47話 マリーの夏休み
久々に更新です、色々書き方を忘れてたりでひどい状態で何とかひねり出してみました。
一人の少女が大木の根元であぐらをかき座っている。
何者かと争ったのだろう、体のあちこちに打撲や擦り傷が目立ち衣服もボロボロ。
彼女の名はマリー・アトロット。
今日も打倒メルヴィナを掲げて本人と激闘をし、今は一戦を終えて傷ついた体と興奮した精神を落ち着かせるために木陰で瞑想に没頭している。
そんな彼女の横には鎧であったであろう物が脱ぎ捨ててあり、どれだけの戦いに身を投じているのか考えさせられる程に今は歪に変形してしまっていた。もしこの鎧がなければ今以上に負傷を体に刻んでいたであろう事はよくわかる……
セレクト達が魔法学園から離れ一月、幾度となくマリーはメルヴィナに戦いを挑み……ことごとく負けを積み重ねていた。
苦行とも思えるメルヴィナとの戦いの中、強者たる猛攻を紙一重で避け、時に受け流し……決定的な一撃を入れるためにと試行錯誤を繰り返してきたが。今だにその結果は出ていない。
それでもマリーはメルヴィナの評価をセレクト程ではないと思っている。
勘違いや過小評価でもない。
実際にメルヴィナとセレクト、双方共に剣を交えた事があるマリーだからこそ分かるのだ。
もしこの二人が戦えば圧倒的な技術の差でセレクトが勝つと容易に想像できてしまう。力だけで押そうとするメルヴィナに剣術で圧倒するセレクト、それこそ魔法など使わずに屈服させて見せるだろう。
するとマリーは瞑想の中、奥歯で噛み締め”もし”というつまらない妄想を打ち消す。
「私はセレクトではない。技量が足りないのは私の力不足が招いた結果だ」
今一度平静を保つためにと瞑想を続ける。
視覚や聴覚、触覚といった外的感覚を遠ざけそして思考すらも……
最初は7つの頃に魔力を引き出すためにセレクトに言われて始めたこの手法。
剣の修行もできず鬱陶しくも感じていたのは懐かしく、今では瞑想も大事なものとよくわかる。
魔法使いなどではないが剣士にとっても魔力はなくてはならない。
それは魔法使いが肉体の強化を施す魔法を使う時と同様に、剣士なる武術を極めるものにも魔力を体内で操り肉体を極限まで強化するためだ。
瞑想する事で体の中を流れる魔力を感じ、時に操り体中をかけめぐらせる。
ただこれだけでは肉体を強化することは極僅かであり、本当に必要な工程としては凝縮させて外に漏れ出る魔力でさえも内へと溜め込む事が重要。
だがこれは息を止める行為と同様でいつまでも続けることは出来ない上に脱力も半端なものではない。
だからこそマリーは新たに違う形で強化が出来ないものかと考え抜いた結果。
その一つに”竜化”を見出していた。
それはメルヴィナが持つ竜人としての特性で潜在能力を引き上げる奥義のようなもの。
マリーが探した情報では獣人などもそれに似た”獣化”なんてものがあり、なればこそ自分も出来るのではないかと考え、擬似的に魔力を獣化のそれに近づける訓練をしていた。
魔力を操作し外へと魔力が出ようとする力と内に閉じ込めようとする力……両方を同時に行う。
獣人であれば本能で行える方法も、純粋な人間のマリーは意図して引き起こさなければならない。
いかに矛盾に思える行為で、生半可な人間が真似出来るわけはがない。それでもマリーは幾度となく繰り返す事でその域にたどり着いていた。
乱れる体内の魔力が限界に達し、外へと押しのけて出ようとする慣性をそれまた無理矢理に抑える。
「……くっ……あ」
こめかみの筋肉がギチギチときしむ。
「まだだ……」
沸騰しそうな体の熱と同時に全身の筋肉がつったような痛みがおそう。
「あああっ!!」
暗転していく視界の中で酷いたちくらみを覚えると、座っていながらもバランスを崩し横へと倒れる。
「……セレク……ト……」
無意識に頭をよぎる者の名前をつぶやき、マリーの意識は地の底に引きずり込まれるように遠のいた。
こうして毎日同じようにメルヴィナの戦闘を終えた後に無理矢理に魔力を操作し、体が壊れてしまうのではないかと言うほど酷使を繰り返す。セレクトがこの場にいれば絶対に止めていたであろうが、注意するものはいない。
マリーの意識が回復したのは日が沈み出したころ。
「……ん、また意識がとんでいたか…………所詮真似事では強くはなれないのかもしれない」
すでに何度目かの挑戦をし、獣化に似たそれはまだ習得できていない。
起き上がろうと身じろぎすると、カサカサと音を立てて何かが体の上から崩れる。
「木の葉……」
暗がりの中で周りを見渡してみるが木の葉はマリーの上にだけ積もっていた。ふと背後にそびえる木を見上げる。
「お前がこれをかけてくれたのか?」
セレクトの植えた種から出来た”セフィラ”が風に揺れるとまるで返事をしているように感じた。
「ふむ、そうか。礼を言う、ありがとう」
マリーはリザのように感情は読み取れないし、セフィラ自信もセレクトと戯れる時のような挙動は見せない。
変化の無さに苛立ちは無い、見てくれはただの木であるからだ。
そんなセフィラを見上げていると、もう一つ体の変化に気がつく。
「痛み……体の傷もない」
腕にあったカスリ傷や打撲は綺麗になくなり、摩るとかさぶたがポロポロと落ちる。
「お前……セフィラが治してくれたのか?」
返事を待つが反応は無いまま。だが、そうとしか考えられない。
今一度感謝の念がこみ上げ、改めてセフィラに向き直ったマリーは頭を下げて礼を告げた。
「何から何まですまない。ありがとう」
それでも返事は無い様に思えた。が、極僅かだが魔力のようなものが体に入り込んだ気がした。
「そうか、今お前は照れているのだな?」
セフィラの感情の一旦を捉えたことでマリーは同時に愛おしいと言う思いが広がる。
「セレクトは何時もこのようにお前と接していたのか」
この一月の間、誰もいなくなった寮の前に来てはセフィラの無事を目視で確認するだけであったが、セレクトに言われた”セフィラを頼む”という事がどんなことか今ようやく分かった。
「もう少しちゃんと接していれば良かったな、寂しかったであろう」
目の前のセフィラへと手を伸ばし触れてみる。
無機質な感触が伝わると同時にしっかりとした魔力の鼓動が感じ取れる。
「…………む」
空腹が音となって響く。
メルヴィナとの模擬戦を終えたのは昼頃であり、そのまま何も食べずにここで瞑想をした事を思い返す。
「流石に空腹が我慢ならないな」
すると後方で”ごとん”と何かが落ちる音がした。
振り向き確認するとずっしりとした実が転がっている。続いて上を見上げてみるがそこには木の葉が生い茂っているだけで何か他に実がなっているわけでもない。
それほどまでには疑問に思わない。
何せこのセフィラはあの神樹と呼ばれる種子からできているのだから……
「ん……なんだか至れり尽くせりだな。そこまで私を心配しなくても大丈夫だ。食べ物ぐらいは何とか出来る。だが、せっかくだから頂いておこう」
実は重々しく片手で持つには大きくすぎる上に、丸い形状からも掴みきれない程で、両手で持ち上げる。
表面は黄色く、産毛がなめらかな質感を持たせる。
そして持ち上げた感想は思ったよりも果肉はやらかい気がするという事だ。
見たことが無い木の実ではあるがセフィラからの贈り物であると考えれば何も怪しくは感じない。
「この皮は剥かないと食べられそうにないか」
手刀で実の真ん中に力を加えると簡単に割る事ができた。
身の中身は薄い桃色で種は見当たらない、裂けた果肉から甘い香りがただよい食欲がそそられる。
我慢できなくなったマリーはそして一口……滴る果汁が衣服に付くが気にはしない。
「これは何とも……美味いな」
セレクトにより開発されたマリーの舌はそんじょそこらの貴族よりも繊細であり、そんなマリーが言う”美味い”は重みが違う。
「セフィラ、これはすごく美味しいぞ」
そしてスイカ程あった実をあっという間に平らげてしまう。
長らくセレクトと離れ久々に満たされる食への幸福感を感じていると、鉄塊へと変わり果てた愛用の鎧が目に留まる。
「……もうすこしこの感覚に浸っていたかったのだがな」
――――時間はすぎて次の日
早朝、誰もいない訓練の間、一人でマリーは剣を構えて集中する。
魔力込めることで剣に刻まれた波紋の輪郭が青く輝きを放つ。
反り返った片刃の剣……刀。
セレクトの手で制作された魔法の刀であり、まだ実戦で使うことをためらわれる規格外の一物。
「ふぅ……」
マリーはひと呼吸と共に鞘へと戻す。
「本当にこんなものを私などが使っていいものなのだろうか」
これを使えば何者も切り伏せる事はできるという確信がある、慢心と言ってしまえばそうなのかもしれない。
だが触れただけで透き通るように切れてしまうこの刀には技量など関係無く、使うことに慣れてしまえばいつの日か自尊心さえも真っ二つ切ってくれることだろう。
だからこそマリーは自分の技量が見合う物になるまでは使うことを恐れていた。
「とんでもねぇ気迫を感じると思ったが、そこにいるのはマリーか?」
「だとしたらなんだ、ボイル。こそこそとそんな所で見てないで入ればいいだろう」
マリーは顔を向けることなく訓練の間の前、その入口で二の足を踏んでいるボイルへと声をかける。
「へっ、んなことは言われるまでもねぇ」
ボイルは震える足や声を振り払い、意を決しったように中へと入る。
正直なところマリーがもう少しでも鬼気迫る気力でもって集中を続けていたら、ボイルは逃げ出していた所だった。
「なんだその剣はよ。見たことねぇ形してんな……リリア特有の剣ってやつか?」
「……これは特注だ、刀というらしい」
「聞いたことねぇな」
「ああ、私も握るまでは核心は得なかった……だが私はずっとこの刀を握るための訓練だけをつまされてきたと理解している」
”誰に”なんて言葉を言おうとしたがボイルは押しとどめて考えた。
ただでさえマリーという存在が肯定しきれずにいるボイル、マリーが師として仰ぐ存在がまだいるのかと思うと驚愕でしかない。
それ相応の剣術を習うものは誰しもが師を持つのは当たり前の話、彼にだって父と言う師が存在しその名は貴族界隈でも指折り。
ならばこそマリーの師はとてつもない剣豪であり名を燻らせるような存在ではないはず、どういう形であれ有名であるはずだ……だが、実際はどうだろう?
名も知らなければマリーの行う剣術は見たことも無い。
しかしその地を滑る動きはまるで川の上を流れる木の葉のごとく、そして信じられない緻密さと力強さでもって正確無比な一刀一撃を決めてみせる。
マリーと対峙した時にその一端を垣間見たボイルは美しいとすら感じた。それこそ同じ歳頃で才能を開花させている事に羞恥と嫉妬が合わさった感情も抱いた。
「だがまだ私の実力はこの刀を振るうには値しない。もしかしたら未来永劫振るうことが許されないかもしれないがな」
それなのにまだ弱いとマリーは豪語し高みを目指す姿にボイルはいらだちを覚える。
「そんなこたぁねえだろ。てめーは紛れもなく強者のそれだろ」
「ふっ、何を言おうとメルヴィナに勝てない私はまだ弱い」
”弱い”その言葉がボイルには気に入らなかった。マリーが弱いと言うなれば自分は何なのかと問われているようで……
「はぁ?生言ってんじゃねーぞこら。少なからずお前は俺を倒してんだ、強えんだよ!胸ぇはってろや」
「だが」
マリーは言葉を続けようとしたが、それをボイルは許しはしない。
「やめろ!姉御に勝てねぇのは誰も同じだ!王国でも上から数えて指折りの強者と人間風情が対等だと思ってんなら改めろやぁ。それによぉお前が弱えーなら俺様はなんだってんだよ!一度姉御の前に立っただけで心が折れちまった俺は何なんだよぉ!なんでお前は何度も何度も姉御の前にたち続けられるんだよ!なんでそんなにお前は強くいられるんだよ!!」
「……お前の感傷に触れたようだ、すまない」
一心不乱で爆発しそうな感情のこもったボイルの目にマリーは思うところがあり。
以前、セレクトに弱音を吐いた自分が重なって見えてしまっていた。
「うるせぇ、あやまんな」
「そう、だな。私が強くいられるか……そんなに大層な物ではないぞ、あえて言うなら守りたい……いや、セレクトの隣に立ちたいと思ったからだな」
生憎その本人は知らずにどんどん高みに登っていってしまっているし、その背中はまるで追いつけない。
そして、諦めかければ振り向いて困った顔で笑顔を向ける、そんなセレクトをマリーは思い出す。
そんな頬を緩ませるマリーの様を見るボイルは面白くない。
「セレクトってあの魔法使いの男か?」
「そうだ」
ボイルにもその覚えは合った、集団リンチとも思える魔法の雨に降られても傷ひとつなく、暗躍する集団すらも軽く蹴散らせてみせた魔法使い。今だ知れない底の深さと、マリーが酔狂するほどの好意を抱く相手。セレクトの隣に立つということがメルヴィナを超えた先にあるものなのかとボイルは思う。
「けっ、つまんねーな。おい!今から俺の相手をしやがれ」
担いでいた二つの両手剣、ボイルが使えば双剣となり構える。
「それほど私も暇ではないんだがな。これからメルヴィナの所に行く」
「んだ、お前聞いてないのか?姉御は今日から当分、校外実習で学園を離れちまってるぜ」
「…………なんだそれは」
「知らねぇのかよ。校外実習ってのは実際の魔物や魔獣との戦闘経験を積むことだ。俺達もこの休みが開けたら校外実習が始まる。ちなみに姉御は教師連中とそんな俺たちが行く安全地帯の確保に出向いてるってところだ」
「そうか、そしたら私は無駄足を踏むところだったな。それで数日とはどれくらいだ?」
「さぁなぁ去年は10日程だったと思うぜ。だからよぉそれまでは俺様が相手になってやる」
「思わぬ暇が出来てしまったな」
「おい、さらっと無視すんな」
「メルヴィナとの模擬戦で鎧が壊れてしまったんだが。腕の立つ鍛冶屋を知らないか?」
「感に触りやがる。その刀ってやつで構えやがれ、そしたら答えてやる!」
「さすがにこいつを使うのは……まぁ振らなければ問題は無いか。いいだろうお前が疲れるまで相手をしてやる」
マリーが挑発に乗ったことにボイルは不敵な笑みを浮かべるが……
マリーが刀をさやから抜き構えた時に空気が変わる。放たれる気迫を一身にボイルは受ける事で頭の中は警報が鳴り響き、本能が逃げることを選択させようとする。
愚鈍と化した思考の奥にあるプライドが何とかその場に止まるだけで精一杯。
二ヶ月ほど前に対峙した時と比べればまるとまるで別人なまでに成長をはたしているマリー。
もはや進化と言ってもいい。
メルヴィナとの戦闘を一日一日とこなすことでマリーは急激な成長をもたらし、当のマリーはメルヴィナだけを見続けていただけにその変化には気づいていない。
今この場でボイルだけが直接にその狂気を感じ、そんな事とは露知らずにマリーは打倒メルヴィナの気迫で待ち構える。
この世界においてあらゆる事象に魔力は干渉する、特に意思というものには多大なまでに影響を及ぼす。
魔法の威力や造形に意思の力は欠かせない、ならば攻撃的な意思は魔力が合わさることで間違いなく攻撃の手段になり得えてしまうと言う事だ。
踏み出すことができないボイルは沈黙したまま……マリーも同様に立ち尽くす
「おい、ボイル。この場合お前から来るのが妥当だと思うが?」
「…………」
反応がないまま、やはり沈黙を続ける。
「…………大丈夫か?」
あまりにも無言なボイルに心配してマリーが構えを解いて近づく。
なんとか見た目的には息はあるようだが、
「あ」
何か様子が変だとマリーが軽くボイルの顔を覗き込み確認した。
見事なまでに不動の体制で意識を失っている。その様は感服に値するかもしれないが、マリー自身は何かしたわけでもないのでどう対応すればいいのかわからなくなる。
軽く体に触れるとそのままボイルは倒れてしまった。
「がはぁ!」
水を被ったボイルは意識を取り戻し、上体を起こす。
「まさかあの程度で気を失うとは思わなかったぞ」
「ああ!?……はぁ情けねぇ。つうかよぉどんだけお前は強くなってるんだよ。ありえねぇだろ」
「私がか?」
「そうだよ。少し前までは強い程度に思ってたけどよ。姉御並に強くなってんだろこりゃあよ。ありえねぇぜ……本当に人間か?」
「私が知る限りでは祖父母の代までに混血になったとは聞いていないな」
そんな言葉をマリーから聞かされるが、ボイルは実際に聞きたかったわけではない。
亜人や獣人といった特徴も何もなく、獣化もできないのだから混血であろうと関係はなく、ほとんど人間としての性能は変わりはない。
「姉御と対一はり続けてるとは聞いていたけどよぉ、こんなに強くなるもんなのかよ普通」
「ならないのか?」
「そんなに簡単に強くなれたら俺だって……ああクソッ!」
一度だけで折れてしまったボイルにそれ以上御託を並べることはできない。
その横で平然なまでに純粋に疑問に思うマリーの面持ちに、腹立たしい気持ちと感服する敬意とが入り混じり、もはやボイルはめちゃくちゃである。
「だぁもうなんだってんだよ!」
「まぁ、そのなんだ。そんなに腐るな。それよりさっきの約束は覚えているな?」
「あ?ああそうだったな。なんだ……腕利きの鍛冶屋だったか?」
「そうだ」
「覚えがないわけじゃない程度には居る。まぁ今から行っても向こうで待つだけだぜ?」
「そうか、ならもう少し手合わせをするか?」
「はは、冗談だろ?」
「いたって私は真面目だが」
「……はは」
ボイルは脱力する肩とは裏腹に、手に握った大剣には力を込める。
しかしてその時間が来るまでにボイルは3回意識を失うこととなった。
――――場所が変わり商店街の裏路地。
ここは多くの鍛冶屋や細工師が軒を連ねる、通称”職人街”
そこにドンドンと荒々しくドアを叩く音があたりに響く。
「おい、居ないのか?」
今度は扉の取っ手をガタガタと揺らし、噛み合っていた鉄が壊れる音がする。
「なんだ、空いてんじゃねぇか。入るぞ……にしてもちいせぇ作りをしてやがんな」
大男の背丈では潜れない程に小さい扉。そこに身をねじりこんで入ろうとするボイル。
「ボイル、剣がつっかえているぞ」
後方で腕を組みながらその様を見守るマリー。
傍から見れば取り立て屋か堂々たる盗人にも見える光景だ。
「まじか。ちょっくら取ってくれねぇか?挟まっちまってよ」
言われるようにマリーはボイルの腰の剣を外す。
しかしすでにボイルは頭と半身を入れた所で詰まっているので剣を取ったところでどうにもならない。
「おうおう、こんな日がでてるうちから盗みとはいい度胸してやがんなこら」
マリーの後方から声をかけられ振り向く、だが人影はそこには見当たらない。
「下だこら」
職人の前掛けを着けた小さい男が怪訝な表情で二人を見上げている。
どれぐらい小さいのかというとマリーの腰程の背しかない。
「お、その声はライラのおやっさんか?」
「ライラはいらんおやっさんと呼べ。その声はボイルか?また大きくなりやがって、仕事場を壊すつもりか?」
ミシミシと扉の枠が音を立てる、そこから何とか這いずり出てきたボイル。
「おかしいぜ、10月ほど前まではすんなり入ったのによぉ」
「おかしいのはお前の図体だ。見ない間に体ばかり大きくなりやがって、少し考えれば入れないことぐらい分かんだろ。それに一月に一回は剣の状態を見てやると言ったんだからちゃんとこい!」
「あーあー、そりゃすまねぇよ。次からはちゃんと来る」
「さて、どうだかな。今見てやるから出せ」
「その前に見て欲しい客がいんだよ。ほれこいつだ」
ボイルが投げやりに紹介した先にマリーがいる。
「ライラと言ったか、私はマリー・アトロットだ。マリーでいい」
「ちっ……ライラ・ディアード。だがライラとは呼ぶな。女みたいで好かん!それと嬢ちゃんより4倍は年上だ」
見た目は10歳前後子供に年上と言われてマリーは当惑する。
「なんだマリー。お前小人族を見たことねぇのか?ここいらじゃ珍しくもねぇだろが」
そういえばとマリー思い返す。
剣を見繕っていた時に何度か足を運んだ表の商店街、その度に妙に子供が多かった事を思い出す。
「そういうことだったのか……ではディアード殿と呼ばせてもらおう」
「かてぇかてぇ。それならディアードでいい。用事があんだろ?中で聴くぜ……ボイルお前は入るな」
その場にボイルを残しディアードの鍛冶場へとマリーは案内された。
「あーあ扉の取っ手が壊れてるじゃねーかよ。あいつには後で説教だなこりゃ」
中は鍛冶場というだけに煤と鉄の匂いが立ち込めている。
鍛冶屋の娘のマリーはけっしてこの匂いは嫌いではないし、懐かしく思える。
それにしても先ほどのボイルの力で工場が揺らされたのか、いくつもの立てかけた工具が倒れているようだった。
ディアードがその場で天井に吊るされていたであろう工具を持ち上げてマリーに向き直ると、
「そんで用事ってのはなんだ?言っておくが鍛冶屋だからな」
マリーは言われた意味が大体と分かる。
以前マリーの父親がかこっている弟子が客から宝飾品の修理を頼まれた上に勝手にそれを安請け合いをしてしまった事が有り、結果として父親は激怒していた。
「見てもらいたいのはこれだ」
マリーは腰に下げていた風呂敷を地面に広げる。
「鉄屑か?」
「鎧だ」
まじまじとディアードは半信半疑につまみ上げ。
「確かにこりゃ鎧みたいだな。ひでい有様だ……直すには相当金がいるぜ?」
「私も鍛冶屋の娘だから少しは分かっていたつもりだ」
「なんだ同業者だったか、ならわかるだろ。新しいのを新調したほうが早いぜ」
投げやりなどとは思わない、やはりマリーも過去に似たような光景を家で見たことがあるからだ。
「いや、これでなくてはダメだ。特注品で……大切な物なんだ」
「鎧なんて使い捨て。命貼るほど大切にするもんじゃねーぞ。つうか嬢ちゃんが使ってんのかこれ?」
「ん?ああそうだが」
「見たところただの人間だろ?言っちゃあ何だがやめとけ……命がいくつあってもたりゃしないぜ」
「そのことについては何度も聞かされている。私の何がダメだというのだ。女だからか?獣人ではないからか?」
「両方だ。人間は脆く脆弱だ、俺みたいな亜人しかりな」
マリーではない確かなものに語りかけるように言う様は、どこか儚げである。
だからとて今更マリーの決意が揺らぐはずはない。
「忠告はありがたいが、すでに私に残されたのはこの道しかない」
確固たるマリーの目にディアードはその揺らぐことのない意思を見つめる。
「そうかい……見繕って銀貨15枚ってところだ」
「少し高いな。完全とは言わない、着れる状態にまで戻してくれ」
「したら半額……銀貨7枚でいいぜ」
マリーは懐から銀貨を取り出しディアードにちょうど7枚の銀貨を渡した。
「じゃあ少し待ってろ。着れるぐらいになら直ぐになおしてやる」
はりきってディアードは燃え盛る炉に燃料を投下し、火力が上がるまでの間に鎧の縫い目をほぐす。
綺麗に分解される手際はマリーが見ても見事といってもいいほどに早い。
しかし解すにつれて名工ならではの詮索意欲が湧いていた。
「嬢ちゃん。特注と言っていたがこりゃあ何処で仕入れたんだ?」
「ん……私の師匠と呼ぶべき人物から譲り受けた」
なるべくセレクトの名は無闇に出さない。
別に隠すように言及されているわけではないが、秘密主義なセレクトの事を思えばこそそうするべきだと思ったのだ。
「だよな。盗んだとかじゃないよな?」
「それはない」
「長く鍛冶屋をやってりゃ人様の物を直すことなんてよくある事だ。その際に職人てやつは色々技術を盗むもんだがよ。何だこりゃ、糸から金具やら全部見たことがねぇ作りをしてんぞ。もちろんいい意味でだ」
継ぎ目の糸を引っ張りながら好奇心の塊となり、見た目ながらに目を輝かせた子供にもどるディアード。
「まるでわからん。どんな武具にも癖が出るもんだが……完璧すぎる。見えてこない。さっきは悪かったな嬢ちゃん、こりゃ間違いなく大切な物だ」
「もうそろそろ炉も温まっただろ……早くしてくれ」
「ああ、そうだったな」
ディアードは少し惜しみながらもひしゃげた鋼鉄部分を炉に入れる。
そして温まるその時まで、今一度細工された金具に目を向ける。
ディアードは一心不乱にも残された時間に筆を取り、糸の結び目の柄を細かく描き、鎧の継ぎ目を模写する。
マリーはその様に少しばかり不安に思う。
何が?と問われても答えることは出来ない。
そして次にディアードの疑問がマリーに向けられる。どうしてこれまでの品物を彼女が持つ権利を与えられたのか、師匠とはどんな人物なのか。その答えがはぐらかされるかするだろう事は先ほどの会話でディアードは察している。それでも品定めをするようにマリーを見つめ、やがて腰にある刀がその目に映る。気にしてしまったからにはもう止められない。
のそりと立ち上がったディアードは揺らめきながらマリーに近づく。
「なぁ嬢、いや。マリーの嬢ちゃんよ。その腰の剣も見せてもらってもいいかい?」
目前に立つディアードの手はすでにその刀へと伸びていた。
既のところでマリーは刀を抑え後退する。
「これはダメだ、大切な物でおいそれと見せられない!」
「いいだろ、ほんの少しだ。一瞬だけでいい」
子供ながらの容姿を使い分けて泣き落とすような仕草をする。
「だめだ」
「なら鎧を完全になおしてやるといったらどうだ」
泣き落としが効かないと判断したディアードは次の手とすぐに変えて交渉。
貪欲な商人がどんなものか、セレクトの教えに従いマリーは断固たる意思で拒む。
「それを見せてくれたら先ほどの銀貨も半分返そう、こいつでどうだ?」
「金の問題ではない、鎧が出来上がったら取りに来る。それまでは外で待たせてもらう」
これ以上ここに留まればあの手この手と刀をせがまれそうな状況に嫌気がさし、そそくさと鍛冶場をあとにする。
「あの者は商人並みに強欲だな」
「おやっさん。つうか小人族ってのは職人気質はいいんだけどよ、どうにも貪欲でな。無理にでも我を通そうとするのが難点だぜ」
「そのようだな……他の小人族とやらももしかしてこんなに貪欲なのか?」
「似たりよったりな、手癖の悪い奴は多いから気をつけたほうがいいぜ」
改めて周りを見渡したマリーは子供のような職人がちらほらと目に付く。
ふと不安に駆られたマリーは刀の帯を掴み、そこにある刀をしっかりと確認した。
「ボイル。ここから離れるぞ」
「お前が怯えるのとかなんだか新鮮だな。そうだな、飯でも食いに行こうぜ。おごってやるからよ」
警戒しきったマリーを背にボイルは近場の飯屋へと歩き始めた。