちゃんを二階から見てる”

 乾きを覚える喉はひりつくように粘り、嗚咽が喉を鳴らす。

”見てる……ああ。そう、か。あれ? なんだこれ。私は何を……メルヴィナと一緒にパレードを……あれ? それはいい事なのか? 違う、ダメだ。ダメだ! どうしよう、私は何を……してる……だって仕方なかった。指輪が……指輪が? 見られてるセレクトに、今の私を? ダメだ、ダメなんだ! あ……あ、私は”

 マリーはついにその事にきづいてしまった。

 自分が自分であるために守っていたものを。

”マリー? ど、どうしたの?”

 今、この場見られることで彼にどのような印象を与えるのかを――

”ダメだ。見ないで……”

 深く、より深く思考してしまった……

”どうしちゃったの? セレクトと私はここに居るよ?”

 感情の負荷がマリーの許容量を超えて溢れ出し、そして同調していたリザへと侵食。

”私を見ないで! 私の中に入らないでくれ!”

 そして拒絶を持ってマリーとリザの接続が絶たれ、無慈悲にもパレードは進行する。

 すべてが負へと傾き、混乱は収束することなく絡み合ったまま……

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