11話 旅立ち
魔法をマリーに教えるのは苦労した。それでも僕は根気強く教え、マリーも必死に覚えてくれた。そのおかげで基本的な魔法から、身体補助系の魔法を覚えさせた。ただ、そのほかの魔法はからっきしだ。
ヤルグの要望やら僕のアイディアの実用化で研究は思いのほか進んでいない。だがしかし、大きな発見があった。
今までで、主に神父のおかげだが、自然文字は数千まで見つかった。その大きな発見とは、これらの文字を組み合わせていくと。今までの短文的な物ではなく。より複雑な魔法が出来上がると言うこと。
例をあげるなら。成分や物に含まれる物質などを映し出す魔法。解析
エーテル観測の発展系。魔法の仕組みを読み取る。探査
他人の魔法の仕組みを弄くる事が出来る魔法。解除
なんて物が出来上がった。
そんなこんなで約半年が過ぎる。僕も15歳の誕生日を向かえ。あと1週間程で旅立ちの日が来る。
「ふぅ、これで終わりだ」
「この一年ご苦労様。で、これが約束のお金」
ここはヤルグの部屋。今日で最後の仕事を終わらせる。渡された袋はずっしりと重い。入ってるのは金貨だ。解析を使い中を確認する。
「すこし多めに入ってない?」
「うん、入れておいた。僕はかなり儲けさせてもらったからね。お礼のつもりだよ」
僕はヤルグの仕事に付き合うようになって初めて気が付いた。7年程前までリリアの経済状況は大変な事になっていたらしい。ヤルグが手段を選ばないでお金を稼いでいたのはこの為だ。
ただ、未だに僕の手紙を盗み見ようとするから在る仕掛けを施した。そして次の日、ヤルグの部屋が吹き飛んだ。自業自得だと思う。
商会ギルドを後にし、在る場所に向かう。
中央通りのとある食堂。最近ここがたまり場になっている。
この店は、傭兵事件があった時に僕がモップを拝借したおじさんの店だ。
「ただいまー」
「お、もう用事が済んだのか?」
「………」
出迎えてくれたのは前掛けをしたガイアス。僕達が勉強している間はここで働いている。
マリーはテーブルとにらめっこしながら熱心に勉強をしている。
フェリアは今年で12歳になるがあどけなさは抜けていない。今はマリーの横で寝ている。
そして店の中はガランとし。僕達以外にいない。
「…!!」
「ん」
フェリアが僕の気配で目を覚ました。笑顔になると飛びついてくる。
「セレクトお兄ちゃん!」
「ちょ…」
12歳とはいえ女の子…それ以上考えるな!僕はロリコンじゃない!
「暑い…すこし離れてくれる…かな」
「んー」
不満そうに離れる。それを横目にマリーの前の席に座る。同時にガイアスが飲み物を置く。
「ありがとうガイアス。で、マリーどうなの?すすんでる?」
「ああ、しっかりと勉強している」
「さっきまでフェリアと遊んでたぞ」
「なっ!余計なことは言うな!」
僕は果汁の入った飲み物を一口飲むと、マリーに勉強を教え始める。フェリアはそんな僕の隣に座る。
「だからここが女神様が命令して…精霊達に…」
「なるほど。でも、そうなるとセレクトが使っている魔法とだいぶ違う気が…」
「前にも言ったでしょ。僕の使う魔法は特殊だって。多分、学校ではこうやって教えるから。こっちを覚えないと駄目、長いものには巻かれろって言うだろ」
一時間ほど教えていると、やたら外が騒がしくなっている事に気が付く。
「何だ?外が騒がしいな」
「はい、マリー集中」
「ああ!何所見て歩いてやがる!!」
「「「!!」」」
怒鳴り声が聞こえたので、さすがに僕達も慌てて店の出入り口に移動し外の様子をうかがう…3人ほどの傭兵達が女性を囲んでいるのが見えた。女性は買い物途中だったのだろう、食べ物が散乱している。
「あの、す、すいませ…」
「あああ!!!!」
傭兵の無意味な大声で女性が恐怖に陥る。
僕とガイアスが飛び出そうとするが、マリーに止められる
「もう少し見守ろう」
それと同時に店の奥からモップを持った小父さんが出てきた。その際「お前達は見ていろ」と、言われた。
周りに群集が出来始める。
「すみませんじゃすまないんだよ。そうだな体で…」
「お頭!」
「何だ。邪魔す…!!」
傭兵達を取り囲んでいた群衆が、殺気立っている事に気が付いたらしい。
「お、お前達もやろってのか!」
モップを持ったおじさんが前に出る…足が若干震えている。
「この人数で勝てると思ってんのか!!」
群集から野次と言う罵声が飛ぶ。
「ひいいいぃっぃい!!」
堪らなくなったのか。お頭と呼んでいた傭兵達が逃げ出す。
「お、おいこら置いてくな。一人にするな!!………う、うわああぁぁ!!」
お頭と呼ばれた男も逃げ出した。
女性は何が起きたのか分からない様子でいた。少しすると周りにお礼を言って去っていった。
モップを持っておじさんがしてやったりな顔で戻ってくる。
「もう、あんな事は起こさせねぇよ」
足が震えていたが、何とも頼もしい一言だ。ガイアスは自分の見せ場が無くなって残念そうだ。対して、マリーは満足そうな顔をしている。僕もこの町が一丸となって悪を追い払う姿が見れて、嬉しかった。
そんな事もあったが、気が付けば一週間たっていた。
旅立ちの前日。
手紙が届いた。内容は神父の物で、旅立ちの見送りに来てくれると書いてある。
僕は神父の手紙を読みながら、旅支度の確認を終えた。
(ここの部屋もだいぶお世話になったな)
一階に下りると。旅立ちのお祝いの準備がなされていた。その内、マリーとマリーの両親。ガイアスの両親が来た。ガイアスはまだ仕事中だ。
皆がみんな自分の作業をこなしてる間。僕は玄関の方から人の気配がしたので、出迎えようと扉の前に来た。
しかし、扉を開けて確認したが人は来ていない。気のせいだったのかとも思ったが、扉の下に手紙が在ることに気が付いた。
「コレは…ガイアス?」
手紙からわずかに残るガイアスのエーテルを観測。内容は僕宛に場所の指定だけ書かれていた。
こんな忙しいのに何だ。とも思ったが、きっと二人で話しておきたい事が有ると思い出かける。
指定された場所は町外れの空き地。
着いた頃にはもう、夕焼けが綺麗に見える時間になっていた。
数分、僕は一人で待っている。
(いいかげん待てないぞ)
すると後方から殺気が放たれる。即座に前に避ける。
空中を空ぶる音。
「何のまねだガイアス」
夕闇から出てきたのは…ガイアス。顔の表情は見えない。その手には訓練用の木刀が握られている。
ガイアスの出方を待っていると攻撃を仕掛けてきた。
一撃一撃は致命傷にはならない角度から繰り出される。でも、あたれば相当痛いだろう。
僕は避け続ける。
(僕も体力が付いたな、前はコレでへばってたのに)
以前の傭兵の一撃よりも鋭い攻撃を難なく避ける
何度か避けた後、僕は反撃に出た。
避ける動作から木刀めがけてのエーテルを込めた蹴りを入れ、木刀を破壊する。一連の動きに加え、腹に拳を一発お見舞いする。手ごたえは有ったが、後方に逃げる事で決定打にはならない。
ガイアスが腹を押さえながら咳き込みむ。そして呟く、
「…奇襲でも勝てないか」
どうやらガイアスは別れの一戦をしたいようだ。
若干呆れて見ていると、ガイアスのエーテルが急速に巡回し始める。
木刀が無くなり素手で襲い掛かってくる。疾風の如く体勢を低くして迫るガイアスにたまらず拳を入れる。が、避けられる。
(早い!)
予想以上のスピードに追いつくのがやっとだ。横から拳が飛び出してくるが、僕は回転で攻撃を受け流す。と、同時に腹にけりを入れる。今度は吹き飛ぶ。
(力入れすぎたかな…)
心配をよそに、体勢を立て直すガイアス。
直ぐに次の攻撃を仕掛けてきた。
左右に先ほどの速さを上回る勢いで近づいてくる。
(フェイントのつもりか…)
タイミングを合わせて攻撃を仕掛ける。が、やはり避けられてしまう。
だが、今回の避け方には形が無い、異常な反射速度で対応したのだろう。そのためガイアスの体のバランスが崩れている。即座に組み伏せる。
「コレで終わり。もう良いだろ」
「へへへ」
ガイアスはまだ何か隠している。
(こいつ獣化しようとしてやがる!)
腕に力を入れるが、ガイアスは止まらない。彼の体内のエーテルが暴れ始め、爪が変質し始め鋭く尖る。
「いい加減にしろ。手加減できないぞ!」
「うがああぁぁああああ!!」
獣化は止まらない。意を決して体全身で力を入れる。
響く鈍い音。
「あああぁぁ!!!」
腕の骨は折れて無い、外しただけだ。しかし、痛みで獣化が解かれた。
力無く寝そべるガイアス。そんな彼の腕を僕ははめ直す。医者じゃないので上手く出来なかった。
「痛って!」
「我慢しろ。お前から仕掛けてきたんだからな」
「はは、獣化を使っても勝てないか」
落胆する。半身を起こして、その場に胡坐をかく。
「さっき、獣化する前は何かしてただろ」
「半獣化だよ。獣化すると意識が保てないからさ」
「僕が止められなかったら、どうする気だったんだ」
八重歯を見せながら笑う。どこかマリーに似ている気がする。
「セレクトなら止めてくれると思った」
あと一瞬でも止めるのが遅かったら危なかったかもしれない。なのにこいつは僕が止めるとか適当な事を言う。困ったものだ。
「ほら、帰るぞ。皆が待ってる」
「おう!」
帰り道、日は落ちて夕焼けの痕跡は見当たらない。
魔法で作り出した光を頼りに歩く。ガイアスに半獣化の事についてたずねた。
「半獣化は何時から覚えた?」
「だいぶ前から。父さんに教わって」
「マリーとやり合ってる時は使わなかったよな」
「半獣化って言っても、手加減できなくなるから」
「僕ならいいのかよ!」
「…やっぱり、マリーを守れるのはセレクトしかいないか…」
急にガイアスが呟く一言に。ふと疑問に思ったので言葉にしてみる。
「…お前、マリーの事が好きだったのか?」
「な!!」
しどろもどろに、たじろぐガイアス君。そうらしい。
「てっきりリザの事が好きだと思ってた」
「………」
顔を赤くして俯くのが分かる。どうやらこちらも的中。
「両方かよ!」
そんな最後に貴重なガイアスを見ながら家に戻ってきた。
ガイアスの服装がボロボロで皆が心配したが、青春の一環と言ったら納得した。分からなかったのは女性陣だった。
旅立ちのお祝いが始まる。そこには色々な人で溢れていた。僕の両親、マリー、ガイアス、フェリア、マリーの両親、ガイアスの両親、リザの両親と執事さん、ブリミー兄弟、漁師のおじさん、モップのおじさん、それと残念な事にヤルグもいる。本当に残念なのは神父様がここに居ないことだ。だけどかなりの人数が部屋にいる。
楽しくも、悲しくも次の日はやってくる。
旅立ちの朝。僕は部屋の最終確認を終えてから一階に移動する。
母さんは起きていて、朝食が用意されている。当分食べられないだろう母さんの朝ごはんを食べる。目玉焼きにベーコン、マッシュポテト、それと昨日の残り物。
食べ終わり、必要な荷物を持ち、母さん達と町の正門へと向かう。
ガイアス達は先に来ていた、マリーの姿は見当たらない。
「マリーも来ないし、もう一戦やるか」
「いいけど、次は本気で行くよ」
「うあ…やっぱやめとく。あ、マリーには半獣化の事は内緒な」
「ああ、言ったらここで一戦始まりそうだしな」
「セレクトお兄ちゃん。直ぐ戻ってくるよね」
「ああ、夏には絶対に返ってくるよ。それまでマリー号はよろしくな」
「うん」
「にしてもマリーは遅いな」
噂をすれば何とやら、マリーが歩いてくるのが見えた。服装は軽い胸当てをして、腰の後ろには見慣れない剣が装備して有る。
「なんだ、私が最後か」
「「何時もの事だろ」」
ガイアスと声がかぶる。
「酷い言われようだな。と、フェリア」
「なに?マリーお姉ちゃん」
「マリー号を任せたぞ」
「僕が先に言っておいたよ」と、言い出そうと思ったがやめた。
皆が集まったところで町の門の外に移動する。そこには数十人のキャラバンがあり、僕とマリーはコレに同行する。ヤルグが用意してくれたのだ。
キャラバンの準備が終わるまで、別れを惜しむ。
「ちゃんとご飯を食べるんだぞ、それと…」
「セレクトはあなたと違って何でも出来るのよ」
下を向いて嘆く父さん
「ああ…父親として何も教えられなかったな、今まで…」
「そんな事は無いよ父さん、色々教えてもらった」
本当に多くの事を教えてもらった。人との接し方、やさしく有るべき姿。前世での僕の世界は、教授と僕それだけだった気がする。今は仲間と呼べる人たちがいっぱいだ。
「じゃー行って来る」
「セレクトの坊主に世話してもらえ」
「セレクト君には迷惑かけちゃ駄目よ」
「く、私は自分で何とか出来る!」
「何言ってやがるんだ、お前は何時も………く」
厳ついマリーの父親が堪え切れなくなったのか泣き始めた。
「……父さん」
「うるせぇ…親父って呼べ気持ちわりぃ……」
「じゃー、行って来る、親父…」
「おう、何所にでも行っちまえ。でも、必ず帰って来いよ」
僕とマリーは家族との別れを終えると、ガイアスとフェリアの所に行く。
「ガイアスも元気でな」
「夏にはリザと帰って来る」
「俺もその頃には町の警備団見習いになってるよ」
「フェリアも新しい友達作るんだぞ」
「うん」
僕とマリーは皆を背に準備の終わったキャラバンに近づき、後ろを見る。
「「じゃー、行ってくる」」
僕達は歩き出す。一生に比べたら短い別れかもしれない。でも僕達には長い別れに感じるだろう。人生何が起こるか分からない。僕が転生したように。
出発するキャラバンの一番後ろの馬車に腰を下ろし、ガイアス達が見えなくなるまで見つめていた。
別れからくる焦燥感にも似た感情で考え事をしていたら、マリーが話しかけてきた。
「と、そうだ。セレクトに渡して置く物があったんだ」
「何?」
「親父が作った鎧が在るんだ。お前の分だぞ」
そう言えばマリーは青い胸当てを装備をしている。
「いいよ。僕、重たいのは着けないから」
行ってるそばから僕の後ろに置いた荷物を取ろうと迫ってくる。
「ちょ、マリー!?」
胸当て越しに僕の顔が近くなる。髪が落ちてかすかな女性の香が長い髪から匂って来る。僕のあげたシャンプーの香りだ。
直ぐにもとの体勢にマリーが戻る、僕はたまらず俯いてしまう。こいつは態とやっているのか!?
「ほらコレだ」
マリーが取り出したのは薄い胸当てが付いた軽装備のような物。
「ああ…コレだったらいいかな」
「さっそく付けてみろ」
渡されたので着てみる。…マリーとペアルックだ…後で錬金で装飾でも付けておこう。
すると隣からお腹の虫が聞こえてきた。まだ、旅立ってから30分もたっていない。
「お腹すいた…」
「まだ、昼までは時間があるぞ」
「何か無いのか?」
仕方ないと思い、荷物から小さな箱、魔法の札、筒状の物を取り出す。
「それは?」
「これは僕が開発した非常食、マジックブレッド」
筒状の物には引き出しのような空きがあり、そこに取り出した魔法の札を叩いてから入れる。
魔法の札は発火する火の札、筒状の物は水筒で、引き出しの部分に入れる事で暖める事が出来る。逆に氷の札を入れれば冷たくなる仕掛けになっている。ちなみに火の札を叩いたのは発動条件が衝撃だからだ。魔力が使えない人の為でもある。
水が温められてお湯になった処で、先ほどの小さい箱から固形状の小さいカンパンの様な物を取り出す。
「これはそのまんま食べるとすごく硬い。前に食べさせてあげたパン覚えてる?」
「ああ、白くてもちもちしてたアレだろ」
「そう、それを乾燥させて圧縮。その際、魔法でコーティングしたんだ」
「能書きはいいから、早く食べたい…」
折角人が説明してやってるのに…思いながら先ほどのカンパンの様な物をコップの中に、お湯を目印まで入れる。
数十秒でカンパンが膨れ上がりコッペパンが出来上がった。
「すごいな、熱々じゃないか」
「水でも出来るんだけどね。冷たいと美味しくないよ」
出来上がったパンを渡すと、千切って食べ始める。
僕はコップにお湯を入れて先ほどのカンパンとは別の固形状の物を入れる。これはスープの元、こちらも同様に魔法でコーティングしたものだ。
魔法でコーティングとは、強化の応用で作り上げた。リリアの目玉商品の一つで旅の行商人や傭兵の必需品として広まっている。
パンを食べているマリーに手渡す。
「ああ、ありがとう」
「旅は長いからね、王都まで1週間はかかるよ」
「それまで暇だな…」
「マリーはそうでもないよ」
「え」
「はい、これ」
僕が渡したのは本。分かりやすく僕が書いた魔道書だ。
「えー」