50話 始まりの警笛
リザとフェリアは少年警備隊のためにと言って、屋敷の厨房で料理人に混じっては、彼らの昼食を毎日用意するようにしていた。その努力の甲斐もあり、今やリザの料理の腕前はセレクトも認める程に成長し、今日も彼らのためにと偽って料理をする。
「いつ帰ってくるんだろ……」
「お昼ご飯は一緒に食べたいね」
二人共、慣れた手つきで料理はするが、いつものようにとはいかない……原因として上げるなら、やっぱりセレクトの事だろう。
セレクトが意識を取り戻したと聞いた時は、心配で仕方がなく、朝から待つこと数時間。やっと面会できたと思いきや、数える程しか会話が出来ず。何を思ったのかセレクトは、屋敷を飛び出して何処かに行ってしまった。
それから昼時を知らせる鐘が鳴ってもセレクトは帰らず、いくら思念でもって探しても引っかからない。
セレクトの慌てた様を思い出すたびにリザの心配はつのるばかり……
その様を見るフェリアも同じ気持ちであり、無事に帰ってきて欲しいと祈っていた。
そして、自分達の昼食を終えて直ぐ、外から驚くほどの爆発音が聞こえてきたのだ。
僕も予想だにしない勢いでもって剣がぶつかりあった結果、土埃が舞って視界を遮り、ガイアスの様子が分からない。
数秒おいてからガイアスの姿を捉えると、数メートル後退した足跡を残して立っていた。
僕にはしっかりと木剣を振り切った感覚もあり、ガイアスが押される形となったようだ。
「かー、負けたー。やっぱセレクトって強いわ」
立ち尽くすガイアスの手には木剣は無く、その柄だけが握られている。
僕の木剣は魔法で強度が上がっていたおかげで損壊せず。ぶつかった勢いに耐え切れなかったガイアスの木剣は、柄を残して跡形もなく消し飛んでしまったのだろう。
ガイアスは立っていたにもかかわらず、その有様に自ら敗北を宣言をした。
先程まで湧いていた少年達は静かになり、近くの立てかけてあった木材が倒れて音をだす。
それでも場は静まり返ったまま……
「やりすぎたかな……」
熱狂も、時として狂乱の度を越えてしまえば、恐怖となって静寂を作る……
頬を掻きながらガイアスに目配せをし、その場を立ち去ろうと僕が動き出したその時――――
「うおおおおおお!!」
「隊長が負けたあああ!!」
「あれって人間だよな!ありえねえええええ!!」
先ほどの轟音にも負けない歓声が巻き起こり、小屋の中にいた少年たちも皆外に出てきては、より歓声をもり上げる。
逃げることもできずに、僕達は少年達に囲まれてしまった。
「隊長なに負けてんすか、まだいけるでしょう!!」
先ほどの幼い少年が前に出てきて、ガイアスに活を入れる。
「無茶言うな、手がしびれて当分動かないっての」
ガイアスの手はピクピクと痙攣し、腕を上げているのもやっとのよう。
それでも力ない手でもって僕の手を取り――――持ち上げる。
「お前ら!いいか!よく聞け!今、俺は負けた。全力をぶつけて負けた!人間のセレクトにだ。獣人でオヤジの息子だから特別だとか言って、諦めてんじゃねえぞ!ハーフも亜人も関係ない!つえーやつはつえー、よえーやつはよえー。でもな弱いからって強くなれないわけじゃない!分かんだろ?これ見てればよ!」
少年警備隊の中でも大人と張り合えるであろうガイアスは異端児だ。それに警備隊長であるジーノさんの息子で、さらには自信も隊長という格を持つガイアスに少年達が一線を引くのも分かる。だからだろう意固地になってまで人間と言う身体能力の劣る種族に、本気でもって負ける姿を皆に見せたかったのだ。
そして覆される理に、この少年達の目を見れば一目瞭然。
「だから……お前らも強くなって見せろよ!!」
ガイアスの激昂に一段と歓声が大きくなり、耳が痛い。
昔はマリーの後ろを歩いていただけの少年は、今では自分の名誉を捨ててでも、彼等の為にと考え行動出来る、ガイアスらしい隊長の姿を見た。
「マリー、ガイアスはだいぶ成長しているぞ……」
歓声に消えて誰にも聞こえない声でつぶやく。
「え、なんだって?」
すでにガイアスはいつもの呑気な顔を浮かべている。
「ん、マリーといい勝負ができるって言ったんだ!」
剣の実力以外なら既にガイアスの方が上かもしれない。マリーにこの事を報告したらさぞ悔しがることだろう。
「もう、心配してたのに。何やってるの、あんなとこで……」
「ご、ごめん……リザ」
悲しみにくれるリザの顔を見るのはとても心苦しい。
すっかり忘れていたが僕は病み上がりだ。
リザやフェリアを心配をさせたままに、ガイアスとの模擬戦をすればこうなる事は予想できたはずだったが……
「お兄ちゃんもセレクトお兄ちゃんが倒れたって、わたし言ったよね。何であんな事になるの!」
「す、すまん……フェリア」
ふたり揃ってぐうの音も出ない。
先程、警備隊の少年等に囲まれて担がれそうになっていると、そこにリザ達がやってきて屋敷の中へと僕達は放り込まれた。
「せっかくお昼も用意してたのに」
考え無しにガイアスと昼食をとってしまった事に、なんとも耳が痛い……
「ボクも怒ってるんだからね!」
ん?
「何であんな目立つ真似をして、もしもの事があったらどうするんだい!早く軸受について教えてくれないとディーマスさんに無い事無い事しゃべっちゃうんだからね!」
「裏声で気持ち悪いし。無い事だらけでしゃべるとか、お前、それだけはやめろ?」
会話にいつの間にかヤルグが混じり、話の腰を折られたとリザが睨んでいる。
「いいのかい、そんな事を言って。ボクに最初に上がってきた情報で”湯浴み場で”倒れたって事を無かったことにしてディーマスさんに報告したり、奥方様の――――」
「あーはいはい。それは向こうで話そうな!って言う事でごめん。僕はヤルグと話さなきゃならない用事が出来たからさ」
ヤルグの背中を押してその場を離れる。
書記室に向かいながらヤルグと会話する。
「もう、リザ達の前でそういう話はやめてよ」
「ボクだって好きで話している訳じゃないさ。セレトンがどうしてもボクの忠告を聞いてくれないから、しょうがなく。ね」
「心配かけたのは謝るよ。それにガイアスの件もありがとう、だからこの話はもういいだろ?」
ヤルグは面と向かって隠した善意に礼を言われると、恥ずかしいのか余り話さなくなる。
商人として相手に極力弱みは見せないと言うヤルグの処世術をくすぐるようだ。
書類が散乱した書記室に入ると、ヤルグは深呼吸をし「始めようか」と一言に軸受の事を改めて聞いてきた。
分かりやすく賢者の石を使って屑鉄を小さいベアリングに変え、用途別に教える。
鉄を使った機械的部品は今回が初めてで、ヤルグの興味は尽きない。
「これの大きいのを作って馬車の車輪につければいいんだね。おお、よく回る」
ヤルグはリング状の真ん中に指を入れてから回し、その滑り具合を堪能していた。
「組立の図面とか、”錬金板”は後で渡すよ」
リリアの主な資金源は僕の開発したマジックアイテムや日用雑貨が占める。
”錬金板”とはそれらを作る上で必要不可欠な装置、防腐加工された木板に錬金魔法が施され、魔力を込める事で上に乗せられた素材を何度も加工してくれる。設置型魔法の一つで僕の発明品だ。
記憶された内容でしか加工は出来ず、それゆえに個々に必要となる。
自然文字を扱える神父様ですら錬金魔法に必要な物理法則を理解してない。それ故に僕以外に作り出す事は不可能。あくまでも原版を元に複製ならば誰でも可能だが……
「ごめんねセレトン。せっかくの休みなのに」
「今更気にするの?こんなのすぐに作れるから大丈夫だよ」
昔は手作業でもって図面を紙に書いて、木板の上に置いて掘っていた。だけど今は賢者の石を使ったレーザー加工ならぬ魔法を使った分解加工が出来る。より緻密な作業も可能で以前作ってきた物よりも魔力の消費を抑えられるかもしれない。
「それよりも学園に帰る前に一回は工場を見学したいんだけど」
「え……いいのかい?ボクは大歓迎だけど。休みを堪能したいんじゃないかとばかり思ってたけど」
「確かに疲れてはいたけど暇したいなんて思っちゃいないよ。僕が嫌なのは重労働で、好きなのは魔法の発明とその作業。そんな僕がこれまで街の開発に嫌な顔せずに付き合ってるのは、主にこの賢者の石の性能を大々的に試せたから。工場見学もその一環だよ」
マジックアイテムの製造現場でもって僕の魔法がどのように使われているのか、ヤルグに任せっきりにする事が怖いというのもある。凄惨な現場でもって過酷な労働、そんな状態を思い浮かべれば……夢見が悪い。
それと誤解しないでもらいたいことはリザ達の事についてなら、一つも二つも肌を脱ぐつもりだ。
「じゃあ今から向かおうか?ちょうど行く用事が有ってね」
「うへ、今から?まあいいか」
(よくない!)
それはリザの声で、思念が頭に飛び込んでくる。
書記室の扉を開けばリザ達が聞き耳を立ててそこにいた。
「セレクトはすぐ無理するんだから。私もついて行くからね!」
「わたしも行くー!」
「皆が行くからな!俺も行きてー」
頬を膨らますリザとは別に、ほかの二人はいつもの調子。
別に危険な所って訳でもないし、もちろんリザ達を連れて行くことに問題は無い。
「セレトンがいいなら――――もうそろそろ呼んでおいた馬車が来るから、そちらに行こう」
「ちょっと、これはどうにかならなかったのかな」
「もともと一人で行く予定だったからね。しかたないね」
ギリギリ四人が乗れる大きさの馬車に五人乗るからには、窮屈になるのは分かる。
僕の両隣に小柄なリザとフェリア、対面にヤルグとガイアスが座っていた。
「ガイアス、そんな目で見ないでくれ」
隣でリザの肩がピタリと当たるのだが、それ以上に体の重心も僕の方に偏っている。
「ごめんね、窮屈だよね」
そう言ったリザは僕の腕の下に手を潜らせ、少しでも解消しようと……柔い物が肘に当たる。
「リザお姉ちゃんずるい!」
フェリアも似たように、グイグイと僕もう片方の腕を引っ張る……
「だからガイアス、そんな目で見ないでくれ」
すっかり感情を失ったガイアスの表情。ヤルグはやれやれといった具合で出発の合図に壁を叩くと、外で馭者を担当するリネットさんが穏やかに馬車を発進させる。それでも時折揺れる馬車内に僕は為す術がない。
「ねぇガイアス君。ボク達も腕を組もうか」
「……遠慮しておきます」
その惨状が小一時間続くことになった……
「つ、疲れた……」
窮屈だった馬車を降りて、蒸し暑い空気をこれでもかと吸う。
予想以上の疲労感と緊張感の冷や汗、この後の工場見学などどうでもよくなるほどに疲れていた。
「この建物すごく長いね!」
屋敷を出発する前はあんなにご立腹であったはずのリザは、今は上機嫌な笑顔でもって見たままの感想をのべる。
ここは街の中心部から西に移動すること小一時間、王都へと続く街道沿いに作られた工場地帯。
商会の倉庫を彷彿とさせる飾り気のない建物が綺麗に何棟も並び、整理されたその風景はこの世界では始めてみる。
まだまだ増設していて骨組みだけの建物も目立つ中で、いくつかは既に完成し稼働もしていた。
その内の一つを前に、建物の中へとヤルグを先頭に入っていく。
室内を煌々とてらす照明と段差のない磨かれた綺麗な石畳。建物の中は外よりもだいぶ涼しく、冷房装置がしっかりと働いている。
「労働環境は丸っと……」
脳内のチェックシートに丸を付けて周りを観察。
作業員の数名が少し慌ただしい雰囲気に、小太りの商人風の男が駆け寄ってきた。
「これはこれは、お待ちしておりました。商会長ヤルグ殿。ささ、こちらに」
「いや、前置きはいいよ。今日はセレクト君も来ているので先に工場内の見学をさせてもらえませんかね」
「む!確かにそちらはセレクト殿……と、リザイアお嬢様ではありませんか!お久しぶりでございます」
そう言われて徐々にその顔を思い出す。確か、リリアの工場でも工場長をしていた人だと。
経験豊富な彼を軸にこの工場地帯を動かす、実に理にかなっている。
「すみません、急に来てしまって。少し騒がしくなるかと思いますがよろしくお願いします」
「むふぅー、セレクト殿に見学していただけるとは心強いものです!何か問題があれば直ちに正しますので、ご指摘ください。立ち話も歩きながらに……ではこちらから参りましょう」
この建物内で作られているのは純白の紙と、それから作る加工品の魔法の札。
材料は街道建設で切り倒された木や角材の生産から出た廃材となるそうで、街でも多くの建物が建てられていることから、材源に困ることはなさそうだ。
出入り口の材料置き場を初めに、建物内の奥へと進む……
「こちらが純白紙の製造工程になります、です」
木材を一度に紙にする事は複雑すぎて一枚の錬金板ではさすがに出来ない。それ故に素材の不純物を取り除き、繊維を取り出し、紙へと加工する三つの工程が必要となる。
それらを素早く行うためにと三つの卓が横一列に並べられた空間に、人々が座って作業をしているその様はまるで、日本の経済成長期を彷彿とさせた。
「で、こちらが出来上がったものになります」
綺麗な純白のA4サイズの紙を渡されて、肌触り等を確認する。
ヤルグも気になるのか覗き込んで「どお?」などと聞いて来た。
「問題はないね。しっかりと不純物も取り除かれてて汚れもないし、整形も崩れてないから」
確認し終わった紙を工場長に返すとその手は汗で濡れていて――――
「いい仕事が出来ていますから、自信を持ってください」
工場長は僕の言葉を胸にとどめるように目をつぶり「では、次に参りましょう」と続けた。
まだ工場は奥へと続く。次に、訪れたのはA4サイズの紙に魔法を印刷する工程。
平版印刷形式でもってA4サイズの紙1枚につき四つの同じ魔法が同時に印刷される仕組みになっている。
後に切る工程も控えているが――――それよりも僕の中で見ておきたい重要な工程がもう一つあった。
それは印刷に使われるインク。黒に着色された聖水で魔力の濃度管理をするのが難しい……
なにせ濃度が薄すぎれば魔法は発動しないし、逆に濃すぎれば魔法が誤って発動してしまうといった問題を引き起こす。作り手によって大きくばらつきがある事から、長年の経験が必要となる重要な工程。
「すいません、聖水の製造工程が見たいんですけど」
「ひっ……あ、あちらに」
先程、工場長に自信を持ってと言ったばかりなのに、もう心臓を鷲掴みにされた表情をしている。
案内される先は部屋の隅、そこに置かれた樽の中にはなみなみと作られた聖水が入っていた。
「そうですね……ここだと不純物が入ってしまいそうですから、もうすこし保存に関して考慮してください。それと……この量だとどれぐらい保ちますか?」
「え?……は、はい。大体5日分かと」
「じゃあ、今日から一日分だけ作ってください。余っても毎日作り直してくださいね」
聖水の作り方は魔晶石を水に入れて人の魔力を注げば出来る。ただし、放置していればその分魔力が抜け出てしまい濃度も薄まる。
「一応毎日わたくし共の方で聖水の管理はしているのですが……」
「……そうですか?でも、魔力の濃度が薄いようですが」
ありのままを伝えているだけなのだが、先程から会話するたびに工場長の顔色が悪くなる。
別に責任を追求している訳ではないのにと、いたたまれない気持ちになってしまう。
「ひぃ!!直ちに担当者を呼びますのでお待ちください!」
「いや、別に責めている訳ではないので。落ち着いてください」
その場で少し待っていると、あどけなさが残る青年が一人走ってきた。
「おいらの作った聖水がダメだって聞いたんで飛んできたっす!」
「ダメっていうか……使えないほどでは無いんですけど。薄いんですよね、これ」
「す、すいません。おいらまだ慣れてないもんで」
「取り敢えず作り直してる所を見せて頂けませんか?」
「は、はい!」
手っ取り早く問題を解決するために、じっくりと工程を見ようとした。
「あ、待ってください」
だけど最初の段階、水に魔晶石を入れる所で問題が発覚した。
それは青年が手にする魔晶石――――
「その魔晶石はだいぶ質が悪いですね。不純物だらけで外見的にも石と変わらないですし」
結晶化した魔晶石の単価はどれも高く、国の管理で行われる採掘で市場に出されても、個人がおいそれと買える値段ではない。
それにしてもこんな粗悪品を使われては、マジックアイテムの品質に問題が出てくるのも遠くはない。直ちに改善が必要だ。
「ヤルグ、障壁結界用に買った魔晶石あるよね?分けてあげてよ」
「セレトンが言うなら直ぐに用意をさせよう。それと今後の為にどこで買ったかを教えて欲しいですね。工・場・長」
震え上がる工場長に対してヤルグの悪い面が顔を出してきていた……
その後の順路は火や氷といった魔法の札の性能を確かめ、運搬という工程を見て回ったが、どれも問題は無い。
「セレクト……つまんね」
そしてガイアスが限界に達しそうなのでヤルグを置いて僕達は工場の外に出る事にした。
工場の中との温度差にどっと汗が溢れてくる。
「あちー」
「暑いー」
ハモるようにガイアスとフェリアが嘆く。
「じゃあ、中に戻る?」
「やだー」
「いやー」
さすが兄妹、見事なシンクロを見せる。
悪戯はここまでに、僕は魔法を使えない二人にも涼しくなるように魔法を発動する。
「あれ、涼しくなってきた……セレクトか!」
「すごく涼しー」
喜んでもらえるのもいいが、このまま直射日光に当たり続けるのはまずい。
ガイアスとフェリアは日に焼けても目立たないが、リザは違う。
元から敏感肌のリザは、なるべく日差しを避けて生活をしている。日差しが強い日は日傘を持って出かけているものの、今日はその日傘を忘れてしまっているようだ。
このまま日陰を選びながら歩いてもリザの柔肌を焼いてしまう恐れがあり、多少難易度は上がるが結界を頭上に展開することにした。
結界の種類は多彩で、物理障壁だけでなく気体や流体だけを遮断することもできるし、昔は動かす事が難しかった結界も、賢者の石があればなんのその。今後の課題では性質を変えることで柔らかいクッション材のような結界を作ってみたいとおもっている。
今しがた僕が展開したのは白く着色した円盤状の結界で、日差しから影を作り僕たちを追いかけて守ってくれる。
「やっぱり退屈だったよね」
「私はそんなことないよ、セレクトの知らない一面を見れたって感じで。新鮮だったかな」
確かに余りリザ達には僕の仕事姿を見せていない。多分、昔はヤルグの悪巧みからマリー達を遠ざけるといった意味合いが大きく、それをそのままズルズルと続けていたのが原因だろう。
「この後、どこ行くか!」
と、ガイアスが言うが……ここは工場地帯で見る物など作業風景以外に無い。食べ物関連の工場があれば試食なりでガイアス達を喜ばせられたかもしれない。また食品加工工場もリリアから移転して作る予定ではあるが、こちらのマジックアイテム関連の生産体制が整ってからになる。
「ねぇ、セレクトお兄ちゃん。向こうからいい匂いがする」
フェリアに袖を引っ張られ、周りの匂いを嗅いでみるが木材の青臭さしか嗅ぎとれない。
「確かに肉の焼ける匂いがするぜ」
狼人の二人の鼻は人間の何倍にもなるだから分からないのは当然だ。
「まぁ、二人が言うなら何かあるんだろ。行ってみるか」
今回の工場見学でほかの建物も気にはなるが、どれもマジックアイテムとは程遠いただの加工品ばかり。
例えば珪砂を使った透明なガラス、それと純白石鹸などは錬金板を使うだけの作業。
知りたかった労働環境もどんな物か知り得たので、もう僕の心配に思うことは特に無い。
今日の所はこの近くを探索し、ヤルグを待つことにしよう……
ガイアスとフェリアを頼りに十分程度歩けば、
「向こう側に見えるね」
街と郊外の出入り口になる門の前まで来てしまった。お目当ての食べ物屋台は門の向こう側で、街の出入りに関しては検問がしかれいる。通行証なしに通るには申請が必要だ。
とりあえず今回は諦めてもらうかと、ガイアスとフェリアを見れば指を咥えて見つめている。聞く耳を持っているかと言えば、否。
「ねぇリザ。一旦戻ってヤルグと一緒に来ようか」
僕はリザの方へと振り向いたつもりだが、既にそこには影はなく。どこに行ったのか見回せば、早くも検問をしている警備隊員にリザは声をかけていた。
「あの、少し外に出たいんですけど。通してもらえせんか?」
「ん、何でこんな所に子供達が……それに――――リ、リザイア様!なぜこのような所に!」
「さっきまでここで働いている皆さんの働き振りを拝見させていただいて……ちょっとでいいんです、あの見える屋台の所までですから。お願いできませんか?」
「で、ですが。そ、そのような事は……」
「ちょっとでいいんです、お願いします!」
警備隊員から見ればリザのお願いとやらは命令に近い、検問に出された一般の隊員からすれば判断しかねる内容だ。
「え、ええー…………うっ。で、では、わたくしが護衛に付きますので。少し……少しだけですよ?」
「無理を通していただいて、ありがとうございます」
涙目の隊員の護衛付きで通れるようになってしまった。
もしこの事がバレて怒られるのはこの人だが通れるようになったし、まあいいかと僕は歩き出す。
「リザ、あまりこういう事はしちゃダメだよ。職権乱用だからさ……」
「ごめんなさい。でも、どうしてもガイアス君やフェリアちゃん達と思い出が欲しくて」
「リザはずるいな。そんな事を言われたら何も言えないよ」
「へへっ……」
と、いった事をリザと念話でもってやり取りをする。
人が集まる所にはお金が集まり、そして商人達も集まる。人間社会の理とも言える現象にこの街も例外ではない。彼等の目的はもちろん街で商売をするためなのだが、検問所は一日に通せる行商人を制限してしまっているため、溢れた行商人達はここで足止めをくらってしまっている。
「すごい数の方々が待たされてますね」
どうやらリザがその惨状を疑問に思い警備隊員に話を聞く、
「通してあげたいんですけどね、彼らを入れた所で街の中でも露天を出す許可が中々おりないんですよ」
短期間でもって街を作り上げる弊害とでも言おうか、何処も人材不足で役所も同じらしい。
彼らを無尽蔵に入れてどうなるかは現状を見ればわかる、待たされた行商人達が許可を無視して区画整理中の敷地で無断で露天を広げる未来。
「特例もあるにはあるんですよ、食材を積荷に入れていれば通れるって。それで――――」
街はまだ食材を自給出来ない状態にある、だから特例が出るのも分かる。だが言い換えてしまえば食材を少しでも積んでいれば入れることになってしまう。
多分、ここで屋台を出している行商人達は失敗したのだ。
「大量に食材を運搬してきた行商人が居まして。ただ、それ見かねてか。困っている彼らに積荷の食材を売っちゃったんですよ、その人。私達も最初は知らないで通しちゃったんですけど、そしたら上から大口取引以外は通すなと通達がありまして……」
「そんな事があったんですね……」
そんなことがあったのに僕たちを通して大丈夫なのかと思うと、気づいてはいけない事に気づいてしまい、結果考えないことにした。
取り敢えず目的のガイアス達の小腹を満たすことに集中する。
「この匂いだったか」
「これ美味しそう!」
肉が焼ける香ばしい匂いを放つ店の前へとやってくると、ガイアスとフェリアが尻尾を振って屋台を覗きだした。
どんなものかと僕も覗けば、甘辛く煮たであろう肉をフライパンで焼いている。
「お、食べんなら銅貨3枚だぜ」
「高いよおっちゃん2枚にまけてよ、二つ買うからさ」
「まいど!」
そう言ってガイアスは銅貨四枚を筋肉質な行商人に渡す……それにしてもこの手の屋台では銅貨四枚は高い気がするが……
お金をしまった行商人は温めておいたパンにこれでもかと言うほど肉を挟み、タレを更にかける。
見た目は惜しくもドネルケバブサンドにも見えるが、野菜が足りない。
「タレが滴っからよ。気を付けて持てよ」
ガイアスとフェリアがそれを受け取って満面の笑みを作る。とてもいい絵なので懐にしまっておいたカメラを取り出して、二人を撮ってみた。
撮られたガイアス達はきょとんと何をされたのかわからず、
「セレクトのそれはなんだ?」
「今変な音がしたよ」
「記憶に残そうと思ってね、ほら」
ガイアスとフェリアが二人ならんでケバブもどきにかぶりつく、そんな他愛もない写真が出来た。
「すっげーな、この絵」
「わたしだー!」
どうすごいのかなんて一般人には分かってもらえないのは知っている。
それでも彼らが笑顔を作ってくれるのなら、僕の開発者としての喜びはひとしおだ。
ガイアスとフェリアの小腹を満たして目的も達成、さぁ早い所で門の向こう側に戻ろうとした時、
「あら、もしかして。そこにおりますのはリザさんではなくて?」
聞いたこともない声に、その方へと顔を向ける。
そして、そこにいたのは青いドレスを着た女性。日傘で顔の半分を覆っていて、扇子で口元を隠している事から、どんな顔をしているのか分からない。
日傘と扇子の間から覗く目元が印象的で、たれ目でありながら何処か鋭い意思を感じる。
「ん?…………あ。セレーネ様!お久しぶりです。お変わりはありませんか?」
「それはワタシの台詞ですわ。お体の方はもう大丈夫なのですか?」
リザの知り合いのようだが、僕は知らない。体の体調を気にすることから、魔晶石化したリザの事を知っているような相手だ。
首をひねってもやっぱりどこの誰なのかは分からない。
僕が悩んでいると、ガイアスが驚いた様子で口をパクパクしている。
「なんだ、ガイアス。知ってるのか?」
「セレクトは知らないのかよ!セレーナ姫だよ!セレーナ・レクス・セプタニアン」
そう言われても知らないものは知らないが、心当たりが無いわけではない。
”セプタニアン”。
このセプタニア共王国の王族の家系に連なる名前。それにメルヴィナという破天荒な姫さんを思い出してみる。
「あっちはドラグって名乗ってたな……」
にしてもガイアスは何で知っているのかの方が不思議だ。前にメルヴィナの話にすごく食いついてきたのを思い出すと。なるほどなと僕は納得した。
リザとそのセレーナ姫とやらは旧友の再会とばかりに話し始め、
「はい、すっかり体調も良くなりました。今は学園の方で聖法を学んでおります」
「あら、素晴らしいですわ。ワタシもお兄様の下で聖法を学んでいるところですの。同じ道を進む者としてとても心強く思います」
「昔は本当にお世話になりました。アダル様にもそのようにお伝えください」
「あら、でしたら本人に直接お話になるとよろしいですわ。ここへは一緒に来たのですから」
「そうなのですか?」
「ああ……そうでした。ここへ付いたと同時にお兄様とはぐれてしまって。一人で心細かったので一緒に探していただけません?」
リザが僕達の方を向いて判断を仰ぐ。それに対して「いいんじゃないと」と、僕は思念でもって伝えた。
「……はい。では、一緒に探しましょう」
「良かったわ。断られてしまったら、ワタシはとても困ってしまっていたでしょうから……それともう一つ――――」
次の瞬間、視線を向けられ瞳が光るのを見た。
セレーナ姫の眼光に晒された僕の中の警戒が、警笛を鳴らし始める……
「そちらの殿方と可愛らしい子の紹介をしては頂けませんこと?」
祝五〇話!
六章も始まりました!
頑張って書いていきます!