32話 お祭り「表」
僕の退院を祝ってくれるために皆が集まってくれたのは嬉しかったが、まだ祭りは終わっていないはず。現に今も遠くからは景気の良さそうな太鼓の音が聞こえている。
「あのさ、皆で来てよかったの?」
「ああ、クレープ屋は少し閉めようと思ってな」
すこしそっけなく言うマリー…何があったのだろう。
「え、話だと大盛況だったんじゃ?」
「だったんだけどね…材料の買い足しで問題が起きちゃって」
「あいつら足元を見やがって…」
どうやら市場内で材料の枯渇が進み、高騰したようだ。しかし、市場を混乱させるとか、どれだけ大盛況だったのか見てみたい。
「ハーベスも展示の方は大丈夫なの」
「もう終わってしまったよ。昨日が最後の品評会でいろんな研究機関の人が見に来たんだ。ちなみにベルのお父さんはその中でもとびきり大きな”中央議会”に所属していて、権威のある人達の引率していたよ。あの日も下見で来ていたらしいんだ。あとセレクトの事も心配していたね」
気を失う前で覚えている。ヒゲの人だ。僕を担ぎ保健室まで運んでくれたらしいので、ちゃんとお礼は言っておきたい。
「オヤジに会いたかったら祭りの最終日、結果発表の際に会えるぜ」
と、ベルモットが助言してくれた。娘が言うのだから信用できる。
「オヤジ?」
「あ?」
反論は許さないという目で睨まれた…家族の前だと猫をかぶっているようだ。
僕は退院の手続きを済ませ寮へと向かう、その途中。
「すみません、セレクト様…この後は観兵式が控えてまして私達は離れなければなりません」
リネアさんとフィアさんは何やら華やかな用事があるようで、ここで分かれる事になった。
それと、このまま僕と同じ方向に歩かせるのもなんなので、皆に提案する。
「あのさ、皆で行動することも無いんだよね…僕はとりあえず荷物を寮に預けに戻りたいだけだし」
「じゃあ言葉に甘えて。僕も買いたいものがあるから別行動を取らせてもらうよ………ベルも行くかい?」
ハーベスは無言の誘いの威圧に耐えれなかった。
「あたぼうよ!」
ベルのキャラが分からないまま二人を見送る。
後はマリーとリザが残る。
「じゃあ先にお祭りを見ててよ。僕は後から追いかけるから…そうだな、待ち合わせ場所は図書館前で」
そこは祭りの中心より少しずれた人気の無い場所なはずで、待ち合わせにはもってこいだ。
「私とリザは少し祭りを覗いたら、そこに向かえばいいんだな。分かった」
「セレクト…なるべく早く来てね」
切なそうなリザを見て急がないわけにはいかない…
小走りに寮へと向かう中、見えなくなるまで見送られた。
スペリアム療養施設と寮までの間は、祭りが行われている商業区をまたがねばならない。よって脇道にそれ、人ごみを避けつつ最短のルートを計算。
曲がりくねりながらも寮近くへと帰ってきた。
「ここを通れば校舎も見えるはず」
今までの脇道の中でもとりわけ狭く暗い小道。普段ならこんな小道は通らないが今は急ぎの用があるので通らざるおえない。
魔法で光を作り足元に注意しながら進む。
通りの音が遠くなる一方でヒソヒソとした声が聞こえた。前に見える光の出口にばかり気を取られていたが、ここは一本道では無く十字路だったらしい。
左右を確認してしまうと人と目を合わせるかもしれない。こんな路地裏でヒソヒソとしたやり取りなどには絶対に関わりたくはない。
ならば確認などせずに十字路を横切ろう、十字路を通り過ぎた後は後背を注意深く早足で出口を抜ける。
暗い通りから離れ物陰に隠れる。追ってはいないか確認するためだ。
1分ほど眺め、気を張りすぎたのかとその場を離れようとした時、二つの黒い人影が出てきた。日が出ているにもかかわらず顔も確認できない。
なんの躊躇いもなく二つの人影は僕とは別の反対方向へと走っていく。二手に別れないのであれば追っ手というわけでは無さそうだ。
「なんか物騒だな」
目の前には既に学園の校舎が見えている。
僕の背の3倍はある塀をぐるりと歩き門までは意外と遠かった。
「早いとこ荷物を置いて向かわないとな…」
門をくぐれば寮はすぐ、目に映れば早足になる。
浮かれていた?そんな事はない。むしろ逆に慌てていた。
僕は忘れていたのだ、不安にはさせてはいけない存在を。
寮の近くに植え直した創生の木を見上げる。以前見た時の3倍ほども大きい、ここまで育てば大木だ。
地に張った根が地面を隆起させていて、急成長したのだと分かる。
「やばい、大きくなったのは不安にさせたからだよな。3日間で普通に成長したからじゃないよ…な」
正直、後者なら大問題だと思う…
見上げていると風もないのに木が揺れた。
それは物悲しげに泣いているようで…
「へ?」
足元には木の根がいつの間にか絡みついている。
それは身の毛もよだつホラーでしかなく、恐怖を覚え。
「ひ、ひいいいぃぃ!ってわわわ」
地面をえぐり樹木へと引き寄せられる。
「あうあうあうあうあー」
急な出来事で流石に頭で整理が追いつかない。
痛いというわけでは無いが擦りつけられ、前よりも圧倒的に感情表現が豊かになっていると体感する。
「分かった!分かったから!お前も心配してくれたんだな、ありがとう!だから少し落ち着け」
するとぴたりと止まり…叱られたと思ったのだろうか?それもそれで危ない気もするが。
「だいぶおっきくなっちゃったな…てか言葉が通じるのか?いや、こちらの感情を読んでるのか…」
手でなでるように樹皮を触ると足元に絡みついた根がはなれる。
「お前はえらいなー、でも大きくなるのはその辺にしてくれ。大変な事になるから…」
褒める事で伸ばす、大事な事だ。
いや、伸びたら困るのか…
「ゴメンな、体調を崩して3日ほど入院してたんだ。けっしてお前が嫌いになったとかじゃないぞ?」
どこまで理解してくれるかは分からないが。率直な気持ちを伝えておこう。
「そういえば、名前を付けてなかったな…」
ここまで大きくなったし元は創生の大樹、それ相応の名前が必要だと思う。
生前の旧約聖書に登場する生命の木”セフィロトの木”他にも北欧神話にもある世界樹”ユグドラシル”なんかがよさそうだ。
「セフィロトの木から取るなら美を象徴するティファレトだったかな?…シンプルにセフィラの方がいいかな?よし、セフィラにしよう。今日からお前はセフィラだ」
大きく揺れ幹がきしむほど唸る。
「喜んでるんだよな…?」
会話というには一方通行だが、セフィラもそのうち喋りだすかもしれない。いっその事、人に近い体を作ってあげるのもいいだろう。多分だが…出来なくは無い気がする。
「じゃあ、僕は荷物を部屋に置いたら直ぐ出かけなきゃいけないんだ、またね」
セフィラは静かに僕を見送ってくれる。きっと本当は嫌なのだろうけど…物分りのいい子だ。
自分の部屋へと入るが休息の間もなく、荷物を置いたら踵を返す。
セフィラとのやり取りで時間を食ったのはしょうがない、大事なことだったからと諦める。
学校を出て路地を進む、目的地が図書館なので先程とは別のルートだ。
いくつかの狭い路地を抜け。
あと少しで図書館という曲がり角。
「きゃ!」
「わ…」
人にぶつかってしまった………謝ろうかと思ったが相手はカトレアだった。
「あああーもう、見失っちゃう!」
「………何が?」
「って、セレクト!?あははは、退院してたのね。大丈夫?」
嘘くさい…いや、こいつは知っていたはずだ。何かをごまかそうとしている気がする。
「僕は大丈夫だよ。それよりカトレアこそ何してたの」
「ええーとその、なんていうか…思い出作り?」
「大概にしときなよ…」
「えへへ…じゃあまたね!」
それ以上の会話などそっちのけと、慌ててどこかへ走って行ってしまった。
「なんだかあやしいな…」
時間があれば追いかけてもよかったが、僕はマリーとリザを待たせている。
僕は走り多種多様の店が並ぶ通りを抜け、図書館への大階段。
「セレクト、やっと来たな!遅い!」
「よかった…あ、ここ破けてるよ。大丈夫?」
セフィラとのやり取りか、はたまた先程のカトレアとぶつかった拍子に破けたのかは分からない。
「ああ、大丈夫。少しかすっただけ。怪我は無いよ」
「そう…」
心配してくれるリザ。それに対してマリーは、
「ほら行くぞ!祭りで美味しいものが待ってるぞ!」
切り替えが早いのはいいが、食べ物のことしか頭に無いようだ。
「この祭りは競売がメインだからね。食べ物だけじゃ無いよ」
ツッコミを聞き入れてくれたかは分からない。
僕達はその場を離れ、祭りの中心地へと向かった。
祭りの中心の人ごみは激しく、先頭を行くマリーとはぐれそうになる。
目的としては食べ物をと思い来てみたが。周りでは競りばかりが行われて、食べ物を商う店などどこにもない。
「マリー!ちょっと道からそれよう」
リザの手を掴むので精一杯、何とか人の列からそれるが、
「リザ、大丈夫?」
「う…うん。あ、でもマリーが」
居ない…
まあマリーは一人でいても何ら問題はない。
「いいよ、探してると時間かかるし…お店を見て回ってたら向こうから見つけてくれるさ」
周りでは大なり小なりの人だかりがあり、競りが行われていている。
「う…うん。あの、はぐれないように手…握っていい?」
「へ?…ああ」
そういえば二人だと今更ながら思う。
「はぐれないようにしないと…ね」
リザの手を握る。
初夏で日も出ていて、なおかつ人混み…蒸し暑いはずなのに手の暖かさは嫌ではない。
「あそこの競売が気になるんだけど、いいかな?」
「うん…」
人混みを分け、競りを見る。
まじまじと止まって見るのは初めてだ。
「銅貨15…14…13…12…11…10、めんどくせぇ5だ!」
「買った!」
妙なアクセサリーが取引される。
ちなみにこの競りは多くの売り物を素早く捌きたい時の方法で、一般的にダッチ・オークションと呼ばれる。買い手が見つかるまで下げていく方式の競売だ。
「もっと大きな競売が見たかったら、奥の商会の中にいくと見れるよ」
リザが先導しその場を離れる。
再度人混みをわけ、着いた先はセプタニア王国の商会が連ねる建物。その中
ここは先ほどとは違い値をあげる方式のオークションが目立つ。
その内の一つに目を付け、加わってみる事にした。
「こちらにありますのはデボラ山脈から取れた珍しい水晶をあしらったイヤリングでございます。こちらを観てください、光が8方向に抜けるのがお分かりいただけますか?これを加工したのはセプタニア王国屈指の宝飾師ミスリアによるものです。まださほど世に知れ渡ってはいないかもしれませんが、王妃が絶賛したと言われる”夕日の日の出”を手がけた人物と言われています。どうでしょう、この期に手にしてみては、王妃の気分が味わえるかもしれませんよ?それでは始めましょう。まずは銀1青銅20から!」
「30!」
「35!!」
「50!!」
「銀2!」
手を上げて声を荒げると客達の目が一気にこちらを向く。
周りがざわめく。
「え、大丈夫なの?」
「心配ないよ。それなりにあるから…」
しかし、すかさず反対側から声が聞こえる。
「銀2青銅25!」
「銀2青銅50!」
徐々に歓声が大きくなる。
僕は少しの見栄をはり、まだまだ出せると思わせる。ここまで来たら相手の心を折るのが大事だ…
「…銀2青銅75!」
リザが困った顔で僕を見る。
今の所持金の半分以上を出すことは流石に痛い…僕は苦笑して見送ることにした。
「ほかにはいませんね!……では健闘されたそちらの方々に皆様拍手をお願いします」
喝采の中、僕は相手に拍手を送ると”すまないねと”紳士にウィンクをされた。
「では次にまいりましょう!」
その場を離れ僕は一息つく。
「意外とドキドキするね」
「私もドキドキしたよ…銀貨二枚とか大金でしょ?」
「うーん…だね。前に仕事して貰ってあったのがそのまま残っててさ。つい」
「仕事?いつしたの?」
「ほら、リネアさんのパーティー…スペリアムに行くことになった」
「ああ」
「あの日は料理作るためにあそこに行ってたんだよね」
「そうだったわね…セレクトは普段、大丈夫なの?」
お金の面で、ということだろう…
「うん、平気だよ。仕送りもらってるし。研究費がちょっと足りなくなって仕事しただけださ。学園生活をおくる分には問題ない」
変に心配されそうなので、含みの無いように言う。
「ならいいんだけど…」
「そうだぞ、お金は大事にひろ」
もぐもぐと何かをほおばるマリーが後ろにいた。
「どこ行ってたんだよ」
「何を言う…わたひはお前たちをさがひてたんだぞ」
全部食べてから話そうな…マリー。
マリーは僕たちを探すついでにご飯を買っていたようで、もちろんその手には僕達の分もしっかりとある。
「したらセレクトの声が聞こえてな。だいぶ面白い事になっていたようだが」
リザが僕の手を離す。
「うん、セレクトが競りで負けちゃってね」
「そうなのか、残念だったな。私も気になる競売があったんだが見に行かないか?」
マリーがまた先頭を歩く。その後ろにリザそして僕とついていく。
まだ手のぬくもりがかすかに残るのを握り締め、次へと向かった。
マリーが気になっていた競売とは武器専門の競り、中古の物から新品まで色良く揃えてある。まあ中には装飾だけの豪華なものも。
当然マリーは指を咥えて見ているだけだ。
「マリーは親父さんから剣を貰ってただろ…あれはどうしてる?」
「もちろん大事にしまってある!」
「そうだよな、街中で帯剣なんて学生に認められてないか」
「しかし、剣術科には持っていってるぞ。すぶりで使うからな」
チラチラとマリーが僕を見る。すこしもじもじしている気がする。
何か僕に要求したい、そんな感じだ。
一瞬お金が欲しいのかとも考えたが、マリーが欲しがる武器と考えれば…
「あ、刀か!」
「出来てるのか!?」
「出来てないよ。僕はスペリアムから帰ってきてから忙しかったり入院してたりなんだから」
「そう、だよな。すまない」
謙虚なのは、僕に無理をさせたくないためだろう。
でもその話は僕が作ると約束した事だ。マリーが悲しむのはお門違いな気もする。
「お祭りが終わったら絶対作るよ」
「そうか!分かった、待ってる!!」
分かりやすい性格で助かる。
”私も何かほしいな…”
頭に直接語りかけてくる声に。
「リザにも何か作るよ」
「本当?絶対だよ」
写真入りのロケットでも作ろうかと考えていると…
視界の端に黒いローブを全身に身にまとった影が動く。
「あれは…」
「どうしたの?」
「真っ黒なローブを来た人影がみえて…さっきも路地裏で見かけたんだ」
「ああ、あれは闇市の人かな」
「闇市?」
「うん、真夜中にどこかで行われてる闇オークションがあるらしいの。人には言えないような物を売ってるとか…無視してれば無害だから、関わらないようにね」
普段取引されないような物が売っている…とても魅力的だが、もれなくトラブルもついてきそうだ。僕には関係の無い世界の話だろう。
「おい、そこの坊主。あんたがセレクトか?」
背後から聞き覚えのない声で呼ばれた。
振り向けば顔をフードで隠した、僕よりも背丈が大きい男が立っている。
「っておいおい、そんなに警戒しないでくれ。使いの者だ」
リザとの会話の後だったためか何時も以上に警戒をしていた。
「使い?誰から」
「ウェルキンさんからだ」
「校長がなんで」
「分からん、とりあえず呼んで来いと言われただけだ」
使いの人にも話せない、かなり極秘…という事なのだろうか。
「で、校長はどこに?」
「商会本部、すぐそこだ…それと、もうそろそろ手が痛いんだが」
ぎっちりとマリーが男の腕を後ろでキメている。あと少しでもひねれば男は倒れるだろう…
リザに僕は目配せをすると、
「本当みたい」
「マリー、話は聞いたでしょ、離してあげて」
僕が警戒をといたところでマリーが離れる。
「最近の学生はこんなに警戒心が高いのかよ…いてて」
痛そうに男が腕をさすりながら商会同士が集まる本部へと案内してくれるようだった。
なんのへんてつもないテントに僕達は連れてこられてしまった。
「貴様…」
「まてよ、はやまんなって…ほら」
男が荷物をどければ地下へと続く階段が現れる。
「ウェルキンさん達はこの奥だ。俺はここで見張りだからついて行けないぞ」
この先罠があるとも限らないが、その点リザが居るのでこの男の言う事が真実だと保証できる。
しかし…
「マリーとリザは残ってて。呼ばれてるのは僕だけだし」
「そうか、なら私が先頭を行こう。リザはその後ろに。セレクトは罰として最後だ」
「って人の話を聞いてよ。危ないでしょ皆で行ったら。僕が帰ってこなかったらマリー達はいち早く捜索できるでしょ」
「却下だ。お前が危険にさらされるならなおさらだ。リザも私と同じ考えのはずだ」
「うん」
この二人は…言っても聞かないし引かない。
頑固になればなおさら…押し問答をしても多分ついてくる。
「たくもう…分かったよ。でも先頭は僕でマリーは最後」
「それじゃあ私が楽しめないじゃないか!」
「これ以上の譲歩は無い」
「早く行ってくれよ。絶対お前ら警戒しすぎだって。一応この階段は秘密だから隠してあるんだからな」
男に早くしろと急かされてしまった。
僕が先頭にリザ、マリーと暗い階段を下りていった。
バトルまで行かなかった…
今回も誤字も脱字も減らないよう。
いつも探し出してくれる方に感謝がしきれてない…
いや、続けて書く事で感謝を伝えなければ!