20話 宴の夜
「急な話ですみません」
そこは校舎の最上階…校長室で雪のように白い羽もった絶世の美女がいた。
「いや、気にする事はありません。それに同郷の者が困っているのだから手を差し伸べないわけにはいかない。いや、むしろこの程度しか役に立てなくて謝りたい程です…有益な情報があるといいですね」
それに対して校長ウェルキンがすまなそうな顔で対応している。
「はい、後は私の方で何とかしてみせます…」
美女は俯いたままスカートの丈を握る…
”自然文字”これを見つけ出す作業は一種の発掘作業。
主なやり方として昔の賢人達が残した魔道書を開き、いくつもの同系統魔法を洗い出す、そこから細かく比べる事で共通点を見出し。そして補正しつつ整えると自然文字が出来上がる。だが、正直ここまでの工程が途方もない精神と時間を費やす…終わりの見えない作業を僕は淡々と10年ほど続け、今までに見つけた文字はすでに千までに達している。
「自然文字同士を組み合わせると新しい自然文字が出来たりする始末だね。際限が無いよ」
僕が改めて用意した資料を広げ、げんなりとしながら魔法についてハーベスに説明する。
今日の錬金科は自習…まぁ普段から自習みたいなものだが、そこに教員が居ないため成績には影響がない。なので普段から人気の無い錬金科では、生徒は帰るか他の学科に行ってしまい。よってこの教室に残るのはハーベスと僕だけになった。
「だから君は色々な文献を調べてるのか…これは僕も出来るのかい?」
「ある程度の予備知識は必要だけど、ハーベスなら問題ない」
日々の作業効率を上げるためハーベスに教える。ある程度の経験と知識が要る作業だがハーベスは直ぐにコツをつかんでくれた。ほどほどに見守った後、僕も他の作業に移る。
多少の間を置き僕の作業に興味が出たのかハーベスが覗いてくる。
「で、セレクトは何やってるの?」
「もう少しで出来るから待ってて…よし、後はこれに」
僕が懐から取り出したのは以前、運命の箱と呼ばれていた物。ハーベスには苦い思い出なのか顔が引きつっている。僕は気にも留めずに出来上がった魔方陣の上にそっと箱を置いた。
「媒介としてこの箱の素材が必要なんだけど。見ててよ」
下にひかれた魔方陣には細かく自然文字がところ狭しと書かれている。それに魔力を込めると光となり箱へと収束、すると箱から可視化された青白い結界が板状になり浮かび上がる。
「何か出てきたけど、それは?」
「結界を利用したメモ帳と言えばいいのかな?」
「メモ帳?」
「何が出来るのか簡単に説明すると、この板状の結界に何でも書けて、なおかつその情報を記憶し維持し続ける事が出来る」
箱に魔力の衝撃を与えると内容が書き換えられるという事象、これは初めて触った際に確認していた。僕はそれを利用するために衝撃による変化、アルゴリズムを解析し、作成した。
不可思議な箱の素材…これは創生の大樹と呼ばれる木の一部、分子レベルで構成された魔法の塊、あらゆる魔力を吸収し耐性へと変える事が出来る。デメリットなのはこの素材が貴重だという事だろう。
「いまいち僕には凄さが分からないな」
「まだお絵かきやメモ程度しか使えないからね、もっとこの木の素材があればバンバン実験するんだけど。あいにくスぺリアム教国のご神木で貴重な物らしくてね、一般的な市場じゃお目にかかる事はまずこ無い…」
「君はそんな物を私物にしていて大丈夫なのかい?下手したら国の問題になりかねないんじゃ…」
「校長からは許可もらってるから大丈夫…とりあえず代わりの素材でも見つけるかなっと、こんな時間か」
自分で作った専用の腕時計を見る。
「用事でも…って、それは何だい!?」
「腕時計だよ」
「時計!?ちょっと見せてくれ…本当に時計だ。こんな小さな時計見たことない」
先ほど見せた魔法より食いついてくるハーベスに少しあっけにとられる。
「自分で作ったからね」
「君の技術は何年…いや何十年先を行ってるんだ」
知識だけで1000年程先を行っているなど口が裂けても言えない。
「そんなに珍しいならハーベスにも作る?」
「いや、いいよ。それより呼び止めてごめんよ。急いでるんだろ?」
「ああ、行って来る」
そんなハーベスを教室に置いて錬金科を後にした僕は一目散に商業区へ来ていた。
そこは商業区の心臓ともいえる巨大な倉庫、海港都市リリアの商館とは比べ物にならないほどに広く、人がせわしなく動いている。
「奥ゆきが分からない。セプタニアの紋章がある所がそうだな…」
倉庫内を十字に切るように各国の荷場が分かれていた。何とか周りにぶつからないように受付の窓口までやってきた。
「あの、すいません。リリアからの荷物は届いていませんか?」
カウンターの向こう側で少し年上の少年が対応する。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
慣れていないのか少しぎこちない。そして、受付の青年が帳簿を開いて確認している。するとその後ろから現れた強面の男が話しかけてくる。
「学生さん悪いね、今月は荷物が届くのが遅れ気味でさぁ。毎年学園祭が始まる前は物資の運搬が激しくなってな。今まさに王都では商人の出入りを規制しなきゃならんほどなんだわ」
なるほど、だとすれば僕に届くはずの仕送りも遅れるはずだ…ヤルグからの仕送りという名の僕への投資、僕はそれを受け取りに来たのだがどうやら無駄足だった。それどころか今発覚した情報をたどれば僕は一文無しと言える。
「じっとしてれば飯には困らないか…あ、リザと買い物するんだった!!」
何か物を作って売るという案が頭をよぎったが散々ヤルグに利用された事を思い出し却下となる。
”リザイア・ルドロ・リリアス”それが私の名前、幼い時に生きる事をあきらめた事がある…それは私が不治の病とされる”魔晶石化”という奇病が原因だったから。
当時の私はそれに加え病気の副作用なのか、人の心の内を覗けてしまう能力もあって。私の元へとやってくる医師、聖職者、有力商人の心を見透かし絶望せざるをえなかった…様々な医師が治せないのに適当な嘘をつき、色々な聖職者は奇跡など信じてはいないのに妄言ばかりを並べる。そして商人たちは笑顔の裏で私を品定めする。
そんなある時、一人の少女がやってきた。ベランダから物音、窓の外を見てみるとこちらを物珍しそうに、でもとても嬉しそうに眺めてくる少女…マリーが居た。
マリーはベランダのドアを開けて私に言う。
「やはりここに捕らわれの姫がいたか!」
最初こそは戸惑った、何せ無断で屋敷にハイテンションで入ってく来るから。その後部屋で騒がしくしていると執事のセバスに見つかり説教を受け追い出される…でもマリーはそれからは毎日のように現れるようになり。私の知らない外での出来事を一生懸命に絵本を読むかのように大げさに話してくれる。私にとってそれは心が壊れない為の大きな支えになった。しかし私の病気は治らない、日に日に悪化していく魔晶石化…それから少ししての事だった。
私が自分の病気についてマリーに話すとなぜか一人の少年を連れてきた…頭の上に跳ねたくせ毛が印象に残る男の子…セレクトはあった時から不思議な男の子で、最初に私を見た時から病気を治す事ばかりを考えて…そしてはっきり”治せる”と言ってくれた。それから数日がたち、彼が夜中に部屋へ忍び込んできた。症状が急激に悪化し苦痛と絶望がひしめく中…私は自分を治せるといった彼の言葉がもう信じられなかった。期待すればするほどに駄目だった時の絶望は大きくて、その時の私に考えることが出来なかった……
でも、今まで会ってきた人達より力強くそして優しく問いかけ…体に触れられると不思議と痛みが無くなり、このまま死んでしまってもいいかも知れないと思ってしまう程に心地よくて―――気がつけば夢の中、起きても彼の姿は無く、かわりに自分にしがみついて泣いている両親と後ろにいる執事たちの姿。昨晩の出来事は夢だったのかと思い胸元を見ると、繊細で鮮やかな魔法の刻印が描かれていた。それを見ているだけなのに熱い鼓動が全身を包む。でもその時の私にはその感情が分からなくて、ちゃんとした気持ちが分かるのには、もう少し後になる……
私は何時もの様に聖法科での授業を終え帰路に着こうとしていた。
「明日はセレクトとお買いもの~♪」
「リザいるー?」
カトレアが聖法科に入ってきた、本来彼女は魔法科の専攻で聖法科の私に用事が無ければまず来ることはない。
「急な話なんだけど今日舞踏会があるんだって。しかも、学生は無料みたいなのよ。行かない?」
「今日!?舞踏会の主催は誰がしてるの?」
「たしかリネア様だったはずだけど、今日は来てないみたいね」
「うん、最近ナターシャ様忙しいみたいで…」
”リネア”有翼人でスペリアム教国の聖人、ナターシャ様とは彼女の幼名。
「なるほど、だとするとこの舞踏会…何か裏がありそうね!」
カトレアはまるで探偵がひらめいた時のようなしぐさする……でもそんな彼女に不安がつのる。
「カトレア、失礼な事はやめて。私の尊敬してる人だから」
「う~ん、詮索はしないけど、私その手の話はおおよそ先にに入ってきてるのよね。なんでもここ最近探し物をしているとかで、図書館や聖法に関して詳しい人に何か聞いて回ってるとか。そしたら今回の急な舞踏会…何を探してるのかしら?…気になるわ」
「カ ト レ ア!」
「てへっ」
「もう…それよりマリーとセレクトも誘ってもいい?」
「もちろんよ、むしろあの二人が居ないと盛り上がらないじゃない!」
彼女の思惑がとても心配で疲れた笑みを浮かべるしかない。
「二人に伝えておくね」
彼女は他の用事があるらしく急いで部屋を出て行ってしまっあた。私は中断していた帰り支度を済ませ、まずマリーに知らせるために剣術科に向かった。
渡り廊下を歩きながら数日前ナターシャ様が不安になっていた事を思い出す。
「ナターシャ様は何で悩んでるのかな…何かの探し物?」
様々な事柄を踏まえ模索してみるが、思い当たる節がまるでないために思考が宙を漂うばかり…
いまだに後遺症として私の不思議な能力は消えていない……幼少時の深層心理を読み取る程の力はないけど、感情の起伏差を敏感に感じたり、意思の伝心といった力は残ったまま。
ナターシャ様の悩みのことを考えながら校舎を出た。
「リザ!ちょうどいい所に来たな。今からそちらに向かう所だった」
「私もマリーに用があって来たの」
「うむ、奇遇だな…だとすると舞踏会の事か?」
「マリーも聞いていたのね」
「ああ、私にやたらと懐いてる奴がいてな。一緒に行こうと…それとセレクトには?」
「まだ、マリーに教えてから一緒に行こうと思ってて」
「だとすると早くしたほうがいい…あいつは肝心な時に居ないからな…ちょっと待っててくれ」
私がきょとんとしているとマリーが校舎を見上げ狙いを定めてから跳躍する。窓のふちに手を伸ばし重さを感じさせない動きのまま錬金科の窓にまで到達、誰かと話した後に降りてきた。
「だめだ、もうセレクトは居なかった」
「今誰と話してたの?」
「ハーベスだ。と言っても何処へ行ったのかは知らないみたいだった」
でも今から探しに行こうか迷うがドレスアップの時間を考えるとあまり無い。どうしたものかと考える余裕も無いので部屋へと戻る事をマリーに言った。
「そうか、リザは先に部屋に行ってくれ。一応セレクトの部屋を見てくる」
全力で走り去るマリーの背を見た後。
「しょうがないよね、急な話だし…」
ため息と肩を落とす…
”ハーベス・ランス・リロイ”僕は考えていた。セレクトに出された課題ではなく、窓越しに現れたマリー・アトロットについて。
「何で彼女が窓から現れたんだ…セレクトを探しに来た。でもすぐさま端的なやり取りからしてすごく急いでたんだろう。校舎を昇るほどに?にしても顔合わせる度に嫌そうな顔をするのは失礼すぎるだろ…それに降りる際に使えないとか舌打ちしするってどうなんだい!」
居ない相手に怒りを露わにしたところで虚しいと分かっている。しかし収まりがつかないのも事実だった。そんな時、バンっと音を立てて今度は教室のドアが勢いよく開く。
「って、次は何だい!」
ばっ!と教室の開かれたドアを見たが角度的な問題で誰がそこにいるのかは分からない。だが最近はマリーと稽古をする事で多少なり気配を感じる事が出来るようになった…そして見えない視覚から感じるのは殺気。張りつめた僕は相手の行動を待つ…
「ハーベス・ランス・リロイ…」
突然ドスの利いた女性の声が僕のフルネームを呼ぶ、普段は教師や目上の者が僕を呼ぶときに使うが、今は違う。
現れた女性は肌がとても白く、腰まである黒い髪がより相互的に強調。また、たれ目の下にはクマが出来ているせいで病的にも見える。そんな彼女の制服は赤く魔法学園の生まれだと分かる。
「時に今日は錬金科は自習と聞いた、なのに何故魔法科に来ない!!」
「べ、ベルモット、久しぶりだねぇ」
彼女の名前はベルモット・ウェザ・クレリック。
魔法科で知り合い、とても優秀な生徒だ。
「久しぶりじゃねぇ!!貴様は魔法科主席の座を争っている事を忘れたのか!?」
「はっはっ、そんな事も…」
彼女が放った魔法の一撃がほほをかすめて後ろの机を破壊する。
「ちょ、ここは教室だよ!校則違反じゃないかい!」
「うるせぇ…知った事か!もしかして約束も忘れたとかぬかさないだろうな!?」
「や、約束!?なにか…あ!」
「思い出したか。そして今日がその発表の日で、私様が主席に選ばれたのは言うまでもねぇだろ!」
「おお、それはおめでとうと言わせてくれ」
ズバン!と音がした瞬間先ほどとは反対側のほほをかすめて雷撃が飛ぶ。
「次はしっかりと的に当たりそうだな」
「ご、ごめんよベルモット…約束ってあれだろ?3つまでお願いを引き受ける!」
「…そうだ、じゃぁ早速聞いてもらうとしようかな」
「もう使うの!?」
「当たり前だ」
「お…お手柔らかに…」
僕は覚悟を決め待つことにする。そして彼女が求めるであろう願いを考え身震いをしていると……
「じゃーまずは私の事はこれからベルと呼べ」
「…へ?」
「だからこれからベルと呼べ!」
「そ、そんなのでいいのかい?本当に!?ああ、よかった。そんな事なら好きなだけ呼んであげるよ。えーと…ベル?」
彼女が少しほほを朱色にそめそっぽを向く。
僕は三つ目の願いで殺されると思っていたが、それは無さそうなのでよかった。
「それと二つ目の願いだ!」
「何かな?」
音を立てて机に何かをたたきつける、そこには紙が一枚
「これは…舞踏会?」
「そうだ、これから一緒に来てもらうぞ!」
「って今日なのかい!?うわ、書いてある…」
内容を読んでみるとどうも変だ、昨日今日決まった舞踏会そして主催者…
「妙だな、何だこれ?」
「確かにこれは変だね」
「ちげぇよ、こっちだよ」
ふと目線を彼女に向けると指でセレクトが作ってくれた資料を摘み上げている。
「ああーっ」
奪い取ろうと手を伸ばすが、すかさず後ろへと下がられてしまった。
「それは大事な物なんだ!」
セレクトと約束した事の中に秘密にする事も含まれていた。
「おいおい…これ参考資料の嵐の書って禁書じゃねーか!?どうなってんだこれ!!」
やはり魔法科主席なだけはある、内容を読んだだけで大変な事だとバレてしまう。
「だから、ダメなんだって」
「錬金科でこそこそやってると思ったらこれかよ…禁書なんて何処で手に入れた?」
「ベル、友人から大切に預かってる物なんだ。返してくれないかい?」
「………ちっ、秘密にするならこんな所で広げてるんじゃねーっての。そうだ、三つ目の願いが決まったぜ。その秘密を教えろよ」
「僕だけじゃ決められないし、これを知る覚悟が君にあるのかい?」
僕の覚悟といった言葉が彼女には意味が分からなった。
「何だよそれ、あれか?女だから教えられないとかそういうやつか?」
「それは関係ない。今僕が知ろうとしている魔法は全てを覆す代わりに今まで得てきた知識を無にする事になる…僕がそうであるようにね」
「…なるほどな、魔法体系が違いすぎるって奴か。にしてもお前の入れ込み様…すげぇ魔法なんだろうな」
「ごめんよベル、今日は舞踏会に行く事で許してくれ。この事は後日ちゃんと話そう。それと互いの準備を考えると時間が無い」
「お、おぅ」
散らばっていた資料をまとめて、僕達は急いで教室を出る。
何とかごまかせただろうか……
私が男子寮を訪れたが案の定セレクトは留守だった。
その事をリザに伝えると。
「まぁしょうがないよ。急な話だし」
諦めた笑顔がとても痛く、胸の内側に響く。上手く事が運ばない事など山ほどあると諦める自分が嫌になる。
少しイライラしながらも、そのままとんとん拍子にドレスを着せられ気がつけば会場の前まで来ていた。
周りには個性豊かなドレスを着飾った人達であふれている。皆立ち止まり会話をしてる所を見ると同じように人を待っているのだろう。
「へ、変じゃないか?」
そんな中あらためてドレス姿をリザに確認してもらう。生まれてこの方、いや、死ぬまでこんな物とは縁が無いと思っていた。
「変じゃないよ」
「マリー様すてきです」
後ろから聞き覚えのある声がした、振り返るとドレス姿のキャリーが居る。リザは初対面のはずなので軽く紹介する。
「はじめまして、ルームメイトのリザイア・ルドロ・リリアス。リザって気軽に呼んで」
「私は、キャリア・ノット・ホアーズ。キャリーって呼んでくれて構わないわ。リザってもしかして海港都市リリアの…」
「うん、お父さんが領主なの…マリーとは小さい頃からの親友よ」
「あ!探したわよー!!あれキャリーじゃない、こんな所に来るなんて珍しいわね」
まだ会話の途中でカトレアがいつの間にか背後に立って声をかけてきた。
「カトレアはキャリーと知り合いか」
「この学園で私と知り合いじゃない人なんて居ないわよ。みんな友達?フフッ」
カトレアの笑みに何故だろうか、一瞬背筋に寒気する。
「それより私お腹すいちゃったわ。早く中に入らない?さっき探してる最中に中をのぞいたんだけど、おいしそうな匂いがすごくしたわ!」
その一言に私が食いつく。
「そうか!なら早くいくぞ」
私とカトレアを先頭に、背後でリザとキャリーが互いに私の情報を交換しながら会場へと入っていく。
会場の中は壁から柱、床に至るまで様々な物に彫刻がされている。その芸術性と建築構造は素人目に見えても驚きと称賛がこぼれるほどだ。
「す、すごいな。外観もそうとうな物だったが」
初めての宴の会場で私は辺りを警戒するかのごとく見ている。
「マリーはこういうの初めてか。各国が代表して作る建物は見栄を張るからどうしてもこうなっちゃうのよ。でもこの建物はその中でも一番、さすが芸術と伝統を誇りにしてる国スペリアムね」
「あの国は宗教だけかと思ったが芸術に秀でているのか、だとしたら食べ物の味も別格なのだろうな!」
”スペリアム”私が知っている限りでは宗教国家で他の国にもいくつか教会を構える、芸術と音楽をこよなく愛する国だ。
そして今、周りに漂う肉の匂いは私にとっては誘惑的すぎるほどに充満している。人の流れが向かう方向に進みながら広い大部屋へと入る。そこは建物三階分を有に使った、これでもかと言わんばかりの広い空間となっていた。が、私の目はその周りの円卓へと注がれている。
「ふっふっふ、ついに見つけたぞ、この中にあるのだな!」
「マリーまだ食べちゃダメだよ」
「うう…後少しのがまんか、それにしても冷めてしまうじゃないか…」
「君はこんな所に来てまで食い意地が張ってるんだね」
ハーベスが気取られないように近づいていたのかいつの間にか背後にいた。
「リザイヤ、君のドレス姿は初めて見る、とても綺麗だね。それとカトレア、ベルを見なかったかい?」
「私たちには何も言ってくれないのかな?まぁいいや…ベルちゃんは見てないね。それがどいうしたの?」
「いや、見てないならいいんだ」
「じゃー僕はこれで失礼するよ」
いそいそと離れていくハーベスに皆が注目している中、私は料理の蓋の隙間から中身を確認する。
「ってマリー」
リザに気がつかれてしまったが……これは……
「………」
「手を休めるなーまだ終わってないぞ!動け動け動け!ここは戦場だ!仕事が無い人間はいない。ただでさえ時間が無いんだ!」
僕は激昂を飛ばす。
「「「へい!」」」
周りからは選ばれし先鋭達の声が響く…すると嵐が扉突き破り入ってきた!
なんだ!っと周りが騒がしく扉を注視するとそこには、
「セレクトー!!貴様こんな所で何してるんだ!!」
「マ、マリー!?」
それは数時間前へとさかのぼる。
一文無しと成り果てた僕は商業区で手軽な仕事がないものかと探し回っていた。
「いい仕事が見つからない…選べる状況でもないか」
そんな時、掲示板の方から少年の声が聞こえる。
「お願いします!!」
それは切羽の詰まった状況なのだとうかがえる。途中から聞いているので内容がつかめないので、周りで憐れんで見ている立ち人に聞いてみる。
「どうも、貴族様が急に取り決めた舞踏会があるらしくてなぁ。そこで出す料理をどうにかしてほしいんだと。にしてもこんな所で叫んでも見つからんだろうに」
「せやせや、下手にかかわってお咎めでもくらった日にはどうなる事やら」
確かに関わり合いになるのにはリスクが高すぎる…頼むなら厨房にでも駆け込んでお願いをすればいい…でもここで頭を下げているということは、すでに手を尽くした後なのだろう。それでもなおあがいている。どうしてだろうか、自分にはまるで関係の無い話なのに手助けしなくてはと思ってしまう…
「ちくしょう…ボクはこんな事しかできないのかよ。ここまで上がってこれたのに…夢にまで見た魔法学園まで来たのに!!」
助けようと思う僕はつくづく人が良いと自分ながら思ってしまう。
「マリーの影響かな…大丈夫か?まぁ、人に歴史ありなんだろうからな、成り行きは聞かない。それより料理人探してるんだって?」
涙ぐみながら顔を上げる少年。まだあどけなさが残る顔立ち。
「は…はい。でも」
不安げな顔が晴れないのは僕の見た目が15歳ぐらいのガキだからだろう。
「こう見えてもリリアで料理を振る舞ってたんだ。それにケーキやアイスも作れる」
海港都市リリアの名前がどれほど知れわたっているかは定かではないが、とりあえず例に挙げてみた。
「リリアって…本当ですか!!えーとえーと…お願いしても…」
反応は良好…迷ってはいたが背に腹は代えられないのだろう。
「もちろん、そのために話しかけたんだ。といっても僕もお金が欲しくてね」
「はい!用意します!でも舞踏会が上手くいかないと払えないかもしれないですけど…」
「なら急ごう、少し準備するものがあるから寮にもよらないと…」
調理するにしても道具がなければいけないと、部屋に一旦戻る事にした。
「と、いうことだ…にしてもよく僕がここにいるって分かったね」
「何年セレクトの料理を食べてきたと思っているんだ?たく、リザが待ってるから行くぞ」
「といっても僕も仕事でここにきてるから」
ここはまだ厨房。
いそいそと配給係が右往左往しているが料理の大半が盛り付けるだけ、ケーキの飾りつけはすでに終わっている。
見まわしていると。
「セレクトさんありがとうございます。後は僕達で何とか出来そうです!」
先程の見習いコックの少年が近くで聞いていたのか話しかけてきた。
「でも最後までやるのが契約だし…」
「いえ、これ以上は迷惑はかけられません…それにこれ以上されたら親方に会わせる顔が無くなってしまいます」
「そうか…まぁがんばれ。舞踏会が終わったらまた来る」
「はい!」
マリーに向き直り急いで一緒に厨房を後にする。
そして廊下へと出たが僕自身の衣装が無い事に気が付く。
「衣装無いじゃん!」
「どうにか出来ないのか?錬金術とやらでちょちょいと」
「そんな万能じゃないよ…」
「お困りのようだね」
どこからか湧いて出てきたハーベス。
「貴様は何処から現れるんだ」
「失礼だね、僕はまだ人探しをしている最中。たまたまセレクトの声が聞こえたから覗いたんだよ。そこで僕が有益な情報を教えてあげるよ。こういった一般学生を招いての集会はたいてい考慮されてるから、そこらへんのスタッフを捕まえてみな。きっと貸してくれるはずだ…ただ、服はあくまで予備だからね、ホールの隅で立っている事が許される程度の服装だと思ったほうがいい。セレクト、次は言ってくれれば僕が貸してあげるよ」
ハーベス!お前はいいやつだ!だから正直にお礼をいおう……
「ありがとうハーベス。こういう時に頼りになるな」
「うっうん…まぁいつも僕ばかりが迷惑をかけているからね。こんな事で返せたら安い物さ」
「ほら行くぞセレクト!舞踏会が始まってしまうじゃないか」
じゃ!と手ぶりでその場を急いで離れる。
適当なスタッフを見つけて話しかけるとすぐさま部屋へと案内された。
すでに遠くでは優雅な音楽が聞こえてきていた。
「もう始まったか!早くしろ」
部屋には明かりがついておらず。事前にスタッフに中での魔法は控えてほしいと言われている事もあり、部屋は暗闇の中何……何も見えないかと思ったが、幸いな事に今日は満月だった。
月明かりを頼りに着替える。
「待てって、これをこうやって…こうか?」
着た事のない服に戸惑いながらなんとか着てみる。
変じゃ……ないよね?
「何をしている、早く行かなくては食べ物が無くなってしまうじゃないか!」
「ええ、食べ物の心配してたのかよ!早々無くならないから大丈夫だって…よし!」
「やっと準備できたか。さぁリザと踊りに行くぞ!」
とそこでマリーがまた重大な事を言う。
「…え?踊るの!?無理だよ」
「………どういう事だ?」
「どういう事も踊った事なんて無いに決まってるじゃん!」
踊りなんてものは前世で一度だけ。しかも中学の体育際に男女で踊ったことがある程度…
「セレクトでも出来ない事があるのか!?」
何故かマリーが踊れない僕に驚愕するのだが。
僕をなんだと思っているのだろうか…
「し、仕方ない!今から私が教えてやる!」
「今から…てかマリー踊れるの!?初耳なんだけど」
「何を言っている、リザとは良く練習しているんだ。ほら手を取れ、お前ならすぐに覚えるだろう」
自慢げな態度をとっていたと思いきや、急に手を掴まれて焦る。
顔が急に近くになり周りから物音が消えた気がした。遠くから流れる音楽をバックに動き出すマリー…
ゆっくりとしたステップなのだが独特の体重移動に慣れずマリーの足を踏んでしまう、しかしマリーは顔色一つ変えずにエスコートを続ける。
「ご、ごめん。今」
「集中しろ。足を踏んだ分だけ上手くなるから大丈夫だ。気にするな」
月明かりでマリーの輪郭がしっかりと見える…それにドレスを着ているマリーは今までに見た事のないような優美さを兼ね備えていた。
「セレクト…そんなに見るな…」
「え…」
見とれていた事に気がつかされた。思わぬ衝動に赤面する。が、何分暗闇の中なので顔色まではばれていない、その代わりに心臓の鼓動が伝わってしまわないかとビクビクする。
「よし、だいぶ様になってきたな…これでいいだろう!」
さっと僕はマリーから離れる…
「そ、そうだね。だとしたらリザのところに行こう!待ってるんだろ?」
僕が不自然なジェスチャーを披露しながら部屋からあわてて出る。下を向いたまま、マリーの後ろを早歩きですすむ…ホールまではさほど遠くないはずなのだが、ぼうっとした頭で同じ柱の間隔が目に入ると……いつまでもマリーの後ろを歩いている気分にさせられた……
ホールへと来た時には既に一曲目がちょうど終わっていて、次に踊る相手を探す者や小腹を満たそうとする者とで分かれている。
「だいぶ時間がたったな…」
マリーはリザを探すため辺りを見渡していた。
「どうにか着替えられたようだね」
ふと、人ごみの中からハーベスが話しかけてきた。ただその隣には見覚えのない黒髪長髪、黒いドレスが妙に似合っている少女がいる。
「なんとかな…で、その人は?」
「ああ、ちょうどよかった。紹介するよ彼女はベルモット・ウェザ・クレリック、魔法科の首席代表でとても優秀だよ」
彼女がこくりと会釈をする。
「僕はセレクト・ヴェント。専攻は錬金科だよ、よろしく」
しかし、彼女の反応は会釈だけだった。しばしの沈黙の後にあわてたようにハーベスが言う。
「そうだ、君の待ち人なら向こうに居るよ。早くいってあげたほうがいい」
ハーベスが指す方向はより人混みが激しい所…
「あの中に居るのか…よし行ってくる」
言ったものの人混みをかき分けるのは一苦労だ。何とかマリーと進む、そして何か少し騒がしい。
よーく見るとリザが複数の男子から言い寄られていた。
「女同士で踊るより。次に僕と踊ってくれないか」
「おいおい、次は僕に決まってるじゃないか!」
「いいや、僕が一番最初に話しかけたんだぞ」
「何言ってる。君たちリザイヤさんが嫌がってるじゃないか。こんな連中より僕と一緒に外へ行こう」
めんどくさそうな連中が言い合いをはじめてしまう。
「おい、セレクト。ハーベスが増えたぞ」
「ハーベスに失礼だぞ」
「そんな事より、セレクトも早く行け!」
ドン!とマリーに背中押されて騒ぎの中心に飛び込む形になる。
突然出てきた僕にリザが驚く。
「セレクト!」
すると一斉に男子の目が集まる。
「おいおい、君は後から出てきて…」
「ごめん、リザ。色々あって遅くなった」
「ううん…大丈夫。それよりもうすぐ次の演奏が始まるの…私と踊ってくれる?」
「もちろん」
周りにいた男子が文句をつける前に、その場からリザの手を取り連れ出す。
野次馬と化していた連中もリザが誰と踊るか見ていたのだろう、突然現れた僕にみな虚を突かれたような目をしている。
ホールの真ん中に向かって歩き出すと、人混みに道が出来た。
「うっそ…あんなのがいいの!?」
「見てみろよ、あの服…貸し出し用の服じゃないか?」
「………殺す…」
後ろから聞こえてくる声はあまりいい反応ではない…
「リザ…僕でよかったの?」
「うん、男の人ではじめてはセレクトがいい」
そんな事を言われて照れないわけにはいかない…すると丁度よく演奏が始まった。
ホールの中央。僕とリザのステージが始まる。
一曲目の演奏よりもワンテンポ遅い曲。リザの手を改めて取り、踊る。
とても近いリザの顔…見つめられると目をそらしたくなるほどに美しく。僕はその衝動にじっとこらえる。
「セレクトって踊りも上手なのね」
「いや、さっきマリーに少し教わっただけだよ」
「マリーと…うん、どうだった?マリーには私が教えたの」
「何回も足を踏んでやったから。リザの足は踏まないで踊れるようになったよ」
「ふふ、マリーも最初は私の足を何回も踏んだのよ。でもよかった、こうやって踊れて。あれ?もしかして他の誰かとここに来てた?」
「それを話すのに少し時間がいるな。次の曲も一緒に踊らないと終わらないかも」
「聞きたい。教えて」
どれだけの偶然が重なりここでリザと踊っているのか冗談交じりに話す。
いつもより近くで微笑んだ彼女は息を飲むほどに綺麗で…そのたびに僕は言葉を詰まらせてしまう。
思ったよりも演奏は長く、僕の話が終わると同時に演奏も終わりを告げた。
「ふぅ…踊るって意外と楽しいね」
「うん!…そのよかったら次のも…」
「あの、すみません!」
「「!!」」
突然声をかけられ驚いてしまう。何かと思い目を向けるととても特徴的な使用人の服を着ている。よくよく見れば背中には羽が生えている。有翼人だ。
「リザイア・ルドロ・リリアス様、至急リネア様の所に来ていただけますでしょうか」
リネア…聞き覚えのあるような名前だが何処で聞いただろうか…首をひねっていると、リザは僕の心へと話しかけてきた。
「”一緒に来て、たぶん私よりセレクトの方がずっと魔法に詳しいから”」
軽くうなずくと、使用人に連れられホールを出る。階段を上がり最上階の部屋の扉の前までやってきた。
「ここから先はリザイア様のみでお願いします」
「セレクトのこと呼ぶかもしれないからここで待ってて」
「うん、分かった」
豪華な作りの扉が勝手に開き、ひと一人が入れるほどの隙間からリザが中に入って行った。
中の部屋は暗く中央に丸いテーブル、その上に蝋燭が数本光をともしているだけ。リネア・アクア・クローチェスことナターシャ様はそのテーブルの対面に座っている。
私の能力が勝手にナターシャ様の深い悲しみを拾い上げてしまう。息が詰まる思いを感じ取っりながら、テーブルに近づく。
「すわってください…リザさん」
「はい…」
「急な話ですみません。何から話せばいいのでしょう…」
「少しでもお力になれるのでしたら、なんでも聞いてください」
「そう言ってくれると助かるわ……」
ナターシャ様は一呼吸おいてからすまなそうな顔をした。
「魔晶石化…あなたは聞いた事があるでしょう。治すことの出来ない奇病といわれ、もう何世紀たつのでしょう…しかし、数年前に一人だけ完治した人がいるとセプタニアの大使から聞きました。それがリザさん…あなたであってますか?」
”魔晶石化”その単語だけであらゆる憶測が私の中で巡る…その中で当時の記憶を思い出し複雑な気持になる。
「…はい。私は酷くあの奇病に侵され、死をも覚悟したのは鮮明に覚えています」
「だとしたら治し方…いえ貴方の胸に現れたという神に慈愛された刻印を見せて欲しいのです!」
ナターシャ様が立ち上がり、懇願するように私の腕をつかむ。どれだけの霞の様な情報を掴んで来たのかがその掴む強さでよくわかる…
「いいですよ…」
胸元を少しだけ広げ見せる。同性ではあるがやはり気恥ずかしく、あさっての方向に目を向ける。
成長とともに消えかけている刻印を鮮明に覚えようとナターシャ様が触れてきた。
それに私はびくりと反応してしまう。
「ご、ごめんなさい。痛かったかしら?」
「大丈夫です、少し驚いてしまって」
私は服を戻し、改めて向き直る。
「消えかかってしまってますね…少しでも手がかりになると思ったのですが…」
「…もしかして、どなたかあのご病気に?」
「はい、私には6つ離れた妹がおりまして…先日連絡で創生の巫女に選ばれたと知りました」
「創生の巫女?」
「我が祖国では民の中から幼少の頃に魔力による欠損を見極めるすべがあります。もしそれで欠損が見つかれば聖人として迎えられ、年の頃12歳を越えるまで国が積極的に治療を行うという制度があるのです。しかし、それでも魔晶石化という奇病は完全には抑えられません。そして発症してしまった子は創生の巫女として、その短い生涯を終えてしまうのです…だとしても私はあきらめたくは無いのです!少しでも治せる希望があるのなら!」
訴えるナターシャ様の顔はクシャクシャになりながらも力強く。諦めていない事がうかがえる。そんな姿がマリーと被る…同時にセレクトの言っていた事を思い出した。
”もし、この事で命に代わるような事があるのなら気に病むことは無い。その時は僕の名前をあげてほしい”
私は決心する。
「………私自身で治した病気ではありません。でも、泣かないでくださいナターシャ様…希望はあります。私の病気は神様に慈愛されたから治ったと思われていたのでしょうけど…違います。ある人に治してもらったのです」
「ほんとう…ですか?…では、今その方は!」
「居ます…扉を隔てた向こう側に。でも一つだけお願いしてください!誰にもこの事は言わないと…」
わなわなとふるえ、止まらない涙はぬぐいきれず両の掌で顔を覆う。ナターシャ様の口から神への一時の思いで失望してしまった事への懺悔の言葉がつむがれる。
…そして、落ち着くまでに数分…やっと正気を取戻し、私の返答に答える。
「どんな事があろうと…主である大樹の女神にさえも秘密にすると誓います」
見つめあうナターシャ様の心はとても綺麗だと感じる…
「…はい、では彼を通してもらっても構わないでしょうか?」
ナターシャ様は袖から鈴を取り出し、鳴らす。すると扉の前で待っていたであろう従者さんが入って来た。
「お呼びでしょうか」
「外に居る人を中に入れてもらえるかしら」
「あの…で、ですが男性の方で」
「いいの、早く入ってもらって。それとすまないのだけれど、フィアは外で待っていてください」
フィアさんと呼ばれた従者は外にいるセレクトに中に入るようにと促す。
「リネア様が直々に会いたいと言っております。さぁ早く入りなさい!」
対応の悪さがとても腑に落ちないが、リザも居る事なので不満を漏らさず中へと入る。
暗くてよくは見えないがリザと対面して座っている女性…見覚えがあった、長期記憶からは消し去ったものの、短期記憶にまだ保存されていたため、すぐに思い出す。
そんな僕の反応を見てか、多少の間があったが口に手をやりはっとしている。
リザは小首をひねっていた。以前女子寮の前で一度会っては居るが、ちゃんとした紹介は出来なかった。しかし、両者の反応を見るからに他にも何かあると感を働かせる。
「えーと、ご紹介に承るセレクト・ヴェントです。先日はどうも…」
すこし誤魔化そうか悩んだが、時すでに遅しと思い割り切る。
「リネア・アクア・クローチェス。以後お見知りおきを…」
「二人とも、お知り合いのようですけど…」
「ああー、ちょっと図書館でね…」
「はい、まさかこんなにも早くお会いできるなんて…昨日は私とした事がとても申し訳ございませんでした…」
「謝らないでください。正直何やってるのかは分かりませんでしたよね」
「いえ、人命とあらば致し方ありません…でも、禁術をお使いになるのもどうかと思います!自分の命を分け与えるなんて…しかも口づけなんて」
彼女なりに解釈した結果、禁術の一種として理解しようとしたのだろう…そして口づけという単語でリザがとても困惑した反応をしてしているのが横目で見える。すぐに釈明をしなくては今後、僕の立場が大変なホモ野郎に思われることは必至。
「違います!あれは心肺蘇生法といいまして!!こう、強制的に呼吸と心臓を動かすための動作でして!何もいやしい事ではありません!!」
「そうでしたのね。たしかに魔力を使っているわけでもありませんでしたし…魔法も使わず人を助けてしまうなんて私には考えられなかったです」
「ねぇ私にも分かるように説明してほしいな…とくに口づけがどうのとかさ」
ニコニコと笑っているように怒っているリザが怖い…
「弁明しますのでどうかちょっと待っててください…」
僕はさらなる誤解を生まないように慎重かつ厳重に語句を選び説明した。
そして何とかリザの誤解を解き、話の路線を戻す事に成功。リネア様の当初の願いである魔晶石化の治療について説明した。
「リザの刻印をそのまま引用は出来ません。個人差があると思われますのでちゃんと見てみない事には治せないです」
「…そうですか、今の私では知識と技術がありません」
ちらりとリザを見ると僕に一任している事が分かった。僕もここまで来たからには腹をくくってはいた。
「でしたら、僕を連れて行くしかないでしょう」
「…よろしいのですか?」
「人命に代えられる物など無いです。ただ…治療出来た事例がリザだけなので、僕も完全には治せるかは分かりません」
「その時はその時です…セレクト・ヴェントさん、改めてお願いします…私の妹をどうかお救い下さい」
深々と一礼するリネアを見ると。とんでもない人に頭を下げさせてしまったと後悔してしまう。
ただ、この話を通すのには色々と手続きが必要で。まず、誰に了承を得ればいいのか考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
あわてた従者の声と同時にこの学園一の権力者が入ってきた。
「うん、話はあらかた終わっているのかな?」
「ウェルキン校長こんな所で会うなんて偶然じゃないですね」
「そうだね、君達がこちらの方に呼ばれたと聞いたので、来てみただけですよ。私にも何かできる事はありますか?」
ちょうどいい校長の出現。都合がつきすぎるのがとても気になるが、話が進みやすいので探りなどはあえて言わない。
「そうですね、ちょっと10日間程学校を離れたいのですが。いつからがいいでしょうか」
「明日からにしなさい、時間はさほど残ってはいないのでしょう?手続きはこちらで全部やっておきますから」
たしかに魔晶石化の進行状態も分かっていない今、少しの時間も惜しまれる。
「それだと輝月祭の前の試験が受けられないか…」
「セレクト君は私の事を誰だと思ってるんだい?校長ですよ。帰ってきてから受けられるよう手はまわしておきます」
もはや何の迷いも要らない。残るは僕たちの支度ぐらいだろう…
「リザ、今から準備するから急いだ方がいいかもしれない」
「うん、あ、出来たらマリーも連れて行きたい」
「船の手配はすんでいますから、何人でも構いません。早朝に迎えの者を行かせますので学園の門前にてお待ちください」
「おねがいします」
僕達は一礼をしてから外に出る。階段を下りているとマリーと出くわした。
先ほど話していた内容を教え、用意するようにと伝える。
調理場に荷物を置いていた僕はホールを出た所で分かれる事となった。
「あ、セレクトさんお帰りなさい。荷物はまとめておきました。それとこれは報酬です」
コック見習いの少年から荷物と銀貨5枚がは入った袋をもらう。
「こんなにいいの?」
「はい、僕たちの感謝の気持ちを入れさせていただきました」
先ほどは急いでいて聞けなかった事を聞いてみる。
「そういえば、何で料理長が居なかったの?」
「はい、昨日のお昼頃に図書館で調べ物をしていた料理長が怪我をしてしまって。今入院中なんです」
それだけ聞くと僕は硬直する…他にも聞くべき事があったような気がしたがどうでもよくなる。なかなか癒えない傷が開いていくのを実感するだけだった。