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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第6章――
55/59

55話 錯乱の行方

 イースさんに自然文字を教えようと決めたが、あいにく僕が王国に居られるのは次の飛竜船が飛ぶまでの間、あと3日程度しかない。

 では、その後はどうするか、僕は神父様のもとにイースさんを託そうと考えていた。

 ちょうど一緒にリネットさんも戻るので、護衛の心配はいらない。だからそれまでの間に基本的な考え方を教えてしまおうと思っていた。

「今の魔法技術は宗教的な解釈を多く含み、その実態を隠してしまっています。例えば昔の人間は魔法を語る時、どうしても理由が欲しくて精霊や神への信仰を利用したと考えてみてください。魔力を放出したら光が出た。光で遊んでいたら火が生み出せた。なんで火が出たんだ? これは精霊様がもたらした火だ。そうやって魔法は積み重なって今の形態になっていると仮定した場合、それを信じるに値する理屈が揃っているでしょうか? 今からイースさんに教えるのは、僕が新しい原理と原則に基づいて組み立てた、まったく新しい魔法になります」

 僕は自然文字を描き、同時に見比べられるように普通の魔法を空中に描いた。

「これを見比べて頂ければわかると思いますが、従来の魔法の図には綻びが多く、無駄に魔力が溢れていると分かります。そしてこちらが僕は自然文字と呼んでいるのですが、見て分かるとおり魔法が綺麗に整って、無駄に魔力が垂れ流されてないでしょう? この二つは大きさも形も魔力の必要量も違いますが、性能はほぼ同等なものです」

 大きさを比較すれば圧倒的に自然文字を使ったものは小さく、魔法に携わった者であれば見ただけで覚えてしまえる。イースさんの目が大きく開かれ、驚いているものと分かる。

「魔力の量も百分の一程度で済みます。これが効率を重視してたどり着いた魔法で、この状態であれば詠唱すら必要なくなります」

「……詠唱も?……百分の一……それはつまり逆を言えば」

「ええ、限界値を設定せずに同量の魔力を注げば、百倍の威力でもって発動します。僕は最初に誤って林を燃やしました」

 それを想像したのかイースさんは青い顔になる。どれだけ恐ろしい事を聞いているのか、はたまた教わっているのか……しかし、これを乗り越えないことにはマジックアイテムの開発など出来はしない。

「先ほどイースさんは魔法を怖いものと言っていましたが、その通り、魔法はとても危険で恐ろしいものなのです。この魔法を使う人は、剣を提げて歩く人間と大差ありません。それが見えているか見えていないかの違いだけです。ですから、絶対に無闇に使わないでください。ここまでに質問はありますか?」

「……はい。魔法の札に書かれているものはとても複雑に構成されていますが、あれも自然文字で構成されているのですか?」

「はい、そうです。ただ解析されないようにと九割ほどはただの飾りですが。本来であれば……これぐらいで済みます」

 親指に収まる程度の魔法を作って見せる。これでも充分に小さく見えるが、賢者の石で構成すればもっと小さくすることだってできる。

 イースさんは驚かないようにと大きく息を吸い、吐き出す。

「では、次に説明するのは魔力についてです。空気中にはエーテルという魔力の源が漂っているのですが、これを動植物が吸収することで魔力を生成しています。人も同じようにエーテルを取り入れて魔力とすることができますが、主に魔力を保有する動植物を食べることでその殆どを補っています」

 僕はイースさんの眼鏡に触り、少しだけ細工を施す。そうすることで、イースさんも周囲のエーテルの動きを観測することができる。

 しかし、これらのエーテルに干渉するにはいくつか条件があるようだが、まだ謎が多い。

「そして魔力を体内から放出した時に魔力はエーテルへとまた戻ります。また、その際に発光現象を生み出します。これらを規則正しく並べた時、魔法が作られるのです。他にも魔力自体にも意思に呼応した働きを見せる事が、今までにわかっています。その一つが念動力で、物を持ち上げる魔法使いを見たことはありませんか? あれは魔法というよりもそういう魔力を使った技です。もちろん魔法を使えば同じことは出来ますし、重い物を持ち上げる時も低燃費ですみます。しかし、魔法だと規則にそった動きしか出来ませんから、細かい動きには向きません。念動力はその逆です。熱かったり危ないものを持てる腕の延長とでも思ってください。あと、錬金術を使う時は必須の技ですから、練習しておいても損ではありません。例えば素手で錬金術をおこない失敗した場合、手と鉱物が合成するという事が避けられるので……練習するのであれば最初は水に浮かべた紙切れや、ロウソクの火などを使うのをおすすめします」

 一呼吸入れるために話を区切ると、イースさんが心配顔で聞いてきた。

「あの、セレクトさんは錬金術で失敗した事が……」

「ありますよ、その時は錬金途中の鉄に手を近づけすぎてしまって、爪と合成しちゃいました……二次被害が怖くて爪ごと剥がしましたね」

 なるべく怖がらせないように淡々と答えて見たが、イースさんはやはり想像したのか指をさすっている。

 傍らで聞いていたリザも「うっ」と、口に漏らし目をつぶっていた。

「話がそれてしまいました。一旦戻しましょう、念動力の他にも体内を流れる魔力には肉体を活性化させる働きもあります。それを魔法で発現させるのであれば聖法という位置づけになるでしょう。剣士や武闘家といった者達もその影響下で身体を強化しています。そして――――」

 それから僕の講義は休憩しないまま、夕食の知らせが入るまで続けた。


 僕は教えることに夢中になりすぎて、イースさんの事を何も考えていなかった。

「魔法が……魔力がエーテルで……念動力が魔力で……結界が念動力……」

 食事をしながら正直な気持ちを言うのなら、やってしまったと言う心境だ。

 イースさんは今日、試験を落ちてから直ぐに僕の長時間に渡る講義を受けたのだ。疲労の限界は近い……僕達はそれを心配して夕飯を共にしたのだが、

「あ、わたし今日の宿決めてかなった! 住み込みのここの仕事、今日やめたんだった……忘れてたぁ」

 と、宿の玄関先でへなへなとイースさんは崩れ、立ち上がる気力もなくなっている。

 半分は僕がしでかしたことなので、四人部屋の残りの一枠をイースさんに貸すことにした。

「イースさん、よかったら僕達の部屋を使ってください。ちょうど一人分空いてますから」

「でも……」

「部屋貸しですのでお金も追加というわけではありません。それにこの時期に宿屋なんて見つかるんですかね? よかったら3日間ぐらいはご一緒しますよ。それにその方が魔法をみっちり教えられます」

 イースさんは5分ほど苦悩し、

「……うう……うう……お願いしてもいいのでしょうか?」

「はい」

 これで僕達が王都にいる間はイースさんも同じ部屋に泊まることになった。


 そして部屋に戻る途中、リザがこそこそと話しかけてきて、

「ねえ、セレクトはそれでいいの?」

「あれ、リザはダメだった?」

「そういうことじゃない、かな……私もリネットさんも問題はないんだけど」

 では、どういうことなのか深く考えてみるが答えが出ない。

 イースさんが野宿をしなくて済むのだから、むしろ僕はホッとしている。

 しかし、その時が来るのは意外に早く、部屋に戻ってから思いだし。

 イースさんが湯浴み場を利用している時には、消えてしまいたいと願っていた。

「肩身が狭いどころじゃない……」

「あ、やっと気づいた」




 男女比が三対一になっている状況と昨晩の事を踏まえて、寝起き時もなるべく避けておこうと、一人で僕は先に朝食をとる事にした。

 そして何事もなく美味しい朝食を食べ終えて。部屋の前まで帰ってきたところで、朝食に向かうリザ達と行き違う。

 多少リザはむくれていたが、僕の気持ちをくんでくれているのか、我が儘になるような事は言わなかった。

 一人で戻ってきた部屋には、女性特有の香りが漂っていて、いたたまれない気持ちになる。

 やはり空きがあれば新しくもう一部屋追加したほうがいいのかもしれない……

 僕はリザ達が朝食を食べている間に、密かにやっておきたい作業に取り掛かる。

 荷物の中から昨日手に入れた鉱物をベッドの隣にある小さな机に広げ、中から親指半分ほどのピンクトパーズの原石を取り出し、眺める。

 トパーズはフッ素やアルミニウムを含むケイ酸塩化合物の結晶だ。

 そのうちのケイ酸については、透明ガラスの製造研究の過程で反応を示す自然文字を明らかにしている。

 残りはトパーズを形成するアルミニウムとフッ素だが、色の屈折率から見てフッ素よりも水酸基の割合が高い事が考えられた。

 そして、個々の成分に分けてから、再度必要な成分だけでトパーズを形成する。この際に僕はアルミニウムとフッ素に対応した自然文字を知ることができた。これはハーべスがこまめに自然文字の選別をしておいてくれた功績と言えよう。だが、僕達が見つけ出した2000以上の自然文字の中にはまだ、効果不明ものが多く存在する。当分は解っている範囲で元素記号に対応する自然文字を見つけ出すことを優先していこうと思っていた。

 そしてここからは、綺麗な宝石の輝きを放つピンクトパーズの加工作業になる。放射線や加熱で色を変えられるトパーズだ。是非とも面白い形にしたい。

「これを土台にするか……」

 それから色々と加工をトパーズに施していると、リザ達が帰ってきた足音が聞こたので。作業を中断……

「お帰り、朝ごはん美味しかった?」

「ただいま。うん、とても美味しかったよ。セレクトはなにやってたの?」

「今は昨日買った鉱物を錬金して実験してたところ。せっかくだからイースさんにもどんな物か見せるよ」

 出来上がったトパーズをすっと隠し、他の鉱物での錬金をイースさんに見せる。それから休憩を交えながら、鉱物がどういうふうに出来ているのか、お昼ごろになるまで実演講義が続いた。

「……セレクト、そろそろ外にいかない? お腹も少しすいてきちゃった……」

「もう、そんな時間か……詰め込み教育も良くないからな。イースさん、今日はこの辺にしておきましょう」

「は、はい……」

 昨日よりかは元気なイースさんは僕がやる事に興味を示してくれた。途中で若干眠たそうにしていたが、しっかりと聞いてくれていたと思う。

 ちなみにリザは僕の講義が始まってから三〇分ほどで興味を失い、リネットさんと街の外を眺めながら話をしていたようだった。

 

「ここを通るの?」

 昼食と珍しい物を求めて出てきたわけだが、昨日に比べて人の量が数倍増しに見える。

「そうですね、今日から立国式典ですから。いろんな人達がまだ集まってきます。商業区の方には行かないことをおすすめします」

 イースさんは流石に王都で三年程住んでいただけあって、事情に詳しい。

 昨日の夜、リザ達が親睦を深める会話の中で触れていたのが、ベットの中にいた僕の耳にも入っていた。

 その会話で知りえたのは、イースさんが王都に来て三年になり、今年で二十歳であること。それと三人の弟と二人の妹の長女で、僅かだが実家に仕送りをしている事だ。

 第二のリリアに行ったとしても仕事には困らないと思うし、いっそのこと移民政策中なので家族を呼び寄せるのも一つの選択かもしれない。王都を去る際にでもイースさんにそれとなく伺ってみよう。

 人々の間を縫うように歩いていると、段々と空腹を鳴らしてしまいそうな匂いが増してくる。

 しかし、食べ物屋台の並ぶ道沿いにやってきた時には、もう動けないほどに人があふれていた。リネットさんの指示に従って近くの建物に入っていく。

 息苦しさがなくなったのはいいが、この建物はなんだろうか……扉を開けて早々に階段がお目見えしたわけだが。商店にも見えない。

「勝手に入っちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫……ここ、リリア商会……借りてる」

 リネットさんが指し示す天井には、リリア商会のマークがついた飾り物がぶら下がっていた。

 だが、これだけでは何の建物かは分からない。疑問が増すばかりだ。

「食べ物……買ってくるから……上で待ってて」

 そう言ってからリネットさんは建物からスッと居なくなる。残された僕達は改めて人気のない建物の奥、二階に繋がる階段を向き直った。

 僕を先頭に階段を上るが、埃が積もっている階段は使われなくなって久しい事を語っている。

 二階に上がり左手に扉が一つ、開けて入ればやはりかび臭い。雨戸もしっかりと閉められ薄暗く、魔法の光を頼りに窓を開けた。

「けほっけほっ」

「けふっ」

「…………」

 光が差し込むと同時に、新鮮な空気が入り、埃が舞う。リザとイースさんが咳き込み僕は息を止め顔をしかめる。

 この部屋には丸いテーブルが一つと椅子が五つだけしか無い。もしかしたらここは王都で何かあった時の隠れ家なのかもしれない。

 リザとイースさんも息苦しかったのか、窓際に集まってきた。

「わぁ、すごい人」

「こうなってたのか、何か通るのかな?」

 上から見下ろす人混みは、大通りの真ん中を避けて集まっているように見える。

「あ、もしかしたら式典の行進が見れるかもしれません。ほら、聞こえてきました」

 パレードの行進がこれからやってくるみたいで、大通りにも兵士が壁となり聖歌も聞こえてきた。

「ん、あれ?」

「どうしたの、リザ?」

「この聖歌、どこかで聞いたことがあるかも……どこだっけ?」

 そう言われて僕も耳を済ませて聞いてみる。そして、驚いてしまう。

「これってカノンだ……」

 この世界にも音程が似た曲があったのかとも一瞬思ったが。一度だけ人に聞かせたことがあった…………

「リネア様の聖歌隊が来てるみたい。これってセレクトがたまに口ずさんでる曲よね?」

「うん、前にリネアさんに聞かせたから、自分なりに編曲して奏でてるのかも」

「……あの、それって。聖女様の事ですよね。お知り合いなんですか?」

 せっかくなのでイースさんには色々と教えておこうかと思い、魔晶石化の事を含めて経緯を話すことにした。

「――――と、いうわけなんです」

「……それって、聞いても良かったんでしょうか?」

「イースさんの口の固さを信じますよ」

「は、はい……」

 想像を超えた話に膝を曲げてうずくまるイースさん。現実を受け入れてもらえるまで、そっとしておこう……

 隣でリザは身を乗り出して竜騎士達の舞を見上げている。

 しだいにパレードの先頭が通り過ぎ歓声が大きくなり、聖歌隊が大きな竜が引く竜車に乗って現れた。

「あ、やっぱりリネア様いる。リネアさまー!」

 歓声の中でリザの声を聞き取れるかはしらないが、聖歌を歌っているリネアさんとその隣にいるフィアが反応したように思えたが……

「この歓声の中じゃ、やっぱり聞こえないね」

 通り過ぎていく聖歌隊にリザは少しだけ肩を落とす。だけど僕にはリネアさんとフィアがこちらに気がついていたと確信し、きっと何か事情があるのだと見送ることにした。

 まだパレードは続く……

 次に現れたのは学園の剣術科で見たことのある顔がぞろぞろと。彼らは隊列を組んで行進していく。

「あ、次はメルヴィナ様だよ」

「おお、本当だ」

 セプタニアの姫君、メルヴィナが地竜に乗って登場し、見知った顔が続き親近感が湧いてくるが、

「って、なんでマリーまで居るんだよ」

「え、あ! 本当にマリーがいる」

 メルヴィナの後ろにマリーが飛竜に乗って追随しながら行進。飛竜は飛ぶことを得意としているので地を這う動きはぎこちない。乗っているマリーも何処か調子が悪そうだ。

 リザも驚きを隠しきれないで、身を乗り出して手をふりはじめる。

 僕も何か声をかけたほうがいいのかと思い叫んでみることにした。

 これだけの歓声の中で、気づくかは分からない。それに先ほどのリネアさん達と同じように何らかのわけが有るのかもしれない……そしてマリーはこちらに気づかないまま通りすぎていった。


「マリーのやつ顔色悪かったけど、酔ったのかな?」

 横に目をやるが、先程まで身を乗り出していたリザが見当たらなくて。一歩下がった所でリザはわなわなと震え、様子がおかしい事に気づく。

「…………うっ、いや……うっ、いやぁ!」

 突然リザが叫び、その場にうずくまり、嗚咽を始めてしまう。尋常ではない事が起きていると、僕は心臓が掴まれる感覚に陥った。

「リザ? 急にどうした、何があった?」

「いやいやいやぁ……マリーが、マリーがぁ」

 リザは完全に取り乱していて、頭の中の何かを振りほどこうともがいている。

 これが意味するところはと考え、精神的な衝撃を受けて錯乱していると結論づけた。

「リザ! 僕を見ろ! 僕だけを見ろ!」

 肩を掴んでも首を振るだけで、僕を見ようとしない。強引ではあるが両手でリザの顔を挟み、目線を合わせる。

 すっかり瞳孔が開いていて、涙でぐしゃぐしゃと濡れている。

「私、わたしぃ……最低だ、どうしよう。マリーが……あはあはあああぁ」

 リザの思念は飛ばすことも出来れば、受けることも出来る。ただその能力は少しづつ強くなる傾向にあった。今も精神の混乱で、周りの人間の感情を汲み取ってしまっているのか、喜びと悲しみが入り混じってしまっている。

 一時的にそれらを遮断するために、僕は魔法を発動させ、リザを包む。

「リザ、僕の声が聞こえる?」

「セ、セレクト……わ、私……」

「いいよ、何も言わなくて。僕を見てくれればいい。今は僕だけに集中して」

 それでも止まらない涙にリザを僕は指で拭う。

「時機を見計らって渡そうと思ってたんだけど、こんな形でごめん」

 僕は魔法を刻んだネックレスと先ほど作ったトパーズを取り出し、その二つを錬金術で組み合わせる。

「……綺麗」

 トパーズは綺麗な橙色から青色に、中には雲を映しだす不純物。合わさることで夜の帳を封じ込めたような情景を作り出していた。

「リザに必要かなって思って作ったんだ。つけていれば周りの思念を遮断してくれる魔法が込められてる。これだったら毎日つけててもおかしくないでしょ?」

「うっうっ、すごく綺麗。セレクト、嬉しい。ありがとう……でも……」

 これ以上精神に負担はかけられない。リザを強く抱きしめて、

「気にしないで、後は任せて。休みな……」

 睡眠作用のある魔法を発動しリザを眠らせ、そばにいたイースさんと目が合う。

「イースさん、リザをお願いします。リネットさんが戻ってきたら一緒に宿に帰っていてください」

「え、セレクトさんはどうするんですか?」

「ちょっと、大事な用事が出来ました。今すぐ確認しておきたいことがあるので、行ってきます」

 外を見ればパレードはとうに過ぎていて、聖歌隊の歌声も遠くに聞こえる。公道にも人が溢れていて、停滞していた人の流れが動き出していた。

 それでも自由に動くには下の道は人が混みすぎている。僕は足を窓にかけて反対側の建物の屋根に向かって飛ぶ。

 魔法の補助で飛躍し、目立ちすぎないように素早く、人通りの少ない道まで屋根伝いに移動する事にした。

 

 今は人通りの少ない道に降りて歩いているが、どうしたものかと悩んでいる。

「どうするべきか……」

 パレード中に接触を図るのはまず無理だ。人ごみをかき分けるのも、先ほどのように屋根伝いに移動するのも、兵士に取り囲まれる危険があった。

 狙うのであればパレードの行き着く先、城内に潜入してマリーに接触する事だが、それは最終手段。

 その前にできるだけの事はしようと考え、貴族街に足を向ける。

「どんな手を使ってもマリーに会わないとな」

 リザも心配だが、マリーも暗い顔をしていたし、二人の間で何かあったのは確かだ。

 だから引っ張ってでもマリーを連れ出して訳を聞かなくてはならないし、リザに会わせないとならない。

 それがもっとも穏便に済ませる手段として、貴族街にあるスペリアム教国大使館に向かう理由である。

 比較的早足で人垣を掻き分け、貴族街へと入れば走り出す。何度か目にした王都の地図を思い浮かべて、路地を曲がり、大使館の前までやってきた。

 リネアさんも来ているのだから、それなりには取り合ってもらえる可能性はある。

 白い翼をもつ警備兵に事情を伝えようと話しかけたが、

「帰れ」

 と、一蹴されてしまう。

「え? いや、セレクト・ヴェントが来ていると伝えてもらうだけでいいんです」

「それは聞いた。我らの英雄の名を語るのなら、それ相応の証を見せていただこう」

「そんな物……」

 やってしまった。グルーニーさんからもらっていた羽の証は今はヤルグの手にある。

 自身を証明するものが無い。僕の周りには一人また一人と警備兵が増えていく。

 このままでは不審者扱いで捕まると思い、警備兵の手が伸びる前にその場を離れる事にした。

「にしても取り合ってもらうことすらできないなんて……」

 それに僕が英雄である事は教国内でも極秘扱いだったはず、警備兵が知っていたとしても不思議では無いが。一般のセプタニア人がこの名前をおいそれと出すわけがない……その事実を知っていれば通してもらえると思ったが。そう簡単には行かないようだ。

 とりあえず竜騎士隊の警備がパレードに集中している今、王城内に侵入を試みよう……


 王都の中心に向かえば城壁の姿が見える。

 そしてその高さは二〇メートルは優に超えていて、さらに大量の魔力を消費して障壁結界を展開している。

「今見れば作りが雑だな、見張り台も置けない結界の展開方式とか論外だろ」

 魔法を駆使して登りきり、粗雑な結界魔法の術式に穴を開けて城壁を乗り越えた。

 城までの距離は目測五〇〇メートルほど、そこまでは整えられた庭園が優雅に続く。少ない影に身を隠しながら移動する……

「流石に見張りが多いな……」

 城周辺には見回りの兵士が常駐している。その数も百を超えていて、流石に足を止めて賢者の石を取り出す。

 潜入するにはうってつけの魔法がある。一度だけペトゥナに使った不可視の結界の改良版。体を薄く不可視の結界で覆い、それはさながら光学迷彩だ。手作業で結界を動かす行為は困難を極める。だが、賢者の石の情報処理能力を使えばいとも簡単に再現が出来てしまう。

「よし、出来た」

 山のように大きい城を前に、僕は歩きながら見張りの兵をすり抜け、城内に優々と入っていく。

「簡単だった。と、言うにはまだ早いか……」

 城内は廊下も豪勢で広く、覚えがあるベルサイユ宮殿を思い出す。

 パレードはまだ戻ってきていない、今の内に城内の間取りの確認でもしておこう……

 この光学迷彩も万能というわけではない。例えばある一定の速度を超えて動いたり、肩をぶつけるような衝撃を受ければ魔法が解除されてしまう。光学迷彩魔法を使っている間は賢者の石も情報処理に追われてしまい、戦闘にまでは回せない。

 見回り兵とぶつからないように、迷宮のような城内を堂々と歩いて回る。

「マリーが行きそうな所を探さないとな……っと、曲がり角には気をつけ――――」

 僕は曲がり角を差し掛かり硬直をする。兵士がいる程度なら驚きはしないが、青いドレスに青い髪、その片手には扇子が見えた。

「セレーネさん、もう帰ってきてたのか……ヤルグの奴何やってんだよ、連絡ぐらい……」

 馬車で帰ってくるとなると、まだ時間に猶予がありそうだったが。よく考えればセレーネさんが視察をしに街を訪れた際も、馬車を使っている様子はなかった。

「飛竜を使ってたら、早馬でも追いつけないか」

 ただ、こんな所で焦っていても仕方がない。向こうには僕の姿は見えていないはずだと自身に言い聞かせる。

 案の定、セレーネさんは僕の隣をすり抜けて通っていく。だけど、何かを探しているのか時折辺りを見回していた。

「大丈夫、大丈夫。気づいていないし、気づかれてない。城内の散策はこの辺にして身を隠すか」

 廊下の脇に置いてある飾り物の全身鎧の後ろに身を潜め、座って待つ事にした。

 通り過ぎていく兵士たちの様子があわただしくなってきた。パレードも終盤に差し掛かってきたようだ。

 そして多くの着飾った兵士達がまばらに目の前を通り過ぎていく。僕もそろそろ動くかと立ち上がった時……

「げっ、またセレーネさんが来た……リネアさんとフィアもいるし」

 緊張から僕はその場でやり過ごそうと、じっと通り過ぎるのを待つ。

「はい、リネアさんもご一緒に探してくれませんかしら?」

「セレーネ様のお役に立てるのであれば、構いませんわ」

 やはり何かを探している様子で僕の目の前で立ち止まる。

 兵士達がいなくなっても何かを探していて……

「お兄様が作った警備魔法が壊れていればいいのですけど。まだ反応をしているようですわ。近くに侵入者が居るかもしれませんからお気を付けになって」

 なるほど、そういう事かと僕は頷く。

 アダルさんが作った警備装置でセレーネさんは間違いなく僕の影を探していた。

「でも、いくら探しても人影は見当たりませんのよ……やっぱり、お兄様のこの道具が壊れているのかしら?」

「……少しお待ちください、セレーネ様…………居ますわ。心音が聞こえます、もう一人この近くに……」

 リネアさんを連れてきた意味がやっとわかった。このままでは確実にばれる……

「この甲冑の中かしら」

「セレーネ姫殿下、お気を付けください! 確認はわたしがやります!」

 と言ってフィアさんが恐る恐る僕の隣の全身鎧を調べ、今の内にと忍び足で離れ――――

「そこ! 今動いてますわ」

「…………」

 完全に僕は指摘するリネアさんと目が合っている。

「何もありませんけど……何者かがいるのですね」

「はい、確かに。心音もしっかり……これは」

 すると飾られていた鎧がセレーネさんの念動力でもってバラバラに浮遊し、投擲物となり狙いを定め始める。

「これ以上はダメか……久しぶりです、リネアさん。それと、この間ぶりですね。セレーネさん」

 避けるにしても、ぶつけられるにしても、魔法は解除されてしまう……僕は自ら光学迷彩の魔法を解除し、両手をあげて姿を晒す事にした。

「あ、やはりセレクト様…………」

「あら、あら。これはセレクトさん、まさかこんな形でお会いするなんて」   

「すいません、不法侵入とは分かっているんですけど、どうしても引っ張ってでも連れて行きたい幼馴染がいまして」

 このまま逃げ隠れしてマリーを見つけるのは不可能だと僕は判断した。

 事情を分かってもらえそうな三人なので、取り敢えずマリーの居場所を教えてもらえないかと情報を開示する。

「それはもしかしてマリー・アトロットさんの事をおっしゃっていますの?」

 パレードにメルヴィナと一緒にマリーも出ているのであれば、紹介も既に済ませているのかもしれないが……どうして僕の幼馴染がマリーだとわかるのだろうか?

「なんでセレーネさんがマリーと僕の関係を知ってるんですか?」

「それは、もちろん……」

 と、セレーネが言いかけた所であの品定めをするような目つきで、ニヤニヤと笑い出し扇子で顔を隠す。

「セ、セレクト様。そ、その事は……あ、ああ」

「どうしました?」

 隣で様子を見ていたリネアさんが涙目で僕を見て、何かを言おうとしたが声が詰まり、

「わ、わたくしがいけないのです……わた、わたくしが……ああ」

「いや、あの。落ち着いてください」

 泣きながら口を押さえてリネアさんは逃げてしまった。今日はやけに取り乱す人が多い……

 リネアさんを泣かしてしまい、フィアにまた睨まれるかなと、そちらに目を向ける。しかし、フィアも同じように僕の目線にぴくりと反応するだけだった。

「どういうことかは、わかりませんが。フィア、リネアさんを追いかけてください。僕は急ぎの用事があるのでそちらを優先させてもらいます。セレーネさん、先程リザが大変な事になってしまって。マリーが関わってるはずなんです。だから、あいつの居場所を知っていれば教えてください」

「リザさんが? そういう事でしたら致し方ありませんわね。私について来てください」

 セレーネさんは聞きたいことが山ほどあるはずなのに、僕の頼みを聞き入れてくれる。

 リネアさんの事は後で詳しく聞くとして……僕はセレーネさんの後についていき、竜騎士隊が集う城の裏庭へと連れて行ってもらうことが出来た――――





「おい! メルヴィナ! これはどういう事だ! 答えろ!」

「知りたければ、その刀とやらで我をねじ伏せて見せよ。お前らは一切手を出すな! 手を出せば極刑に処す!」

 メルヴィナは周囲の警戒する騎士隊に命令をくだした。そして、僕はメルヴィナと対峙する事になったのだった。

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