28話 日常の帰還
学園へと戻ってきた翌日には試験が待っていた。
本来4日間あるテストの内容をウェルキン校長が1日に短縮してくれたらしい。
それは自室のドアの下に滑り込まれていた手紙に書いてあったのですぐに分かった。
余計な事をしてくれたものだ。
試験ぐらいはゆっくりとやりたい。
それに僕は問題ないかもしれないが、マリーとリザがどうなのか…
この試験は実技か筆記のどちらかを選択する。
筆記なら下級生でやってきた魔法に関する細かい問題や歴史といった内容で。
実技は剣技、魔法、聖法のどれかを実践してみせるといった内容だ。
ちなみに僕は筆記を選択しマリー達は実技を選択した。
筆記試験の問題は初歩的な事が問われているだけ…あっさりと4日間分のテストが終わってしまう。
あと昼まで2時間もある…
何度も見直すのに飽きたころ僕は試験用紙を教師に渡し廊下へと出た。
てきとうにぶらぶらと歩いていると何人もの生徒とすれ違う…誰もが忙しそうに走っている。
ふと窓の外を眺めるとマリーが試験官と対峙しているのが見えた。
試験官は若く、まだ大人というには幼さがある。
多分上級生なのだろう。
その後ろを見れば教師が採点しているのかメモをとっている。
本来は数いる上級生が試験官となり監督である教師に報告する形なのだろうが、今は補習のように一人しかいないマリーに対して上級生と教師が一人ずつ着いている。
教師だけにやらせればいいものをと思うが、上級生が下級生に教える事も試験の内なのかもしれない。
それにしても遠くからでも分かるほどに、今のマリーは本気だ…魔王の卵とやりあった時の様に殺気を放っている。
「おいおい、相手は人間だぞ」
案の定上級生は殺気に気圧されているし。その隙を狙いマリーが先手を取る。
マリーの先手たる初撃は強引に押すような一撃、防がせなおかつ後退させるのが目的なようだ。目論見通りに上級生は重心を後ろに下がらせたしバランスを崩している。上級生は足がもつれたがなんとか転ばずに身構えようとするが、待ったなしのマリーの二手目の攻撃に備えきれていない。下半身に重心がしっかりとのっていないため防御に構えた木剣をはじかれ、さらに下がる事をよぎなくされた。そのまま尻餅をつく。最後の一撃と言わんばかりにマリーは殺気をこめて睨みつけ、相手の戦意をそぎ。三手目は目前の寸止めだ。
まるで反撃をさせない一方的な攻防というには少々相手を小馬鹿にしすぎている戦い方。数秒の間に勝敗がきまった。
上級生も相当手を抜いていた様にも見えたが、本気を出す前に倒されてしまっている。
まあマリーの殺気の迫力は考慮していなかったのだろう。
ただのハッタリであっても、覚悟の違いでここまで差が出るものかとも思う。
呆気にとられている上級生と木刀を収めるマリーを見た後、食堂に向かって僕は歩みを再開した。
僕は現在一人で昼食をとっている。
遅いなーとか思いつつ食事も3口分のこした頃にマリーとリザが隣に腰掛けた。
「ふう、やっと飯にありつける。セレクト、お前のほうはどうだ?」
「おつかれ、僕のテストは終わったよ。にしてもマリー…試験官を殺す気でやりに行ったでしょ」
僕の返しにマリーは何も悪びれた表情は取らず、淡々と説明する。
「見てたのか。あれは試験官の上級生が下級生の人間のメス相手にどうのこうのと言いだしたからな。ついだ」
「ああ…なるほど」
なんだ自業自得か。
にしても獣人には見えなかったな…人とのハーフか、もしくは人と見分けがつきにくい獣人だったのかもしれない…
もしかして剣術科に居る純粋な人間ってマリーだけのかな?
「そうかセレクトは終わったのか。まだ私達は午後の試験が残ってるって言うのに」
「はぁ、私も筆記にすればよかったかな」
といってリザがタメ息を吐いた。
「リザは教室で実技試験してたの?」
「うん。聖法はナターシャ様が見てくれて緊張はしてないんだけど。細かい事が多すぎて…」
「なるほどね。でも筆記でミスしたら月光祭の半分を楽しめないし、実技の方が確実だと思うけどな」
そう、このテストが終われば月光祭の準備が待っている。
学生達は個人で出し物をするもよし、祭りを楽しむもよし。
本来の祭りの目的は、各国の商館の倉庫整理。
毎年この時期になると倉庫が不要な在庫や、持ち主不在、受け取り拒否などの荷物でいっぱいになってしまう。自国へと送り返すにしてもお金がかかりすぎると悩んだ商人たちは、少しでも稼ぐために倉庫開きと称し激安大売り大会をやる事にしたのだ。
もちろんその中には預けっぱなしで、いざとなってから取りに行く人達もいて町中の倉庫はごった返す。
ある程度、荷物の整理がついたところで祭りが始められる。そして売りが始まればそこかしこで様々な形式のオークションが開かれるらしい。もちろんその中には掘り出し物もあるとかないとか…
僕はそんな月光祭の話をご飯を食べている二人に話す。
リザはすでに何回か経験しているので驚きはないが、マリーは少し興奮している。
「で、月光祭の月光って暗い倉庫の奥にしまってあった商品に光がさす事を意味してつけられたんだってさ」
僕の一人話が終わった所で昼の休憩が終わり、鐘が鳴る。
その頃に二人もちょうど食べ終わっていた。
「セレクトの話を聞いていたら昼休みが終わってしまった」
「私たちのテストが終わったら月光祭でやる出し物の話をしましょ」
「出し物か…ハーベスと研究内容を発表しようと話をしてたんだけど。リザがするなら僕も手伝おうかな」
研究内容はもちろん写真に関しての事だ。
そういえば以前マリーが食べもの屋を出すとかなんとか言っていた気がする…
「じゃあまた後でね」
「行ってくる」
二人の後ろ姿を見送った後、僕はハーベスが待っているであろう錬金科へと移動した。
「予定よりもだいぶ早く終わったからな」
ハーベスはおろか誰も居ない錬金科。
まあいいやと紅茶の準備をし待つ事にする。
やりたい事は山ほどあるが、とりあえずスペリアムで起きた事をまとめたノートに目を通す…
「今のままだと再現するには難しい物ばかりか…」
自分のボロボロでグチャグチャだった足を数分で元通りにしてしまった泥しかり、成層圏まで伸びた大樹とそれを守る結界だったり…どれも想像を超える物ばかり。
懐からキラリと光る石を取り出した。
魔力の源…エーテルの塊”魔晶石”
魔王の卵を倒した際に少しだけ貰った物で、今まで手にしてきた魔晶石で一番大きい。
「こいつにはかなり振り回されてるな…」
魔王の存在…それは計り知れない災害だと痛感した。そんな魔王の卵が自身の崩壊と共に内包した魔力を噴出し、魔晶石化してしまった。
「そういえば、あの魔王の卵は単純だけど強固な結界を使ってたな」
改めて魔晶石を眺め痕跡が少しでも残っていないか確認する。
「無いか…」
全体を見てみたが何もない…しかしこんなものはただの前置きだ。
長年の問題…魔晶石がどうやって自然に作られるのかと言う疑問を浮かべる。今までの常識だと魔力が集まる場所に出来るとされていたが…それだけでは腑に落ちない。無いなら作ってしまえと考えた僕が何度か試した魔晶石の精製。単純に空気中のエーテルをかき集めてみたのだが思うように結晶化せず、すぐに分散してしまった。ならばと不純物を核として精製も試したがゴミの塊しか作れなかった。
「あの時は他の研究で忙しかったから後回しにしてたけど……」
これだけ大きいものがあれば出来る。
こんなに大きい魔晶石がここにあれば。
それは今まで僕が知りたかった事…
本腰を入れる研究。今での集大成のような実験…今までは魔法がどのように働くのかをとことん突き詰めてきたが、それは研究者として逃げていただけだった。本来の一番知らなきゃいけない事…それは魔法の力とは何なのか。どこから生まれてくるのか…どのように
「だから、本人に聞かないで教える事は出来ないって」
廊下からハーベスの声が聞こえて来たので魔晶石を懐に戻す。
「そこを何とかするのがハーベスだろうが」
誰かと話をしているようだ。
扉を開けハーベスが中へと入ってくると、その後ろには見慣れない黒髪長髪の女の子…赤い制服で学園の出身者と分かるが、もち肌の白さが黒髪をより引き立ててとても陰鬱な印象を受ける。
「おうおう、前に一度だけあったな!セレクトだったか?」
ハーベスより先に僕の目の前に来て机をたたく。
どうやら外見と性格は見合っていないらしい。
「初めまして以前どこかであったっけ?」
「ああん?舞踏会であってるはずだが」
舞踏会…消去法で考えていくとハーベスが紹介した清楚な感じの黒髪の女の子…
「ベルモット・ウェザ・クレリックだ!めんどくせぇからベルモットと呼んでいいぜ」
そういえばあの時は一言もしゃべらなかった…ボロを出さないようにとしてたのだろう。
「僕はセレクト・ヴェント。改めてよろしく…」
しかし、僕が手を出して握手を求めたが軽くあしらわれた。
「まぁ早いとこ本題に入りたいよな?なんで俺が此処に居るのか疑問だよな?それもこれもこの資料だ」
バンと机に出されたのはハーベスにと渡した研究資料の一部。
後ろでハーベスがすまないというジェスチャーが見えた。
「この資料に書かれている魔法…この学園でも屈指の魔法使いと俺は自称していたがこんな魔法はどんな本にも書かれていなかった。だからすぐに自作だと分かった。その後でハーベスにいろいろと聞こうとしたが、おまえに許可をもらわないと教える事が出来ないとほざく…んで、てめぇに許可をもらおうとしたらスペリアムに旅行に行ったと来たもんだ!」
「急用だったからね…」
「まぁ、そんな事はどうでもいいな。時間が出来たからてめぇの事を色々調べさせてもらった。お前と同じクラスのカトレアって知ってるだろ?あれは俺の幼馴染だ。幼馴染のよしみでお前の事を色々聞いたら海港都市リリアの出身者だというじゃねぇか。その時俺はピンと来て一つのアイテムを調べたらドンピシャリ、この魔法の札だ。これに書かれている内容。色々と真似されないように工夫が凝らされてるとは知っていたが、この資料と照らし合わせると不思議なぐらい共通点があるんだぜ?偶然じゃねぇよな。これを作ったのはお前かお前に魔法を教えた師匠だろ?」
海港都市リリアは今では魔法道具を一般普及させたという大きな偉業を成し遂げ、魔法研究者の間で話題になっている事は薄々気がついてはいた。ただそれと僕の研究内容を照らし合わせて共通点を見出すという彼女の探究心には目を見張るものがある。
「で?」
「分かってんだろ。俺にも教えろよ」
そう来るのは分かっていたが…彼女の本質をまだ僕は見極めていない。例えばハーベスは僕と一緒に錬金の研究をしたいと言っている。しかし、彼女はどうだろう…この自然文字を理解して何がやりたいのかはっきりとは分からない。
「教えないって言ったら?」
「そうだな、この内容を世間様にでもばらそうか…様々な国と商会が目をつけるだろうな。それに教会様が目をつければ極刑物じゃないか?」
ニヤリとベルモットが笑って見せる。
後半の教会どうのこうのとはあまり怖くない。それはスペリアムでの立場を考えれば絶対に無いからだ。
それよりも他の商会や国にばれるのがマズイ…リリアの特権として販売されていた魔法の札、その内容は手掛かりが無ければまるで分からないというブラックボックス。僕には知られてないと思っているだろうが、商会主人のヤルグやその周辺の商人は嫌がらせを受け、時として命を狙われている事があった。
もしそこで僕が元凶だと知られれば、僕や僕の周辺にいる関係ない人たちにも被害が及ぶ事になるのは明白だ。
意識せずにベルモットを睨んでいた。
その迫力に後ろのハーベスは顔を青く、当のベルモットも次の言葉を飲みこむ。
「セレクトごめんよ。僕が彼女に口が滑って言ってしまったのがいけなかった。普段はこんなふうに言う子じゃないんだけど…ベル、君も謝ってくれ。彼は僕の大事な友人なんだ」
「謝るだぁ?俺の大事な物を横取りしやがったこいつにかよ…ハーベスお前はとんでもなく危険な所に連れてこられたと言う自覚が足りないんじゃないか?」
ベルモットを庇うハーベスに、庇われた彼女が口にした事は以外にもハーベスを気づかう言葉だった。
しかし横取りとは何の事だろうか?
僕と直接的な彼女の接点は無い…だが共通する点はある。
ハーベスだ。
そう考えると…なるほど。彼女の怒っている理由がやっと分かった。
「いや、僕も大人気なかったよ。ベルモット…君はこの魔法の仕組みがとても危ない代物だって気が付いているのか…そしてそれに関わるハーベスが気がかりで仕方ないし。置いて行かれるんじゃないかと言う恐怖があるんだね。そういえばハーベスはここ最近、魔法科には行っていないようだったけど…」
見極めるために何となく彼女の目線に合わせて言ってみた。すると見る見るうちに赤く染まって行く。
「ううう、うるさい!黙れ!それ以上言ったらぶっ殺す!いや今殺す!」
顔を真っ赤にしながら魔法を組み立て詠唱する。
ハーベスのひぃという悲鳴がかすかに聞こえた。
しかし、詠唱がある限り僕が遅れをとる事は無い。掌に映し出された魔法陣を発動させるだけで、彼女の構築途中の魔法を崩す。
実際にハーベスも初めて見る自然魔法の発動に疑問しか浮かばない様子。
「何が起きた……え?詠唱も無しに」
ハーベスは起きた事を理解し一番重要な事を抜き出したのだろう…
「精密な魔法は詠唱を必要としないんだよ」
ベルモットも実力の差が歴然とした事で呆けている。まあそれだけじゃないのだろうけど。
「ベルモット…君の事はあまり知らない。だけどハーベスがここまで気を許しているってことは相当な実力者なんだろう。研究者としての探究心も僕は共感できる…だから教えてあげるよ僕の秘密の魔法形式をさ」
僕は紅茶を準備をしていたポットに湯を入れ、紅茶をそそぐ…
「とりあえず飲んで落ち着こうか」
ああ、とハーベスが用意された紅茶を手に取る。普段飲み慣れている物とは違うと香りで分かるのか、一瞬手を止めてから一口飲む。それにつられるようにベルモットも口にする…
「緊張がほぐれる良い香りだ………スペリアム産の紅茶は好きで良く飲んでるけどこれは別格すぎやしないかい?」
「それにただの紅茶じゃねーな。体中に魔力が染み渡る…なんだこりゃ」
「一言でいうと女神を助けた報酬に貰ったんだ。ちなみに原料は創生の大樹の若葉だよ」
僕が口にした事が理解できないと言う表情をしたが、そこにある紅茶は本当においしかったのだろう…真実を見極めるためもう一口飲んでから。
「セレクト…君はいつも僕を驚かせようとするひどい奴だけど、今回はそうはいかないよ」
がたがたと足が震えているハーベスにはまるで説得力が無く、
「もしこれが本当にてめぇの言う材料が含まれてるんなら、一杯…いや一口だけで何十枚分の金貨に相当するんじゃねぇか?…まあ本物ならな」
この紅茶は最上級に指定されるだろし、世界中の嗜好品の中でも指折り数える内に入るだろう。
「とりあえず、魔法の話とスペリアムの話…どっちを話そうか?」
そんな事の後では魔法の話がゆっくり聞けないとの事でスペリアムの話をする事になった。
話の冒頭はまずスペリアムへと行く理由。リネアの妹ミア…彼女の魔晶石化を治すための遠出であった事から始まる。
なんとか治療を施した後に強制的に生贄にささげられ、大樹の根の下で化け物と遭遇し撃退するはめになった事。
そして女神の封印を解き、崩れる洞窟内から命からがら逃げるも気がつけば創生の大樹の天辺にいたり。
そこでエルフや女神から感謝をうけ、恩賞として紅茶と種をもらい地上に降りてみれば魔王の卵やら、倒した後になんやかんや物騒な事態だったりと語れば興味が尽きない冒険活劇になっていた。
「でさ、この魔晶石の欠片をちょっともらったんだよ」
手元の魔晶石をみせると、興奮した後に悔しそうにハーベスがため息を吐いた。
「はぁ…僕も帝国人じゃなければ行けたんだけどね…」
「で、その話だと種はどうしたんだ?」
「ああ、とりあえず鉢に植えて」
バンっと窓に衝撃が加わる音がしたかと思うと、何者かがそこから飛んで入って来た。その体格や印象に残る赤茶色の髪を見て一瞬で誰だか分かる。
「お前の部屋から木が窓を突き破って伸びてるぞ!」
振り向き様の第一声の木と言う単語に当てはまる物が今朝方、鉢に植えた大樹の種である事だと理解した瞬間。
教室を飛び出し、僕はすぐさま自室へと駆け出す。
寮の手前で足を止めるとリザが心配そうに上の方を眺めておろおろしている。
僕の気配に気が付いたのだろう、リザは振り返る。
目が合った所で僕は上を見て言う。
「早く何とかしないとな」
木の土台となっている自室から下の階はその重さに耐えきれずにギチギチと音をたてて今にも崩れてしまいそうだ。
「あれまだ大きくなってるみたい…あと、セレクトの事探してるみたいだよ」
「ん?どういう事」
「女神様の時よりはっきりしないけど…あの木から声が聞こえるの」
創生の大樹も女神と言う意思を持っていた。だとするとこの木にも意志が宿っている可能性は大と言う事か。
僕の事を探して大きくなっているのであれば、近くに行き安心させる必要がある。
一足飛びに魔法の補助で跳躍する。枝に片足をのせるがこの後どうするべきか悩む、
”抱きしめてあげて”
リザのテレパシーが届いた。
「こうかな?」
言われた通りに手を広げ体全身で抱き付く…幹に耳をあてるとほんの少しだけ鼓動のような物を感じ…
「そうか、水が欲しいのか」
言葉は無くても欲求と言う感情が直接響いて、眼下を見下ろすとマリー達もこちらを見上げている。
「ちょっと手を貸して。この子を下におろしたい!」
具体的にどうおろすのかは分からないが皆の力を貸してもらう。
寮から離す際に木の根は結んだ糸が解ける様に、意思を持って建物から剥がれる。
どうにかこうにか木を下す事が出来た。
いざ下した所で、どこに植えるのかが問題に上がる。
「それで、何処に植えなおすんだい?」
「広い所がいいんじゃねぇか?」
この木に欲求みたいなものは無いかとリザに聞いてみる。
「……今は満足してるみたいで、声は聞こえない」
だ、そうだ…
「セレクト、なるべく早くした方がいいぞ」
マリーが急かすのも分かる、既に辺りは夕焼け色に染まり、暗くなるのも時間の問題。
「セレクト君、君の周りは騒動が絶えないのかな?」
聞いた事のある声はウェルキン校長の物で、どこからわいたのだろうかと不審に思うと、
「上から丸見えだったからね。急いで来たんだよ」
心の中を見透かしたように言うが、緊急で来た割にはずいぶん楽しそうに見えるのは気のせいだろうか…
「あの、女神様からもらった種が急成長してしまって…どこかいい場所はないですか?」
「んー、住宅スペースでこの学園は一杯だからそんな余裕があるのは郊外になってしまうね」
それは困る…この木はたぶんだが意思があり僕の事を探してここまで急成長した。離れるなんてことになればきっとまた成長し僕を探すだろう。郊外に置いて学園を飲みこむほどに大きくなってしまえば…考えただけで背筋が凍る。
「そんなに心配ならここに植えてあげなさい。私が許可をしましょう」
「すみません…大きくなったら何とかします」
そうと決まればすぐに魔法で土を掘り植える。すでに日は沈みかけていて夜の帳と言うものが見え始めていた。
部屋の修繕を終わらせ、壊れてしまった机や必要な備品も適当に直す。
今日の出来事を簡単にノートにまとめ、大樹の種改め”創生の木”の観察記録を作る事にした。
にしても女神が言っていた、すぐに育つと言う意味から数月かかる物だと自分の中で勝手に考えていたら、このありさま…あそこまで急成長するとは思っていなかった。
創生の木は今は成長を止めている様に見えるが、明日になればどうなっているのだろうか。心配は尽きない…
今日と言う貴重な残り少ない時間を研究にと集中する…
「やっぱり、食べ物…とくに甘い物が良いと思う」
後でマリーが月光祭の出し物について議論を始めた、
「でも、アイスは他のお店でも作るとか言う話だし…」
それに答えるリザは月光祭の出し物について被らないようにしたいのだろう…
「リリアの名産の中じゃだいぶ有名だな。行商人が真似て貴族連中にぼったくったなんて話はだいぶ聞くぜ。他にもケーキとか言われる菓子もあるそうだが、そっちはどうだ?」
何故かベルモットも参加し意見するが…にしてもだいぶリリアの情報には詳しい。
「あれはだめ、今作れるのはセレクトとリザだけだし。数作るのに人手不足…いまから作れる人を育てるのなんて無理ね」
いつの間にか輪の中に溶け込んでいるカトレアは僕が強制参加と言う事で話をすすめる。
「セレクトは僕と写真とカメラの展示会するんだからそんなに貸せないよ」
反論するハーベスが僕を取り合う…
僕は背を向ける形で机に座って今後の研究の考察をしようとしているのに…
「セレクト、いい案は無いか?」
「もう、僕の部屋でやる事ないじゃん…それにここは女子禁制の男子寮だよ」
この問答を何回やった事か。
「だが、今ここに住んでるのはセレクトと魔法見習いの行商人だろ?」
「ブライスさんね…てかそれと女子禁制は関係ないし。そうですよねウェルキン校長!」
「はは、どれも古い決まりだし気にする事ではないよ。ここは皆の意志を尊重したらどうだい?」
助け舟を出してくるだろうと言う淡い期待でウェルキン校長に話を振ってみたが、ニコニコと僕の入れた紅茶を堪能しているだけ…このままだと多分、多数決と言う事になり味方に付いてくれる者は数少ない。とうかいないかもしれない。
誰かが終止符を打たなければ収拾がつかないし、それを打つのは僕任せな感じもする。
「わかったよもう。分担作業がしやすくて簡単に作れる甘い食べ物…クレープでも作ろうか」
「くれーぷ…初めて聞くな。どんな食べ物なんだ?」
マリーの他にもこの場の全員が興味を持つ。
「って、そんなに集中されると恥ずかしいな…ホットケーキって前に食べただろ?」
「ふわっふわで甘い黄色いケーキか!」
「うん。それを薄く伸ばして焼いたものにクリームやフルーツのジャムなんかを塗って巻いて食べるんだ」
マリーがよだれを垂らしてキラキラとした目で見てくるが。他の人たちにはピンとこないようだ。
むしろその中で一番ベルモットの視線が痛い。何か怪しい目で見てくるし…この子は疑問に思う所が普通の人とは違うのだろう。多分だが何処から出てくる情報なのかと疑われている。
「とりあえず明日の朝にでも必要な調理器具は僕が用意するから…」
紙に材料となる食品を書く。
「これを買ってきてよ」
と僕はリザに紙を渡す。
「あとハーベス。僕達はブースを作らなきゃいけないから、とりあえずいっぱい写真を撮って来てくれ」
わかったよとハーベスが言うとウェルキン校長が口を挟んできた。
「この祭りに便乗して学園では研究発表が行われるよ。もしよかったらエントリーしてみてくれ」
それに対してハーベスが聞く。
「ですが…あれは上級生だけなのでは?」
「大丈夫だし、だれも上級生だけなんて決めてないよ。私が言うんだから間違いない。それに君たちの研究は十分に通用する内容だと私は思うけどね」
上級生の研究とやらのシステムが分からないが、後でハーベスに聞いておこう…
これでこいつらが僕の部屋に居る用事も無くなった。丁重に出て行ってもらおうとドアに近づき開けようとしたがドアを叩かれる音が聞こえた。
開けてみれば隣人のブライスさんが大きな木箱を抱えて立っている。
「あれ、ブライスさん久しぶりですね…どうしました?」
「セレクト君が留守の間これを預かっていたんだよ」
覚えのない木箱に目を向ける。
重そうにしているのでとりあえず受け取る。
受け取ってみたがやはり重い。
「中見ました?」
「気になりましたけど。私は商人の端くれです。絶対にそのような事はしませんよ」
と言いつつも気になってしょうがないと言う様子。
その場に下して中身を確かめる。
封を開けてみれば中には20本ほどの液体の詰まった瓶と手紙が入っていた。
とりあえず手紙を開いて読む。
”やっほーセレきゅん久しぶり。ヤルグだよ~。最近連絡も無いから心配してるけど。とりあえず初葡萄酒の出来を見て欲しくて送らせてもらったよ。それとセレブーな人にも宣伝してほしいなーなんておもっちゃったり。ちゃんと感想を書いて送ってね!!”
うむ、毎度のことだが気持ち悪い手紙だ。
にしてもあの人は間が悪いのは遠くに居ても同じなようだ…
「お酒…ですか。見た事ないですね?」
「いちおう、今後リリアの新しい嗜好品で貴族をターゲットにした商品です。葡萄を酒にしました」
この世界にも果実酒はいくつかあるが、その中に葡萄酒は無かった。ワインの醸造のしかたはうろ覚えでしかなかったが。発酵の仕組みや科学的に考えれば難しくは無く。せっかくなので作らせてみた。
しかし途中で僕は学園へと来ることになってしまい。完成品は目にすることは出来なかった。
「じゃあ一本ブライスさんにおすそ分けしますよ。飲んで感想を聞かせてください」
「いいのかい!?僕はお酒に目がなくてね!飲んでみるよ」
ブライスさんは葡萄酒をもって部屋へと帰って行く。
そして後ろでは興味津々になっているマリー達がいて、
「酒か!いいな!私にも飲ませてくれ」
この学園での飲酒の年齢制限は決まっていないし…むしろどこの国でも規制は無く、本人の自由だ。
「って明日忙しいしだめだよ!」
「おいおい、ケチくせー事は言うなや。こんなにあるんだから一本や二本いいじゃねーか」
ベルモットはすでに2本の酒瓶を手にしている。
箱の中身を確認してみれば、空白が3つ。いつの間にか抜き取られていた。
ウェルキン校長もどこからか人数分のコップを取り出し用意が早い。
止める僕の声は空中に消えていく。
唯一の良心を持っているリザだけが心配そうに僕を見て話しかけてきた。
「セレクトも飲まない?…試験も終わったことだしさ」
あまりリザに気を使わせ続けるのもよくない。
僕はひと呼吸してから…
「それもそうだね!」
これ以上に考えていてもしょうがない。
いつものように流れに身を任せて、僕はワインの入ったコップを手に取り一気に飲み干した。