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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第5章――
45/59

45話 銀の花

 僕は今、出来上がってきた街の中を目的もなく徘徊していた。

「はぁ…………」

 何度目になるか分からない道の角を曲がる……

 今日という日まで何とか頑張ってきたのに……研究意欲が湧かない。

 いや、それよりもリザを昨日の夜、追いかけることが出来なかった事をずっと悔やんでいた。

 折角、外壁を作る事で都市の下地を完成させ自由になれたのに……

 あんな事があった後ではリザの顔が見れない。

 それにしてもなにがあったんだろう……離れの通路で毎日話をしていたはずなのに。

 もしかしてそれだけじゃ満足出来なくて、寂しくなったリザが僕の部屋に来てあんな事を……

 あ!もしや昨日の宴の席で嫌なことでも!!

「ああーー!!」

 これ以上考えても前に進めない、リザには早めに会って色々と誤解もありそうなのでちゃんと話し合っておかないと……でもやっぱり会うとなるとまだ早いような……

 その堂々巡りに陥っていると。

「やあ、セレトンおはよう。昨日はありがとうね書類。それとグルーニーさんの事も含めて」

 ヤルグが手を振り僕の方へと来た。

 一番会いたくない奴ナンバーワンなのに。いや……でも宴の席で何かあったのであれば、こいつは何か知っているかもしれない。

「昨日の宴で何かあった?」

「今から話そうと思ってたところだよ!よかった。実はねリザイア嬢の婚約と結婚が決まりそうだよ?」

 まるでヤルグは何事も無さげにスラリと言い放った。

「…………はぁ?」

 時が止まり昨日の出来事を振り返る……

 泣いていたリザ……内に秘めた思いをさらけ出したリザ……

 僕の拳に力がこもる。

「ヤルグは知ってたのか?」

「いやあ……知らなかったよ。昨日まで、ディーマスさんとその相手の貴族が本当に内密にしてたみたいでね」

 最初にふざけようとしていたが、途中で真面目な顔になったので信じよう。

 そんな事を聞いたら直ぐにでもリザのところに行かなきゃダメだと体が動く。

 屋敷へと戻ろうと足に力を入れる。

「セレクト君は今から屋敷に行こうとしてるのかな?」

「だったらなんだよ」

「行ってどうするのかと思ってね。貴族の政略結婚何て当たり前の事だし、何より君は平民だ」

 それはリザが望んでいればそうだが、彼女は昨日すがるように泣いていた。

 僕になら何とかしてもらえると想い、必死で僕の部屋に来ていた。

 それなのに僕はリザを慰めてあげることが出来なかったけど……でもまだ間に合う。

 それにスペリアムでの僕の立場は英雄。それを利用すれば簡単な事。

「まあ、セレトンの事だからなんだって出来るかもしれないけど。リリアはどうなるのかな?」

「…………」

「いいかい、この婚約の話はこの都市の行く末とリリアの行く末、両方絡んでるんだよ」

 まるでおちょくっているのかと思う言動に怒りを覚えるが……でもこんなところにまで来て僕を虐めに来たのかと考えると、違う気がする。

 ならば考えてみよう……こいつが言った政略結婚。

 それは結びつきを強め、互いの利を強固にするための行為。

 ならその利とはなんなのだろう……

 それを知ってからでも、リザを連れ去ってもいい。

「知ってること全部教えろ」

 ヤルグは僕の決心した表情を見てニヤニヤしている

「もちろんそのつもりさ、でもこんな所で立ち話は何だから……良い酒場があるから、そっちでこっそりと話をしよう」


 そこから少し離れヤルグが紹介する新築したばかりの綺麗な酒場にやってきた。

 その酒場は昼間なのに中は薄暗く、丸いテーブルには光るランプが置かれ、雰囲気を出している。

 確かにひっそりと話すにはもってこいだ。

 それに昼間なのであまり客も居ない。そしている客も街に品物を届けに来た行商人ぐらいだろう……

 ヤルグは適当に奥の方の席に座り、商人の時の口調で事の経緯を話し始めた。

「まずは覚えておいて欲しいのはハウエル・ゴルド・デボラン侯爵。この豚……おっといけない侯爵は代々デボラ山脈の採掘権を牛耳り多くの富を独占してきた人物です。ちなみに国内すべてと言ってよい位の魔晶石を扱っています。そしてその侯爵の息子サイラス・ゴルド・デボラン。この人が今回リザイア嬢の婚約相手なのですが。こちらは宮廷魔術師の結界魔法部門のトップに立ち、多くの優秀な魔術師を従えている人物。ですが悲しいことに、そんな優秀な方でも昨日見た限りでは父親の侯爵には頭が上がらない様子でした。この構図を聞いて分かると思いますが、侯爵が息子に一言えば都市の結界魔法とその他の工事が行われなくなり、維持するための魔晶石も安く手に入らなくなります」

 都市の結界魔法で使われる魔力の源は魔晶石を水につけると出来る聖水から取り出す。

 息子が結界を作り、その父親が魔晶石を売る。

 実質こいつらに逆らえば都市機能を麻痺させられる事になる……でもそんな事がまかり通るとは到底思えない……

「それじゃあどんな領主も口を出せなくなる……でも、そんな横暴が許されるのか?」

「ええもちろん、許されないですよ。だから彼等は少し細工をします。例えば今回だと息子と結婚すれば結界魔法の費用が少なくなったり、今後の魔晶石も安く売ってもらえたりと」

 そんな誘いにディーマスさんが引っかかるとは思わなかったが、貴族の考えでいけば正しい判断なのかもしれない。相手は侯爵家で十分力もあり、リリアや都市も安泰するだろう…………ただしリザを犠牲にして。

 だがそれは全てこちらの利……あちらには何もない気がする。

 伸びてきたリリアがそんなにも欲しいものなのだろうか?

 相手はお金を十分持っている。

 今後もなにも問題はないだろうし、息子の結婚相手だって引く手数多だろう。

 リザはその中では下の方なんじゃないだろうか……

「……それだと向こうの利益が何もない……感じがしない?」

「その事も含め確かめ済みです。このハウエルという豚は収集癖があるようで、奇病から回復した神に祝福されしリザイヤ嬢を欲しがっている感じでした」

 趣味の一環という事か……覚えがある。

 確かにオークションで予言の書が落札された時は天文学的な数字だった。

 だがリザはいくらお金を積んだ所で買えない……

「息子と婚約させて……リザを傍らに置いておきたいのか……気持ち悪い話だな」

「ただそれともう一つ、実はこの豚さんとは一度だけ借金の形にリザイア嬢と息子を婚約させていたという過去がありまして。まあそちらも真っ黒なんですけどね……リザイア嬢の奇病が悪化した頃に、ディーマスさんは借金をしてまでリザイア嬢を治そうとしました。その借金の相手があの肉なのですが。その頃に何度か商人がリザイア嬢を売ってくれないかと、しつこく訪ねてきた事がありまして。でもディーマスさんも流石に売りはしなかった。するとある日突然、肉が息子の婚約を一方的に破棄して、リザイア嬢も完治したのに、しつこい程に金を返せと言ってきました。ディーマスさんも唖然としてましたけど、借りたものは返さなきゃいけませんからね。そりゃもう頑張って返しましたよ。その時にセレクト君にも頑張ってもらったわけですが……」

「…………」

 ……そんな話は一度も聞いていない。いや、僕が聞こうとしなかっただけか。

 頭の中で一度整理してみる。

 ハウエルという侯爵はディーマスさんに借金をさせて街の存続を危うくし、その上に内密に商人を向かわせ、リザを手に入れようと画策していた……婚約もその時の餌……自分がいい人間だと思わせるため。

 自分が手を汚すのが嫌いな典型的な屑貴族……

 だけどディーマスさんは絶対にリザを売らなかった。そして向こうは作戦を諦め病状の悪化に難癖でもつけて破談。次にお金に困ったリリアが破綻するのを待ち、リザをどうにか手に入れようとした。だけど僕とヤルグのおかげで破綻させる計画も失敗。

 そして最大のミスが、リザの病気が完治した事。

 その時には婚約の破談でディーマスさんとは仲違いしていた状態だったのだろう。

 それと治ってしまったリザに興味は無かったが直ぐに神に祝福された何て代名詞がつきまとったおかげで、もう一度手に入れたいと思い直したとすれば……どうだろう。

 ずっとその機会を伺い……そこでディーマスさんが都市開発を宴で話したのを聞いて、好機と思ったのかもしれない。

 この都市の結界を作るときにどうしても会わなきゃいけなかったディーマスさんは、実際に侯爵とあったら調子のいい事でも言われてしまったのかもしれない。

 例えば今回は都市の結界と維持するための魔晶石を安くするから、昔の事は水に流そう……出来ればもう一度息子と婚約してはくれないか?

 そんな光景が簡単に脳裏に浮かぶ。

 ただその話の怖いのはどんな手を使ってでもリザを手に入れようとしている事。

 この事実は何よりも怖い。早くそこからリザを助けてあげないと……

 そう思うと立ち上がっていた、しかしヤルグに手を掴まれて座らされる。

 ヤルグの話はそれだけでは終わらないらしい。

 そして話を続ける。

「ただその時の商人が最近になって野盗と手を組みキャラバンを襲わせたという情報を得ました。ちなみに彼等は侯爵から何かの功績を得てデボラに大きな商会を構えたとか」

 襲わせた……それは僕らの事か。何週間か前にセプタニアから来るときに襲われた。

 そうか、その時からリザを狙っていたのか……

「その話はいつから知ってたんだ?」

「セレクト君が襲われたと聞いた時から調査をしてました。ただその時は彼らとの繋がりがあるとは思っていませんでしたからね。ちなみに襲撃の内容はリザイア嬢が攫われて、それを救うはずだったのが息子のサイラス……」

 ああ……それだととてもしっくりとする。

 本来なら息子が数週間前にリザを救い、ディーマスさんに運命という名の恩を売ろうとしていた。

 だが僕がいたため失敗……だけど腑に落ちない。

「ちょっと待て、なんでそこまで知ってるんだ?変だろ!」

 どうして商人が野盗に依頼し、それを息子が救うという情報が出てきたのか分からない。侯爵かその息子が白状するか、もしくは携わった黒尽くめを捕まえないとわかるはずがない……

「シーッ……内密な話なので静かにお願いします。商人や息子が救うという情報はあくまでボクの推測です。なにせ襲われた時のことを色々と調べていたら、その日の前後、彼が隣の街にいたという情報がありましたから」

 相手は宮廷魔術師。

 そんな人物が歩いてれば確かに目に付きそうだ。

 ヤルグは続けて言う。

「それもさっき色々と情報を統合した結果、知り得たことで。寝ずに調べたんですから待ってください。タネを明かせばこうです。セレクト君達を襲わせた黒幕は誰だろうとばかり考えて闇雲に探していた所に、昨日あの肉と接触もあり、そこで昔の手口を考えたところ、もしかしてと思いましてね。本当にセレクト君は細かい所まで追求しますね」

 こいつはまだ何かを隠している。でも大丈夫。今のヤルグは信頼出来る?仲間だ。

 ここまで話したからには僕も何かをしなくてはならない、そう思った。

「それで僕に何させようとしてるの?」

「簡単な事です、ちょっとそのハウエルに雇われた商人を連れてきて欲しいのです」

「今から?」

「心配しないでください、すでに居場所は把握しています。彼らの目的は君たち、またいつでもその動向を探り襲うことのできる場所……つまり」

 この街の中か……でも。

「……偽名で潜伏していればわからないじゃ……」

「商人にとって名前は命そのものです。おいそれと偽りの名など名乗れません」

 移民として入ってくれば分からないのに、まさかの商人……がめついな

「それも調べがついてるのか……」

「はい、いくつか候補があったのですが。その内の一人の商人が街にいて、たまたまデボラ産のミスリアグラスと呼ばれるとってもギラギラした高価なグラスをディーマスさんに売ってまして。それに数年前のリザイア嬢を買い付けに来た商人とこれまた名前が一緒……怪しいと思いませんか?」

 こいつは本当に全部知ってやがる。

 昨日の夜必死に調べてくれたのだろう。

 知っていて僕をまた試したのか。

 たぶんこいつは僕を躍らせたいのだ……自分の手の内で。

 そして僕に恩を売りたい……たぶん目的は結界魔法を作らせること。

「街の出入りする商人の名前は逐一書き留めてますから」

 そんな事は知っている。こいつの事だ他にも隠し球を用意しているに違いない。

「顔は知ってるのか」

「ええ、もちろん一度見た顔は忘れません……それに、それを確かめにここに来たんだから」

 ヤルグは商人としての口調をやめて、いつもの僕との喋り方に戻る。

「この中にいるのか?」

「ええ、目の前に……ってボクじゃないよ」

「知ってるよ」

 ヤルグは右手の人差し指を立てていう。

「ただ、彼を捕まえる前に今後、問題になる点について一つ聞いておきたいんだけど」

「結界魔法の事だろ?作れるよ」

 ここまでお膳立てされて動かないなんてないじゃないか。

「よかった、これで気兼ねなく始められるよ。じゃあ捕まえちゃいましょう、リネットさんお願いします」

 微かな気配が闇から出てきて素早く動く、店の誰もが気づかないまま、音も無くリネットさんが一人の商人を羽交い絞めにする。

 それを見ながらヤルグは作戦の内容を説明してくれた。

 




 私は父に連れられ応接間に来ていた。

 とても小さい部屋で机をはさんで長椅子が置かれているだけの、見窄らしい部屋。

 目の前には昨日あった侯爵とその冴えないご子息が座っている。それと窓から外の風景も見える。

 多分私はこのまま、婚約し結婚し……目の前のこの二人が映る景色を見続けなくてはならない。

 きっとセレクトの事だから、すごく有名になって何処でも聞く名前になる。

 それは今私が見ている窓の外を眺める事と一緒、私は自由になれず遠くからセレクトを見ることしかできない。でもその隣にはいつもマリーが居る。ずるいとはもう思わない、むしろ嬉しい……

 私は長椅子の扉側の端に座り、その隣にお父様、さらに隣にヤルグさん。そして後ろにお母様が立っている。

 そして机の上に2組の証書が置かれている。それと透明で綺麗なグラスと葡萄酒の入った瓶。

 きっと契約が整った時に盃を交わすんだと思うと……

 このどちらかの証書にお父様がサインをすれば、私は目の前の冴えない人の妻になる。

 嫌だ……と、叫ぶ私の心を強く押し付ける。

 もうセレクトの隣はマリーが居る。

 私の新しい場所はここ……もう決まってしまったの……

 膝の上においた手を強く押し付け、立って逃げられないようにする。

「ではそろそろ時間ですな。お二方、商談に入りましょう」

 侯爵が汚い手を広げながら告げた。

「そう……ですね」

「…………」

 間を空けながらニヤニヤと答えたのはヤルグさん

 沈黙したままのお父様。

「どうしましたディーマス殿?まさか今更サインが出来ないと申すのではあるまいな?」

 そんな気の迷いを見せるお父様に、一瞬だけ、期待を寄せてしまう……


「いや……」

 

 でもその期待は裏切られ私はより深く落ちていく。

「ディーマスさんどうしました?ボクは書けましたよ?」

 やはりニタニタと笑うヤルグはお父様を急かさせる。

 私の運命がかかっているのに……やっぱりこの人は最後まで嫌いなままだ……

「…………」

「ディーマス殿!」

「いや……」

「何を言っておるのですか、いいのですか?リリアもこの街も?」

「っ!…………」

 そしてまた沈黙が続く。

 その間にヤルグさんが何かを受け取っていた。

「では、魔晶石はいただきました。次もご贔屓ください……」

 この人の商談は魔晶石の買い付けだったみたい……私の代わりに今後、魔晶石を安く手に入る事にすごく喜んでると思うと……もういや……考えたくない。

 もっと深いところに行こう……だれも本当の私が触れられないようなところに。

 そんな時、肩に温かい手の温もりを感じ、後ろから母様が触れていた。

 お母様の心の声が聞こえる。

”私が何とかしてあげなきゃ……このままディーマスがサインをするようなら、この子を連れて出ていきましょう……その時はあの男の子も一緒に……だから大丈夫……”

 止めていた思いが溢れる。

 肩から伝わる母の心の声に……うつむいたまま震えてしまう。

 ダメ……セレクトにはマリーが居るの……私はそこにいてはダメ……

 喉が強く鳴る…閉じた瞼にじんわりと涙があふれるのが分かる。

 それは水滴になり、スカートを濡らす。

 抑えていた声が漏れてしまう……それにお父様も気がついた。

「リ……リザ!」

 無理だった……我慢しようと思っていたのに。今思い浮かぶのはセレクトの顔とあの温もり。

 自然と言葉になってしまう。

「いや……婚約何て……いや……私には好きな人がいるの……お父様……」

 言ってしまった。そして思いがとめどなく涙となり溢れ出す。

 しかしそこに侯爵の声が邪魔をする。

「何を言っておる小娘!お前の意見などはどこにもない!さぁディーマス殿、サインを!」

 筆をお父様の目の前に音を響かせながら置く。

 お父様もそれに驚いてる。

 それを打ち消すように侯爵は言い放つ。

「いいか!この婚約はとても神聖なもので我らデボラの血を分けることなのだぞ!成り上がりのリリアに対しては今後何も心配などいらなくなる。数年前の借金のような事など何も起きないのだ!さぁここにサインを」

「…………」



 ニタニタと笑うヤルグさん。

 何も言わない冴えない人。

 貪欲にまみれた侯爵……

 私は心の内を明かしたのに……お父様は俯いたまま……




 そんな時沈黙を破る扉が開く音が聞こえた。


 うっすらと濁る視界の中には見たことがある影がある。


 こすって見ればいつも優しいセレクトがこっちを見ている。


”リザ待たせたね、ごめん直ぐに助けるから”


 セレクトの思いが流れ込んできた……

 視界が滲み涙で何も見えない、けれども心で強くセレクトに言う。


”うん!!”




 僕の目の前には、縄で拘束し顔には黒い布をかぶせた商人がいて、その膝の後ろを蹴る。

 そして商人は膝立ちの体勢に自然となる……

「……おら」

 もう一度背中をけると転がり、覚えさせていた言葉を吐かせる。

「ひぃ!!言いますから言いますから!!私はハウエル・ゴルド・デボラン侯爵に言われリザイア嬢を野党に襲わせました!」

 あれからリネットさんを使い色々と拷問させて真実を聞き出し。さらにこの言葉を覚えさせた。

 軍人でもないので拷問には耐性がなくて楽だった。

 改めて周りを見ると、その場にいる誰もが驚いた顔をしている。

 そして侯爵と思われる豚も青い顔をしていた。

「わわ、儂は知らぬぞそんな奴!!」

「侯爵様そこにおられるのですか!!」

 僕は踏みつけて被せていた袋を取る。

「なあ、あれがそうか?」

 威圧しながら商人に聞くと、恐怖の限界を迎えたのだろう、泡を吹いて気絶してしまった。

 せめてうんとかすんとか行ってから気を失ってほしい。

 するとディーマスさんと目が合う、すかさずリザのお母さんが叫んだ。

「あなた!」

「黙れ!!女が口を出すでない!!」

 豚が一喝すると、リザのお母さんは震えてしまう。

 この豚は本当に救いようが無い……でもそれを聞いたディーマスさんが。

「……わ……私の妻に何て事を言うんだ!!……それに娘を襲わせた!?」

「そ、そんな小さいことなど関係は無かろう!名誉も金も欲しいのであろう?」

「小さい…だと?」

「ああ、そうではないか!大義の前では小さかろう!見てみよこの街の発展を!この行く末を考えたら小さきこと!!」

「……何が大儀だ……娘がこんなにも泣いているのに……家族も娘を守れぬ大義など……いらん!!」

 まるで最後は自分に言い聞かせていたようにも聞こえる。

「…………それにこんなものも!!!」

 そう言って怒りを露わにしたディーマスさんは目の前の契約書を乱暴に掴み、手の内で破る。

 唖然とそれを見る豚はどんどん怒りに打ち震え……

「そ、そんな事をしてどうなるかわかっておるのだろうなディーマス!それに貴様らも大馬鹿どもだ!儂を誰だと思っている!!ハウエル・ゴルド・デボランだぞ!!どうして分からぬ。あれにサインをするだけで富も栄誉もついてくるのだぞ!!こんな小娘一人くれても良いではないか!!」

「小娘では無い!私の娘だ!私と妻の間にやっと出来た愛娘なんだ!!貴様らなんぞにやるわけにはいかない!!この屋敷から出て行ってくれ!!」

 そんな激動の中ニタニタと笑っているヤルグは本当に楽しそう、だがここまで上手くいくとは思わなかった。

 作戦を知らないディーマスさんもヤルグの手の内で踊っている……

 でもこのヤルグの作戦にはディーマスさんの真意を確かめることが最重要に思えた。

 こんな回りくどいやり方を取るのがヤルグらしいが、もう少しリザの事を考えてあげて欲しい。

 あんなにも泣いちゃってる……かわいそうに。

 だが、また醜い豚が鳴き始める。

「ヤルグ、貴様は商人だから分かるであろう金と権力の素晴らしさを!」

 話を振られたヤルグは待ってましたと言わんばかりにニヤけ。

「ええ、もちろん知っていますよ。お金があれば人材が集められ、権力で他を支配する。これはとてもいいことです。ボクは否定しません。よくしてますからね。ただそれにはもう一つ加えるならばそれを持っていいのは他を魅了する逸材でないといけません。お金だけでは信頼出来る人は集まりませんし、権力だけでは本当に大切な者はついてきません。最初からお金も権力もあれば勘違いをしてしまう人はいるでしょう、そんな人は豪華に醜く着飾って、金と権力だけが目的の亡者にちやほやされていい気になり。先祖の築いた名誉の上にふんぞり返ってしまう。到底そんな豚には分からないですがね」

「ヤルグ……貴様はたばかりおって!!」

「あら、自覚がありましたか?」

「ッ!!!」

 すると豚が頭に血管を浮かび上がらせ喚き始める。

「えええい!その魔晶石を返せ!」

「ダメですよこれはボクの物です、証明書もちゃんとありますし。前々から珍しい物を集めるのが好きでしてね、個人的に欲しいと思っていたところにお安く売ってくださると言っていただき、誠にありがとうございました。出来れば今後共安く売って頂ければ幸いです。ですが現在の値段で売るようでしたらスペリアムからお安く買えるらしいので、そちらで事足りるかと」

 揚げ足ばかりを取るヤルグはおもちゃを転がす子供のように楽しんでいる。

「わ、我が一言息子に言えば都市の結界魔法は作れんのだぞ!その部下の魔術師共も動かん!」

「ええ、でもその事については間に合っていますから問題はないかと……あと話がそれますが」

 そしてヤルグは机に置いてあった、僕が錬成したグラスを持ち。

 豚改め、侯爵をグラスを通して見ている。

「この街の特産物にこのグラスを作ろうかなと思っています。錬金で作った物とは思えない程に繊細で、しかも淀みなく出来ていると思いませんか?透明かつ鮮明に向こう側を映す……何も飾ってないのにこんなにも美しい物が出来るなんて凄いですよ。私は今後こういった事業を拡大しようかなと思いまして、知り合いの素晴らしい魔術師に試作させました。いつしか貴族達はこのグラスを手に持ち高級な葡萄酒を飲むことでしょう。まさに魅力のある人が居ると違いますね」

 もはや憤怒の限界に達した公爵の顔は真っ赤にしてフゴフゴと豚のように鼻を鳴らす。

「っ!!貴様達……覚えておれ!このハウエル・ゴルド・デボラン。受けた無礼と屈辱は計り知れないものと思え!!!」

 つまらない捨て台詞を吐き捨て、公爵は僕の隣をずかずかと通っていった。 

 後方で扉が壊れてしまいそうな程の破裂音が響いた。





「…………」

 少しの沈黙のあと……

 残っていた息子のサイラスだったかが立ち上がり……頭を下げた。

「この度の父の無礼、本当に申し訳ありません!」

 突然の事でヤルグが驚いている、こいつはこの人でも遊ぼうとしていたと気がついた。

 そしてその場にいる誰もがサイラスの話に耳を傾ける。

「許して欲しい何て言えません。恨まれて当然です。しかし、一つはっきりとさせておきたいと事があります。私もこの婚約の会談は先日はじめて知らされ、情けない事に父には逆らえず、覚悟を決めておりました。それとリザイア嬢も合意の上と思っていました。本当にすみません。それとですが先程のリザイア嬢の言葉と眼差しに気付かされ、身分の違いなどどうでいい事だと気がつきました。私にもミスリアという職人と恋仲にあり、半ば諦めかけていました。ですが貴方方のおかげで決心がつきました」

 そしてサイラスはもう一度深く頭を下げる。

 すると外から侯爵の声が『おい、早く来い!』と響く。

「すぐに向かいます!!……では皆様方、本当にすみませんでした。父上の方はぼくが何とかしますので、どうかご安心ください」

 この人は、あの侯爵にはまだ頭は上がらなそうだが……

 顔をあげたサイラスはもう不甲斐なさは無く、これから先は自分の道を自分で決める。そんな顔をして僕の隣を通り、屋敷を出て行った。





 そしてまた沈黙が訪れる、でもこれはすべてがいい方向へと傾く前の静けさ。

 リザは家族で抱き合い、今しがた自分の過ちを懺悔している。

 そんな光景を眺めるヤルグはやはりニタニタとしていて気持ち悪い。

 結局僕の出る幕は少なく、綺麗にヤルグに踊らされてやった。許せないのがちゃっかり魔晶石も手に入れていることだが……目をつぶろう。

 僕はとりあえずリザ達が落ち着くまで佇んでいると、リザは両親たちから離れ僕の目の前に来て、抱きついてきた。

 その時僕の事をディーマスさんは睨んでいたけれど、それを見たリザのお母さんが怒りをあらわにし説教を始める。

 抱きついていたリザの腕に力が入る。

 そして僕の心に染み込んでくる想い……リザの僕の事を好きだという感情が流れ込んでくる。

 今度は何もためらうことなく……優しく包んであげることが、出来た。

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