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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第3章――
23/59

23話 希望の光

 スペリアムはあらゆる宗教の複合国家という珍しい国である。

 対立の末に宗教戦争も無い訳では無かったらしい…しかし色々なものを乗り越え。この神木の元で民の意思が一つに束ねられ、今の平和があるのだとか。

 そんな宗教戦争の最後に、今では神格化してしまったエルフ族…彼らが崇拝する宗派が創生の大樹の化身”女神リアム・レアル”に献上され、大樹の天辺にてベイブローブと呼ばれる桃源郷を築き上げていると言われている。まぁその話の裏付けはウェルキン校長に聞けば直ぐに分かる事だろう。

 他にもリネアさんに聞いただけなのだが、宗派によって話の解釈が違うのはもちろんのこと。

 リネアさんが属する宗派の主神は女神リアム・レアル。

 スペリアム内での民の半数が属する宗派で一番の発言権がある。

 他には国外に多くの宗派を広める派閥もあり。スペリアムでは二番目に発言力がある。それはリリアにいた頃の神父様が属していた宗派。太陽の神グラン・モアを崇拝する宗派。言われてみればたしかに女神リアム・レアルはその中だと豊穣を司る精霊とされていた気もする。

 細かい設定やらなんやら聞いている内にマリーの鼾が聞こえて来たので、話の腰が折れてしまった。

 僕も熱心な信仰心は持ち合わせていないので丁度よかった。

 明日になればスペリアムの首都、スピアスに着く。やっと船旅も終わると思ったが、一瞬だけ帰りの事を考えて気落ちしかける。

 そんな気持ちを落ち着かせるため、ノートに今後の研究課題となりそうなものを書き連ねた。

 つい時間を忘れ鼻歌を歌うほどに上機嫌になっていると、扉を小さく叩く音が聞こえが無視してしまう。なにせ今は深夜で僕の腕時計では12時を指しているのだから…気のせいだと思っても仕方がない。

 間を置いた再度扉を叩く音がきこえ。

「こんな時間に誰?」

 返答も無く、少し怖かったが扉を開けてみる。

「すみません…こんな夜中に」

 息が止まる…目の前にリネアさんが居た。

 何故ここに居る。むしろどうしてここに来た!

 心の中でリネアさんが来る理由を考えてみたが、フィアさんが居ないと言う事が気になってしょうがない。

「あれフィアさんは?」

「寝ていたので置いてきました」

「あ、そうですか…どうしてまたこんな所に?」

「歩いていたら、とても素敵なリズムが聞こえたので」

 僕の鼻歌が彼女を導いてしまったらしい…ちなみに選曲はクラシックで有名なカノン。

 たしかにこの世界では無いリズムだ。

 疑問は解けたが、現状が変わった訳では無い。このままでは誰かに見られるかもしれない。なにもやましい事は無いが、第三者が見てそう思ってくれるかまでは保証しかねる。

「えーと、ここだと何ですから…客間の方に行きますか」

 よし!ナイスチョイス僕!ここで慌てて自室に入れたら、それこそ本末転倒…客間に居れば最低でも偶然居合わせたと思わせられる!

「いえ、ここで構いません」

 か、構うのは僕の方だなんですよ?

 そういう所は純粋な彼女には分からないようだ。

 返答に困っている僕が了承したと思われたのか、恐る恐るリネアさんが部屋へと入る。

 入られたのはどうしようもない…とりあえず椅子に座らせ紅茶を出す準備をする。

「どうぞ、粗茶ですが…」

「はい、とてもいい香りですね」

「この紅茶には精神を安定させる作用があります、あとミルクと蜂蜜で味付けもしてあります」

 カップから音を立てずにすする。

「…とても優しい味ですね…美味しい」

「………口に合って良かったです」

「いつも紅茶は持ち合わせてるんですか?」

「はい、長旅には必ず」

「……失礼だとは分かっているのですが…先ほどのすばらしい音楽を聞かせてもらえませんか?」

「…え?ああ、カノンですか?」

「カノン…そう言うのですか」

「はい」

 鼻歌を改めて披露するのがどれほど難易度が高い事だろうか…しかし、歌わないとこのイベントは早々には終わらない。意を決して歌う事にする

「では、恥ずかしながら…」

 最初の音程を外しそうになるが何とか整える。

 この音楽は教授との思い出でもある。色々な事を楽しんでいた教授の趣味の一つにクラシックがあり、僕もそれを隣で聞いていた。いつしか僕の好きな物の一つになっていた…


 5分間と言う短くも長い間を歌いきる。

「とても…本当に素晴らしい曲ですね。セレクトさんは音楽にも精通しているのですね…」

「いえ、これは僕が覚えてるだけにすぎません。僕自身が作った訳じゃないです」

「ではリリアにとても優秀な方が?」

 それは答えられない…何せここでは無いまた別の世界の音楽だから…

「…いえ、これは生まれる以前に聞いた曲ですから」

「?」

 僕のつぶやきの意味が分からないようだ。輪廻転生の考えはこの世界には無いのだから当たり前か…

 リネアが紅茶を飲み終えるのを見届けて。

「こんな時間ですし、この辺で」

「あっ、すみません。くつろいでしまって」

 何とか部屋から出て行ってもらう事に成功した。

 どっと疲れが押し寄せるとベットへと倒れこむ。

「あー…なんか疲れた…寝よ」


 

翌朝―――

 ズズ…と言う振動で目が覚めた。

 すると扉をけたたましく叩く人物が我が物顔で入ってくる。

「おい、入ったぞ。起きろ!」

「色々間違ってるでしょ…それ」

 身を起こしたが、曖昧な頭でマリーの行動を注意する気も起きない。

「寝すぎたか…」

「夜更かししすぎだ。もう首都のすぴー…」

「スピアス」

「そう、すぴあすに着いたぞ!」

 少し発音が違うが、マリーの言動から察するに無事首都についたようだ。

「早く準備しろ。朝食はナターシャ先輩の家で食べるんだからな!」

 マリーがリネアさんの事をナターシャ先輩と呼ぶ事に新鮮さを感じる。

「へいへい、すぐ準備しますよー」

 マリーを外に出しそそくさと準備する。

「よし行こうか」

「早いな」

「早くしろって言っただろ?それにお腹がすいてるマリーはせっかちだしね」

 通路を通りながら、ちらりと首都の風景が見えた。

 とても白い石で立てられた建造物と湖らしき水たまり。照らされた朝日が乱反射している。


 地上へ降り立つとリザとリネアさん、侍女のフィアさん達が待っていた。

「ようこそ、森と水の都、首都スピアスに」

「綺麗ですね、それに神々しい」

「観光案内もして差し上げたいのですけど…何より」

 朝飯か!とか聞こえたが無視だ。

「屋敷の方に向かいます…その時に朝食も用意させますから」

 苦笑いのリネアさん…あまり真剣になりきれない様だ。

 それが幸か不幸か分からないが。マリーにも一言、言っておいた方がいいな。

「これから大事な話になるからマリーは空気を壊さないでね」

「だが、セレクトが居るだろ?大丈夫、リザを治したお前なら絶対に治せる!」

 こんなにも絶対的な信用がどこから出てくるか分からないが…この先の事は一筋縄では行かない気がする。

 だが僕に自信が無ければそれはリネアさんの不安に繋がるのは確かだ。もうすこし、胸を張る事にしよう!


 用意された馬車で10分ほど走り、リネアさんの家となるクローチェス邸についた。しかし、庭が広大で豪邸まで馬車でさらに15分とかかるとか。

「長いな、でかいな。スケールが違いすぎる」

「スペリアム国内でも5本の指に入る家柄です。粗相の無いようにお願いします」

 フィアさんが説明する…あれ?少しやさしいもの言いだった気がする。

 気のせいか……

 豪邸の前にある大きな噴水を弧を描きながら進む、やっと玄関にたどり着くとそこには十人は超えるであろう使用人が並んでいた。

 リネアさんが先頭に馬車から出ると、

「「「おかえりなさいませお嬢様」」」

 掛け声も無しに全員が声を合わせる。

「ただ今戻りました。お父様、お母様」

 リネアさんの父も玄関の正面に出て待っている。その後方にはリネアさんにとても似た女性がいる…母親だろう。その美しさは20代後半と言われても違和感は無い。

「昨夜届いた手紙には驚いたぞ。帰ってくるならもう少し早くよこしなさい…でもよく無事に帰って来てくれたね。後ろの方達は友達かな?」

 何処かで見た事がある…そう、リザの病が末期まで迫った時のディーマスさんにそっくりである。

「はい、リザイア・ルドロ・リリアスさんにマリー・アトロットさん、それとセレクト・ヴェントさんです」

 リネアさんが僕たちの自己紹介をしてくれた。

「リザイア・ルドロ・リリアス…!!海港都市のリリアの!?」

 その驚き様は尋常ではない…

「お父様は知っておられるのですね。なら話が早いです。妹のミアを治してもらう為にここまで来てもらいました」

 目を見開いてリネアさんの父がか細い声でつぶやく

「…何?い…今治すと、言ったのか…?」

「はい」

「治せるのか?」

「はい」

 二度目のリネアさんの返事で母親の足が崩れる。とっさに周りの使用人たちが抑えて大事にはいたらない。

 そんな父親も放心状態から涙をこらえリザに向き直り。深々と敬礼する。

「詳しい話は中でしましょう。お父様」

「直ぐに中へお通ししなさい!それと、だれか客が来ても絶対に屋敷に入れるな?わかったな!」

 ずいぶんと厳重にする事がふと気になる…


 豪邸内を案内され一人では確実に迷子になる自信がある通路を行き、豪華絢爛の客間。無駄に長いテーブルの隅に僕たちが座らされた。目の前には朝食と思えない豪華な食事が並んでいる。

「マリー…よだれ出てるよ」

「出てたか、それは仕方ない事だ。早く食べよう、冷めてしまうぞ!」

「私たちはもう済ませていますので、召し上がってください」

 気を使ってリネアさんの母が進めてくれた。

 マリーはいただきますと一言言ってから朝食にありつく。

「僕は話があるから…マリーそこのお肉取っておいてね?」

「早いもぐもぐだ!」

 せめて食べてから何かしゃべろう…

 少し遅れながらリネアさんの父が客間へと入ってきた。

「すまない遅れてしまって…それと自己紹介がまだだったかな?私はリネアの父、グレイル・アクア・クローチェスだ。枢機卿まではいかないが大司教を担っている」

「あの…お父様早急ですみません。ミアの様子を伺いたいのですが…今どちらに?」

「……ここにはもう居ない」

「どういう事ですか!?」

「つい昨晩、使者が来てな。今後、神殿にて身を清め、改めて女神リアム・レアル様に献上される予定になっている」

「それでは…」

「大丈夫だ、それまでに1週間の有余がある。その間に治療が出来れば…助けられる。そうなのだろ?」

 それは僕達に向けられた言葉で、少し疑われていた。

 視線の先のリザが少し怯えている、だから僕は透かさずこちらに向かせる。

「症状がどの程度進行してるかは気になりますが。リザを治療した時の感覚で言えば、完全な結晶化さえしていなければ何とか出来ると思います」

 口を挟んだ事でグレイルさんが僕を見る。たぶんリザがその治療の仕方を知っていると思われていたのかもしれない。

「君は…」

「セレクト・ヴェントです」

「もしかして…君が治療するのか?」

「はい…?」

 あれ?なんだろう…空気が変わったような…

「神殿…時に巫女を献上される前は身を清める為に男子禁制になるはずです………」

 深刻な表情のリネアさんが教えてくれた…

「え…また僕女装するの!?」

「いえ、それは無理です…身体検査が厳重に行われますから…」

 すかさずフィアさんが補足する。

「じゃぁどうすれば…」

「強行突破するか?」

 マリーよ…そんな物騒な事を言うのな。

「却下だ。賊扱いされて即死刑だろ…逃げ切れたとしても指名手配で学園生活なんてやだよ」

「いい案があるのか?」

「………とりあえず現状を窺うしかないんじゃないかな…何とか一週間もあるし。もしくはそれまでに何とかグレイルさん…あなたが口を利かせて僕を中に入れてくれるとか」

 目の前のグレイルさんに疑われているのは知っているけれど、この案を飲み込んでくれないと本当に強行突破しなきゃいけなくなる。

「……なるほど、分かった何とかしてみよう。しかし、私はまだ君たちを信用しきれていない…あの難病の治療は普通に治せるしろ物じゃない事が分かっているからこそ…」

 よかった……とりあえずはこれでいい。

 信用なんてどうにでもなる。

「確かに、どこの馬の骨とも分からない人物が来て信用しろなんて無理ですよね…でもリネアさんは少なくとも信用してくださっています。それに英雄ごっこがしたくてここまで来る訳がないですよ。正直な話、僕もこんな大舞台に立たされるのは本当は嫌なんです。でもリネアさんの必死さを感じたから…誰かが悲しい顔をするのが嫌だからここに来たんです」

「本当に信用していいんだね」

 それはグレイルが本来見せる事のない顔…とてつもないプレッシャーを感じる。

 しかし、今の僕には何も非が無く、胸を張り答える。

「任せてください。僕はウェルキン校長にも負けないギルアンの名を受け継ぐ者ですから」

 ウェルキンとギルアンの名を共に出した事でグレイルさんが逆に気負いする。

 すると何か吹っ切れたように笑いだした。

「は、ははは。君はすごいな…あの方が見込む程なのか。セレクト君と言ったね。君はもしかしてものすごい人物なのじゃないかな?リネアはどう思う?」

 僕自身に聞いてもはぐらかされるとたかをくくったのか、リネアさんに答えさせる。

「そうですね…私たちの主を語る程に、民衆に知られる本が出来ると思います」

 冷静にとんでもない事を言うなリネアさんは……

「英雄譚…いや神話になるか…いい友をもったねリネア。私はそれだけで誇らしいよ。では私は急ぐ用事が出来たので早速出かける準備をしてくるよ」

「あ、その前に……」

 治療を行う事は伏せるように言っておく。僕たちの事も含めて内緒でと…

「分かったそうしよう」

 急いでグレイルさんが外へと出ていった。

「よし、僕も朝食にしようかな…」

 しかし、目の前に残る物は残飯ばかり…

「無いじゃん!」

 マリーに向き直るが。お腹いっぱいという恍惚とした表情だ。

「言われた通り肉は残したぞ」

 ちんまりと盛られた皿の上に置いてある。

「直ぐに用意させますので。少々お待ちください」

 どうしてだろう、フィアさんが睨んでくる…ふと邸宅に入る前に言われた”粗相をするな”と言う事を思い出した。

 ああ、なんだろうか少し理不尽さを感じざる負えないこの感覚は……そして慣れてきている僕自身に違和感を感じない…どうしよう。

 


 そんな波乱万丈な朝食を終えて。

 邸宅にも書庫があるらしく、見せてもらう事にした。

 どれも魔法書とはかけ離れた内容の物ばかりだが暇をつぶすには十分ではあった。

 時を忘れる程に読みふける事3日間がすぎる…

 途中で休憩をはさむと、グレイルさんと廊下ですれ違った。

 疲れた顔を見るに、あまりにも吉報は程遠そうだ。

「やっぱりあの手で行くか?」

 自分自身に投げかけた言葉だったが……

「どんな手だ?」

「ふひ!」

 変な声を立てて振り向くとマリーが居た。

「脅かすなよ!」

「そんな事より、あの手とはなんだ!?」

「いやぁ…その……いえないよ」

「いいや、言え!今ここで!!」

「…その、なんだ…リザの時みたいに忍び込む的な事だよ」

 少し間を置いてから、

「…お前はリザの部屋に忍び込んだのか?」

 忍び込んだのは確かだが…何か違う…ちゃんと伝わっていない気が…

「違う!そっちじゃない!…リネアさんの妹のミアちゃんを助けるのに、神殿に忍び込むんだよ!」

「ならそうと言え、私はてっきり…そうか忍び込むか」

「ただ、この方法だと神殿内を良く知る人物が必要で…案内にリネアさんかフィアさんが必要になるんだ。でも、もしばれたりしたらリスクは大きいし…」

「それ、やりましょう…」

 マリーに気を取られていて背後まで意識が回らなかったのが仇となる。

 振り向くと、

「あれ…皆いる?」

 そこにはリネアさん以外にもリザとフィアさんも居合わせていた。

「そんな、教会側の人が手を貸したとかばれたら、ここにいる人全員が疑われちゃうんですよ?」

「フィア…あなたはどう思いますか?」

「一刻も早く事に移るべきだと思います。それは此処に住まう皆に聞いても同じです」

「それに、私たちも何か出来る事をしたい…」

 きっとこの三日間進展もないままで皆もどかしかったのだろう。決意した表情をしている。

「あ、でもお父様との約束はどうしましょう…」

 迷っていても好転はしない…皆が良いと言ってくれている。

「はぁ、仕方ないやるか。立場的には…グレイルさんには内緒でお願いします」

「はい!」

 一瞬周りが驚く。

 今までに聞いたことが無いほどに、元気にリネアさんが返事をしたのだ。

 なぜか何処からか鋭い視線を感じる…その先にはフィアさんがいた。

 そのまま各自解散し数時間後の深夜…目立たない服装に着替え邸宅の裏口に集合ということになった。

 僕はこれと言って着替える事は無くいつものラフな服装のまま…邸宅の裏口から出る。

 辺りは暗く時計では1時25分を針が指している。

 屋敷の皆が寝静まる中。全員が集合した。

「神殿までの道のりはフィアさんでお願いします」

「では、みなさんついて来てください…」

 邸宅の広大な庭から出るのに少し時間を取らされたが、そこからフィアさんはなるべく人気の無い道を選び歩いてくれる。

 その間マリーからこの3日間の事をダイジェストの如く教えられ、その中でも一大事が、あのフレイン司教との一悶着…フィアさんが激怒したとか。

 その場に居なくてよかったと胸をなでおろすばかりだ。

 そして足が疲れて来た頃にようやく神殿へとつき。物陰から伺う、

「ここまで来ましたけど…どうやって中に入りますか?」

「城壁は無いけど門だけはある。結界が張られてるか…精度にはよほどの自信があるのかな?」

 正式な門とは離れて草むらの中に移動…

「よーしここら辺で…」

 結界の性質を確かめる為に魔法で読み解く。

 下手に触れば警報が鳴る仕組みと幾重にも重ねられた多重結界仕様だと分かる。

「ただ結界を無効化するのは簡単だけど。それだと怪しまれちゃうからね…一部に穴を開ける様に消していこう」

 簡単に言ってはいるが。常人からしてみれば何をしているのかさっぱりなはずだ。

「セレクト…おまえ楽しんでないか?」

「失礼な、真剣だよ?ほら出来た」

 言うや否や綺麗に人が通れるほどの穴を開けてしまった。その早業にみて……

「スペリアムが誇る結界術式をいとも簡単に解いてしまうなんて…」

 リネアさんが口元に手を当ててなんて恐ろしい子と言いそうな表情をしている。

 フィアさんはその後に続けて神に懺悔している。

 神殿内への侵入を果たすと。案の定迷路のような構造、リネアさんの案内が無ければ無駄に時間を食う羽目になっていた。

 夜の巡回で歩く従者達をリザやマリーが察知し、身を隠しながら目的地の巫女の間へと無事やって来た。

「ずいぶん簡単にこれたな。少し警備が手薄なんじゃないか?」

 罠かと思える程に人が居ない…

「ここに忍び込める人が居ないと思われていますので…こんな物かと」

 リネアさんの言葉で納得し、早速行動を移す。

「マリーとフィアさんは周りを見張っていてください。リネアさんとリザは僕と一緒に…」

 扉を開け中へと入る。ほんの微かな光がベットよりも台座と言う方がしっくりとした場所に集まっている。

「ミア…」

 リネアさんが急いでその光へと移動すると魔晶石化している少女がいた。

 すでにリザの幼い時と同じような末期の症状。リザも思う所があるのだろう見つめている…

「私もこんな感じだったの?」

「うん…でももっと酷かったよ。だから大丈夫、明日には治るよ」

 周りを見渡す、これと言って警報や結界は張られていない…むしろエーテルの流れを阻害しないように何も無い。

「昔より深く魔法を知ってるからね。二人にも見せるよ。治療の仕方」

 幼いころよりも確実に成長した僕は巧みに結界を張り、少女の体内で起きている現象を映し出す

「エーテルが人の体内に入り魔力へと変換される…その際に体中に蓄積されるんだけど。必要以上の魔力が一点に集中すると魔晶石へと変わり、栓されたようにどんどん溜まっていく。これが魔晶石化の正体。じゃあそれを治すにはどうすればいいのか…簡単な話で外へと分散させてやればいいだけなんだ」

 リザなのかリネアなのかは分からないが息を飲む音が聞こえた。

「でも、此処からが難題でね。人の魔力には波長があり千差万別…同調させる必要がある。今ではその為の方法も僕は見つけてるんだよね。詳しく聞きたかったら後で教えるよ。それと下手にこれらの治療をすると魔晶石化が悪化する恐れもあるから気を付けてと…よし、出来た!」

 あっという間の講義は終わってしまい、リザとリネアさんは疑問だらけという顔だ。

「セレクト…終わったなら早くしろ、人が来る!」

 マリーが扉の隙間から何とか聞こえる程に声を潜めて言う。

 ミアちゃんとの別れを惜しむリネアさんを連れ、すぐに神殿から脱出をはかる。来た道とはあべこべな道を通り気が付けば外に出ていた。

 神殿から離れ、微かに朝日が昇ろうとしている。

「とてもドキドキしました。こんなのは初めてですね。これでミアも…」

 涙を浮かべるリネアさんをフィアさんがなだめる。

「ミアちゃん、ナターシャ様が来るの嬉しそうでした」

「リザ話しかけたの?」

「うん、他にもいろいろとやりたい事があるんだってさ。おねいちゃんには内緒だって言ってた」

「それは良かった」

「うんうん…セレクトはリザの能力を知ってるんだな?」

「なんだ、マリーも知ってたのか」

「ついこの間知らされてな」

「僕はずっと前から知ってたよ」

 ニヤリとほくそ笑んでやる。

「な、何!いつからだ!どこからだ!?」

「さぁね、内緒だよ」

 こらーとどやされマリーにヘッドロックを決められる。

 そんな空元気が出たのを最後に静まり、帰路をたどる…

 既に時計の針は丁度4時…普段夜更かしなどしないリネアさんやリザはうとうと首を揺らす。

 フィアさんとマリーは今だ周りを警戒してくれている。

 そして、僕の中ではある種の疑惑が膨れ上がっていた………

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