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魔法科学  作者: ひのきのぼう
――第2章――
17/59

17話 マリーの夢

 マリー・アトロットは昔からよく同じような夢をみる。

 それはとても悔しくて悲しくて…切ない夢、しかしそんな夢の最後は決まって誰かの温かい手に引っ張られている…そんな夢。昔は誰か分からなった、でも今ははっきりと分かる。きっとこの手は彼のなんだと。

 あれは一人の男の子が町に来た日。優しそうなお母さんと手を繋いでる男の子を見た。その日は家に帰りご飯を食べながら見知らぬ男の子が町に来たことを話す。すると両親は男の子の事を知っていた。そして事情を聞いた私は真っ先に仲間にしようと思った。

 それから少したって悲しい出来事が起きる。それは子分の一人、ガイアスが鎧を着こんだ傭兵に蹴り飛ばされボロボロにされてしまう。私は目の前の事が理解できなくて、ただ見ているだけしか出来なかった…そんな時だ、彼が一人飛び出して何人も居る傭兵を次々と倒してしまう。私の目は彼にくぎ付けだった。そして私は何も出来なかった…その後も彼は一人で私の親友のリザを助け、大海蛇から町の危機も救い…そして私はやはり何も出来なかった。だから私は強くなりたかった、守られるだけじゃなく守る側になろうと、この彼が背中を預けられるぐらい強くなろうと決心した。 …子供の私は泣いている、私の大切な者が離れてしまう事に酷く悔しく悲しく切なく泣いている。そんな時、手に温もりが伝わる…先ほどとは違い鮮明に顔まで分かる、いつも何処か癖毛がはねていて、目は何処か遠くを見ているようで…そんなセレクトが私の手を引いている。そしてセレクトが何か言おうとしていて…





「………」


 マリー・アトロットは目を覚ます、周りを見渡し夢の内容を思い出す。


「またこの手の夢か…」


 少し何か不安になると彼女はこういう夢を見る。


「外は…夜明け前だな。よし!」


 リザを起こさないようにマリーはなにやら支度をする。今では毎日欠かさずやっている朝のトレーニング。

 セレクトに作ってもらった不思議な素材の服を着る。

 寮の外に出ると、まだ夏までは程遠い寒さが体に染み渡る。しかしマリーはそんな事おかまいなしに走り出す。服の擦れる音と走る足音、まだ鳥も起きない暗い朝…向かうのは男子寮。目的はセレクトを起こしトレーニングに付き合わせるために。

 扉には鍵がかかっていた、鍵穴から中を見てみる…暗闇に目が慣れてきているのでぼんやりとだが見えた。


(気配も無い…今日もいないか…あいつは何処に行ったんだ?)


 学園に来て3日目、セレクトの姿を見ていない。

 踵を反して走り出す。セレクトが居ないからと言ってトレーニングをしない訳ではない、いつものメニューをこなすだけだ。




 トレーニングを終えた頃には太陽は出ていて、ちらほらと人の影も見えている。汗をぬぐい部屋へと戻るとリザは起きていた。


「毎日マリーは朝早いね、私は今起きたところだよ」

「ああ、今日もセレクトは居なかった…あいつは何処に行ったんだ?」

「うーん、もしかしたら図書館かも、あそこの出入りは夜中も出来るから」

「図書館か…あそこは頭が痛くなるから嫌だ」


 リザと朝食を取った後、今日は商業区を案内してもらう事になっている。




 ―――商業区

 ここは各国々の名物がそろう場所らしく様々な物が置いてある。だが今日の一番の目的は…


「この鎧は動きにくそうだ…すまない、もう少し動きやすい物は無いか?」


 武器防具の店に来ていた。


「嬢ちゃんに合う鎧はねーな、それにそりゃ男物だ」

「何処か紹介してもらえないか?」

「はは、だからねーって。紹介出来るって言ったら向こうがわしかないぜ?」

「服屋か…」


 しぶしぶ店から離れ、リザの下へ。


「お目当ての物はあった?」

「いや無い」

「じゃー次は私に付き合ってね、マリーの服を選ばなきゃ!」

「私はこれでいいのに…」

「良くない!年頃の女の子がこんな疲れた服着てちゃだめ」


 お金はセレクトから多少なりもらっているので問題は無かった。服を買い寮まで届けてくれるように手配をした後に少しばかり時間が出来たのでリザに無理を言って武器店を見て回る事にする。

 子供でしかも女子二人が武器を眺めている光景は物珍しく、多少注目されている。


「マリー…私向こうで待ってるね」


 リザが耐え切れなくなり少し離れた飲食店で待ち合わせする事に。

 適当な武器店で自分に合いそうな剣を探す…


「親父が作ってくれた剣はどうにも合わないんだよな…」

「おいおい、ここは女子供が来る所じゃないぜ?」


 店の奥に居た店主が文句を言っていたがマリーは気にすることはしない。それよりも…


「すまない、もう少し反りが入った剣は無いか?」

「んだよ、そうだなこれなんてどうだ?」


 武器屋の店主が少しあっけにとられながらも剣を見繕い、出してくれる。


「う~ん反りがありすぎるし刀身が大きいな…もう少し細いのは無いか?」

「注文が多いな、これ以上刀身が細いのは無いな、それにこれ以上細かったら魔獣相手にゃすぐ折れちまうぜ?こういう大きいのじゃねぇと駄目だな…」

「これか」


 ガチャリとマリーが持ったのは大の大人が両手で持つような剣。


「少し重いし、何よりデカ過ぎる…」

「か…片手であわわわぁぁぁ」

「すまない、また来る」


 ズンと剣を元の場所に戻り店から離れる。


(やはりセレクトを連れて来ないと参考にならないな…)


 リザをこれ以上待たせると悪いので急いで待ち合わせの店に向かう。店の外の椅子に座っているが何やら誰かと話している…近づくにつれて誰なのか分かった、初日に出くわした迷惑な男だ。


「リザイヤこの前はすまなかった」

「しりません、それに私じゃなくてマリーとセレクトに謝ってください」

「そんな、貴族が平民に頭を下げるなんて出来るわけない…」

「おい、そこまでだ」


 マリーは出来るだけ低い声で男に声をかける。


「貴様はリザが嫌がっているのが、まだ分からないのか?」

「って君はこの前の…君たちこそリザイヤから離れてくれないか?彼女は貴族だ平民と一緒だと都合が悪くなるんだ」


 都合が悪くなるという事にマリーは気になり…


「ほほぅ、どう言う事だ?」

「ここは平民と貴族が一緒に学ぶ学園といえば聞こえがいいが、まるで住む世界が違う貴族と平民が仲良し子よしなんかあると思うかい?ありえないんだよそんな事」

「なるほど…リザの為にも…か」

「分かってくれたかい?なら…」

「くだらないな、だからなんだと言うんだ?お前が勝手にそういう風に思い込んでいるだけの事だろう?そんな事で私とリザを引き離す事が出来るとでも思ったのか?もし仮にリザに迷惑って奴が来たら私が叩き伏せればいいだけの事」

「これだから平民は困る、世間を知ら無すぎて笑えてくるよ」

「お前の世間って奴は貴族か平民しかいないのだろうな…さびしいやつだな」

「ぼ、僕を哀れむのか!?本当に平民は癇に障るやつばかりだな、話していてもらちが明かない!」

「ん、やるのか?かまわないぞ私は」

「僕は女子供を相手にするほど低能じゃない…」

「そうか、それは良かった。セレクトに喧嘩はするなと言われているしな。話も終わりだ、行くぞリザ」

「ちょっと待て!!」


 迷惑な男が声を大にして怒鳴る。リザが怯え、それを見ていたマリーが…


「分からない奴だな、リザが怯えて…」

「ここまでバカにされたのは初めてだ。とても許しがたいよ!」

「ほぅ、女子供は相手にしないんじゃなかったのか?」

「これは躾だ、僕と勝負してもらうよ」

「ここでか?」

「いいや、ちゃんとした場所で決闘だ。僕が勝てばリザイヤにこれ以上近づかないでいただこう」

「私が勝てば貴様は今後リザに近づくな、それと仲介人はリザでいいな?」


 日時を決めてその場から離れる、気が付かなかったがかなりの野次馬が出来ていた。

 帰り道…


「何なんだあの腐れ野郎は!」

「マリー言葉が汚いよ」

「ああ、すまない。だが事ある毎にリザを怯えさせて…」

「それより明日の決闘は本当に大丈夫なの?セレクト呼んだ方が良いんじゃない?」

「いいや、私一人で十分だあんなヤツ」

「あの人、学校の専攻授業で剣術と魔法を取ってて意外と強いんだよ?」

「大丈夫だ、それよりも私は強い」

「でも…」


 リザの心配を胸に…



 ―――次の日…昼過ぎの学園。初等部専用の剣術訓練所に来ている。

 食事を済ませて、マリー達が来た時には男はすでに準備を整え終えていた。


「やっと来たか、平民だから逃げ出したのかと思ったよ」

「ふん、そんな事より決闘のルールだ」

「そうだな、普通は何でもありなんだけど今回は真剣は使わない、さすがに危ないからね。それと僕は魔法を使わないでおいてやる、せめてものハンデだよ」

「それは御大層だな、負けた時の理由を今から考えてるのか?それなら私はこの木刀を使わないでおいてやろうか?」

「君は口が過ぎるね…泣いて謝れば許そうと思ったけど、これからは毎日僕の靴でも舐めてもらうよ!」


 マリーは木刀を構えて…


「フン、おしゃべりはここまでだ、リザ合図を頼む」

「う…うん」


リザは不安でいっぱいになりながらも開始の合図をする。


「はじめ!!」


 マリーと男は間合いをある一定の距離まで詰めて止まる…マリーは男の動きに注視する。


(武道の心得はそれなりにあるようだが…動きが硬い気がする。いや、油断させてるのか?)


 そんな事は無いのだがマリーは思ってしまう。正直な所マリーには実践経験は少なく、戦った相手はガイアスやセレクト、いつか討伐したオークぐらいで他は子供の喧嘩ぐらいだ。だからなのかマリーの中では男=対等かそれ以上の者だと思っている節がある訳で…


「来ないなら僕から行くよ!」

「………」


 木剣を横にして切り掛かって来る、そしてマリーは少し困惑する…


(フェイントか!)


 斬撃を軽くあしらう為に適当な力で返そうとしたら…


「あ…」


 男の木剣が折れてしまう。そんな好機を逃すはずわなくマリーは追撃に走る。


「待ってくれ!武器が…」


 紙一重で木刀を止める、だが止めた衝撃だけで旋風が起こり男は尻餅をつく。


「へ…は、ははは」

「さぁ、剣を取れ。まだ勝負は終わってないぞ?」


 男は乾いた笑しか出なく、その後は新しい木剣をもって再び決闘を続行…あえなく男は撃沈。しかし男は何度も立ち上がり再戦を要求する…


「ぼ…僕はまだ参って無いぞ…」


 立ち上がるが地面には又も折れてしまった木剣が転がっている…男は新しい木剣を手にしようと動く。

 そんな事を何度も繰り返してボロボロになっていく…


「まだ…負けてない…僕は貴族だ…平民に負けてちゃ…」

「もう、やめてください!」


 リザが耐え切れなくなり男に近づく…


「もう実力は明白です、勝敗もついてます…だからやめてください!」

「でも、僕は…」

「あなたの言いたい事は分かってます、平民と仲良くすることで悪戯の対象にされてしまうのを心配してくれているのは十分理解してます。でも、私はそれでもマリーやセレクトと一緒に居たいんです!だからあなたがそんなにボロボロになる理由は無いんです…お願いだから私なんかの為に……」


 リザが涙する顔を見て男は戦意を無くし、マリーはようやく終わった事を悟り木刀を下げる。


(なんだか、私が悪者みたいじゃないか)


 決闘はその後うやむやになり、男に回復の聖法を施し帰る事に。すでに空は夕焼け色になっていた…


「リロイさん、あんな怪我で大丈夫かな?やっぱり…」

「やめておいた方が良い、奴のプライドを傷つける」

「うん…」

「正直、私やセレクトはアイツの言った事なんて気にしてない。むしろあいつはリザの事を心配しての事だったしな」


 決闘がうやむやになってしまったが、一番良い終わり方だったのかもしれない…






 あれから時は過ぎて―――無事に入学式を終えてから教室の前で一週間ぶりにセレクトの顔を見た。何時も通りの癖毛が立っている、目には少しくまが出来ていた…まぁ何時もの事だろう。


 なんやかんやしながら昼食を終えて、物足りないお腹に愚痴をこぼす…そんな事をしているといつの間にか一人になっていた。昼からの専攻授業という奴だ。


 私が向かうのは剣術科初等部専門の訓練所、ハーベスと決闘をした場所だ。

 気を引き締めて訓練所に入る。ちらほらと居る生徒は男子ばかり、そんなむさ苦しい光景を見ながら奥へと入る。剣術科の教師と思われる剣士風の大人に話しかけることに…


「すまない、ここには初めてくるんだが…」

「ああ君か、教員の間で噂になっているぜ」

「ん?」


 教師は笑いながら案内してくれた。更衣室がありそこで訓練用の服に着替えるらしい、新しい訓練用の服をもらい女性専用の更衣室へ…

 そこで初めて剣術科の女生徒を見つけた、人数は男子生徒より少ないが十数人は居そうだ。


「あれ、初めての人?」

「そうだ、すまないが空いている棚はあるか?」

「あるわ、こっちよ」


 親切に教えてもらい、そんな彼女に敬意を称し自己紹介をする。


「マリー・アトロットだ、よろしく」

「私はキャリア・ノット・ホアーズ、にしても貴方大丈夫?見た感じ…その…ただの人じゃない?」


そういわれて周りを見ると、誰しもが何やら特徴がある部位を有している…獣人だ。


「私は剣しか使えないからな、大丈夫だ問題ない」

「はぁ…」


 問題ない事が無い方が多いので心配されるのは当たり前だ。マリーは貴族の様に高い魔力も無く、ましてや獣人の様にすぐれた天性的な身体能力に恵まれている訳でもない、ただの人だ。


「おーい、もうそろそろ始めるぞー」


 外から声がかかり、忙しく服を着替えるマリー。

 一番最後に更衣室から出て、教師の前で整列している列の一番後ろへと並ぶ。

 教師の挨拶を終えてトレーニングを開始、何時もの内容に比べて足りない練習量をこなす。そんなメニューがあっという間に終わると教師は高等部の指導に行くとかで初等部を後にした。午後の授業の終わりまでの半分が自由時間となったのだが…


「キャリア、お前たちはやらないのか?」

「ん…ああ、やりたいんだけど…その…」


 男子が模擬戦のような事をしている、マリーも混ざりたかったがどうにも相手が見つからない。

 なので一人で素振りを開始した…


(誰か相手はいないかな…ハーベスの奴は剣術科を専攻しているとか言ってたな、あいつは何処だ?)

「おいおい!お前誰の断りでここを使ってるんだ?」

(でもハーベスは駄目か。やっぱり腕のたつ奴とやりあいたいな…)

「って人の話をってうあぁぁ!」


 何やら素振りに集中していて気付かなかったが男子が話しかけてきていてた、不用意に素振りしている中に入ってくるので危うく当たりそうになった。


「危ないぞ、素振り中は近づくな」

「ああ!?てめぇ女だからって調子に乗ってると痛い目に合うぜ?」


 どうにも分からない、私が調子に乗っているとこいつは言ってきた。女が素振りをすると調子に乗るのか?


「すまないが、女が素振りをすると調子に乗るのか?」


 素の疑問をぶつける…


「ああ!!?」

「俺らをバカにしてるのか!?」

「ゆるさねぇぞ!?」


 いつの間にか男子共は複数に増えていた。そんな問答が面倒くさくなってきたマリーは無言で素振りを再開する。


「おいてめぇ!聞いてんのか?誰の断りがあってここで素振りしてるかって聞いてるんだよ!!」


 そしてマリーは最後の素振りを力を込めてふるう、男の目の前で止めると轟音を立てて旋風が起こる。


「ひぃ!あわわわ」

「てめぇ何しやがる!」

「五月蠅い!素振りの邪魔だ!私の前に立つな!断り?知るか!文句があるならかかってこい!」


 マリーは久しぶりに怒号を上げて威嚇する。その声は訓練所内に響き渡って…目の前の男子はその迫力に押されて離れていく。


「まったく、なんなんだあいつら…」

「ま…まずいよアトロットさんあんな風にしたら」

「ああキャリアか、気にするな。下手に相手をすれば舐められる。それと私の事はマリーと呼んでくれ」

「マリーさん」

「マリーでいい」


 ふとそんなやり取りをしていると、後ろに気配を感じて振り向く…そこには自分の二回り以上大きい男が丸太のような物を担いで立っている。先ほどの教師より遥かに図体はデカくマリーが男の影に入ってしまう。


「おい!おれの子分を可愛がってくれた奴はお前か?」

「子分、確かに五月蠅いハエならいたぞ?」

「お前で間違いなさそうだな」


 キャリアが悲鳴を上げそうなぐらい怯えているのが後ろから伝わる。


「キャリア心配するな、大丈夫だ」

「だ、駄目よ…そんな」


 逆光で男の顔が確認しづらいが、だいぶ野生的な気配で獣人だと分かる。


(こいつも獣人か…)

「俺は子分たちより甘くは無いぜ?俺が…」

「前置きはいらない、勝負しろ!」

「は!だいぶ威勢の良い野郎じゃねぇか、良いだろう。だが死んでも文句は言うなよ?」

「ほう、お前は死んでから文句が言えるのか、すごいな」


 張ったりだろうが気迫は申し分ない…マリーは待っていたと言わんばかりに、にやける顔が抑えられない。


(そうだ、これぐらい分かりやすいのが良いんだ)


 キャリアはにやけるマリーに少しだけ身震いする物を感じる…

 始まりの合図も無く激闘が始まった。


 先手に男が丸太を振るう。


「キャ!」


 巻き添えを食わないようにキャリアを掴み後ろへと飛ぶ。丸太だと思っていたがどうやら剣の形をしている。


「危ないから離れていろ…」

「今の一撃をよけるとはな!面白いぜ」


 すぐさまマリーは前に出るが、リーチが長い巨大な木剣は近づく事を許さない。


「そんな細い剣で俺に勝てるわけない!押しつぶされる前に…」

「しゃべるな舌を噛むぞ」


 俊足で男に近づく。


「おっとあぶねぇ!」


 横になぎ倒すように巨剣を振るう。しかし今度は後ろには下がらず、まるで木の葉のごとくひらりと飛びアクロバットに一回転してよける。


「これで終わりだな?」

「な!」


 懐に入ったマリーの一撃は男のよける動作も許さず―――ズン!

 この場に居た誰もが想像しえない光景が再現される、男は無防備に受け身も取れず地面を転がる。

 マリーは後ろを振り向いてキャリアに…


「大丈夫だろ?」

「マリー危ない!」

「だから…」


 マリーは気が付いている、男が再度立ち上がり巨剣を手に突っ込んでいる事を…男のがむしゃらな攻撃はよける動作も必要なく。マリーは誰にも見えないほど早業で…


 ―――ズバン…


 マリーと男は交差する…すると男は意識を失い倒れ、巨剣は刃物で切れたように綺麗に割れる。一瞬で二発叩きいれた事は誰も気づかない


「…大丈夫だといっているだろう?」


 後ろで親分とか叫んでいる男子たちを尻目にキャリアへと近づく。

 そんなキャリアは目を爛々と輝かせて…


「マリー様!」

「だからマリーと呼んでくれてかまわない」

「そんな事は出来ません!マリー様って呼ばせてください!」

「ま、まて私は平民だ…さすがに」

「ここではそんな事は関係ありません!私が呼びたいんです!」


 いつの間にか他の女子も集まっていて、私も私もと群れを成してマリーがもみくちゃされる。


「な…なつくな!やめてくれー!!」




 あれから図体の大きい男の名前はボイルなんちゃらだという事を知る、自国のセプタニアのボンボンで王族の家系に入るとか。驚いたのはあの体で同い年だと言う事だ。こいつは翌日にはまた勝負を挑んできたが軽くあしらい倒すと、おとなしくなった。しかし油断をするとちょっかいを出してくるのが邪魔くさい。





「ふぅ」


 マリーが汗を拭う為に訓練所の外にある井戸に来ていた。水を頭からかぶる…春半ばとはいえ火照った体には気持ち良く…


「なんだ…お前たちも水を浴びるのか?気持ちいいぞ」


 不穏な気配に気付かないマリーではない。影からボイルが子分を連れて出てくる。そこで…


「な!………」


 ボイルが目のやり場に困りしどろもどろに。それもそのはず、水を頭から被ったマリーは服がぬれ、体のラインが無防備にもさらされている。そして水で濡れた髪の毛とその隙間から刺すような眼光…覇気を纏った妖艶な姿に、


「う、うるせぇ!そんな事より、お前も年貢の納め時だぁ!!」

「ふん、言っている意味が良く分からないな」


 何とかボイルは赤面する顔をごまかし、やられ役の言葉を吐く。マリーはそんなやり取りをしている間に井戸に立てかけた木刀を持とうと手を伸ばす…


「へへ、気づいたか。剣が無けりゃ何も出来ねぇだろ!」

「そう来たか…」


―――


「マリー様!男子共が居なく…」

「キャリアか…終わった所だ」


 マリーがボイルに向き直るとつぶやく様に言った…


「私に剣が無いと何も出来ないと思ったのか?」

「かはぁ」


 ボイルは強制的に肺から空気が出るのを苦痛と共に吐き出す。マリーの正拳突きがボイルの腹に食い込んでいた。

 他にも子分たちが数名倒れている、そんな現場を見たキャリアは。


「マリー様すごい!」

「おい、そこのお前。それは私の大事な物なんだ返してくれないか?」


 木刀を持った子分は腰が砕けて立てないでわなわなと震えている…


「へ?ああ…ひあぁぁ!」


 マリーに木刀を渡した後はそそくさと逃げてしまう、そんな子分を見送って訓練所に戻った。


 ボイルによる姑息な奇襲と、同年代の女子に様を付けられて呼ばれるのも日常となりつつある今日この頃。




「あの、すみませんマリーいますか?」


 一人の寝癖が飛び跳ねたような男がマリーを訪ねて訓練所に顔を出す。そこで女子がいぶかしげに男を見た後にマリーを呼びに行く。

 剣術科の中央でマリーは何時もの様にボイルとにらみ合っている。


「ふん、また貴様か…勝負か?」

「そうだ!今度は…」

「マリー様ー!」

「ん?」

「変な男が呼んでます」


 訓練所の出入り口を見て男を確認するとマリーは自然と少し笑顔になる。


「すまないが今日の勝負は無しだ、用事がある事を思い出した」

「逃げるのか貴様!」


 待ちきれない寝癖男はマリーに声を張り上げて言う。


「マリー!なーにやってるのさーおいてくよー!」

「待ってくれ、今いく!」


マリーは急いで男に駆け寄り訓練所を後にする。



 残された者たちは一同に空の風が吹く。


「ど、どう言う事!?」

「なんだ!あの男は!」


 ボイルとキャリアは顔を見合わせた後に鼻を鳴らして反対方向に歩く。しかし互いに考えてることは同じで…あの癖毛の男の事で頭がいっぱいになっていた。

 はたしてセレクトはそんな事つゆ知らずに学園生活を送る…マリーがらみだと気がついた時、彼はどんな顔をするのだろうか…そして彼の平穏も程遠くに行ってしまうのだろうか。

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