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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第5章――
44/59

44話 重ならない想い…

 月光祭では色々な出来事があり、面白いことや、悲しいことや、それでも楽しいことも。

 その中でも星の降る幻想的な夜にセレクトの手を握って寝てしまったのは最高の思い出。

 セレクトがその後も頼ってくれた事はすごく嬉しかった!

 でも最近はマリーがセレクトに甘えてて……セレクトも何だかマリーに甘いというか。

 だってマリーには武器や防具をあげちゃうし……私も何か作って欲しい。

 だいぶ前にセレクトは何か私にも作ってくれると言ってたのに……忘れているのならどうしよう、私が言うのは何だか違う気がするし。

 でも、やっぱりほしいな……

 マリーは気がついてないけど段々とセレクトに大胆になって来ている気がする。

 よく二人でいる所を見ているし、船の搭乗券を買って帰ってきた時も二人で部屋に入ってきていた。

 ずるいと思う……

 でもその日の夕方にマリーは思いつめた様子で、学園に残ると言った。

 私は正直に言うと、寂しいよりもセレクトと二人きりになれると思ってしまった、そんな私はなんだか汚い……

 マリーの悲しむ顔は見たくないのに。マリーの純粋な心が羨ましい……


 セプタニアへと向かう船の中。

 セレクトと相部屋でびっくりした。

 二人旅で二人きりで……同じ部屋。

 何か間違いが起きてもおかしくはない……よね。

 そんな時でもセレクトは研究ばかりに打ち込んでて、私の事を見てくれてるのか分からない。

 でもセレクトの作業を見ているのは好き。

 不思議な魔法の道具から青い板が出てきて、何をしているのか分からないけど……好き。

 研究に集中していると思ったら、急にセレクトは何だかソワソワしだして、会話をしなきゃいけない雰囲気を私は感じた。

 だけど話題がない。

 とりあえず出た言葉がマリーの事だった。

 別に私以外の女の子の事をどう思っているのか気になったとかじゃなくて……たぶん。

 でも、そんな会話の中でセレクトがポツリと気になる事をつぶやいた。

 それは前々から私も気になってた事で、でも聞いてしまえばセレクトがどこか遠くに感じてしまう、そんな恐怖があった。

 でも実際は違った。

 セレクトは何も隠さず教えてくれた。

 まさか生まれる前の記憶があるなんて、言葉だけじゃ信用できない話だと、私も思う。

 しかも魔法が存在しない世界何て考えられない。どうやって生活をするんだろう……

 でもこの能力を持ってはじめて嬉しいと思った。だって心からセレクトが私の事を信頼してくれてたんだと思うと胸がドキドキする。

 ただその時……勇気が足りなくてセレクトの事を好きと言えなかったけど……


 秘密を話してくれたセレクトは私に向こうの世界の映像を見せてくれた。

 すごく衝撃的だった。

 見たこともない建物に……見たこともない格好の人達。宝石をばらまいたような光のある街、海の中を自由に泳ぎ、そこには見たこともない生き物がいっぱいいて、星の空、月の大地まで行かせてくれた。

 私が今まで見てきたものの中で一番すごかった。

 スペリアムでみた大地の広さにも驚いたけど。

 これは私とセレクトしかしらない光景……すごく大切にしよう。

 私はそのまま能力を使いすぎて眠くなり寝てしまった……

 そのせいで夜は全然寝付けなくて、一晩中セレクトの寝顔を見ていた……

 それに結局セレクトは狼になってはくれなかった……でもセレクトの秘密を知れたので私は嬉しかった。

 セプタニアに到着する。

 観光しながらセレクトと一緒に歩ける時間がなくて、食事を一回だけだった。

 それからヤルグさんが手配してくれた商会のキャラバンを使い、リリアへと向かった。

 でも行き先は違ったけれど。

 目的地に着くまでに二回も盗賊団に襲われ、セレクトが一瞬で撃退してくれた。

 けが人も出なくて良かったと思う。二回目の時はセレクトは私に頼ってくれたけど力になれなかった。

 私の能力はその人の記憶を見るだけで、それに関わった人達の記憶は分からない……

 最後にもう一度嬉しかったことがある。

 それはセレクトが私を抱きしめて、勘違いだけど必死に守ってくれた事。

  


 今、私の前にはお父様とお母様がいる。

「おかえり、愛しいリザ」

「お父様、ただいま帰りました」

 お父様に強く抱きしめらた。

 セレクトの抱きしめてくれた腰あたりは触らないでほしい……

「リリアじゃなくて、ごめんなさいね」

「お母様も変わりなく、お元気そうで良かったです」

 セレクトはこの時ヤルグさんと口論をしていたが、セレクトのお父さんとお母さんがも来ていた事に気がついた。

 そしてはセレクトも私と同じように、ご両親と抱きしめ合っている。

 他にもガイアス君やフェリアちゃんも来ていて、リリアにいるような気分になってしまう。

 ただマリーだけが居ない……


 セレクトとはそこから別行動になる。

 何やらお屋敷に入るなり、ヤルグさんと二人で部屋にこもってしまった。

 何も無ければいいけど、セレクトはヤルグさんの事を良く思っていないのは知っている。

 そして私はそのまま自分の寝室となる部屋へ、両親と一緒に向かった。

 そこで少しだけ私はお父様達と学園での出来事を話す。

 スペリアムやセレクトとの仲は内緒にして……それは知られてしまえばセレクト達と居られなくなりそうだと思ったから。

 久しぶりの家族の雑談の最中に、急に扉が開き、使用人がお父様を呼びに来た。

 その時お父様は一度振り返り私を見る。

「なぁリザイヤ、お前は意中の子とか居るのか?」

「え、あの……えーと……居な……いかも……です」

 お父様の唐突な一言をはぐらかしてしまったが、反応を見ていたお母様は何だか感づかれてしまいそう。

「そうか、居ないのか」

 それだけ言うと商人と共に私の部屋から出ていった。

 後ろではクスクスとお母様が笑っている。

「あの人は鈍いですからね……」

 やっぱりバレている……恥ずかしいどうしよう。

 

 今日はそれからセレクトを見かけたのが、夕食だけ。

 寂しくなり離れの通路で待機してみた。

 でも、現れたセレクトはすごく疲れてて、あまり長い時間話すのは良くないと思い。

 私は直ぐに部屋へと戻った。


 次の日の朝…朝食は基本的に各々で食べるため集まらない。でもセレクトに会いたくて待っていた。

 一時間待っても現れない……私より早く起きて作業へと出かけてしまったのだろう。

 昨日の疲れたセレクトの顔を思い出す……

 このままだとまたセレクトは倒れるまで頑張ってしまう……何とかしてあげなきゃ。

 

 お屋敷の通路。

 書記室へ向かうヤルグさんを引き止めて、セレクトをもう少し簡単な仕事にしてあげられないかとお願いしてみた所、案外割と簡単に聞き入れてくれてた。

 セレクトがかたくなにヤルグさんの事を悪く言うので、私も怖い人かと思っていた。良い人かもしれない。

「ボクは怖い人間だよ」

 そんなヤルグさんの一言に私は息が止まりそうなほど怖かった。

 正直、心を読まれたかと思った。

 同時に人に心が読まれる事がこんなに怖い事だとは私は知らなかった……

 でも去っていくヤルグさんはセレクトの事をどう思っているのか気になる……この先セレクトに何か企んでいるのだとしたら。心を読まずにはいられなかった。

「…………!?」

 ……心が読めない。

 まるで感情を押し殺して、鉄の壁があるようで……この人は誰とも繋がろうとはしていない。そんな感じがした。


 次の日からセレクトの作業が楽になったのか、そんなに疲れた顔をしなくなった。  

 それからはセレクトと会話できるのは離れの通路だけで、すごく寂しい……

 夕食の時は皆で食べるが私はお父様とお母様の隣……セレクトは平民だからとすごく遠い。

 船の中でセレクトにすごく近づけたと思ったのに……




 私はセレクトとすれ違う日々を過ごす。

 この頃になるとお父様も忙しく、街に張る結界魔法を作るのに王都へと出かけてしまっていた。

 そして私にも役割はある……仕事で怪我をしてしまった人たちの治療。

 慣れない作業で沢山の人達が傷を作る。

 たまにそんな人達の中に、私に告白をしてくる人もいたけど、もちろんしっかりと断っている。

 私にはセレクトがいるから……早く夜にならないかな。

 すでに一日の喜びをその日の終わりに見出していた。


 何日も経ち……街が段々と出来上がっていく光景はすごく楽しかったし、それにセレクトが関わっていると考えると誇らしく思える。

 道ができ、水路ができて、風車も建った。

 骨組みだけだった建物も、直ぐに家になる……

 遠くを眺めると外壁が見えた。

 作られている先端にセレクトが居ると思うと、暇さえあれば見つめていた。


 そんなある日にお父様が上機嫌になりながら、王都から帰ってきた。

 商談が上手く行ったらしい。近々大きな周辺の領地貴族と何処かの大貴族を交えての交流会と称したパーティーをこの屋敷でやるとか。

 またセレクトと踊りたい……


 そんな貴族を集めた宴が執り行われる。

 もともと宴好きの領主が作った屋敷だけのことはあった。

 古い作りの壁や柱は綺麗に掃除され油を塗られ光沢がでる。その手の貴族にはたまらないのか、それだけで談義をしている。

 大理石の床や階段にも、ゴルバス産の豪華な絨毯があしらわれていた。

 皆が手にしている宝石を付けたグラスはデボラ山脈の下街に住むミスリアという聞いたことがある職人に作られたとか。

 それらは今日の為にとお父様が買い揃えた品々。

 でもそんな煌びやかな宴の席で、私は隅の方でセレクトが考案したワインを少し飲んでる。

 セレクトの優しい味がして、すぐ近くにいる気がする……でもセレクトは夕刻になっても一度も姿を見ていない……

「リザイア嬢はセレトンが恋しいのかな?」

 セレトン……それはヤルグさんがセレクトの事をふざけて言う時によくする愛称。

 だから後ろにはヤルグさんがいた。

「はい……」

「正直ですね。いいことですよ」

 ヤルグさんはワインを片手に持ち、豪快に飲み干す

「私にかまっていたら、商談を逃してしまいますよ」

「はい、今は一回りしてきた所です」

 ヤルグさんに心が読まれたと思った時から人の心を無闇に読まないと私は誓っていた。ただそれ以来、私はヤルグさんが少し怖い……

「そんなに怯えないでください」

「なんで私の心がわかるんですか……」

「それは顔ですよ。書いてあります……本当ですよ?私はこれで商談をいくつも成功させてきたのですよ。リザイア嬢も何か特殊な力があるようですが……」

 まるで心の見えない瞳で私を観てくる。怖い……

「おっといけない。すみませんね。セレクト君に知られたらすごく怒られそうなのでこの辺にしておきます。では……」

 金縛りが解けたように体が自由になる。

 それから何人かの貴族が私を見つけては声をかけてくる。

 私利私欲にまみれた視線は、心を読まなくてもその心が薄汚いと分かる。

 早くセレクトに会いたい……

 そう思っているとお父様と見慣れない無駄に豪華に着飾る……言葉が汚いけど、太っている貴族を連れて私の前に来た。

「おお!愛しのリザイア。そんなに隅でお酒を嗜むものじゃない。こちらにおいで」

 言われたとおりに近寄る。

 そのご機嫌な表情を見て少々思う所がある……

 またお母様に怒られてしまうので注意をしておこうと思った。

「お父様、お言葉ですが……少し酔い過ぎでは?」

 お父様は酔うと少し人が変わる。

 決して怒鳴ったりなどはしないが……私はそんなお父様があまり好きじゃない。

「そう言わないでくれリザイア。今日は特別な宴の席なんだ」

「それは知っています。だから邪魔にならないよう端にいました」

「うむ、美しいお嬢様はもしやまだ知らされていないのですかな?」

 太っている貴族の方が私に急に話しかけてきた。

 どういうことだろう……私が知らない?

 手に持ったグラスに力が入る……

「はっはっは!すまないリザイア実は驚かそうと思ってな!こちらにいらっしゃるのはハウエル・ゴルド・デボラン侯爵だ!昔お会いした事があるんだぞ?まだリザイヤは難病と戦っていた時だ」

 覚えていない。ただ……

 それよりも今はこの場には居たくないと心の奥で感情がくすぶりはじめる。

「こちらのハウエル侯爵はあのデボラ山脈で魔晶石や宝石、工芸と幅広く手がける大貴族だぞ。しっかりと挨拶をなさい。これからは長い付き合いになるのだから」

 社交辞令の挨拶をする。

 しかしドレスの下の私の足は震え始めていた。

「リザイヤ・ルドロ・リリアスです。以後お見知りおきを」

「改めてハウエル・ゴルド・デボラン。よろしくたのむよ」

 その大貴族はゴツゴツと光る宝石をはめた手で私の手に触れる。

 気持ち悪い……

「では、こちらもそろそろ、お呼びしないといけませんかな」

 まるで会場の雰囲気など気にせずに、大きな声で名前を叫ぶ。

「サイラス!!サイラスはいないか!!」

「お父上こちらにいます!!」

「いるなら直ぐに返事をしろ!!」

「はい……」

「いやあすまない、お恥ずかしいところを見せてしまって。これが私の自慢の息子だ。ほら挨拶をしなさい」

「サイラス・ゴルド・デボランです。リザイア・ルドロ・リリアス嬢のお噂はかねがね耳にしております」

 噂……噂って何?私が海港都市の娘って事?魔晶石化から生き延びた女?祝福された子供?

 どれも本当の私じゃない……

「こちらのサイラス君は王宮で結界魔法を専門とした1級宮廷魔術師で、セプタニア一のギルアンの名に近い人だ。リザイアの通う魔法学園も主席で卒業しているんだよ」

 だからどうしたのだろう……一番だというならセレクトしかいない。

 ウェルキン校長もそう言っていた。

 それよりも早く何処かに行きたい……セレクトの所に行きたい。

 会いたい……

 それでもお父様の声が聞こえる。


「リザイア、よく聞きなさい」


 周囲が暗転したかのように周りが見え

 お父様の声が私の心に深く突き刺さる……

 今私が立っている所は深淵……

 一度後ろに下がれば落ちてしまう。


「こちらのサイモンさんと……」


 いや……聞きたくない…状況を考えればすぐにわかるもの……


「結婚を前提とした婚約が決まったぞ!」


 私は一歩下がり震える後ろ手でテーブルに手を付き、体を必死に支える。

「実に晴れやかな宴だ!この話はが広まれば王国だって祝福してくれる。良かったなリザイヤ」


 ああ、ダメ……お父様の声も聞きたくない……


「リザイア嬢のこの話は実は初めてではないのですぞ?昔、リリアがお金が足りない時も実は婚約していて、リザイア嬢が病に苦しまれ一度破綻してしまったが、またこうやって婚約の話が出た。息子のハウエルとは運命の仲。まさに喜劇のような話だと思わないかね?」


 この人の声も嫌!


「ではディーマス殿、明日また正式に商談の話と共に彼らの仲を祝いましょう。行くぞサイラス!!」

「はい、ではまた明日。改めて」


 ここはもう……いや……会いたい……セレクト……


 握手を力強く交わすお父様とふとった貴族……

 そして太った貴族とその息子……二人が去っていく。

 ……なのに……それなのに胸を締め付ける感覚が残る。

 それは息を必死に吐きだそうと体が勝手にしていた。

 もう空気は出ないのにそれでも何かを吐き出そうとする……

 ……何とか息を吸えたけど、震えが止まらない……

 お父様の顔を見れない……そう思った時には…………駆け出していた。





 ボクは昔からあまり感情が動かない人間だった。

 それは別にないわけじゃない。

 ただ他の人より感情豊かになれないだけで。

 だから笑わない子供として怖がられた。

 怖がられるのが嫌だから、笑ってみた。

 不気味だと言われた。

 いつしか感情が豊かになると思い笑っていたら戻らなくなっていた。

 母の愛情なんて知らない。

 欲しいとも思わないし、それが悲しいことだとも思わない。

 18の頃、大海を征した大商人と言われ尊敬していた父が死んだ。

 その時は少し悲しかった。

 残された商会をまだ若造のボクが引き継いだ。

 誰もが長くは続かないそう思われていた。

 でも実際は違った。

 ボクは誰よりも感情が動かないことで、人の感情がどういうものなのか考える事が多かった。

 それは商才を覚醒させる引き金となる。

 普段から父に振り回され人の顔色を伺う商人達を見ていたおかげか。

 誰よりも商人達の感情を理解していた。

 商人という生き物について一番詳しかった。

 それがボク、ヤルグ・ウィック・ツェル。


 眠りから覚めた時はベッドの中、布団を被されていた。

 頭を振りながら思い出してみよう。

「セレクト君……」

 そうだ、セレトンの所に紅茶を貰いに行ったのだと思ったが。

 何故寝ているのか分からない。

 少し考えてから倒れたのだと結論づけた。

「これは、まずいかもしれないな」

 

 書記室に向かいながら、夕刻まで寝ていたと知る。

 足をはやめる、屋敷内は忙しく宴の準備で忙しい。

 夢うつつの中でセレトンに何か言ったような気もするが……思い出せない。

 自分の机の上には綺麗に整理された書類があり、記憶違いかと思ったが。

 筆跡がセレトンの物で、代わりにやってくれていた。

 その中の一枚の紹介状に見覚えのない名前……でも聞き覚えはある名前があった。

 グルーニーそれはスペリアムで果物を扱う大商人。

「まさかセレクト君がこんな大物とは知り合いとは知らなった」

 紹介状の済には証明の為の羽が添えられている。

「…………」

 感謝をする前に仕事を終わらせよう。

 直ぐにこの書類にサインをして、呼び出した部下へと渡す。

 それでもグズグズはしていられない。

 このあとに待っているのは、周辺の領主という果実を添えた宴が待っているのだから。

 

 商人を相手にするより楽だった、自分がへりくだり道化を演じれば直ぐに落ちる連中ばかり。

 その中で宴の花とも言えるリザイア嬢が外を向いていた。

 そこの向こうにいるかもしれない誰かを見ていたのだろう。

 少しだけ話しかければ、こちらが苦しくなってしまいそうな目をする。

 その奥にどんな物を秘めているのか少し興味がわいてしまったが……やめておこう。また彼に怒られてしまう。

 

 ディーマスさんがこちらに歩いてくる。

 ボクは少し離れた所から見ようと思う。

 ディーマスさんの隣にいる太ったハウエルという名の侯爵。

 ボクはよく知っている。10年程前にリリアはこの人物からお金を借入れていたから……

 肥えた腹の中には宝石が詰まっているのではと思うほどに外見を着飾っていて。

 一言でいえば趣味が悪い……いくらお金があってもああはなりたくないものだ。

 それにしても見るに耐えない光景を見ると腹が立ってしまう。

 ボクの大事なセレクト君の花に触れている。

 しばし観察を続けていると、リザイア嬢が衝撃のあまりに震え出していた。

 まだボクは行く末を見守る。全部を見てからいただかなくては美味しくない……

 

 リザイア嬢がその場を走り去り、気づかないディーマスさんは滑稽で。

 そこに近づくのは奥方のシンシアさん。

 何かが始まると思い聞き耳を立てた。

「リザイアは何処だ?おいシンシア」

 黙ったままのシンシアさんの目は鋭く。

「今あの子に何て言ったのですか?」

「ああ、お前も聞いてくれ!実は婚約のはな……っ!!」

 シンシアさんは持っていたグラスの中身をディーマスさんへとかけ。

「何をする……」

「それはあなたの方です!私に何も言わずに何をしているのですか!」

「だが、これは大事な」

「なにが大事ですか!娘をないがしろにして勝手に決めて」

「リザイアもすでに15歳、今の内に婚約していれば」

「リザの気持ちを無視してもですか?あの子には好きな男の子がいるのに?それも無視して決めることなのですか?」

「だが、前に聞いたときは居ないと」

「……もう、あなたとは話したくもありません!」

 そう言ってシンシアさんもその場から退場してしまった。

 残ったディーマスさんはなにが何やら分かっていない様子。

 人が良いだけでは貴族は辛いだろう……


 その場を少し離れボクは獲物を探していた。

 目的はあのハウエルという大貴族

 肥え太った欲は十年前よりも脂がのっている。

 直ぐにどこに居るのかは分かる。

 食べるリリアの料理は美味いのだろう。

 その姿はまるで豚で、どのように鳴くのかが今から楽しくてしょうがない……





 私はいつの間にか靴が脱げ……素足でセレクトの部屋の前に立っていた。

 扉の向こうにはセレクトの気配がある。

 抑えられない程の好きだという感情が溢れる。

 好きで好きで仕方がなく、きっとセレクトならこの現状を変えてくれる。

 その思いが扉に手をかけていた。


「…………」

 そこには扉の開く音で目を覚ましたセレクトがベットに腰をかけている。

 彼は目をこすりながらこちらを見ていた。

 いつもの疲れた表情ではなく、久しぶりに見る彼の寝起きの顔は愛おしくてたまらない。

「リザ……?」

 声を聞いただけでホッとする……

「…………」

「…………?」

 私が何も言わずにそっと抱きついても彼は嫌がらない……とても安心する彼の匂いがする。

 頬に擦れる彼の頬、その温もりをもっと強く感じたいと自然に腕に力が入ってしまう。

「どうしたの?」

 耳元で囁かれる声に体が震えた。

「……セレクト……」

 小さく彼の名前をつぶやいた時に、私は泣いているのだと気がついた。

 彼は私を傷つけないようにどうやって触れようか迷っている。

 そんな優しい彼の温もりをいつまでも感じていたかったが。私の中の感情は今にも溢れ出しそうで、

 必死に隠そうとした。

 でも彼の吐息が耳にかかると止められなかった。

「セレクト……私……好き……あなたを愛してるの」

 好きだという発した瞬間喉が熱くなり、愛していると言った瞬間に胸の鼓動は自身を貫いてしまうのではないかと思った。

 言い終わっても体の芯が燃えるように熱い……

 マリーが持ってる確かなものが私も欲しい。

 マリーにしたように私も支えて欲しい。

 その代わりに全てを捧げてもいい……

「……私の全部あげるから……」

 いつの間にか私はつぶやいていた。

 普段の私はこんな事は言わない。

 でもいい。それでいい。少しでもセレクトと繋がりが作れるのなら……

 セレクトが優しく私を引き離す……

 それでもセレクトは私を傷つけたりはしない……知っていた。分かっていた。

 彼は最後の最後まで理性で動ける人間だから。

 私とは違う……

「セレクト……」

 もう一度彼の名前をつぶやいた……これが私の最後の理性だった。

「リザ……」

「……好き」

 彼の手には力がなく、簡単に抜け出せた。

 体を前に……顔を近くに……体が勝手に彼を求める。

 

 そこにたどり着くまでには、遮る者はない。


 きっとセレクトは受け止めてくれる……


 私が求めれば受け入れてくれる……


 優しく包んでくれる……


 一つになってくれる……


 触れるか触れないかその一瞬だった。

 私の中に流れ込んでくるセレクトの想い……


 ”赤茶けた髪の女の子の顔”

 ”いつまでも握ると誓った女の子との手の温もり”

 ”浮かび上がる抱きしめてくれた女の子の名前”

 

 ”マリー……” 






 そうだよね……これは私への神様の罰なんだ。

 生きているだけで奇跡のような幸運なのに。

 マリーの大事な人を奪おうとした私の罪。

 分かっていた、ずっとすれ違う日々に……

 もし私が病気になっていなければ触れ合うことはなかった。

 そこには何の運命も無い事に私は気がついてしまった。

 

 顔を離すと。

 私の大好きなセレクトは困っていた。

「あ、ちがっ!!」

 彼は優しい……その優しさに甘えて大好きなマリーも傷つけるところだった。

「私……ごめん……私……何やってるんだろ……ごめん……」

 知ってしまった、私と彼は結ばれない運命だと。

「待って!!」

 もう私は振り返れない……その場所に私の居場所が無いと、知ってしまったから。

リザ視点の最後は少しエロくなってしまった。

R15を飛び越える発言はしないよう心がけたつもりだけど、不快に思ってしまった方はすみません。



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