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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第6章――
49/59

49話 渇き

 今、僕に許された行動は少ない。寝て起きて、ご飯を食べて、日の光を浴び、そしてまた寝て……

 部屋の中には机やイス、ベッドをはじめにどれも値が貼りそうな物を揃えられている。

 僕の身の回りの物は先程まで着ていた寝巻きが机に置いてあるだけで、他の物はない。

 虚となった瞳を天井に向けベッドに横たわる……

「…………」

 贅沢な作りのベッドは柔らかく身を包んでくれるが、僕の心までは包んではくれない。

 優雅に飾られた部屋を見つめても、僕の渇いた心は潤わない。

 虚しい。

 発言する事を許されず、あらゆる権限を失い、部屋から出ることさえも許されない。じっとこの部屋で耐える。

 喪失感から手の震えが止まらない。

 大切な物が無い。何時も手の届く所においていた大事なものが無い。僕の半身といってもいい物が無いのだ。

 ”賢者の石”それが――――無い。

 僕の作ったマジックアイテムの中でも随一の万能性を誇り、その名に恥じない能力を秘めるそれ……


 主な用途は魔法を保存と複製であるが、ただそれだけと侮ること無かれ。魔法を無限に継ぎ足し制作が出来ると考えてみて欲しい。

 魔法を構築する限りある時間の中で、複雑に構成する難しさを……どの術式を使っても少し間違えてしまえば発動しない、その有り様を……

 だから魔法使いはほんの少しでも魔法を長く止めようと、その人生をかけて挑む。

 そうした先人達も色々な方法でもって魔法を編み出し、複雑になれば成る程に頭を悩ませた事だろう。

 何層と積み重ねて行う重複術式は術者の構築速度が要求され、地面や物に描く形成術式は広大になってしまうために実用的ではない。それゆえに多くの有用な魔法も禁書庫に眠る破目になってきた。

 分かっていただけただろうか……賢者の石がそれらをすべての苦悩を取り払う道具として、万能たる英知の結晶だと。


 賢者の石を使ってしまえば再現不可能だった魔法も容易に構成し。自然文字を使った新たな領域に達した魔法を生み出すことができる。

 それに加えて、これまで二次元でしか表現できなかった魔法も、奥行といった三次元構造を作る事さえ出来てしまう。従来の術式では重複術式がそれに近いかもしれないが、ただ重ねただけの魔法とは別物だ。

 ただ問題になる事もある……三次元構造にいたっては今までの研究で培った自然文字が通用しないかもしれないと言う事だ。

 また一からの挑戦が始まっている、そこに落胆や不安などありはしない。

 誰も踏み込んだことのない領域、そこを突き進む先駆者としての誇りと、褒められない程の醜い愉悦が、この胸の内に渦巻いているのだ。


「なのに……」

 僕は自由を奪われ、あらゆる権利も奪われ……そして、賢者の石を――――奪われた。

 それから何もない天井を見つめて数時間、ふと人の気配を扉の向こうに感じ虚ろな目を向ける。

 頑なに閉じられていた扉が、音を立てて開いた。現れた人物を忌々しげににらみ付け……気がつけば、絞り出すように声を出していた。

「この、悪魔が……」



 

「君ってやつは……」

 見てくれ笑顔で優男にも見えるこれは、ヤルグ・ウィック・ツェル。通称ヤルグ。

 リリア商会の代表で、この街の制作総指揮官。

 僕からすべてを奪い、賢者の石を取り上げた男だ。

「意識が戻ってから半日もたってないのに、その有様はなんなのかな……セレトン」

 ”セレトン”それは僕”セレクト・ヴェント”の事で、こいつだけが呼ぶ愛称。

「五月蝿い!早く賢者の石を返せ!」

「確認するけど、君は今朝方まで意識を失っていたんだよ…………はぁ、確かにあの時はボクがしっかりと気づいて上げられたら良かったけど。本当は自分自身で管理してもらう所が大きいと思うんだ……」

 僕はこの街を形成するうえで重要となる土台――――魔物の脅威から身を守る外壁の作成に多大な貢献をした。また、多くの移民を受け入れる事が出来ていなかった”住”を満たし、それらから生じたであろう混乱を未然に防いだ事は言うまでもない。

 まぁ、その代償として体力が付きた訳だが……

「休むように言っておいたのに、好き勝手に動いて倒れたんだよ君は」

 昨晩の記憶はあまりない。”温泉が湧いた”との報告があり、露天風呂を作ったような気はするが……

「ウルサイ、カエセ、ハヤクシロ!」

「はぁ、君ってやつは……」

 ヤルグは腰から一見ランタンのように見える物を取り出す。僕はそれを見るや奪い取る。

「あーよちよち。怖かったでちゅねぇ。もう離さないでちゅからねぇ。あー埃が、手垢もだ……はぁ」

 賢者の石は無事に手に戻ってきた。一度たりとも起動しようとした形跡がない事に安堵して、ため息を漏らす。

 他者の手にわたり悪用されることを恐れた結果――――賢者の石には難解な暗号と指紋認証を仕掛け、五回の認証失敗を受ける事で自壊するように魔法が施してある。

 まだ複製や代用品が無い今、これを壊されてしまえば僕の意識は本当に宙を彷徨うことだろう。

「随分と元気そうで良かったけど。周りに心配をかけるのはやめてほしい。僕も倒れたと聞いたときは心臓が飛び出そうになったよ」

 どんな時でも張り付いた笑いをしているヤルグが珍しく困り顔を見せる、本当に心配してくれているらしい。

 確かに最近妙に意識が飛ぶことが多い。

 魔王の卵から受けた傷で一回、酔ったマリーに殴られて一回、過労で二回と数えるだけでも数ヶ月の間に四回も倒れている。

 精密検査が必要だと考えてもこの世界にMRI等は存在しない、物は試しに作ってみるかと賢者の石をもてあそぶ。

「じゃあ、僕は行くから。せめて昼まではここで安静にしていてよ」

「ああ、なんだかすまない。僕もなるべく気を付けるよ」

 僕のその発言に何か言いたそうなヤルグ、空中に見えない何かを見出して部屋を出て行く。それと入れ替わるようにリザとフェリアが入ってきた。


「ごめんね。私、セレクトが心配でずっと傍にいたかったんだけど、安静にしてなきゃいけないってお母様から聞いて」

「いやぁ、自分の不注意だから気にしないで。それより僕が倒れた時にリザ達が発見してくれたんだって?」

「う、うん。そうかな」

 リザとのやり取りの中フェリアは僕の懐に飛び込んで「心配したの」と泣きじゃくっている。

 僕は軽く手を頭に置き撫でながら「心配かけてごめんな」となだめ、フェリアが落ち着くのを待つ。

「でさ、具体的にどう倒れてたのかな?」

「え、ええ……と、その……」

 大まかに倒れたとしか報告になく。その状況も思い出せないので、もしかしたら事件性があるかもしれない。そう思ったからこそ発見者であるリザに聞いたのだが――答えを渋られる。

「……私は大丈夫だから!」

「何が?」

 思わぬ返答に即答で聞き返してしまったが、リザは俯きフェリアがぐずる状況は変わらない。

「えと、その、だから。み……ても大丈夫だから。セレクト……には……」

 消え去っていく小言に耳を傾けて集中して聞く、段々と赤くなるリザの顔。何かがむず痒いのかもじもじとするばかり。

 ただそのキーワードを並べれば浮き彫りになる事もある。

「…………」

 一度よく噛み締めて、先程の質問をした。

「僕は何処で倒れてたのかな?」

「……お風呂場で。私達が入るときに……」

 聞いてしまった自分がバカだ。その時の事をまるで思い出せないでいるが、それでも想像は難しくない。 その時、少なからずリザの尊厳を汚してしまったに違いない。

「あれ?達って?」

「あとフェリアちゃんとリネットさんが居たわ」

「ふぇ」

 思わず変な声が出る。

「ごめんなさい。でも、誰も居ないから入れるって聞いたから」

「……え!?誰に!!」

「えっと、お母様に?」

 一瞬ヤルグの顔が思い浮かんだが、仕掛けたのはリザの母親のようだ。

 確かにどうにもこの頃、僕とリザをくっつけようと画策する動きがあった。

 だからそのような行動に出るのも不思議ではないのかもしれないが……まさかこんなに早く行動に移してくるとは……

「いや、ちょっとまて。考えろ。それだけじゃないはずだ」

 リザの言葉が本当であれば、あまり猶予がない。

 僕の記憶がなくて倒れていたとしても、リザと一緒に風呂場にいたという既成事実が立証されてしまう。

 後は軽く噂を吹聴すれば尾ひれは伸びて増長し――――リザの父、ディーマスさんに知れるのも時間の問題。

 このまま責任問題となればリザ母の手の上でトントン拍子に――――

「こうしちゃいられない!」

 今だ僕の胸の上に居るフェリアを押しのけて、直ぐさま部屋を出ようとする。

「え!セレクトどこ行くの?」

「今後の人生設計に多大な影響が出ないうちにやる事が出来てね、その修正に……」

 あまりリザを巻き込めば傷つけてしまいそうな内容に確信的な事は言えない。

「ごめん、急ぐから!」

 リザとフェリアをその場に置いて僕は部屋を飛び出した。



 

 僕が一番最初に向かうのはヤルグの仕事場にあてがわれた書記室。

「いてくれよ」

 先程ヤルグが去り際に意味深な顔をしていた、きっと何かを知っているはず。

 扉を蹴破る勢いで中へと入る。

「おーい、セレトン。さっき約束したばかりなのに」

「お・ま・え!知ってて黙ってたな!」

「ええ~。ボクは何も……いやぁ情報が早いね。びっくりだ」

 今回こいつは糸は引いていない、あえて言うなら傍観者。

 スタンス的にはリザと僕がくっつけばいいなと適当に思っているぐらいだろうから、積極的に僕の手助けなどしない。

 だがヤルグは商人で、少なくとも僕が提示する品でいくらでもこちらに傾く。

「知ってると思うけど、ここからは商談だ。僕が欲しがる情報と交換になるよ?」

「あんまり時間がない。端的にいくぞ。僕が今回提示するのは”軸受”だ」

 またの名をベアリング。車軸に付ける事で回転の効率化を促す部品で、物の運搬には欠かせない。

 その場で簡単に絵を書き、その製造方法までは代償に、情報を仰ぐ。

「これは随分と用途が多そうだね」

「いいから、早く。からかってるんなら作り方教えないよ」

「ごめんごめん。でも、今回僕もあまり決定的な手助けは出来ないよ」

「じゃあ――――」

「最後まで聞いていきなよ。噂の内容は君が作った湯浴み場でリザ譲と一緒に過ごしたという事になっている。ちょうどディーマスさんと奥方様が現場検証に出向いているところなんじゃないかな?」

 随分と詳しい進行状況には眉を上げざるおえないが、姿が見えないリネットさんあたりが随時情報を流しているのかもしれない。

 噂を信じるならばディーマスさん達は僕が作った湯浴み場へと向かっている所……たまたま書記室に置いてある作業台にデカデカと街の地図が広げられている。それに目を通しつつ――――

「馬車の移動だとしたら遠回りせざるを得ない……走れば間に合うか」

「気を付けてね!」

 駆け出す僕の背中にヤルグの言葉がどれほどの意味が含まれているのかは定かではないが、病み上がりの僕には少々厳しすぎる言葉である。

 

 屋敷を飛び出して数分、骨組みだけの家を通り、作業途中の現場を駆け抜け、出来るだけ早く湯浴み場に急ぐ。

 途中ガイアスに声をかけられたような気がするが、それどころではない。

 全力疾走に伴い足の筋肉が悲鳴をあげ始めた頃、ようやく湯浴み場の純和風な建物が見えた。

「まだ、来て……ないよな」

 区画だけ仕切られたこの道は整理されておらず、土がむき出しになっている。

 その上には馬車の通った跡は見当たらない。

 何とか建物の前で先手を取れたと深呼吸。

 酸素を取り込み、この後の行動を整理し残された手段を実行に移す。

「また作り直せば……いいんだよな」

 悲しくあれど涙は出ない、それほど思い入れも無い事にショックを受ける。

 僕が今すべきこと、それは噂は噂でしかないとする事。

 噂の元となる温泉施設、それがなければ現場検証はおろか、真意すら確かめることが出来なくなる。

 そうすれば噂でしかないとディーマスさんに思い込ませることが出来ると思う。 

 賢者の石をかざし魔法を発動、建物が綺麗に塵となり消えていく。

 中に充満していた硫黄の匂いも源泉ごと地中深くに埋めてしまおう……

 作るよりも無かった事にする方が圧倒的に簡単だった。

「これでよし」

 後の確認はディーマスさんがしてくれる、それまで僕は物陰に隠れて待つことにした。

 

 照りつける日差しが暑く、魔法で体を冷やす。

 体の汗や、それらで濡れた洋服も、魔法で分解する事で綺麗にする。

 さほど時間を待たずして、高級な作りの馬車が近くに止まった。

 ヤルグの情報どおり中から出てきたのはディーマスさんと、今回の黒幕でリザの母、リリーナ婦人。

 馬車から離れず辺りを伺っているようだが、跡形もなく消え去った建物を見つけられるわけがない。

「おかしいですわ……」

「ん、何か言ったかリリーナ」

「いえ、わたくしの情報では見たこともない異国風情の建物が立っていると聞いたものですから」

「ああ、私もだ。なんとも如何わしい話だが、娘とセレクト君がそこで――――年頃であるが、まだ早い!だが、その噂も噂でしかなかったようだな。湯浴み場どころか建物がないのでは話にならん」

「ですがあなた!」

「リリーナそれ以上は言うな。リザとセレクト君の健全な関係に疑いなど持ちたくないのだ。私には先の失態もあるのでな。さぁ帰ろう、そしてこの話もおしまいだ」

 ディーマスさんが踵を返して馬車へと入る。

 何とも言えない表情の婦人はディーマスさんに見えないようにハンカチを握りしめて――――

「…………」

 婦人は既にない建物をキリッとした涙目で確認し、馬車の中へと消えた。

 どうしてこの様な遠まわしな噂などを使ったのか……推測は容易にできる。リリーナ婦人が断言してしまえばどうしても責任が婦人に向く恐れがあり。そうなれば何でリザを止めなかったのかと言う話になって、リリーナ婦人の発言権は地に落ちる。そして縁談話も持ちかけられず、僕への責任も罰に近い物に変わってしまい、本末転倒。正に誰も救われない未来だ……

 


「あっぶな。急に振り向くんだもんなー。殺気こわ!」

 そろりと物陰から改めて顔を出し、走り出した馬車に目を向け――――

「っ!」

 今度は馭者として馬車を運転するリネットさんと目が合い心臓が止まるかと思った。

「あーもー驚かせないでよ……」

「だな、すげー殺気だったぜ」

「あふぃ!」

 続けざまの三度目の驚きに聞いたこともない声が飛び出た。

 急に聞こえた声に後ろを振り向けば、ぴたりと背後にくっついたそいつも僕の驚き様に驚いている。

「びっくりさせんなガイアス!」

「なんだよもう、まだ気づいてなかったのかよ!セレクトが建物壊してる時からずっと見てたぜ?……って事は俺の穏形の能力が上がっていると言う事か!」

 どうやら通りがかりに無視をしてしまったガイアスが、僕に気づかれないように後を追ってきていたようだ…………なら、もっと早くに声をかけて欲しい。

「にしても元気そうじゃん。今朝になってフェリアからセレクトが倒れたって聞いたからさ、巡回終わったら見舞いに行くつもりだったんだぜ」

「そうか、ガイアスにも心配かけたか。まぁ病み上がりだけど大丈夫だ」

「ふーん。で、さっきのは何だったんだよ。リザママ、すげー怒ってそうだったけど」

「えーと。それはだな……」

 どこから話そうか悩む。下手に隠した所で歪んだ噂が耳に入れば変に知られるだけだし、何よりも証拠隠滅の現場を見られてしまった。

「まーなんだ。僕の――――」

 どうしてくれようかと引き伸ばしながら考えていると、昼時を知らせる鐘がなった。

「セレクト!昼飯にしようぜ!」

 間髪いれずに反応を示すガイアス、僕の話など昼飯に比べればどうでもいいという事なのか……言い訳を考える時間が出来たと思えばいいかと悩む。

「パブロフの犬……」

「んあ、何か言ったか?」

「なんでもない。何処で食べるか考えてたんだ」

「なら魚にしようぜ!肉は食い飽きちまったからさ。最近輸送が便利になったとかでリリアから新鮮な魚が届くようになったんだよ!」

 それは僕にとっても嬉しい話だ。学園でも魚は食べる機会はあったけれど、どれも淡水の魚なので何処か物足りなかった。

「それにしようか」

 リリアに帰って海の幸を堪能しようと思っていたが、ここで足止めをくらいそれも叶わない。そんな風に諦めていたがここにきて思わぬ朗報。もしかしたら街道の建設でリリアとこの街が早くもつながったのかもしれない。少なくとも僕の努力の結果が早くも実り始めていると実感できる、いい報告を得た。

 リリアが抱える難題はまだ多くを残しているが、それも時期に僕ではなくヤルグを中心に解決していくだろう。

 僕も手伝える事には参加しようと思うが、既に休みはそう長くない。数日後には王都へと向け出発する予定であり、その準備もしなくてはならない。父さんや母さん、まだ見ぬ弟か妹の事も心配ではあるが、一人残してきたマリーも十分に心配だ。

 メルヴィナに勝つと意気込んでいた姿は自信ありげだったが、多分それはまだ敵わない。

 僕の見立てではメルヴィナは強い。獣人以上にスペックが高い竜人は純粋に身体能力が人の何倍にもなる。

 マリーも剣の才能がないわけではないが……ただ今までの上がり幅にすこし足してみても、それでも相手との分が悪い。だから僕は重大な怪我をしていなければいいなと祈るばかりで学園を離れ、今は…

「早く帰ってやらないとな……」

 ガイアスに気づかれないように僕はつぶやくのだった。 



 

「ふいー食った食った!」

 食事を終えて満腹といった様子でガイアスはポンポンとお腹をさすっている。

「エビなんかもちゃんと出されるのに驚いたな」

 昔からリリアの魚貝類の中でも、唯一食べられていなかった食材が甲殻類。足が多くて気持ち悪いという評判からか食べられずに捨てられていた。そんな捨てられる伊勢海老似の食材を見てもったいないと思い僕が再利用。その内に母さん伝いに主婦の間に広がりを見せ、リリアを離れる頃には家庭料理として定着はしてきていたのは確かだった。だけどそれを店の献立として出す店はなかったと思う。

「グロいけど味は美味いからな!俺は大好きだぜ!」

 たしかに生物としての見てくれは虫とそう変わりはない……

 見た目が悪ければ、いくらおいしい料理もゲテモノ料理となり得る。イナゴの佃煮を食べさせられると考えればいいだろう。

 港で塩茹でにして食べていたのが懐かしく。ケーキやアイスを初めに、どうもガイアスやマリーは僕が出す料理を疑いもしないで食べる傾向がある。

 同じく好き嫌いを少なくフェリアもそだってくれて僕は嬉しいかぎりだ。

 そして僕達は適当に街中をぶらぶらと目的もなく歩き始める。

「なぁセレクト。もうそろそろ学園に帰っちまうんだろ?その前に一回ぐらい手合わせしようぜ!」

「え、お前制御できないのに本気出すからな。どうしようかな」 

「そこを何とか!マリーもすげー強くなってそうだし、比べて教えてくれよ」

 別にそこまでイヤというわけではないが、安易に返事をして毎日相手をさせられたらと思うと……

「そういえば警備隊の巡回は大丈夫なのか、今すごい忙しいんだろ?」

「それは問題ない。当分暇が出来たからな!」

「何それ。除隊処分とか?」

「ひっでーいいようだな。そんなわけないじゃん。俺ってば隊長だよ隊長。ただ単に休みがもらえたんだよ」

 ガイアスは少年警備隊の隊長で、少年隊員らを率いて主に街中の巡回を命ぜられている。

 これだけ大きな街を少年達だけで治安を見るなど本当はあってはならない事だが、事態が急を要している状況で人員も割けないことから。大人達は例外として少年らに街の治安を維持する権限を預けていた。

 当の警備隊の大人たちは何をしているのかと言えば、毎日のように危険な魔物や野盗から野外作業をしている住民を守っている。

 普段であれば魔物討伐専用の傭兵団を雇い入れて、魔物の討伐となるのだが。おおっぴらには言えないがそこらへんはどうにも嫌がらせを受けているらしく、正規の金額で請け負ってもらえない状態らしい。

 多分その内ヤルグのいやらしい仕返しを受ける事になるだろう。実に自業自得ではある。

 まぁそれで分かることは猫の手も借りたい状態で、隊長のガイアスに休みを与えるとは到底思えないと言う事だ。

 それなのに休みが数日出されたと言う事は、ガイアスの上官に命令できる立場にある人物の関与が疑われる。

 例えばガイアスと親交の深い僕やリザと過ごせる時間を少しでも増やせるようにと考えた人物とかが怪しい。どこの誰かとは言わないけれども……

「…………」

「どうしたセレクト」

「いいや、なんでもない。じゃあ一勝負するか」

「よしきた!警備隊本部に練習場があるからそこに行こうぜ!」


 ガイアスの所属する警備隊の本部はお屋敷から目と鼻の先あり、敷地内に有るといってもいいかもしれない。それ程に曖昧な区切りでもって仕切られた訳、それは治安があまり良くない現状でお屋敷に何かあればすぐに駆けつけられるようにと皆で話し合った結果、そこに落ち着いたのだ。

 みすぼらしい簡単な作りの小屋なのか家なのか曖昧な大きさの建物、それが警備隊本部になる。

 今の時間は少年警備隊が目立つ。

 彼らの仕事は街の巡回だが、主に三人一組で十五組、その内の五組が巡回に出て三交替制。

 残りの十組が休憩もしくは巡回の要請を受けて駆けつける要員となる。

 だから少なくともここには三〇人程の少年が待機し、休むなり鍛錬するなり自由にしている。

 僕とガイアスは設置された物置小屋で木剣を手に取る。

「あれ、隊長。せっかく暇もらったのに来ちゃったんですか?」

 数いる少年達の中から一人、フェリアと同じ年ぐらいの少年が親しみを向けてガイアスに近づいてきた。

「おおよ、俺は暇をもらっても剣の鍛錬は怠らないからな」

 と、ガイアスはキメ顔で言うと少年は尊敬の念でもって目を輝かせている。

「ちょっと練習場使うから人をどかしておいてくれよ」

「はい!分かりました!」

 なんて純粋にガイアスの命令を聞いて練習場に響くように少年が叫ぶ。

「てめーら、ガイアス隊長が今から練習はじめっからじゃまだぁ!」

 その怒号と言い回しに少年のイメージが変わる。

 それを聞いていた少年達も素振りをやめて、いそいそとその場を離れて行く。

「ガイアス……そのなんだ。もう少し言動の注意とかした方がいいぞ」

「そうか?元気があっていいじゃん」

 なんて真顔で言うガイアスに、フェリアがマリー達の影響を受けずにまっすぐ育ってくれたことに感謝する。

 木剣を握るのは久方ぶりである。軽く振りながらストレッチをし周りを見渡すと、大部分の少年達が興味津々とばかりにこちらに目を向けていた。

「随分と観客が多いな……」

「嫌なら散らせるけど」

 隊長というだけに命令は簡単に出来るだろうが、そこまでやられては気が引ける。

「別にいいよ、そこまでしなくて」   

 ブンブンとすぶりを数回……ガイアスの準備も出来たようだ。

「おーい、ちょっと待った二人共」

 何だと思い声のした方に目を向けると、スラリと背の高い少年がこちらに向かって歩いてくる。

 見てくれは落ち着いた年上の空気をまとい、ハーフかクォーターなのかは分からないが獣人と人間の特徴が見て取れる。

「ガイアス君ダメじゃないか。ここを使いたい子達も居るんだから独り占めは良くない。それに君は今日非番なんだろ?」

「別に硬いこと言うなよ、そんな長いこと使う事もないし。大きく動くから退いてもらっただけだぜ。そんなに練習したいって言うんなら向こうを使えばいいじゃん」

 ガイアスが指をさす方向は屋敷の空いた敷地。

「あそこは領主様の敷地だ。ぼく達は間借りしてここに居られることを忘れるな」

「いや、そんな大層な話じゃないだろ」

 話を聞く分にはガイアスの話は理がないし、少年の内容は尤もだ。   

「いいや、大事な話だ。君はリザイア様と親しい間柄らしいけど、あくまで君は少年警備隊の隊長に過ぎないんだからわきまえたほうがいい」 

 ただ僕の少年に対する印象はあまり好意的にはなれそうにない。無駄に話がややこしくなる前に落としどころを決めたいところだ。

「あーすまない。僕が無理を言ったんだ。ガイアス、外に行こう」

「……なんだそれ、俺はここでやるぞ」

 大人の対応をしようとしたが、意固地になるガイアス。この時点でなだめるのが面倒くさいことこの上ない。

「ん、君は誰だ?警備隊員じゃない……ガイアス君、君は部外者を入れたのか?」

 そして少年が「隊長だろ?」と付け足した瞬間に、

「あ?弱いくせに何言ってくれてんだこら」

 ブチギレ気味のガイアスが威嚇するように殺気を放ち、ピシリと場の空気が痺れる。

 マリーなみにガイアスも沸点が低い事を忘れていた。

「落ち着け、皆が驚いてるから……それにあんたもガイアスを無駄に扇ぐな」  

「だから君は……ん?どこかで見たことがあるぞ。もしかして――――」

 リリアではちょっとした有名人ではある。七歳頃の傭兵を倒したと言う武勇伝が尾を引いて、長年にわたり子供達のあいだでは語り草となっている。

「今朝から噂になってるリザイア様を汚した奴じゃないか!」

 そっちかぁと僕は頭を抑える。

 思い返せばリリアの少年警備隊を連れてこれるわけがない、ここに居るのはガイアスを除けば移民の少年達だけだ。

「リザイア様の弱みに漬け込んで、湯浴み場であんなことやこんなことを……」

 少年の言うどんなこともやっていないが、リリーナ婦人が流した噂がひどい状態で広がっていると十分に実感できる。

 目の前の少年がプルプルと全身を震わせ、涙目めで腰の剣を引き抜いてみせた。

「覚悟しろ!この場でぼくが成敗してやる!」

 どうにかしてくれとガイアスを見るがぽかんと状況が把握できていない。

「それは噂だ。僕がリザにそんな事するわけが――――」

「り、り、リザ!?リザイア様だろぉおおおがああ!」

 激情のあまりその剣を振り出し、真剣なので危ないと思い距離を置く。

 この手のタイプに今更弁明した所で、戯言と一蹴されるのが目に見えている。

 どうしたものかと避け続けると、剣が当たらないと察したのかピタリとやんだ。

「ふーっふーっ……ふー…………」

 少年は深呼吸でもって落ち着こうとしているが、血眼になるほどの眼力でもって睨んでくる。、

「今からボクと勝負しろ!そして僕が勝てばリザイア様に今後一切近づくな!」

 と、僕が勝った場合の条件もなく一方的な開始の鐘が鳴り、今度は勢いを付けて攻撃を仕掛けてくる。

 取り敢えず木剣でもって斬られない様にと軽く受け流してみる事にした。

「ふっふっふ。攻めて来ないのか!そうだろうな!君は魔法使いだ!」

 僕の手の内を知られているようだが、防御の姿勢を崩さないのは他に理由があるからだ。

 すごくすごく簡単な事だ。

「僕は、弱いものイジメが、大っ嫌いだ」

 相手の真剣に吸い付くように木剣を滑らせて、綺麗に奪い取る。

 それは剣技でもなんでもなく曲芸の類……

「あっ」

 武器を奪い取られた事で戦意を喪失ってくれればいい、そう思っての事だったが。

 少年は膝を屈して両手を見ている。その顔にはそんな馬鹿なという表情が張り付いていて、

「そりゃそうだ。セレクトに勝てるわけないじゃん。お前口だけでクソ弱いし」

 吐き捨てるようにガイアスが身も蓋もない事を言う。

「し、ガイアス。そういう事は本人を前にしていっちゃダメだ」

 まだまだ発展途上の少年達だ、異端なマリーやガイアスと比べるのが可笑しい。

 というよりも、これが一般レベルなのだ。

「だってよぉ。舐めた口きくんだぜこいつ。年上で弱いのに。つーか始めようぜセレクト」

 僕も大概だが。完全に心を折りに行くガイアスのスタイルのおかげで、少しは少年がかわいそうに思えた。

「その前にこの人どかさないと」

「あーだれか。アーガインを向こうに持って行ってくれ」

 ガイアスの指示で少年達がアーガインと呼ばれた少年をえっせらと運んでく。


 僕は改めて木剣を構えると、ガイアスも気合を入れ直して木剣を構えた。

 互いに間を置いた後、ガイアスが一歩と踏み込む瞬間、瞬きを許さないような速度で詰め寄りを見せる。

 確かに早い、ただこの程度であればマリーとそう変わらないし、獣人としての恩恵と思えばまだ本気ではないだろう。

 ガイアスの攻撃を木剣でもって弾き返すと、反撃を恐れてか後ろに飛び退いく。連撃の様子はなく僕の様子を伺っているが、

「これだけか?」

 そういえばマリーと比べられたいと言っていたが、この程度で評価を言うのはマリーに対して失礼だと思う。

「いいや」

 ガイアスは姿勢を低く保ち、次も一激一退と変わらなく左右に動いての連続的な攻撃。

 段々とその速度も上がっていくるが、こんな物では僕をその場から動かすことも出来ない。

 単調な攻撃に僕は剣を弾き返すことをやめて受け流す、綺麗な反撃というものをお見舞いする。

「ふぅ……あっぶねぇ!」

 いい反応速度でもってガイアスは剣撃を防いだ見せたが。それも間一髪で姿勢も整わず、木剣から伝わる衝撃がモロに腕に走ったはずだ。

「こんなんじゃまともに相手もしてもらえないか」

「準備運動にはなるし、マリーなら一撃目で沈めに来るぞ」

「…………」

 挑発でもってガイアスの顔が真剣な元なり、ほんのりと空気が変わるとガイアスの魔力が動きを変えた。

 ”獣化”

 以前よりも整った魔力の流れに、ガイアスの努力の矛先が分かる。

 マリーは剣技でもってその才を見せるが、やはりガイアスは身体能力でもって才を伸ばしているようだ。

「そうだよな、本気を出してもセレクトは大丈夫だよな。俺を相手にしてくれるのは父さんぐらいな物だからさあ」

 引き上げた身体能力でもって一撃を振るってくる。この力の差で木剣を受け止めるのは流石に僕も無理で受け流す他ない。反撃も出来ない速度でもって剣撃が振るわれる。

 猛攻に押されることに一歩後ろに下がらずにはいられない。僕もいいかげんに対処する事をやめて、攻撃することにした。

 ガイアスが一撃一退の動きを見せ、後退と飛び退く瞬間に張り付くように間を埋める。

 僕の連撃を何とか反射神経でもって受け止めて見せるが、ガイアスは徐々に重心がずれて、

「うぉい!」

 躱す動作が上手くできずに転び、そのおかげで僕の一撃を喰らわずに避けれたようだ。

 ただ、それを見ていた観戦者の少年達が沸く。

「すっげー!!」

「ガイアス隊長が押されてる!?」

「ありえねーなんだアイツ!超つえーじゃん」

「か、彼は魔法使いじゃなかったのか!?」

 確かに僕は魔術師が本業で、不本意ながらに剣が使えるだけだ。それに、そんな事を豪語するような趣味は僕にはない。

 それにしてもガイアスが頑なにここで模擬戦をしたいと言っていたのがやっとわかった。

 彼らにこの戦いをどうしても見せたかったのだ。

 ホコリをそのままにガイアスが立ち上がる。

「気が変わった。本気で相手をしてあげるよガイアス。一撃だけだからちゃんと受け止めろよ」

 まだマリーにも見せていない僕の本気、それを受け止めるぐらいにはガイアスは強いと判断した。

「すげえ怖ぇーな。ビリビリくるぜ!じゃあ俺も本気の本気で相手をしないとな!少しだけなら制御ができるようになったからな!」

 僕が魔法でもって筋力を強化、木剣にも硬さと重さを加えて補強。

 ガイアスも力を引き上げる為に獣化を暴走状態に――――

 踏み出しの瞬速に重力を強く感じ、視界も周りを残像にして引き伸ばされたような錯覚を起こす。

 こんな状態の木剣で殴れば人は弾け飛ぶだろうなと思考の片隅に、ガイアスの木剣を目掛けてひと振り。ガイアスも同様に攻撃を合わせ――――互の本気がぶつかりあった。    

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