46話 ご褒美
ヤルグのおかげで婚約は話は破棄され……多分、丸く収まった。
もし僕とリザが駆け落ちなんて事になったらどうなっていたのだろう……
きっとマリーが地の果てまで追いかけてきそうだ。
あれから一日がたち。
今日はディーマスさんがリザへのお詫びを込め、皆を集めてパーティーをするという。
ヤルグの約束で僕は結界を作らなければいけなかったが。
このパーティーはリザの心を癒すために開かれているので参加しようと思う。
今の僕は普段着慣れない紳士服を着て、屋敷の広間の一角に居る。
目の前には丸い銀のお皿に盛りつけられた、塩と香辛料で蒸した鳥のもも肉。
それをつまみながら考える。
……やっぱりパーティーの鶏肉と言えばあれだ。
「フライドチキンとかも食べたいな……」
ぼそりとつぶやく僕の頭に浮かぶのは、複数のスパイスを調合したフランチャイズの秘伝の味。
そんな事を考えていると、いつの間にか微笑んでいるリザが隣にいた。
「セレクト、それ美味しい?」
「うん、香辛料が効いてて美味しいよ」
リザも料理人さん達と混ざって食事を作っていた。
きっとこの鶏肉は彼女が僕好みに作ってくれた一品なのだろう。
「うーん……でも今違うこと考えてなかった?」
リザは人の感情を感知できるぶん、鋭い。
「いやいや!すごく美味しいよ。ただ僕の記憶だとパーティーの時の鳥の印象がこれなんだよ」
僕はそう言いながらリザの肩に触れてイメージする。
それをリザは能力を使い垣間見た。
昨日の夜、リザと一度ちゃんと話をしようと思い部屋に呼んだ。
それは僕を……好きだと言ってきてくれた彼女に答えを言おうと思ったからだ。
ドキドキしながら僕の部屋で二人きりになり……沈黙の後に言おうとした時。
リザは微笑みながら、まだ答えは出さないで欲しいと先に言われてしまった。
最初は分からなかったがその理由も教えてくれた。
何でもマリーは僕への気持ちを理解してなくて、今はただ一緒にいたいと願い続け、それが恋だと気がついてないとか。
そんなマリーが居ない所で決めるのが卑怯だという。
だからマリーがその気持ちに気づけた時、改めてリザが僕に気持ちを伝えたいから、それまで待って欲しいとの事だった。
僕が『あいつが恋心に目覚めるのかは分からないよ』と、言うと。
リザは『そしたらそれまでにセレクトが私だけを見てくれるようにするだけ』と断言した。
僕は気恥ずかしくなり俯いていると、明日は宴があるから絶対に出て欲しいとだけ残し僕の部屋から出て行った。
そして今に戻る。
リザは今しがた僕の記憶を見てフライドチキンを作って来ると言い、厨房へと行ってしまった。
すごく嬉しいけど何だかディーマスさんにも似たところを感じる……
ちなみにディーマスさんはというと、あれからリザのお母さんにこっぴどく叱られ、今後の商談事はヤルグか自分を通してからしなさいと子供のように怒られ。
今は反省を込めて料理の配給をしている。
そんなディーマスさんの影を見ながら見渡しているとヤルグと目が合った。
するとなんでかニヤニヤしながら片手にワイングラスを持って僕に近づいてくる。
「やあ、セレトン。久しぶりの休暇はどうかな?」
「ああー本来なら夏休みで毎日が休暇なのになー。てかなんでこんなに忙しいんだよ」
「うーん、当初の計画だともう少し余裕があるはずだったんだけどね」
「……ん?」
「いやあね、本来なら移民が入ってくる時期がもう少し後だったんだ。覚えてるかい?あの星の降る日のこと……」
「…………」
ヤルグの話では星の降る日を境にいろんな領地で不満が爆発した。
その原因には他にも仕事や安全に住める土地などが含まれている。
そして領主達が暴動が起こる前にと、自領の領民達に都市開発の話をしてしまい、大量の移民の波が出来たらしい。もしかしたらこの裏にもハウエルが絡んでいたかもしれないが、今は分からない。
話し終えたヤルグはグラスの中のワインを一気に飲み干す。
「そんな飲み方したら悪酔いするよ」
「大丈夫。僕はお酒じゃあ酔わない……酔うとしたら楽しい商談の後の余韻かな?」
と、言っているけど顔はすでに赤い。
すると何か思い出したのか、ヤルグはポケットから小さい革袋を取り出して、僕に渡してきた。
「これは?」
「前にセレトンが交易の時に見つけたら買っておいて欲しいって言ってたやつだよ」
うむ、何の話か分からない……ヤルグの言った事にまるで覚えがない。
「だいぶ前だしね、とりあえず中を確かめればわかるよ」
そう言われ中を確かめるとサラサラと白い粒々……米!!
「まじかよ!!お米!?」
僕は驚いて手元とヤルグを二度見する。
「あ、ありがとうヤルグ!!」
何も考えることもなく、ただ純粋にお礼の言葉が出た。
「っ!……そんなに喜んでもらえると嬉しいよ……それとセレクト君にお礼を言われるのは初めてかな?」
なんだか照れくさそうにするヤルグは気持ち悪いので放っておこう。
それよりも、これで念願の卵がけご飯がいただける!
実は味噌のようなものと、醤油のような物は出来ていた。
ただ今までお米が手に入らず、小麦粉をちぎり丸めたりなどで工夫はしていたが、米では無かった。
「なあ、これ何処にあったんだ?」
「それは……ここからずっと南に行ったところにある、スペリアム国境沿いの温暖な所で作られていたよ。ただ今までは粉にして出回っていたからね。見つけるのに苦労したかな」
温暖な気候というが、この米はどう見ても日本米に見える。
パサパサとしたタイ米などではなく、しっとりと丸みを帯びた日本の米そのもの。
「もしかして今回の報酬!!」
「あはは、違うよ。それはボクからのささやかなプレゼント。大量にあるから持っていっていいよ。それよりもちゃんとした報酬の話をしよう。と言っても君はお金なんて貰ってもそれほど嬉しそうにしないからね。この街の広い一角を家付きでなんてどうかな?」
「お、おお。ヤルグなのに気前がいい……じゃあ貰っておこうかな」
ちょっとお米で満足しかけてた……なんて言えない。
でも、僕の街へ対する貢献度は途方もない物だし、当たり前か。
そしてどんな家が欲しいのか言われて、僕の頭に浮かぶのは研究室だったりしたが、せっかく街中に建てるのならばお店がいいと思う。それも飲食店。
研究に一段落着いたら、趣味でレストランやら菓子屋をするのも悪くない、そう思ったからだ。
その時はリザやマリーにも手伝ってもらえれば面白いかもしれない……そんな事が頭をよぎる。
そしてヤルグには後で家の設計図は作成して渡すからと言っておいた。
私は婚約の事で途方もなく絶望していたけど、セレクト達のおかげで問題は解決した。
……それでもお父様の顔をちゃんと見れなくて外を向いてしまうけれど……時間が解決してくれるはず。
会談の後、計画を立ててくれたのがヤルグさんだと聞いた。
少し驚いたけど、終始ニヤニヤしていたヤルグさんは確かにお父様の表情ばかり伺っていた気がする。
それでもやっぱり私はヤルグさんを好きにはなれない。
だってその計画だってセレクトがいなければ成り立たなかったから……
その問題が解決した後、迷わずセレクトが抱きしめてくれた。
後、いざとなったら私を連れ去ろうとしていた事も教えてくた。
諦めかけていたセレクトへの思いは今回の事でより強くなったと私は思う、マリーには悪いけどセレクトの心にすごく近づけた。
だから私はお父様の過ちは早く忘れようと思う。
私は今、セレクトの記憶を覗いて”フライドチキン”というものを作ってみた。
味まで再現できてるか分からないけど、すごく美味しく出来たと思う。
厨房から広間に出て、セレクトの所に持っていこうとしている最中。
「リザ、お父様にあまり失望しないであげて。あれでも貴方を思ってした事だから」
あれからお父様と目が合わせられない事を気にかけて、お母様が話しかけてきてくれた。
「……はい。まだ少し時間がかかるかもしれません……お母様、私セレクトの事が好きです」
改めて自分の気持ちを言葉で伝える。
「ええ、分かってます。身分の差など関係はありません。リザが幸せならどんな方でも私達は受け入れるつもりです」
お母様は身分の差と言ったけれど……確かにセレクトは今は平民かもしれないけど、もう少し経てばスペリアムでの功績で創生神話賞を受けることになっている。
その賞を得られるのは一国の英雄に限られる。
もしこのセプタニアに知られれば黙ってはいないと思うし。
手放さないためにも貴族の位だって男爵の位を通り越して公爵を授けられるかもしれない。
その事を私はお母様達には教えていなかった……セレクト達とはなるべく秘密という話だったが、今のお母様だけには知っておいてもらいたい。それにこの機会に私の病気が治った理由も教えてしまおうと思う。
「お母様その件で少しお話があります……」
料理の乗った皿を一度机に置いて、お母様に昔の事やスペリアムでの事を全て話しす。
お母様は終始、目を真ん丸にして話を聞いてくれた。
「だからセレクトはただの平民じゃなくて英雄として今後、スペリアムで語り継がれる事にもなってるの」
話し終えるとお母様は何でその話を早くしないのかと言う目で見てきて、少し怖い。
「……リザ!絶対に彼を物にしなさい!!いいえ、彼じゃないとダメです!!直ぐにでも婚約をさせましょう!!」
私が対応に困ってしまうほどお母様は前向きに捉えてくれた。
すごく嬉しかったけど、婚約騒動の後に急にこの話はまずい気がする……
「リザー、これ超美味いな!」
お母様と長話になってしまい机の上に置いたものを忘れていた。
ガイアス君の声がして、慌てて机の上に置いておいたフライドチキンを見ればほとんど食べられている。
「あ!ガイアス君ダメ!!それセレクトの為に作ったの。返して……」
だけど折角作ったフライドチキンは一本しかなくて……
「あ……」
「へ?……リザごめん」
食べ物に対してガイアス君はどこかマリーと似ている。セレクトはいつも美味しいものを皆に分けてくれるのに……
「……知らない!」
少し怒らないとダメだと思い、そっぽを向いてその場を離れる。
それでも残ったフライドチキンをセレクトのところに持っていく。
本当はいっぱいあったのにと言ったら、セレクトは美味しいよと言って最後の一つを一緒に食べさせてくれた。
やっぱり私は優しいセレクトの事が……すごく大好きで……愛してる。
宴の途中で音楽が始まり僕はリザと久しぶりに踊った。
神父様も少しハメを外してお酒を飲んでほろ酔いだった。
昔からお父さんとは話が合うらしく、こうなると入る隙がない。
そういえばパーティーの最中、ガイアスは真っ白に燃え尽きていたが、何があったのだろう……
夜を迎えてもまだ宴は続き、僕は疲れてきたのでリザに部屋に戻ると伝えて帰ってきた。
一応、明日から都市の障壁結界作りを始めなくてはならないので、せめて賢者の石についてノートに取りまとめておきたかった事もある。
賢者の石をこれまでに使用してきて思う感想は……とんでもないものを作ってしまったという事。
使っていると僕の魔力が枯渇して使えなくなるが、魔力の高い貴族が使いこなせばどうなってしまうのか分からない。
それこそ兵器か何かに転用されれば……
今はまだ研究で使わなくてはいけないが、いつか要らなくなったら封印か壊してしまったほうがいい……
まあ他の人の手に渡った所で、僕以外の魔力には反応しないので問題はないと思うが……
寝るまで時間が空いたので明日の障壁結界に使う種類を改めて整理する。
以前学園の書庫で読んだ内容だと、都市に使われる障壁結界にはグレードがあり、魔晶石の消費量もそれで変わるとか。
例を挙げるならば。
”第一結界”これは障壁結界というよりは外壁だけを強化するもので、一番消費が少ない。
地を這う魔物や魔獣が徘徊するような所だと使われている、スタンダードな結界。
”第二結界”外壁から少し上の辺りまで障壁結界を覆う、完全には覆われていない状態。
これは壁が低い場合に使用される結界で、魔法学園の外にある後悔の根城に向かう際のゲートになんかに使われている。
”第三結界”これは都市全体を覆う物で、ドラゴンや飛翔する魔獣がいるような所だと用いられている。
ちなみにセプタニア王都は第三結界を2重にしてあるので維持費がとんでもない額になっているだろう。さすが王都……
スペリアムなんかでは女神様の力で国全体を覆っているのでそのぶん国費が浮き、だから芸術が秀でているのだと思う。
この中で選ぶのならこの街にはスタンダードの外壁強化だけでいいだろう。
第一結界と言っても大変な事には変わりはないし、約束してしまったから……
ちなみに夏休みが終わる前には作り終わる予定だ。
次の日からさっそく僕は外壁に強化魔法を施す作業を始める。
別に何かを作る訳ではないので魔力の消費は少ないが、淡々とした作業を続けるだけなので体力的に疲れる。
僕が作っておいた下地の壁に作業員の人達がブロックを重ね、さらに壁は大きくなる。
その大きさは大体3階建ての家ぐらいの高さになった。
完全に出来上がった壁から賢者の石で壁の表面を彫り、自動で魔法陣を壁に施す。
なんと言うか印刷をしている感じと言えばいいのだろうか……
最終的に彫った溝に、聖水を上から流し込めば発動させられる仕組みになっている。
ただ問題なのは壁が完成してないと僕が魔法を施せないという事だ。
まあその間にヤルグの頼みを聞いたりするので、暇はないが。
ヤルグの頼みとは基本的に錬金で物を加工するのに必要な魔法道具を作って欲しいといったもの。
透明なワイングラスを作る工程で必要となる魔法道具は二つ。
材料の不純物を取り出す錬金魔法と、ワイングラスを構築する錬金魔法。
この二の作業に分けた理由もある。
素材となる土や石には不純物が含まれていて、一定の品質を守るために必要だった。それと構築した時の形を複数用意しておきたかった事なんかがある。
そしてそれらの魔法の基盤を作れるのが僕だけ……
でも作ってしまえば大量にバンバン作れてしまうので、きっとこの街はあっという間に都市になるだろう。
順調に壁が出来上がって7割程完成したある日、僕が壁に強化魔法を施していると、ほかの所で作業をしていた人が慌てて呼びに来た。
それは魔獣が外壁を壊して侵入、それと警備団が交戦しているという知らせ。
作業を止めた僕は慌てて駆けつけてみた。
だけどその頃には巨大な猪のような魔獣はすでに倒されていた。
後ろに見える壁は壊されていたものの軽症者程度ですみ死者は出ていない。
傷を負った者の中にボロボロになったガイアスが居たが。
リザの治療を受けてながら僕に親指を立てて『守ったぜ!』と誇らしげに言っていたので安心した。
こいつもだいぶ強くなっている……さすがマリーとライバルなだけはある。
そう考えると不意にマリーは今どうしているのだろうと考える……姫様には勝てたのだろうか?
でも夏休みが終わった時、僕は剣でマリーには勝てなくなっているだろうなと思う。
その後は魔獣の事もあり、とりあえず崩れた外壁は僕が魔法で直し、早い所結界を張り巡らせなければと思い直し、外壁作りにも参加する事にした。
そして毎日増える移民のお陰で外壁と強化魔法が思ったよりも早く完成した。
すでに移民の数は7000人を突破している。
その頃にはヤルグも幾つかの工場を作り終えていて、再雇用先として大多数の人たちを連れていった。
そんなこんなで夏休みはだいぶ過ぎていて。
気がつけばここにいられるのもあと1週間になっていた。
結局街の中に張り巡らそうと思っていた魔法陣は作れずじまい。
結界を作る事で間に合わなかったのだから仕方がないと今回は諦める。
せめて最後に魔晶石を使わないで結界を維持できないかと思い、地下のエーテルの脈がないかといくつか調べてみた。
結果見つからなかった。
多分情報が足らなすぎた、魔法学園から離れるときにベルモットともう少し相談していればと思う。
でも調べていて良い事もあった。
地下深く掘りすぎてしまったせいか、代わりに温泉が湧き出たのだ。
別に街には湯浴み場がないわけではないが……
そう温泉である、普通のお湯ではない。
なんという棚からぼた餅だろう。
アルカリ性の単純温泉ではあるが、仕事の疲れを癒すにはもってこい。
温泉好きの日本人の魂を受け継いでいる僕はだからこそ、こだわろうと思って。
とりあえず日本庭園風の露天風呂を作ろうと思った。
でも完成までは1日では終わらず、我慢しきれず僕は試験的に入ることにした。
現在辺りも暗くなっていて魔法で明かりをつけると、何とか様になっている日本庭園が雰囲気をかもし出し、これまた日本に帰ってきたような気分になる。
少し泣きそうになった。
温泉の温度を適温にするのに少し苦労した甲斐はあり、湯に肩まで浸かれば筋肉がほぐれていくのが分かる。
思わずため息が出る。
「はぁ……」
「これはこれでいいものですね」
「だろう、温泉は……ってヤルグ!」
ヤルグが隣にいつの間にかいやがった。
「どうしました?」
「え……?いつから居た!?」
「ん?セレトンが妙な事をしてたので後ろを付いて来ていましたけど。もしかしてこの湯浴み場を使うのに夢中になって気づいてなかったのかな?」
やばい……まるで気づかなかった。
脱衣場もあったのに気づかなかった……けどまあいいか。
「でもこれは本当に気持ちがいい、もしかしてただのお湯ではないのかな?」
隣でヤルグが満足そうに肩まで浸かる。
きっと頭の中では商売に使えないかと考えを巡らせているのだろう。
別に使ってくれて構わないが、せめて日本人の温泉に対する心というやつを知ってからにして欲しい。
だからちゃんと説明してやることにした。
「地下深くから湧いているからね、色々な成分が含まれてるんだ。この温泉は神経痛や筋肉痛を和らげてくれる効果があって、疲れている時に疲労回復の効果が見込めるかな。それに肌もツルツルになるし名物にするにはもってこいだ」
他にもエーテルが含まれていることから魔力の回復にもなる。
「聞いたことがあるけど初めてだ。セレトンは物知りで人が喜ぶツボを良く押さえてるよ。毎度感心させられる。それにこの景観も何だか和むね……」
この日本庭園を褒めてくれるとは思わなかった。
温泉の心をこんなに短時間で受け入れるとは……ヤルグおそるべし。
「別に商売に使っていいけど、なるべく値段は低めにね」
「良かった。じゃあせめてもう少し広くしたいな」
それは作りがけだから仕方がない。
「明日明後日にはもっと広くする予定だし、男湯と女湯に分けて作ろうかなと思ってるんだ」
「じゃあこことここをもっと広げて……」
何故かヤルグと温泉談義で花を咲かせ、温泉の拡大計画を話し合ってしまった。
この2ヶ月の間で僕もヤルグに対してある程度だが、嫌いではなくなってきている。
本当にリリアの事や周りの事を上手く収めてしまう事に感心している。
ヤルグは隠しているようだが、道の整備を拡大して必要以上に工事を行っている。
たぶん儲かったお金を肥やして腐らせないようにしているのだけど、これが出来る出来ないでは大きく違う。
ディーマスさんよりもヤルグが領主をやればいいのにと思っていると。
それ見透かされたのか、ヤルグは言う。
「セレトンには少し、リリアの昔話をしてあげようかな」
「昔話?」
そういえばリリアの歴史について何も知らない……
「まあ僕とディーマス……いやリリアス家との関係だよ」
そう言ってヤルグはリリアの歴史について知っていることを教えてくれた。
昔リリアのある三日月型の湾が出来たのは、100年前の黒炎の一撃が原因らしい。
その当時はそこら一体は領主が治めておらず、国も管理はしていなかった。
だから最初は足を洗った海賊が住み着き小さな村を作っていた。
地中深くの栄養を巻き上げて出来た湾だったため魚が多く捕れたとか。
ただ漁を盛んに行われると知られれば色々な所から目をつけられてしまうのは必然。
しかも足を洗ったとはいえ海賊だ。ばれてしまえば村の皆は絞首刑は免れない。
周りの領主もそこに目をつけたのか。
国に告げ口をし使者を送らせ、村の存亡につながる。
その事を知った近くの小さい街を仕切る領主が彼らに手を差し伸べる。
前々から村の収益に貢献していた領主で村人からの信頼をあり、街に住んでいた名のある魔術師を彼らの村に住まわせる事で、国からやってきた使者を納得させる事が出来た。
その際に魔術師は使者から領主としての名をもらい、足を洗った海賊達をかばい続けて今になる。
その時はまだ本当に小さな村だったが、魔術師の知恵と海賊の伝で交易が行われるようになり、あっという間に村は街になった。
ちなみにその魔術師がリリアスの元当主。
海賊の血を引くのがヤルグだ。
「なるほど……」
だからヤルグはディーマスさんに肩入れするのかと考えたが……先日のヤルグの見捨てるような発言を思い出す。
「あれヤルグってディーマスさんの事を見捨てるとか何とか前に言ってなかったっけ?」
「……言いましたっけ?」
「あ。そうだヤルグが錯乱してた時の話だった」
まるで覚えていないといった顔をしたヤルグは、真面目な時の商人の口調で、その事についても教えてくれた。
「そんな事を僕は口走っていたんですか……まあいいでしょう。それもお話ししましょうか……ボクは正直、もう昔の関係を引きずるのが嫌でしてね。なにせボクの父が残した功績の上にリリアス家が常にいて。そのあげくには自分の娘の病を治すためにと、街のやりくりしなければいけないお金にまで手をつけて、街に危機を招いた。だから僕はディーマスさんが嫌いです……婚約の会談の時もサインをするようなら本当に見捨てるつもりでした」
ディーマスさんも人の功績の上にいる人物、あぐらはかいていないにしろ、分かっていない分タチが悪い……きっとヤルグがハウエルに言った言葉はディーマスさんに対しても言っている。
「ふーん……それ聞いてるとディーマスさんが魅力がある人には聞こえないけどな」
「…………そんな事はありません……ディーマスさんは僕の良い隠れ蓑ですよ。彼が踊れば僕に注意が行かなくなりますからね……それに……いや、これ以上いうのはやめておきましょう」
ヤルグが言いかけたことも気になるが、これ以上ディーマスさんを貶める発言は確かに良くない気がする……
とりあえずは今回の件で当分ヤルグはディーマスさんを操り易くなった事だろう。
僕はそれが別に悪いことには思えない。
それでリリアやこの街……周辺領地の人達にもいい影響を与えるのであれば問題は無い。
「長話ししすぎたかな……ボクは先に出るよ。セレトンはどうするの?」
「も少し入ってる。次の休みまで温泉が堪能出来ないからさ」
次来れるのは冬休みだろうか……
「リリアには帰らなくて良いのかな?」
「どうせまた呼び出すでしょう……それに父さんがこっちに住むみたいだし」
「そうだね。作った物を運ぶのに馬車も必要になるからね」
ヤルグはそれじゃあと言って湯船から出る。
でも何か言い残したことがあるのか振り返り。
「それと一つ、ボクはセレトンの事が大好きですよ。愛していると言っても過言じゃない」
唐突な発言に僕は一瞬動けなくなる。
が、ニヤニヤと笑っているヤルグは半分ふざけている。
「…………風呂場でそれを言うのはやめてくれ。……でもそうだな、僕はヤルグの事は嫌いじゃないかな」
僕のそれを聞いて満足したのかヤルグはニヤニヤしながら出て行った。
本当に”きもい”奴であるが悪くはない。
僕はもう少しこの湯船に浸かっていたくて今一度、肩まで浸かる…………
本当にボクはセレトンの事が好きになっている、服を着ながら改めて思う。
もしボクが女性なら間違いなくこの身を捧げている程に好きだ。
でも生憎だがボクは男で、男色の趣味もない。
ボクがリリアを守るのはそんな大好きな彼が、その街を守りたいと願うから。
多分ボクの血にも優秀な魔術師を慕うという心が流れている。
それにこのままリザイア嬢とくっ付いてしまえば、本来の役目もまっとうにこなせる。
そう、セレトンがリリアの領主になれば何も問題はない訳だ。
「そうだ、少しお手伝いをしておこう」
ボクはつぶやいてから脱衣場の片隅に置いてある建築資材の棒を拾い上げる……
頭がぼーとする……いい加減お湯につかりすぎた……
「出るか……」
立ち上がると目の前が眩む。
「やばい……クラクラする」
こんな所で倒れてしまっては、色々とまずい。
そう思っても千鳥足でなかなか進めない。
なんとか湯船から上がり、滑る床を慎重に歩く。
やっとのこと扉に手をかけた瞬間、脱衣場から人の声が聞こえてきた。
「何だか珍しい温泉っていうお風呂をセレクトが作ったんだって」
「私も入るー!」
「じゃあ一緒に入ろうか。あ、リネットさんもどうです?」
「…………うん」
やばい……この向こう側に最低でも3人の淑女がいる。でもどうして……
声を聞く限りではリザ、フェリア、リネットさん……ふらつく頭でを抑えて最善の策をねる。
まだ彼女達が着替えている最中だから今脱衣所に入れば未遂で済まされるかも……
そう思い何とか扉を開けようと手に掛けたが……開かない。
それに腕に力も入らないし……ビクともしない。
うまく回らない思考でもう一度考えていると。
「あ、扉があかない……」
「……棒が……ある……」
「あ、本当だ!」
最後にフェリアの声がする。
それよりなんで扉につっかえ棒が……ああ!!
この時点でやっとヤルグの仕業だと気がついた。
なんでここの存在をリザが知っていたのか……先に出たヤルグが教えたのだ。
何のために?
いや、それに風呂場の前には男女を分ける立札も用意してあり、男にしてあったはずだが。
そちらもヤルグがひっくり返したに違いない……だとしたら脱衣所の僕の服も隠されている。
そう考えれば彼女達が気づかないのも無理はない。
そこまで考えて扉が開く瞬間まで僕はもう一つ大事なことを失念していた。
それは扉のこちら側から声をかければ何も問題は無く、回避できたという事……
「あ……」
声を出したが時末に遅く……フェリアがあられもない格好で入ってきて出入り口の前に立つ僕にぶつかる。
僕はその反動で足がもつれて後ろへと転ぶ、するとフェリアも僕の方へと倒れてきた。
覆いかぶさるフェリア、それと後ろに立っている裸同然のリザとリネットさんの姿……
「セレクトおにいちゃ……ん?わぁ!」
体の上でフェリアが退こうと動き。
「え、セレクト……あ……」
後ろではリザが頬を染めて前を隠そうと……しない
「…………」
リネットさんは無言で気にも止めていない様子。
目の前のそんな絶……光景に…………あ、やばい。
「あば……あば……きゅー」
のぼせかけていた頭が限界に達し、僕は意識を失った。
いやぁセレクトにご褒美が与えてあげられて満足回でした。
誤字脱字あったら申し訳ありません直ぐに直します……