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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第4章――
30/59

30話 魔石の秘密

 色々と疲れがたまっている…それを実感したのは頭を冷たい机にくっつけた時だった。

 普段なら午前中に動いただけで、ここまでバテることはない。

 しかし、ここ最近…教国から帰ってきて休む時間が無かったと我ながら振り返る。

「ああもう…疲れた。屋台を出すための許可証の申請を出してなかったのが一番堪えたな…はは」

 その件についてはとりあえずは既に終わったことで…

 ここは魔術科の実験棟。

 そして学生達の一年の成果…その研究発表の場として貸し出されている。

「こんなに僕は頑張ったんだ…何かしかるべき褒美があってもいいだろう…へへ」

 懐から出すのは魔晶石の塊…魔王の卵のその一部だ。

 僕はどれだけこの時間を待ったことか…

 多分あのまま屋台の隣に居たら一週間はマリーに振り回されていただろう。

 このハーベスが用意してくれたカメラの展示場に感謝しなくてはならない。

 僕に屋台でのお役御免、その大義名分をくれた事に。

 そんな当のハーベスはというと…僕の愚痴を聞いた後に、どこかへと用事を済ませに行ってしまった。

 何の用事かは聞き忘れてしまったが、言わなかったという事は僕にはまるで関係しないことなのだろう。それよりも今、目の前の事に僕は魅了されている。

 それは魔晶石の解析。

 懐にしまってあったにもかかわらずしっとりとした冷たさを保持しているそれを、まずはどれほどの純度か見てみようと思う。

 そして数秒後には目からウロコが落ちる。今まで見てきた物の中ではぐんを抜いて高純度かつ高濃縮…不純物を探す方が難しいと言える魔晶石。

「すばらしい…」

 そう一言漏らした後に、今度は核となる素材を面白半分に探す。

 普段目にしている魔晶石は不純物が多いせいで人力で探すにしても不可能に近く。それは円周率の一桁一桁を永遠に計算していく…それに近い。

 解析機でも作れば別だが、それを作るにしても僕だけの知識で実用化までは途方もないだろうし、数十年はかかるかもしれない…もちろん一つの事だけにそんなに時間は使えない。ならば、不純物が極めて少ない魔晶石を探し出し解析するのが手っ取り早いのではないのかと僕は考えていた。

 まあ、その機会がこれというわけだけど。

 思っていた以上に早く棚からぼた餅を得た僕は、ただ具体的な案を持ってはいなかった。

 だからなのかこの作業には遊び気分が含まれている。

「やばい、脳汁でそう」

 できる限りの思いつく方法の中から一つ、人から作られる魔力では絶対にありえない波長の”エーテル”との差別化をまず行ってみる。

 この方法は不純物が交じっていると著しく難しくなる、しかし今までに感じたことのない程に効率よく行われる選定作業…それは痛快で、数分の間に複数の波長を特定してしまった。

「これが現時点で分かる魔晶石特有のエーテル…か」

 まだ機材もなければメモをするわけでもない。

 遊び気分で始めたがその手には熱がこもる。

 残っていた不純物の中でとりわけ多い物から探る事にした。

「これが魔晶石の核かな?…違うか…もう少し均等になっていないと変だし」

 僕は何本気になり始めているのだろうか…

 頭によぎるのは今までの実験の数々、まるで走馬灯のように脳裏をよぎる。

 持ってきていた簡単な事が書かれた手帳を広げ、今一度確認した。

「魔王特有のエーテルなのかな…」

 どんな性質をもっているのか気にはなるが、今はそこまで調べることは出来ない。

 出来る事といったら今までに立てた仮説と照らし合わせてどんな物かを理解すること。

「うむ、これとか怪しくないか?」

「それはだいぶまばらな配置だし違うんじゃないかな…」

 ふと、横から飛んできた言葉に純粋に否定的に答えてしまったが…目の前には見たことのない50代前後の男が立っている。見た目は黒髪に瞳も黒く、とても眼光は鋭い。上唇の上にセットされたヒゲが印象的だ。

 途中まで誰だろうと考えたが…特定作業の途中なので手元に集中する。

「ほほぅ、規則性があるものを探していたのだね」

「ここまで来たら後はもうわかったも同然ですね」

「お父様!!」

 目の前の男性と共に声のした方へと顔を向ける。

 そこにはベルモットとハーベスが並んでいた。

 なるほど、目の前のこの人はベルモットの父親。それとハーベスの用事とやらはベルモットの事だったのか。

 そんな呑気な事を考えていると、ものすごい見幕で両者が近づいてくる。

「お前はもう少し場所をわきまえ…っとお父様、ちょっとあちらでお話をしましょう!」

 ベルモットはハーベスに何やら合図を送ると、いそいそと父親と共に離れる。

 ハーベスは僕の方を困り顔で見てきた。

「君ってやつは…こんな所で何やってるんだい?」

「えーっと…魔晶石を作るにあたって必要な情報を…」

「はぁ…気をつけろと君が僕達に釘を刺しておいて、君自身が破ってどうするんだい」

「ああ…ごめん。疲れてたみたいだ…さっきまでは人気もなくて端っこだからと気を抜きすぎてた」 

 僕は判断が鈍るほどに疲れていると今自覚する。

「もう、ベルが君を一人にするのは危ないというから…戻ってきて正解だったよ」

 改めて自分がした愚行を思い返す。

「公の場で僕は何やってるんだ…ってあれ?」

 ベルモットと先ほどの男性が会話しているのが見えた。

 ハーベスは何やら僕をみてしゃべっている…が、聞こえない。

 目の前にあるものが全て遠巻きに見えたあと視界が反転した気がした。


 


 大きな物音と椅子が倒れる音は同時だった。

「セ、セレクト!どうしたんだい!?…ひどい熱じゃないか」

 ハーベスがセレクトの額に手を当ててみればとても熱く、尋常ではない事はすぐに分かる。

 ただ、それ以上に意識が無くなった事がハーベスを焦らせた。

 そんな騒音とハーベスの声が聞こえた後に、ベルモット達も騒動に気がついて振り向き、急ぎ足で近寄る。

「誰か運ぶのを手伝ってくれ!」

 ハーベスが叫ぶと同時に、ベルモットと口論をしていたベルモットの父親がセレクトを持ち上げ。

「保健室はこっちだったかな?」

 と冷静に言う。

 その発言で校内の間取りは知っているがうろ覚えなのだとハーベスは理解した。

「はい、こっちです」

 やじうまが集まり出す前にセレクトを担いだ男と連れ立って保健室へと急ぐ。その途中、ハーベスは思い出したようにベルモットに言う。

「あ、ベルは彼女達に知らせてきてほしい!」

 ベルモットはハーベスよりも冷静だった、それはセレクトとの関わりが浅かったからだろう。

 そしてハーベスの動揺しているのはすぐに分かった。だから…

「…わかった、任せておけ」

 無駄な混乱を避けるため了承する。一目散に急ぐハーベス達を見送り、ベルモットは逆方向の外へと向かう事になった。



「ここはどこだろう…」

 顔を上げ、よだれを拭きながら周りを確認してみた。

 白いカーテンと壁、黒い机…自分自身も白くて一瞬モノクロかとも思えたが、見覚えのある白衣だった。

 かすかな薬品の匂いとそれを消すための消臭剤の匂いが混ざり合う。それはとても懐かしい匂いに思える。

「ああ、実験の途中で…」

 ふと視界の片隅で何かが動いている。

 首を傾けてみれば動いていた者もこちらに気づいたのか声をかけられる。

「やあ、起きたんだね。とても疲れていたようだから起こさなかったんだ」

「は、博士!?……って見てないで起こしてくださいよ」

「いや、これから始める実験はとても集中してもらわないといけないからね…ほらこれ」

「……これは対消滅に関する資料ですか…」

「そうだよー。色々と受賞してから急に提供資金が増えたからね。あるうちにやってしまおう!」

「それちゃんと管理しますからね」

「いつもごめんねー。でもマコ君がいてくれて良かっよ」

 博士は無防備な点がいろいろある。だからか実験にかかる開発経費も横領されていたりして。でもヘラヘラしてたり…って…あれ?

 視界が濁る、目をこすり泣いているのだと気がついた。

 拭いても拭いても溢れてくるものは止められない。

 両の手で目を塞ぎ漏れてしまいそうな声を防ぐ。

「う…っあ…っ」

 何とか深呼吸を繰り返し、両手を顔からはがす。キラキラと浮かぶ光子が線を描き漂ってるのが見えた。

 魔法を使うための粒子…

「あ…そうだ博士!すごい発見が……」

 しかしもうそこには誰もいない、それどころか部屋ですら無い…広がる草原と真後ろには一本の木が立っているだけ。

 風が枝の葉を揺らしざわめいていた…


 

 セレクトは保健室へと運ばれ。

 ベッドと言うにはいささか簡易な作りの硬い板。

 そこに寝かされた。

「私は探してくるから君はここで彼を頼むよ」

 肝心の保険医が不在だった。

 いつ戻ってくるか分からない保険医を待っている間、何か出来ることはないかとハーベスは慌ててみたが、出来ることは少なく…

 数分後にベルモットが連れてきた女性陣、その中にリネアとリザが居合わせてくれたおかげで適切な処置の下、リネア御用達の医療施設へと移される事となった。


 再度、ところ変わって教国が自ら手がけた医療施設、しかも要人しか入れないVIPルームにセレクトは寝かされていた。

 すでに日は落ちてからだいぶ時間が経つ…夜明けも近いそんな時。


「……あ…ここは…どこだ?」

 僕はようやく意識を取り戻した。

 ほどよく柔らかいベッドに今だ夢の中なのかと思えたが、徐々に研ぎ澄まされる感覚に現実なのだと実感する。それと同様に右手にぬくもりを感じていた。

「心配かけたみたいだな…」

 暗闇の中かすかに見える寝顔はリザで、僕の手を握っている。

「起きたか…」

 聞きなれた声に顔を傾けると、暗闇からマリーが現れる。

「すまなかった。だいぶ無理をさせたようだ…」

「ええーと、僕は倒れたんだよね」

「ああ、医者は過度の疲労だと言っていた」

「そうか、ダメだったか…」

 まるで他人事のように僕は言ってみたが、倒れたという実感はわかない。なにせ意識を失っていたのだから…

「…って…あれ…マリー泣いて」

「いない!!」

 暗闇の中、妙にしんみりとした空気がマリーに漂っていて…

「泣くなよマリー。意識を失って悪かったから」

「私は…気づけなかった自分が恥ずかしくて…倒れた時、すぐ隣に居れなかった事が悔しい。何よりもお前の足を引っ張っていることが…」

 なにやら溜まっていたものを吐き出し始める。

「ああー…その事なんだけど。僕もその前の日に徹夜してたりで…体調管理をしてなかったのがいけないんだよね」

 それ以上マリー自身が傷つかないように、適当な嘘をついてしまう。

「………」

 彼女は一向に沈黙を保ち苦痛な面持ちで僕をみる。

 そんな状態に僕は耐えられるはずもなく。

「手を出せ…マリーほら…」

 黙ってしまったマリーとのあいだを埋めようと僕は残った左手を差し出す、何も分かっていなさそうなマリーだが、僕の手を握ってくれた。

「なんだか思い出すな…町外れの教会でかけっこさせられて…そこで追い抜いて泣かれて…手を握ったらさ、今みたいな顔してたんだよなマリーは」

 マリーは何を言われているのか分からないだろうけど…僕は彼女が悲しく涙を流すたびにこうやって手を握っている。

「物心着く前の話だから何を言ってるのかさっぱりだろ?」

「………」

「なんていうか…この縁は切ろうとしてもなかなか切れないんだよ。僕がどうしようとも切れなかったんだからマリーも切れやしない。縄なんかじゃないんだよ、多分鉄以上に硬い何かで繋がってるんだろうな。だからお前がつまずいた時僕はしっかりと支えられるし…僕が転ぶとマリーも転んじゃう…したら二人共転ばないようにするにはどうしたらいいんだろうな」

 マリーは鼻を指ですすってから

「…………簡単だ……私がお前を支えればいいんだ」

「……そうだね」

 しかし、マリーはまだ何か迷っているようで…

「でもどうすればいい…」

「それは…そうだな。いつもみたいに笑ってればいいんじゃないかな?何倒れてるんだよって…だからさ、泣かないでよ」

「……分かった」

 ゴシゴシとこする音の後に長い溜息をマリーはつく。

「お前の事を心配をしていたはずなのに……私が慰められるとは思わなかった。もう大丈夫だ」

「うん」

「それと……私は覚えているぞ、その……この手の暖かさを…度々夢に見てる。やっぱりセレクトだったんだな」

 照れくさそうに話すマリーはとても可愛らしく思え…

 いや、気の迷いだ。

「じゃあ僕はもう少し寝るよ……実は……まだ……疲れて……」


 喋りながらセレクトは寝てしまった。

 残されたマリーも疲れてはいたがセレクトの意識が戻ったことを誰かに話さなくてはならなくて、寝る事が出来たのはリザが起きるのを待ってからになった。

 

 次に僕が目を覚ましたのは昼手前で…

「寝すぎたみたいで頭がぼーっとするな」

「やっと起きましたか…それとこちらが昼食になります」

 と、そこにはフィアさんが立っていた。

「あれ?リネアさんの側近で…ひぃ」

 鋭く睨まれてしまった。

「私もリネア様の下を離れたくはなかったのですが、決まってしまった事なのでしょうがないです」

「決まった?」

「はい、セレクト様が退院するまでの間は誰かしら側に付き添うと。リネア様自身が申しましたところ、リザさんと他皆様も賛同されまして。じゃんけんというものでその順番が決まりました」

「それで最初にフィアという事か」

「はい。それではこちらに…お口を開けくださいませ」

 それは固まるほかない。生まれて初めての親以外からのお口をあーんなのだから。

「だ…大丈夫です!一人で食べれます!」

「そうですか。ではそうしてください」

 案外簡単にフィアは引き下がる。なんだか少しもったいない気もしたが、僕自身の健常な精神を侵しかねないのでテンパる事で考えない事にする。

「はは、そうだ僕の荷物とかないかな?」

「はい、こちらに」

 さすが身の回りの事を任せたらプロフェッショナルだ、てきぱきと動き僕の荷物を持ってきてっくれた。

「そうそう、これこれ…」

 取ろうとした所に…

「食べてからです」

 と、お預けを食らった。

「聞いていた通り、三度のご飯より研究が好きなのですね…」

 バレていた。まあ別に研究をしようとしたわけではない。魔晶石の所在が気になっていて仕方がなかっただけだ…しかし、布の下からでも分かるほどのエーテルが漏れ出しているのでそこにあると確信出来た。だから良しとしよう…

「仕方ありません。やはり口をお開けください」

 いつの間にかフィアは昼食を片手に僕にスプーンを向けていた。

「ふぁ!?」


 なんとかフィアから昼食を返してもらい、食べ終わった頃に交代だったのか次にハーベスが来てくれた。

「や」

「ハーベスにも色々と心配させたかな?」

「もちろんだね、君は僕の目の前で倒れたんだ…でも今は元気そうよかったよ。それにしても今から何をしようとしてるんだい?」

「うん、実は魔晶石を作るのに必要なエーテルを特定したところなんだ」

「休んでいないよ…たく、君はいつも簡単に言うね。それが魔晶石研究者が生涯を費やす研究だってちゃんと知っておいたほうがいいよ」

 そんな事は分かっているつもりだ。僕が研究して成果を出せば今まで頑張っていた研究者の努力が無駄になるという事ぐらい…

「あ、そうだ。フィアには聞くの忘れたんだけど。僕の退院っていつかな?」

「それは確か明後日の午前中まではいてもらうとか聞いたよ」

「ありがとう…次来るとき僕の部屋から資料を持ってきて欲しいんだけど。はい僕の部屋の鍵」

「僕を使いっぱしりにするのかい?いいけど。どんな資料なんだい?」

「魔晶石関連をノートにまとめておいたんだけど。机の上にあると思うからそれを持ってきて」

「分かった………夕方にもう一度きて渡そうか?」

「いいよ、ハーベスも疲れてるだろ?って、展示会場に誰かいなくて大丈夫なのか?」

「ん、ベルに頼んできたからね」

「それは悪いことをしたな…だったら早く帰ったほうがいいな」

「何言ってるんだい、来たばっかりじゃないか。それに次の交代までに僕がここに居なかったらそっちの方が後で文句を言われてしまう」

 苦笑いしたハーベスはマリーにどやされる事を考えていたのだろう…そんなように会話を弾ませ、今後の研究方針や課題なども伝えた。

 それと一応ベルモットにも教えてあげるようにと付け加えてだ。


 次の交代として…カトレアが現れた。

 正直僕は彼女が苦手だ。下手に会話の糸を手繰られるとボロが出てしまいそうで怖いのだ。

 何気ない会話にも地雷を仕掛けつつ、引っかかれと言わんばかりの笑みを浮かべたりするあたり…

「やっほー!きーたよ」

「うっ…」

「あれれ?もしかしてお呼びじゃなかったかな?リザとかマリーの方が良かったよね…あ、リネア様のほうがもしかして」

 様子がおかしい、ド直球に僕の繊細な所を突き刺してきた

「嫌な顔して悪かったよ謝るからしょっぱなからデリケートな所を突かないでよ」

「なんだ、何かなー?ってきり木偶の棒か朴念仁だとばかり思ってたけど。自分の現状分かっちゃってる感じ?」

 やっぱり…いつもの何倍。いや、それ以上に…うざい!

「私はにやにやが止まりませんよ!なにせあのクレープ屋の屋台の中は戦場だったからね。聞きたい?すごく聞きたいよね!!」

「そりゃもう是非聞かせてください。そしたら帰ってください」

 僕が拒否した所でカトレアのおしゃべりは止まらないだろう。適当に相槌をうち、流すことにしたかったが。

「私も初めて気がついて、すごくびっくりしてるんだけど。リネア様ってずっとセレクトの心配をしてるのよねー。どうしてんだろうとか思うより先に、あの目を見れば分かるわ。恋をしちゃってるわねあれは…そう!あんたに!!どう?一国のお姫様に思われるとかどんな気持ち!?参考までに教えて!」

「知らないよ!てか土足で僕の気持ちを踏み荒らしすぎだろ!!」

「それに対してリザはなんだか動揺してて。マリーも聞き耳を立てていたわね!フィアって付き添いの子も怪しいわ…ああーテンション上がるわー!!」

 無視されたことよりも、とりあえず話の線路を変えないとマズイ。今のカトレアはスイッチが入りっぱなしになっている状態…このままだと丸裸にされるまでに30分も持たないだろう。

「時にカメラの具合はどうかな?」

 無理やりな感じもしたが話題として投下する。

「ああ!バッチリよ!特ダ…思い出がいっぱい撮れたわ!見る?見たい!?」

 釣れてはくれたが、こちらも少々メンタル的にきつい気がする。

「見せてください。したら帰ってくださいお願いします」

 その後はギリギリモザイクをかけないとまずいような写真をチラホラと見せられ…満足したのか本当に帰っていってしまった。

「誰かしら付き添うルールだったんじゃないのかな?…まあ、一時の休息…疲れた」


 僕はいつの間にか寝てしまっていたらしい、人生の中でこんなに寝たのはいつの頃だろうか。窓の外は既に夕焼け空。夕日を背に、そこにはリネアさんが女神のように微笑んで座っていた。

「直ぐにご夕飯の準備をさせます。フィア」

 僕の視界には映らないフィアの気配が部屋から消えた。

 にしても彼女の発する言葉は音だけで何かのリラックス効果があるのか。とても心地よく感じる…不思議だ。同時にそこには何か仕掛けがあるのではないかと、研究者心をくすぐられる。

「あの、ありがとうございます。こんなに豪華な部屋を用意してもらって」

「いいえ、こんな事ではセレクト様に頂いた恩を返せません。私たちの心のあるべき所を示し、全てを救ってくださったあなた様には…」

 なんだか壮大な話だと、僕は他人事の様な感想を頭の中で反芻する。

「クレープの販売は上手くいってます?昨日は僕のせいで中断しちゃったみたいだし…」

「セレクト様のお体の方が心配です。それにお店の方は順調です、皆様とても笑顔で頬張っていました。私は祝福する事でしかあの方たちを幸せにできませんでしたが。クレープという食べ物は本当の意味での幸福を皆に与え…平和と幸せを体現した素晴らしい食べ物です。それを創造したセレクト様は本当に素晴らしい…」

 伝々と話が続く。やはり他人事のように思えてしまう…もどかしい。とりあえず、一言一言を壮大に僕を褒めちぎる。

 褒め称えられ続け、リザ達が来ても門限ギリギリまでここで雑談を楽しみ、惜しむように帰って行った。


「リザとマリーは一緒?」

「夜は長いからな。交代で、だ」

「本当に退院まで誰かしら付き添ってくれるんだね」

 危うく疲れたなとか口に出してしまいそうだったが。彼女たちの心配を考えたらこれぐらいなんて事は無い。

「皆で決めたから…皆セレクトがすごく大事なんだよ…わたしも………」

 リザは我慢していたのか、言葉を全部言う前に、涙を流しぐずぐずと泣いてしまった。

「ごめん、ごめんね。泣くつもりは無かったんだけど。セレクトと話せてとても安心しちゃって」

 そんなリザを慰めてあげるのに頭を撫でる。

 そして考える…前の世界がどうなっているのかと…

 

 


遅くなりました。


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