43話 告白
太陽よりも朝早くにヤルグに起こされた。
「ごめんね……こんなに早くに起こしちゃって」
ここは離れから母屋へ向かう為の通路。
荒野の朝はまだ少し肌寒く、移民の人達が心配になる。
「……ヤルグは寝てないでしょ」
僕に心配されたのが嬉しかったのか、少しだけヤルグの雰囲気が変わる。
「そんな事はどうでもいいよ。それよりさ、これを見て欲しいんだけど!」
今は昨日の応接間に向かっているのだが、ヤルグは堪えられなくなったのか、歩きながら僕に都市の見取り図を渡してきた。
きめ細かいヤルグの仕事で、とても隅々まで書かれている。
「どうかな?」
まだ僕が見取り図を開いて間もないのにヤルグは聞いて来た。
とりあえず応接間についてからしっかりとした具体案を言う事にした。
――――応接間。
「ディーマスさんには見せたの?」
見取り図を机に広げる。
「いや、まだだよ。セレクト君に先に見せたかったからね」
ヤルグの中での僕への期待は領主以上なのだろうと思うと……複雑だ。
僕はこいつが嫌いだが、もしかしたらヤルグは僕の事を親友か何かだと思っているのかもしれない……嫌だが。
昨日と同じように椅子に腰掛け都市の見取り図について詳しく聞いた。
「将来的にはここら辺に闘技場と、娼館を建てようかなと思ってるんだけど」
「どっちとも興味はないけど、需要があるなら必要な範囲でやったらいいじゃないですか」
僕の冷たい反応が今一だったのかヤルグは悩んでいる。
若干投げやりなのは見取り図を参考に強大な魔法陣を頭の中で考えていたからだ。
「これに結界とは別に魔法を組み込んだりしたらダメかな……」
「え!?え!!どう言う事!?詳しく!!」
僕の一言にヤルグはめちゃくちゃ食いついて来た。
考えはこうだ…この都市で電線のように魔力を魔法道具へと供給し随時使えるようにしたいという事。
そんな事が出来るのかとヤルグに何度も確認され、出来ないわけじゃないと答えた。
もし、これが完成すれば明らかに生活水準が上がる事になる。
「よし!ぜひ作ろう!セレトンに全部任せるよ!!他の事はボク達がやるから!!」
ヤルグの後先考えない発言は寝てないせいもあるだろう。
にしてもセレトンとか言うな僕の名前はセレクトだ。
しかし、そんな魔法陣を作るにしてもある程度都市が整ってからじゃないと出来ない。
「まだ地下水路や道路を作ったうえで、今の簡易的な宿舎を取り外して住居等の建物が立ち並んでからの作業だから。まだまだ先だよ」
「それにしてもセレトンがこんなにやる気になってくれて嬉しいな!!」
「あ!!」
僕も疲れているようだ……探究心にかられてとんでもない事を口走ってしまったと後悔するしかない。
「今のは聞かなかった事にして!それに夏休みだけで出来る範囲じゃない!」
「大丈夫だよ、僕も頑張るから!じゃあ早速始めてこようかな!!」
輝き始めたヤルグは止まらなかった。見取り図のコピーは後で渡すからと言葉を残し応接間から飛び出していった。
朝食を適当につまんだ後に早々と宿舎の増築をしていると、背後にかすかな気配を感じた。
振り向くとヤルグの従者、僕の護衛を担当するであろう30歳とは思えない幼さが残る女性が立っている。
背格好はすらっとしていて背は僕と同じくらいで170センチ、口元と頭をスカーフで覆っている。少し赤い瞳が特長だ。
この人の名前はリネット。
昔、僕の研究を屋根裏で半年にわたり覗いていたり、商売アイデアとかを取りに来ていた人で、ヤルグの黒い依頼をこなしている。
腕が達者なのは若い頃に暗殺者だったとかヤルグは言っていた……
今はどちらかといえば情報収集を主にこなしている。
なんでそんな人がヤルグの下についているのか分からないが、弱みでも握られているのだろうか?
「お久しぶりですね、リネットさん」
「……ひさ……しぶ……り……」
この人はシャイとか人見知りなんて事はない、ちょっと声が小さいだけだ。
ここまで声が小さくはないが、確かにペトゥナもなるべくトーンを下げて話していた。
そういう話し方がクセになっていると考えておこう。
「どうしました?」
「あい……さつに……」
「そうですか、律儀なことで……そういえば襲撃者の親玉ってわかったんですか?」
「…まだ…………」
この人と話している時間が食いそうなので作業をしながら話そうかと思ったが、家が錬金される音で何も聞こえない。
僕は会話することを諦めた。
それから魔力の消耗による虚脱感が襲ってきたところで僕は作業を止めた。
作っておいた紅茶を飲み魔力を回復する。
全身に行き渡るエーテルが魔力へと変換されるにはまだ少し時間がかかるが、この創生の大樹の紅茶は本当に効き目が良く、魔力による虚脱感は無くなる。
どれぐらい出来たか数えてから、今日のノルマが達成していた事に喜ぶ。
ざっと全部で3000人は収容可能だ。
午前中にでも神父様の井戸作りの手伝いが出来ると思い、その場を移動する。
神父様を探しながら歩き回ること数分。
なにやら可愛らしい尻尾とこれまた可愛らしい耳をはやしたフェリアと遭遇する。
僕を見るなり目を輝かせて近づいてきた。
「セレクトおにいちゃ……セレクトさん、お久しぶりです!」
いつ見ても可愛い……
フェリアが言い直したのはきっと、彼女の心境の変化の現れ。
「いつもどおりでいいよ、久しぶりフェリア」
フェリアは半年前より少し背が高くなっている。そしてどこか落ち着きもある……多分ガイアスを抑える係が居なくなったため、フェリアが少し大人になったのだろうと予想してみる。
「セレクトお兄ちゃん……へへへ」
改めて僕の名前を呼び、くすぐったそうに笑う顔も愛らしく。
頭をなでると、しっぽをフリフリするのでもっと愛でていたくなる。
少し楽しんだ後に僕は今、神父様を探している旨を伝える。
すると一緒に探してくれる事になった。
神父様を探しながら時折フェリアの尻尾が揺れているのが気になる。
「マリー号はどう?」
「うん、ちゃんと使ってるよ。今はあたしはこっちに来てるから、新しい子達に任せてるの」
「そっか、それは良かった。昨日忙しくてガイアスとちゃんとは話せなかったんだよね」
メルヴィナ談義を披露しただけで魔物退治へと部屋を出て行ってしまっていた。
だからフェリアに聞いてみる。
「あいつの調子どう?」
「お兄ちゃんは警備団に入ってから、色々とやってるよ。ヤルグさんの仕事とかのお手伝いしてたり、魔物の討伐だったり、子供たちのヒーローになってるよ」
あの後ろを付いて来ていたガイアスがヒーローになってるのか……
でもヤルグに使われていると聞くと不安になる。
するとフェリアが可愛らしくむくれて。
「セレクトお兄ちゃんばかりずるいよ。私にも聞かせてよマリーお姉ちゃんとか学園の事とか!」
話すにしてはこの半年程の出来事は多く、何から話そうか迷う。
スペリアムでの事を話せば驚くだろう。フェリアのそんな顔を予想しながら僕達の武勇伝を少しだけ語った。
「それで女神様から紅茶をもらったから、後で一緒に飲もうか」
「うん!あ、神父様だ!」
話が丁度途切れた時に神父様を発見した。
神父様は井戸と思われる穴を覗いてから、周囲の地形を確かめている。
そんな時に目と目が合った。
「セレクトくん、宿舎の方は終わったのかな?」
「はい、今日のノルマは達成しました。神父様の方が気になって来ちゃったんですけど」
「助かるよ、とりあえずヤルグさんと相談して、ここに大きな井戸を作ろうと思ってるんだよ……」
いくつかの井戸を堀り、水の上昇率を調べ、ここら辺が一番たまりやすいらしく、もう少し掘り進めば滲み出るのではなく、湧き出てくるのではという期待があるとか。
そしてここから八方向に向かって、数百メートルぐらい先にも井戸を掘る。
そこの井戸の地下で横穴を掘り中央のこの井戸とつなげるのが目的だ。
「じゃあ横に掘る際は十分に注意しないといけませんね」
「ヤルグさんはひどいよね、神父の私に全部一任するとか言って丸投げされました」
神父様にそんな事をさせるなど許せん……と思ったが。
嫌そうに答えた神父様だけど、どこか楽しそうだ。
これを見て喜んでくれる人がいると考えるだけで幸せなのは分かる。
「私の方はこれで書類をまとめてヤルグさんに提出しに行きますから、セレクトくんは他の所にいってあげてください」
そう言われ、あまり手助けになるような事は出来なかった。
他に残っている作業といえば道の工事ぐらいで、とりあえず見に行く事にした。
まだまだ移民が流れ込んできている。それを捌いている人達も昨日来たばかりの移民だ。
大人達は次々と道路工事へと駆り出されている。
子供達は荒野の日が照りつけている中でも元気に遊んでいる。
すでに昼近くなると朝とは違い暑くなっていた。
フェリアが厚そうに服をパタパタとやっていたので背中に冷却用の札を貼ってあげた。
「あ、涼しい」
しっぽをまたパタパタとしているフェリアを見た後に、周囲の警備が寂しくなっている事に気がついた。
「あれ……警備団の人達が少ないような」
「あ、お兄ちゃん達なら昨日の魔物の事で、こっちに向かってる移民の人達が心配だからって確かめに行ったよ」
たしかにこのまま魔物が現れたことを放置するのは危ない。早い所この広大な荒野にも外壁が必要だ。
工事の順番としては道路、上下水道、住居に外壁だが、もう少し早く着手したほうがいいだろう。
後でヤルグに打診してみようと思う……
そんな事を考えていると、道路事業の斡旋を任されている商人達がいる所まで来た。
そこは何やら不穏な空気が流れていて、沢山移民が集まり仕事が上手く行っていない。もっと近づいてみれば移民の中から”俺達は仕事をしに来たんだ!””仕事をするってレベルじゃないぞ”と商人に不満を浴びせる声が聞こえた。
やる気は有るのは十分だが、商人の人たちにぶつけるのはどうかと思う。こちらも昨日今日と始めたばかりで忙しいのだから許して欲しい……なんて都合よくはいかない。
どうにか彼らの不満を解消するために、今なにが問題になっているのか聞いてみた。
「どうしました?」
「あ、セレクトさん!良かった、ちょちょいと魔法で工事用の工具を作ってもらえないですかねぇ?」
なるほど、作業用の道具が尽きてしまったのか……
しかしそう言われても僕の魔力はまだ回復しきれていない……それに錬金だって相応の素材が無ければ直ぐに壊れてしまう。
「今はまだ魔力が回復してないんで……」
作れたとしても壊れやすい工具が50本作れるか分からない。
肩を落とす商人達。それと同時に昼を知らせる鐘が鳴る。
作業をしていた人達が一斉に昼食を取りに出かけてしまった。ただそれを見て思う。
「今日は暑いですしもう少し休憩を増やしましょう」
商人達はなんでそんな事をするのかと思う人もいるが、そこで改めて考えている商人もいて、そういう人達は僕が言わんとすることに気がついたようだ。
僕は分からない人達の為に説明をする。
「休んでいる内に違う人が工具を使って作業をすればいいじゃないですか。雇用も2倍で、作業も止まらず出来ていいじゃないですか」
作業員の人たちも疲労で倒れたりしないし、不満も解消されるだろう。
助言をした事で商人さんたちの僕へ対しての株が上がった気がした。
それはそうと僕もお腹が空いてきたのでフェリアと昼食を取る事にする。
屋敷の影で調理場で作ってきたサンドイッチを頬張る。
フェリアが食べる前に気になる事があるらしく質問してきた。
「ねぇセレクトお兄ちゃん……さっきから見てくる、あの人はだれ?」
遠くから僕達を見ている人……それはリネットさん
「あれは僕の護衛にってヤルグが付けてくれた人だよ……でも、あんなに遠かったら護衛の意味がないかな」
僕はリネットさんに手でこっちへ来てくれと手招きをする。
しかし、彼女は手を振られただけかと勘違いをして、小さく振り返してくる。
「って違う。リネットさんこっちへ来てください!!」
大声で叫びようやくこちらへと来てくれた。
「……どう……した……?」
「遠く離れてると護衛の意味がないんで、近くにいてください」
けっして遠くから見られていて気が散るなどとは言わない。
一応護衛をしてくれているので……
この後は口数の少ないリネットさんも交え昼食を食べた。
そして昼食の終わりの鐘が鳴れば、商人達は作業員を集めて先程僕が助言したことを実践してくれた。
僕も僕で少し魔力が回復してきたので、彼らがどけた土や石を使い道路に埋める砂利やブロックを作る。
それは家を錬成するよりも魔力を消費しないので、大量に作れる。
商人の一人が外壁を作るのにも使えそうだと言うので考えておこう。
今日はそのままブロックを作る作業を細々と続け、夕日が沈んだ。
夕飯は昨日と同じように皆で囲む。しかしそこにはガイアスとジーノさんの姿はない。
まだ帰って来てはいない……
そして会議ももちろん行われた。
今日の議題は上下水道に関する話しと、僕がヤルグに打診した外壁の早期着手。
「上下水道に関してはとりあえず300人……必要に応じて人を増やしますので、足りなければ言ってください。次に外壁を作りたいのですが、セレクト君は材料となるブロックを沢山作ってください」
仕事的には簡単になるので問題はないが……そうなると足らなくなるものがある。
「僕がそちらに動くと、住居が足りなくなりますよ?」
「それは大丈夫です。夕刻に住居用の木材が届きましたからそちらを使って今後は住居を立てていきます。追いつかない状態になったらもう一度セレクト君には頑張ってもらいますので承知しておいてください」
住居の材料は今後ここに運び込まれ続ける……作業も連日連夜ひっきりなしに行うとか。まあその分の人員も向こうから勝手に来てくれる。
会議が終わるとヤルグに引き止められ、商人達の助言について礼を言われた。
ヤルグに礼を言われると、何か勘ぐってしまう。
しかし、彼の顔はやつれ始めていて皮肉を言えなかった。
それから1週間は何かと騒動はあったが、順調に道路工事は進み草原地帯まではもうすぐ。
最初こそは移民の波はすごかったが2500人を過ぎた頃から段々と収束していく。ヤルグは情報を統合しすでに人数を予想していたとしか思えない。
その頃になると上下水道も完成間近で、住居の骨組も立ち並び始める。都市の外壁はまだまだだが、遠目にみても立派なのが分かる。
僕はそんな都市の外壁や道に使われるブロックをピラミッドの様に積み上げ、同じ量の体積があったであろう穴が出来る。
この穴は汲み上げた水を入れるのに使われた。
しかしここに来て外壁を急いで作らなければならなくなる事件が発生する。
魔物が徐々に増えていると前情報があったのだが、それに加えて警備団の調査によりこの領地近郊に魔物の群れが迫っているという情報を掴んだからだ。
「仕方ない……セレクト君は外壁の全面協力をお願いします」
ヤルグがとんでもない事を言ってきたが、皆の命が掛かっているので仕方がない。
とりあえずは魔物が登ったり壊したり出来ないぐらいの下地にも出来る壁。
それを僕が簡易的に作る事になった。
それからまたさらに3週間、居住区は立派な家々が完成し始め、上下水道も風車で動き始めた。こんな短期間でここまで発展したのは皆の努力があっての事だ。すでに移民の人達は5000人を越えようとしている。
都市とは言えないが街にはなりつつある。
魔物の群れはとりあえずは現れなかったが、いつ来るかも分からないので僕の作業は続いていた。
そんな都市の外壁も夕刻には一段落つくと思っていた朝。
僕の部屋にヤルグがやってきた。
「やあ、セレトン……なんだか久しぶりだね」
会議は今では数日に一度行われるようになっていた。
今にも倒れそうなヤルグの姿……僕の部屋の扉にしがみつくように立っている。
僕もあまり休んではいないが、熟睡するだけの時間は有る。
「また寝てないのかよ!」
「いやいや、”まだ”寝てないだよ」
前の会議から4日……それから寝てないのかもしれない。
「そんな体で何しに来たの?もしかしてまた紅茶?」
「お願い……」
僕の部屋に訪れる理由が紅茶を使ってリフレッシュなのだが、すでに何度目になるだろうか……
今回ばかりはだめだ、すでにヤルグは会話をする気力も無さそうだし。
「頑張りすぎだろっておい!」
僕が叫んだのは目の前でヤルグが膝からガクンと倒れこんだからだった。
ヤルグを引きずりながら母屋のヤルグの寝室に運ぶ……
ベットへと腰掛けさせると気がついたようで、僕につぶやくように言う。
「だめだ、まだ重要な書類があって書かなきゃならない……」
「無理だろそんな状態で、一回休め」
「夕刻までにはやらないと……食料が行き届かなくなる……それだけは避けないと……」
「やっておくから寝ててよ」
「また君に無理をさせては悪い……ボクは君より大人なんだ……だから頑張らないと」
こんなヤルグは見たことがなく……珍しい。
「こんな仕事で張り合っても良い事なんか何もないよ」
「いや、言わせてくれ。僕は君と仕事をするのが好きだ……今回の件でよく分かったよ。僕達大人のわがままに付き合わせても、君は悪態ついてもちゃんと仕事をしてくれて……本当は数年前、借金まみれのリリアとは縁を絶ってしまおうとしてたんだ。でもその時に君が魔法道具をもって現れて現状を前向きに変えていき、乱心していたディーマスさんの心を戻してくれた。若くして商売の天才と言われていたボクが諦めていたのに、商売なんて興味ない年下の君に負けているのが悔しくて悪戯もしてしまった。すまない。ああどうしよう今日は貴族の宴に出なければいけないのに……書類を完成させないと」
ヤルグの要領を得ない弱音に耳を傾け、混乱し始めていたので布団へと投げ出し結界で束縛。
布団をかけるとうわ言を言いながら寝てしまった。
「…………」
ボクは書記室へと向かう。
別にヤルグの弱音を聞いたからじゃない、その前にやっておくと言ってしまった手前がある。
「はあ。これじゃあ外壁は夕方までには完成しないな……今日ぐらいは頑張るか」
書記室は羊皮紙と紙で足の踏み場を探すのがやっと。
こんな中で本当に適切な作業が出来ていたのか疑ってしまう。
僕は文字を見ることに抵抗はない分苦ではない。
机の上に置いてあるヤルグの言っていた食糧関連の書類に目を通す。
すごく小さい商会だろうが構わず運搬を頼んでいるようで……また、それにつてを作るための紹介状まで書いている。
リストアップされた商会に向けて僕は証書を見よう見まねで作ってみた。
根気のいる作業だった。こんなものを毎日寝る間も惜しんでやっていると思うと、ヤルグがどれほど頑張っているかが分かる。
とりあえず後はヤルグのサインを書くだけの状態にして綺麗に机の上に置いておく。
僕はふと思い出したように懐から一枚の羽を取り出す。
それはスペリアム商会の果物商のグルーニーさんからもらった物で困ったことがあれば頼ってくれと言われていた事を思い出したからだ。
「学園じゃないけどいいよな……」
そして最後の証書を書き終えた時にはすでに昼を回っていた。
外壁がもう少しで仕上がると頑張っていたら、すでに日が落ちていた。
そして最後の外壁を賢者の石で作り終える。
「あっ…」
外壁の上、足元は暗くなっていて、魔力の消耗により平衡感覚が麻痺したのか足を踏み外した。
浮遊感を一瞬感じたが……
「……あぶ……ない」
護衛のリネットさんが助けてくれた。
本当に危なかったと呟いて彼女に感謝する。
遠くには屋敷や出来上がった建物の明かりが見える。
疲れたと憔悴しきりながらもその外壁から降り、街を目指す。
荒野を進み段々と明かりが近づいてきて、今日の疲れを癒すためにとお酒を飲んでいる人達がいっぱいいる。
「あれ……こんなにお酒なんてあったっけ?」
「今日……宴……」
口数の少ないリネットさんの話から、そういえばヤルグがうわ言で貴族の宴と言っていたと思い出した。
あれはうわ言じゃなかったらしい……
もしかしたらこのお酒も普段から頑張っている彼らに対して、ディーマスさんが振舞ったものかもしれない。
「ここはぁいい領主に恵まれて天国だなぁ」
「おれっちの領主様なんか星が降った日に何処かに隠れちまったぜ」
前の領地の不満と大盤振る舞いのディーマスさんを比較し、久しぶりの酔を堪能している大人たちの間をくぐり抜ける。
そして屋敷の庭へと戻ってきた。
宴が行われている母屋の窓にへばりつく影。
それは警備団の正式な服装をしたガイアスで、屋敷の中を恨めしそうに覗いている。
「ガイアス何やってんだよ。ちゃんと警備しないとダメだろ」
「あ、セレクトかあ。だってよう貴族だけのパーティーとかずるいぜ。オレも食べたい!!」
貴族だけのという事は僕はこの中に入るのはまずい……危うく入るところだったが、関係者に止められていただろう。
「ディーマスさんの事だから後日やってくれるよ。それまで待ちな」
「セレクトは出るのか?」
「え、こんな格好で?」
「違うのか?」
「違うよ、僕は今さっき外壁を全部終わらせてきたの」
「すげぇ。じゃあ魔物も入ってこれないな!じゃあ今から厨房に顔出してご飯もらおうぜ!」
「ごめん、正直すごく疲れてて……眠い」
ご飯もどうでも良くなるぐらい疲れていた。
適当に話をしていたがガイアスのテンションについて行けない……とぼとぼと母屋をぐるりと周り離れへと向かう
「そうか!じゃあ明日は少しは暇になるのか!?」
ガイアスが何か言っていたので歩きながら後方に手を降って返事をした。
すごく浅い眠りの中……
僕は夢を見ていた。誰かが泣いている夢。銀色の髪の女の子が泣いている……
「…………」
突然開かれた扉の音で僕は目覚めた。
体を起こし、ベッドから足を下ろし腰をかける態勢になる
目をこすりながら音がした扉を見る。
そこの暗闇の中には見覚えのあるシルエットが見えた……
「リザ……?」
「…………」
「…………?」
リザは何も言わないまま、近づいてくる。
そしてベットに腰掛けた僕にそっと抱きついてきた。
耳に彼女の息が当たり彼女の抱きつく手に力がこもる。
ささやかだが膨らみ感触があり気恥ずかしい……
「どうしたの?」
「……セレクト……」
消え去りそうな声で僕の名前を呼んだ。
そして泣いているのだと分かった。
慰めようと軽く背中に手を回してから、どうしたものかとためらい手は空中で止まる。
少し間をおいてからリザの鼻をならす音が聞こえた。
そして彼女はつぶやく……
「セレクト……私……好き……あなたを愛してるの」
一瞬で鼓動が跳ね上がる、寝ぼけた頭も沸騰してしまいそうにもなる。
落ち着けと何度も言いながら、聞き間違いなのではないかと疑う。
そんな慌てる僕にリザは続けていう。
「……私の全部あげるから……」
僕は慌ててリザの肩を掴み離す、いつもと明らかに違う。
そう思ったはずなのに、でも……顔や魔力を見れば間違うことなく、目の前に居るのはリザだった。
「セレクト……」
僕の名前を呼ぶリザの口に焦点を集め、目も暗闇になれていてここまで近くだと、涙の跡がくっきりと分かる。
「リザ……」
「……好き」
僕の手をすり抜けたリザはゆっくりと近づいてくる。
でもそれは本当は一瞬の出来事だったのかもしれない。
顔と顔が触れ合ってしまいそうな程に近く。
唇と唇が重なってしまいそうな程な刹那……
そんな一瞬の間に、僕の頭は考えてしまう。
それは走馬灯のようで。
そして勝手に再生してしまう。
赤茶けた髪の女の子の顔を。
いつまでも握ると誓った女の子との手の温もりを。
浮かべてしまう、抱きしめてくれた女の子の名前を。
マリー……
「!!」
「あ、ちがっ!!」
だがすでに遅く。
リザは僕の動揺で心を見てしまっていた。
「私…ごめん…私……何やってるんだろ……ごめん……」
「待って!!」
リザは僕の制止も聞き入れづ走り去っていく、廊下に響く彼女の素足の足音が遠くなる。
そして走り出せない僕は悩んでしまっていた。
彼女が泣いている時になんでちゃんと抱きしめてあげられなかったのかと。
なんでマリーを思い出してしまったのかと……
今の僕が本当に彼女を追いかけていいのかと考えてしまった。
「何してるんだ……僕……」
早く次書かないとな…
誤字脱字で世界観を壊してしまったらすみません……折角いい話なのに。
リザの告白かとおもって読んで、ヤルグが告白かよ!と思わせてリザの告白で締めて、それに引っかかったのならば。
作者はニヤニヤと笑っているかもしれません。すみませんm(__)m