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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第6章――
53/59

53話 微笑みの涙

 昨日の騒動を見ていた従業員の人が、その後イースさんが仕事を辞めた事を教えてくれた。決して僕を責め立てる事もなく、イースさんに対しても応援するような説明に、僕は少しほっとしている。

 なにせ急にいなくなられて困るのは同僚で、その原因を作ったのは間違いなく僕。嫌味を言われる覚悟もしていた程だ。

 今後も利用するであろうリリア商会の面子も潰しかねない事案であり、もっと慎重に行動しようと思う。

 一応、僕が後押ししてしまった訳だし。イースさんが”やりたい事”とは何なのか、それとなく教えてもらった。

 彼女は魔術師を志望して地方からやってきた学徒さんで、ここに来る前は本の写しや手紙の代書といった仕事でお金を稼ぎ、その傍らで魔法を勉強する日々の生活を送っていたのだとか。しかし目を悪くしてしまってからは、それらの仕事も出来なくなってしまった。魔法を教わる謝礼金も払えなければ、独学で勉強しようにもまともに本も読めない。そんな時にここの支配人に彼女は拾われ。高額な水晶の持ち出しこそ禁止されていたものの、仕事の合間に本を読む程度には許され。いつかは自分の水晶を手に入れるためにと、励んでいたらしい。支配人や従業員も密かに彼女を応援し、見守っていたようだ。


「そこにセレクトがあの眼鏡って道具をあげちゃったんだ」

 聞いたことを僕はリザ達に話しながら、城下町を歩いていた。

「うん、僕の憶測だけど。それでだいぶ舞い上がってる時に、水晶より使い勝手がいい物をと考えてたら……我に返ったって感じだよね」

「それ……でも。仕事……投げ出すの……良くない」

 珍しく話しに加わってきたリネットさんが咎めるようなことを口にした。けれど、イースさんにも訳があったのだ。聞いた話によると、今日が魔術師見習いになるための試験日なのだとか。

 それに水晶を買うために貯めていたお金もある。仕事に時間をとられる現在の生活から、勉強に専念できる前の生活に戻るのだろう。

 今まで勉強が出来なかった分を取り戻すために、一日でも多く時間を取りたいという思いは僕も覚えがある。

「それで、私達が向かってる所って……」

「魔術師見習いになるための試験会場だね」

 魔法使いと魔術師は大きく違う。魔法使いは”魔法”を使える人のことで、魔術師はさらにその魔法を研究する人のことを言う。なお、魔法を教え伝えるものとして、魔道師と呼ばれる人達もいる。

 その魔術師見習いの試験とは、魔法に使われている守護精霊や崇める神を書き当てる筆記試験と、課題にそった魔法を選ぶ実技試験がある。これは言わば入門試験であり、その内容は基本的、基礎的な物がほとんどであるが、魔法使いとしての技能も試されるため、魔法に触れる機会が少ない平民には難関となりえる。

 もし、魔術師見習いの証を得ることができれば、王国傘下の魔道師協会への入会が許され、願い出れば魔道師への弟子入りを斡旋してもらうことができる。

 僕やリザは魔法学園のカリキュラムをこなしていれば自然に魔術師の称号を与えられるので、こういう見習い試験とかはしない。あえて言うなら進級試験がそれに当てはまるだろう。

 まあ、それはさておき。たどり着いた試験会場は前にも来た事がある王国図書館。

「一次試験結果もその場で発表らしいし、イースさんもそろそろ出てくるんじゃないかな?」

「そうなんだ……一つ聞くけど。なんでセレクトはそんなにイースさんを気にかけるの?」

「……なんていうか、僕のせいで仕事やめちゃったわけだし。魔術師になりたいって人を応援してあげたいってのもあるかな。それに――――」

 正午を迎える鐘に声がかき消され、王国図書館内から試験を終えた人達がまばらに出てくる。

「……あそこ……」

 リネットさんが最初にイースさんに気がつき、目を向ける。足取りは良さそうだが、顔色は良くない。でもちゃんと眼鏡は掛けていて、おさげの髪が似合っている。

「じゃあ、帰ろうか」

「え、声掛けに来たんじゃないの?」

「様子を見に来たんだよ。徹夜はしてそうだけど、落ち込んでなさそうだし。午後にある実技の試験も集中しなきゃならないだろうから。心を乱すような迷惑はかけられない。それに昨日の今日で話しかけるなんて…………さ、お昼でも食べに行こうか」

 王国図書館にも寄りたいが、今日一日は試験会場になっているだろうしで、今日はリザと城下街をぶらぶらしようと思う。それにマリーに土産を買っていかないと何か言われそうだし……

 リザ達と来た道を少し戻る感じで歩き始めてから、

「ん? リネットさん?」

 リネットさんが僕の袖を引っ張り、進行を止める。

 何だか嫌な予感がして後ろを振り向くと、

「ハァ、ハァ…………」

「…………イースさん」

 僕達を見つけたイースさんは息を切らして追いかけてきていたようだが、僕から言える言葉など「頑張ってください」ぐらいしか持ち合わせていない。

「あ……あの。ありがとうございます! セレクト様のおかげで、試験もちゃんと受けられました」

「僕は年下で平民です、様なんてやめてください。それにまだ試験は終わりじゃないでしょう? 午後からの試験の方が大変なんですから。そちらに集中したほうがいいです」

「いえ、そちらの方が集中できないです! 今のわたしからは何も差し上げられる物がないから。言葉だけでもちゃんと伝えたくて……試験が受かる受からないに関係なく、少ないですけどお金とか……」

「お金なんていらないですよ。それならちゃんと試験に挑んでください。それに試験が終わる前から受からないなんて考えちゃいけま――――」

「セレクト、周り」

 リザが僕に耳打ちして周りの状況を教えてくれた。イースさんの声に通り過ぎる人の目がこちらを見ていて、僕達は目立ってしまっている。一方的に逃げるわけにもいかないし、昨日の事も考えると、今直ぐに言い聞かせた程度では納得してくれないだろう。この人は誠実で頑張り屋なのはわかるが、筋が通ってない事には自分を犠牲にしてでも頑なに否定的だ。

 お昼になったのも先程なので、次の実技試験は多分二時間程の猶予があるはず。

 ご飯を食べながらでも説得しよう……

「あ、もう。イースさん、お昼まだですよね?」

「は、はい」

「適当に近くで食べましょう。そしてそこで昼食を奢ってください。それでちゃらってことで。ね?」

「そんな事で――――」

「そんな事でいいんです。ほら、行きますよ。リザもそれでいいよね?」

 僕はイースさんの後ろに回り込み、その背中を押す。

「セレクトの問題だから、私は別に構わないよ」

「早く……」

 リネットさんが警戒し始めているので急いで、目に付いた店に入る。

 

 適当に入った店は、小洒落た喫茶店といった感じで、雰囲気が宿屋の食堂とはだいぶ変わる。

 取り敢えず空いてる席を見つけて座り、注文を済ませてしまう。

「一次試験突破おめでとうございます」 

「いえ、セレクトさ……んのおかげで、何とかなったので。本当にありがとうございます!」

「お礼はもう、いいですよ。それに試験を突破できたのだってイースさんの実力でしょうし」

「そんな事はないです。わたしだけだったら、水晶も買えないで……それにこんな高価な道具まで」

 イースさんは眼鏡を外して、大事にそれを撫でる。

「別に高価な物とかじゃないですよ。その、なんていうか、作った物だし」

 元は屑鉄でたいした出費でもなんでもないし、一人の人生が救われるのであればなおさら。 

「いえ、それでも水晶を……え? 作ったんですか、これ?」

 少しぐらい大丈夫かなと思い口を滑らしたが、ダメみたいだ。ガイアス達であればごまかせるが。やっぱり魔術師を目指しているだけあって、ちゃんと理解している。

「はい、だから高い物じゃないんですよ。気にせず使ってください」

「あの、セレクトさんは高名な魔術師様だったり……」

 話を締めくくるように言うが、イースさんは許してはくれないようだ。

「そんな事ないですよ。僕はただの魔法学園の生徒です。錬金術を専攻しているので、そういう道具も試作してるんですよ」

「その若さで錬金術を……いや、平民で学園の生徒? それでこの道具を作れて……はわわわ」

「隣にいるリザも魔法学園に通ってますからそんなに驚くことではないですよ」

 まあ、貴族と平民とでは天と地の差ほどあるわけで、それも分かっているイースさんは驚きのあまりぶっ飛んでいる。

「すすす、すみません。わたしなんかがおいそれと話しかけていいお方とは知らずに同席なんて、ごほっごほ」

 息継ぎを忘れて咳き込むイースさんを横目に、頼んでおいた昼食が並べられる。

「あの、目立ってるんで。ちゃんと席に座ってください。お昼も来ましたし、落ち着いて食べてから改めて話しましょう」

 でないとリネットさんの警戒で、イースさんが気を失うはめになるかもしれない。

 どうにか出された昼食を食べ終えたが、その間イースさんは僕と目が合うたびに咳き込み、むせていた。

 

「取り敢えず僕がその眼鏡を作ったことは内密にお願いします」

 食器も片付けられ、出歩くのも時間的に暑いだけなので、しばらくはまだこの喫茶店でイースさんと話をしていた。

「秘密ですか。そうですよね。このような道具が作れるなんて知られたら、とんでもない事ですもんね」

 まあ、そのとんでもない物を持っているからには、イースさんが何かとんでもない事に巻き込まれるかもしれないとかは、おいておこう。

「うう、わたしが何をしようが。お昼をご馳走するだけじゃ、お礼は返せそうにないです」

 律儀にもまだそんな事を思っているのかと思うが。それがイースと言う人物なのだ。

 ここまで頑固なのであれば、僕の持つ言葉でこれ以上の説得は無理だ。

 だから説得するうえで、こんな時だからこそ、一番効果を発揮しそうな、使い古されてきた言葉を使おうと思う。正直僕自身の言葉ではないのが気に病むが……

「ならこう考えましょう、その眼鏡を使って僕の期待に応えるってのが、一番のお返しだと」

「…………そんなので……いいんですか?」 

「はい。いいんです」

 先人に習えで使った言葉はやはり効果は絶大だ。これでイースさんもお礼だお返しだと言わなくなる。

 内心釣れたとガッツポーズしてしまったが……う、リザがジト目で僕を見ている気がする……

「ちなみに僕の期待は、魔術師見習いの試験の合格です。お礼をする中でも一番簡単でしょ?」

 これとないほどにシチュエーションが整った事も驚きだが、誘導もみごとに出来たと思う。

「…………」

「あの、イースさん?」

 イースさんは俯いてしまい、それに体も少し震えている。

 ポタポタと涙も流し、膝の上の手の甲を濡らす……

「わ、わたし……次の試験……」

 先人の言葉が感涙させるほど強力だとは思わなかった。

 それと次の試験も控えているというのに、こんなに動揺させては精神的に良くない。

 イースさんは顔をあげて思いつめるように、

「……実技、全くできないんです」

「…………へ?」

 個人的な見解から言わせてもらえば実技試験より筆記試験の方が簡単だが、あくまで僕一個人の感想だ。個人差はもちろんある。

 だから僕は失念してしまっていた。この手の作戦はイースさんの実力が伴っていなければいけないことを……

「ここのところずっと筆記試験の勉強しか出来なかったから。実技は……全然……」

 謝礼金でもって習っていたという魔法の中には実技も含まれていたのだろうが、お金が無かったイースさんはその実技を習えなかった。この試験も苦渋の選択でもって受けたに違いない。

「じゃあ、尚更こんな所で悠長に話してる場合じゃないですよ!」

「は、はい……」

 イースさんは消え去りそうな声で「そうなんですよね」とか言っている。これではいつまでもイースさんは後ろめたい気持ちを持ったままになるし、僕はイースさんにプレッシャーを与えただけで、いい事がない。いっそのこと投げ出すのも一手だが、流石にここまで気にかけてしまったのだ。最後まで面倒を見てあげなければならない、それが責任だ。

「……今から少しでも魔法の構築手順を教えますから、取り敢えず泣き止んでください」

 引っ張り出すようにしてイースさんを喫茶店から連れ出し、静かに魔法の練習が出来そうなところを探し、時間いっぱいまで教え込んだ。

 

 基本的な魔法の構築技術を教えイースさんを王国図書館に送り届けた。 

 付け焼刃すぎて心配ではあるが、後は祈るのみ。何だかマリーの入学試験を思い出す……

「大丈夫かな。イースさん」

「もう、神のみぞ知るだね」

 先人達の言葉の使いどころを間違えたと今になって思う。せめて試験が終わった後にしていれば、受からなくても、次の試験までの励ましに使えたのにと……

「もっと無難に魔術師見習いになれたら、とかにしとけばよかったかな」

 イースさんは今頃、課題に出された魔法を必死で構築しているのだろう。それこそ、絶対に受からなけばというプレッシャーの中で……

 考えすぎては僕達も暗くなりかねない。イースさんが次、外に出てくるのは二時間ほど先なので、適当に街中をぶらぶらしようと思う。

「時間まで、露店でも見てまわろうか」

 以前、マリーと立ち寄った事のある露店が並ぶ場所を探す。目印となるのは時計塔で、その近くだったはずだ。

 記憶を頼りに歩くこと数分、この世界には珍しい大きな時計塔を見つけ、その周囲には前に来た時よりも多くの露店が立ち並び、埋め尽くすほどの賑わいを作っていた。

「明日からの祭りもあるし、人が増えてるのか。珍しいものがないか、探すのも悪くないな」

 人混みの中、リネットさんの警戒は強く、リザにピタリと着いて歩いてくれている。

 僕も警戒は怠らないつもりだが、リネットさんがいれば問題は無い。

「あ、これ。綺麗……」

露店の中には小さい青いガラス細工を取り扱っている店があり、前にも見たことがある。僕も改めて見てみると、砕けたガラスの破片を寄せ集めて、花の形に加工してある。もしかしたら移送途中で壊れたガラスの工芸品を再利用しているものかもしれない。それでもこのガラスの中には白色透明な物は無く、透明度も低い。

「リザはこういうのが好きなの?」

「うん。あ、でも、前にもらったブローチも好きよ」

 前にリザにあげたブローチもこの近くで買った。今もパーティーの時にリザが付けている事は見て知っている。

「こういうのがいいのか……でも、もう少し見て回ろう。もっといい物があるかもしれないしさ」

「……そうするわ」

 リザは少しだけ別れを惜しむように見ていたけど、昨日せっかく何かを作ってあげると約束したのだから、ここで買ってあげてしまっては喜びも薄くなってしまうというものだ。それにもう少しで、リザに渡しておきたい物も出来るし、それと合わせてプレゼントするのも悪くない。

 他の露店を見てまわりながら珍しそうな物を物色し、使えそうな物をいくつか見つけた。

 例えばひびが入って価値の無くなったトパーズの原石や、不純物が入りすぎて価値の薄い鉱物類。

 それらを交渉の末にまとめて買うことで銀貨一枚にまけてもらった。これで今後の実験に必要になるものが揃い、別に高い買い物とも思わない。むしろこの値段で買えたのが信じられない程だ。

「ちょっと早いけど、戻ろうか」

 リザが歩き疲れる前にと僕達は王国図書館に戻り、腰が落ち着かせられそうな場所を探すことにした。

 

「セレクトはさっきは何買ってたの?」

「えーと、まあ。研究で使う材料を買ってたんだ。ほら」

 先程買った鉱物をリザに隠すことなく見せる。

「あ、これいいな」

 リザが拾い上げたのはピンクトパーズ。親指の半分の大きさの原石でひびやくすみが酷く、加工されることなく露店売りされていた物。

 何故こんなものを買ったのかと言えば、錬金術のためだ。単一素材として鉱物や宝石は優秀であり、錬金魔法で必要となる自然文字の解析に役立つ。

 リザは他の色の付いた鉱物にも興味を惹かれたのか、時間を忘れて手に取り見回していた。

「…………」

 賢者の石を弄っているとリネットさんが肩をつつくので前を見る。

「あ、リザ、戻して。図書館から人が出てきたから行こう」

 広げていた鉱物を仕舞い、王国図書館へと足を向ける。

 中からまばらに出てくる人は憑き物が落ちたような顔をする人もいれば、酷く落ち込んだ人もいる。

 その中にイースさんもいて、その足取りは……重い。

「イースさん。お疲れ様です……」

「…………ずびばぜん。わたし……やっぱりダメでした。魔法も教えてもらったのに……」

 僕達の顔を見るなりイースさんは滝のように泣き出し始めてしまった。

「あんなに急でしたから仕方ないですよ。でも、これで次は絶対受かります。次の試験は何時になるんですか?」

「うっ……次の春に、うっ……なると思いまず」

「じゃあ、それまでもう少しだけがんばっ……て――――」

 ほんの少しの間でしか関わりがないが、僕たちにすがる様子も見せず頑張ってきたイースさんは、想像以上に苦労してきている。

 この先で僕が発する言葉など関係なく、彼女は来年には魔術師見習いになるだろう。

 そして色々な壁を乗り越えて、一人前の普通の魔術師になる。

 しかしそれは、今後、僕が大きく変えてしまうであろう魔法の理を知らない、ただの無知で、時代遅れな魔術師になると言う事だ。

 そんな変革を起こしてしまう僕が”頑張って”などと言っていいものなのだろうか?

 彼女の半生を否定するかもしれない僕が、そんな事を本当に願ってもいいものなのだろうか? 

 傲慢と一蹴されても仕方ない思慮深くない考えだけど、想像してしまったのだ。

 僕が一人の人生を……崖と分かっていて進ませる道に後押ししていることに。

「セレクト、大丈夫? 顔色悪いよ?」

 どれほど沈黙していたかは、分からないが。リザが僕の顔を覗く程に僕の時間は止まっていたようだ。

 ハーベスやベルモットの顔を頭に浮かべ、改めてイースさんを見る――――決意はかたまった。

「…………イースさん。その、お話があります……すごく大事な。聞いてもらえますか?」

 まだ、俯いて泣いていたイースさんはくしゃくしゃになった顔をあげて、

「は、はい?」

 とだけ答えた。




 誰に聞かれるのもまずいと思い、宿・地竜の懐、自分たちに割り振られた部屋まで戻ってきた。

「イースさん。こんなところまで連れてきてしまって申し訳ありません」

 窓際に置いてある椅子にイースさんを座らせて、僕達は前に立つ。

「いえ、私も取り乱してしまっていて……今は大丈夫です」

 目の端はまだ赤いが、泣き止んだイースさんは、至って落ち着きを取り戻している。

「大事な話をする前に、一つ確認します。もしかしたら話の内容では、勝手ながらに切り上げさせていただくかもしれません」

「は、はい」

 僕の真面目な視線に気づいたのか、またイースさんは緊張しはじめていた。

「イースさん、貴方は何故、平民ながらに魔術師になりたいと思ったんですか?」

「……えっ、と。わ…………私は……北方のバンゼという街から来たのですが。そこはとても冬が長く、平民にとっては過酷で、印象も暗く……獣人も多い。まだ人間種の迫害も少なくありません。私はその中でも下層の平民として生まれ、家族共々身を寄せて細々と暮らしていました。夏場は過ごし易いのですが、冬場は凍えるように寒く、食べ物もなく。一度でも病で倒れれば帰らぬ人となるのが当たり前、そんな所で私は育ったのですが――――」

 リリアでは迫害などは目に見えてはいなかったし、第二のリリアも人種が入り乱れて亜人、獣人、人間が等しく共存しあっている。個人的な偏見はあったかもしれないが、集団として表面化してきてはいなかった。この王都もそうだ。王族を竜人に城下の民としては人間が多く住んでいるが迫害などは見たことが無い。なのに何故、獣人と人間の迫害が起きるのか? 数世紀前まで人間が奴隷であったこと、人間の治める帝国の驚異があったこと……奴隷制度が撤廃されてもそう簡単には無くなってくれないのだろう。

 辺境の街ではその影が色濃く残っているようだ。

「――――そんなある日。凍える夜に……暖かい光が街にやってきました。私はその時始めて魔法というものを目の当たりにしたんです。それまではお話の中でしか知らない魔法は、争いに使われる怖いものとばかり思っていたから……最初はそれが魔法だとは思ってもいませんでしたし。でも、配給されたふわふわとおいしい魔法のパンや、暖かい魔法の火に触れることで、それらがとても人に希望を与えてくれるものだと知りました。それから街もじょじょに変わって。貧しい暮らしながらも前に比べれば苦しくなく、皆が幸せになることで迫害も心なしか少なくなり、お金の余裕もでき始めて、こうして私も街を離れて王都に来れるほどに……だから、私は魔術師になりたいんです。私に見せてくれた希望の光を……私も誰かに見せてあげたいんです」

 僕が作ったマジックアイテムに触発されてイースさんは魔術師になりたいと言っている。

 だれかに合格かと聞かれたら、これ以上ないほどに合格だと僕は言うだろう。満点をあげたい。

 学園に入学する前に出会った商人のグラッツさんも、同じような事を言っていた事を思い出した。

 イースさんが語った言葉を聞いて、僕の隣で立っているリザは涙を浮かべている。 

「はい、十分に分かりました。これとない程に条件が一致しましたし。これは僅かな間ではありますがイースさんの姿勢を見て、僕なりに決めた事です。これから魔法史における重大な分岐点となる事を教えようと思います。ですが、その前にイースさんにその意思があるのか改めて聞きましょう。イースさん、貴方はこれまでの魔法の知識を投げ出してでも、僕の持つ魔法の知識を得たいと思いますか?」

「…………え、と……」

 こんな事、二つ返事で返せるわけがない。今までの自分を否定しろと言っているようなものだから。この質問の仕方では彼女に酷というものだ。ならば言い方を変えよう……

「リリアで僕が開発してきた、火の札やマジックブレッド同様の知識を得たいと思いますか?」

「…………わ……私を……からかっているんですか?」

 僕は目の前にいる情熱的に魔術師になりたいと願っている人を馬鹿にするわけがない。

「私が田舎者だから? とりえもないのに……魔術師見習いにもなれないのに……あ」

 そこまで言ったイースさんは自分の目に掛けられた眼鏡を触ってから、言葉では信じられなくとも、そこに真実があると知ったときの顔で僕を見てくる。

「なんで……セレクトさんは。私に良くしてくれるんですか?」

「忘れちゃいましたか? 頑張ってる人には報いを……世界は努力する人に優しくあるべきだって、言いましたよ?」

イースさんは俯いて、少し上目遣いで僕を伺う。

「……なんで私なんかが。他にも……」

「そこは僕の独断と偏見です。みんなを対等に扱うには僕一人には多すぎる。でも、その中でもイースさんは世界に優しくなれる人だから。選んだんです」

「……そんな事言われたら。私、本当に……セレクトさんにお礼なんて返せなく……」 

「僕にも見せてください……僕の知識で得た魔法でもって、イースさんが目指す奇跡の光ってやつを」

 僕はイースさんの震えている手を取り、

「…………私なんかでいいんでしょうか……」

 震えが止まるようにとしっかりと握る。

「なんかじゃないです。いいんです。少なくともイースさんは僕に、この秘密を教えてもいいと思わせてくれましたから。だから改めて聞きます。貴方の魔法でもって、世界に奇跡を光を届けていただけませんか?」

「…………はい」

 イースさんの両目からポロポロと大粒の涙があふれ、でも先ほどの悲しげな涙ではなく。これから明るい未来が待っていると心から喜べる。微笑みの涙であった。


添削作業を手伝っていただいてありがとうございます。

やはり、少しでも読みやすく、楽しんでいたただけるように、頑張ります。

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