1話 プロローグは走馬灯
僕の名前は波枝真”なみえだまこと”。一般人と言われると少し…いや、だいぶ違うかもしれない。その理由は親父の家系にあった。僕の家は代々伝わる武家の一族で、それはもう現代社会においても変わらない。外から見る人には時代が止まっているかのように思われるほど……家も古ければそこに住む人も古い。そんな世界で育てられた父親も等しく古い考えにとらわれた人間であり―――そして、これから話すのはそんな僕の人生が終わるまでの出来事だ。
僕が物心つく前から父親に木刀を握らされていて、それが好きなのか嫌いなのかもわからない状態のなか日常として溶け込んでいった。
刷り込みという名の洗脳。
もちろん何も分からない僕は、疑問も抱かずに武術を体に叩き込まれたし、年を重ねれば練習量は増えていくし過酷なものへとなる。
今思えば幼児虐待だと思う。
そんなこんなで小学校に通い始め他の子の家庭とは違うことを理解した。
やがて、その思いは積もり……
「僕も友達と遊びたい!」
木刀を床へと叩きつけ叫ぶように講義したが、その事に対する答えは……無言の剣撃。
鼻をかすめながら振り下ろされた木刀、その先には蔑むような目で木刀を拾えという様な親父の顔。
「遊んでいる暇などお前にはない、一日でも早く波枝流剣術を身に付けろ」
幼なかった僕は親から向けられた表情に対してあまりにもショックであり、逆らえずに恐怖を植えつけられた。
それから数年、自分の思いを押し殺し黙々と修行の日々を過ごした。
そんな毎日を過ごしていたせいなのだろう。
武術以外の他の事であれば何でもよかったんだと思う…
唯一武術以外で怒られないこと、それは勉強だった。
練習が終わった後はひたすら勉強を頭に詰め込む、それは生きがいにも感じられた。
小学校4年生の頃だろうか。教師による家庭訪問が行なわれた時だった。
何故かその日は母ではなく父が対応をしていた。
「いや実にマコト君は優秀です。教師でいる僕もね、すごく感心するんですよ」
そんな教師の言葉を聞いた親父はもちろん上機嫌となり……
「はっはっは、我が波枝家には半端者はいませんからな!」
「本当ですね。やるテストは毎回満点で提出物もしっかりしている。子供たちの模範にしたいお子さんです。私たちも毎日子供たちに勉強を教えていますが上手くはいかないものです…いったいどのような教育方針を進められているのか教えていただけないでしょうか」
そんな会話を聞いていて違和感に気がつく。
「いや、私は毎日剣術の稽古をつけてやっているだけでして。アレですね、私が稽古することでマコトの向上意欲を上手く刺激できたんだと思います」
「それは素晴らしい。我わレキョウイクシャ……」
ショックのあまり途中からは覚えていない。分かっている事は自分自身でがんばって来た事が、親父によってすべて奪われたと感じた事だけだった。
そんな事があったはずなのに僕は思いのはけ口として勉強をやり続けた。
それ以外の逃げ場所が分からなかったのが一番の理由だったかもしれない。
しかし、そんな自己の矛盾にも終止符が打たれる日が来た。
何時もなら寄り道なんてしている時間は5分と無いはずだったが、この日だけは何故か終礼が早く、余分に時間あった。
そんなわけで余りしたことがない寄り道をして帰ることにした。
この街に生まれて10年ほど経つというのに、知らない道を歩く感じはまるで冒険者になったようで。あらゆるものが目新しく見るものに気を取られる中、ひと際目を引くものがあった。それは道端というよりまだ私有地の中にあり、紐で結ばれ捨てられる寸前の雑誌。
雑誌の印象は神秘的で心惹かれるものがあり、何故か手に取り読みたいという衝動にかられる。
だけそそんな事をしていては流石に帰宅を待つ親父の折檻が怖なってきたため、とりあえずランドセルに入れ家へと持ち帰った。
その日の夜の事は今でも忘れられない。
雑誌の内容は科学に関するもので子供じゃ到底理解できない物だったが。
僕は辞書を出し漢字や英語の意味を知り、歓喜に震えた……
世界はなんて広いんだろうと思った。
それからと言うものは勉強をするふりをして、拾ってきた科学雑誌を読みふける。想像しながら世界の法則を理解していく。
そして中学にあがる―――この頃もまだ親父に逆らえずに剣術を叩き込まれていたけれど、帰宅の時間が少しだけ緩和されて30分程の余裕ができるようになった。
訳としては委員会活動というものに強制参加する必要が出てきたためだ。
この時の僕は月2回くる資源回収の日が生き甲斐で。科学雑誌が捨てられるタイミングを見計らっては取りに行っていた。
「お、あったあった、科学雑誌ニュートロン。今週の特集はたしか空間における概念と、時間の基礎だったかな~」
「そこの少年……何をしてる?」
(見つかった!やばい。顔は見られてないよな…逃げるか!)
「これ、逃げんでもいい。別に叱ろうとは思っていない。だからこっちに来なさい」
ゆっくりと振り返る。そこにはカーネルを思わせる初老の老人が微笑みながら立っていた。
「毎週ここで雑誌を持ち帰っていた子だね?」
「すみません!捨てられてる物だったので……つい魔が差してしまったというか……とても面白く、興味があったというか……」
必死で弁明をする僕の姿をみてから老人は察したように気さくに言う。
「いやいや、おこっとらんよ。はっはっは」
「はぁ」
謝った姿勢でゆっくりと顔だけ上げ、見上げる形で老人を見た。
その笑顔は僕の警戒を解くためだろう、それでも目じりにシワが出来ているのが印象的だった。
「すまんすまん、だいぶ前から気付いてたんだよ。そうだ上がって行きなさい。もっと面白い本がたくさんあるよ」
これが僕の恩師となる岡崎勝教授との出会いだった。
岡崎教授はここから電車で一時間ほど離れた大学で教授をしている。
何でも毎回資源回収の日に雑誌を持ち去って行く僕の姿を見かけ疑問に思っていたらしく、この日は待ち伏せるように身を潜めていたとか。
ちなみに小学校の頃からばれていた。恥ずかしい思い出である。
それからと言うもの僕は毎日30分程、教授の自宅で専門書やら大学の研究書などを読ませてもらうのが日課になった。
教授が居ない時は、教授から貰った家の合鍵で失礼させてもらっていた。
教授は独身で奥さんはいない。
学生時代から今に至るまで研究ずくめ。しかし、本人はそれで満足していると本人は言う。
やがて念願の中学卒業が近づいた頃。
僕は親父に決闘を申し出た。
内容は”俺が勝ったらここを出て行く!”というもので。
それは小学校2年生以来の反抗だった。
今までの溜め込んだものを、吐き出すかのような決闘。
闘っていたのは10分ほどだったが、この時は何時間にも感じた。
そして倒れるのは…父親。
木刀を支えにして僕は膝で立ち、
「僕の人生だ!僕で決める!もうお前には奪わせない!!」
はき捨てるように倒れたままの父親に言葉をぶつけ、引導を渡した。
数人の門下生が駆け寄り、倒れた親父を介抱していたのが今でも忘れられない。
だけどこのことについては後悔なんてしない。
心の中の枷が外れ、世界がより精細に見えたぐらいだ。
それから卒業までは親父と顔を合わせなかった。
自分でアパートを探し、教授名義で借りさせてもらい、高校は教授の大学に近いところを選んだ。
高校は僕の成績ではあまりにもランクは下であったが。
勉強など何所でも出来るし、今までも独自にやってきたスタイルがあるので問題なかった。
それでも高校生活は甘いものでは無かった。
学費、家賃、食費、様々なものにお金が必要になる。
一人暮らしをする際10万ほど母さんがくれたが、正直つき返そうと思った…しかし母さんは悲しそうに”今まで分かってあげられなくてごめんね。いつでも帰ってきて大丈夫よ”と呟いていた。
今更なんだと思ったが母さんの事を思い貰っておく事にした。
母さんも姑やら祖父の事で精一杯だったのだ。
そんな中での10万だ…相当苦労したはずだろう。
しかしその10万さえも3ヶ月と持つはずもなく。バイトをいくつか掛け持ちしていたが、それでも足らなかった。
(学校とバイトの両立を甘く見てたな……もう少し効率がいい仕事を探さないと)
そんな事をしていると学校側とアパートの管理人にお金は払わなくて良い事を告げられる。たぶん教授が裏から手を回してお金を払ってくれたようだった。
「教授……」
「学生は勉学に励むのが1番だ……納得してない顔だね。そうだ君が大学に入った暁には助手に任命しよう。どうだね?」
破格にもほどがある。生まれて初めて人に対し泣いて感謝したと思う。
その後、僕は教授の助手を勤められるように勉学により励んだ。
高校を卒業する頃には様々な言語を習得していた。
教授は物理学から哲学、他にも様々な学問を知り尽くしているのだが、語学だけに関してはめっきりダメだった。
諸外国の実験やら何やらで出かけた際、四苦八苦するだろうと思った僕は頑張って勉強しておいたという事だ。
無事に高校を卒業する。大学への進学の際にはバイトで、何とか貯めたお金で入ることが出来た。
教授が何とかしてくれたであろうが。さすがにこれ以上は迷惑はかけられない。
大学に通うのに違和感は無かった。何せ毎日のように高校時代は教授の研究室に通っていたのだ。もはや家よりくつろいでいた……かもしれない。
そんな大学生活が始まり、正式に教授の研究への参加が決まる。
それからは研究の日々が続き……ある日、教授がたずねてきた。
「マコ君は好きな女の子とか居ないのかい?」
「それは性的な対象として……でしょうか?」
質問を質問で返す。教授は少し戸惑う。
「まぁ、そういう事になるねぇ」
「興味が無いといえば嘘になりますが。それより研究の方が気になります。あえて言うなら、これが恋に比等しいかもしれません」
「はは」
そんな僕も一人の人間で男。僕が本当の恋をするのは、そう遠くは無かった。
大学に入って一年がすぎたころ。
新入生が入ってくる時期。
一人の女性が抱えていた書類が舞う。
「きゃっ」
女性の悲鳴が上がり、近くにいた僕は飛んだ書類を反射的につかむ、他にも落ちた書類を拾う。
「あの、すいません。ありがとうございます」
「いや、気をつけてください。書類物は特に……」
彼女と目が合うと息が止まりそうになった事は今でも覚えている
「……ん、何かついてます?」
「…………いや、なんでも!?」
僕は得体の知れない感情に支配された事を理解し―――顔を伏せる。正直この時の事を思い出すと今だに一人ではにかんでしまう。
「ん?」
「えーとえーと、ごめん!」
(顔が赤い……かなり発汗してる……何だこれは!……風邪をひいたのか!?しかし気分は高揚している、風邪じゃない冷静になれ俺!)
彼女は正直なところ、綺麗とは言い難がったが。あどけなさが若干残っていて、かわいいという単語が浮かぶ。
教授にその事を報告して初めて恋の痛みを知る事になった。
数日後。僕は研究室にて挙動不審になる。
「教授!なんで彼女がここに居るんですか!」
「はっはっは、何でだろうねぇ」
教授はわざとらしくはぐらかす。
「あ、この前は書類を拾ってもらってありがとう。君もここのゼミ生?」
顔が赤くなり何も考えられなくなり、いつの間にか下を向いていた。
そして、消え去りそうな声で、
「え、あ。はい……」
「はっはっは、こんなマコ君は初めて見るよ。はっはっは」
それから僕の甘酸っぱい研究活動が始まる。
しかし、奥手の僕が告白なんて事が出来るわけも無く。
4年と言う年月が過ぎた。
僕は院生と言う事で、大学に残るが……
彼女は就職へと道を進め、残念ながらその後は会う機会も無くなる。
僕はより研究に打ち込むようになった。彼女の事を考えたく無くてその時は無我夢中で研究に励んだ。
その後、教授が優秀な科学者に送られる賞を受賞。
その際僕の書いた論文も高い評価を受けた。
それから僕は新しい研究を手がけ、気がつけば2年と言う歳月がたっていた。
そんなある日の事。
何時もの様に教授が作ったデザートを食べながら、互いに夢想し談笑をしていた。
「ですから、時間と言う物はもっと曖昧な物だと思うんですよ。過去を弄くったからといって決して今に影響はしないと思うんです」
「まぁ、そういう説もあるね」
「記憶の改善なんて起きるなんて……正直思えないんです。過去は新しい未来に路線を変える。そこで残された今は通常どうりに前に進む。そういう考えなら未来人が来ない理由も何と無く分かります。何せ自分の居た時間軸には帰れないのですから」
「そういえば前にマコ君は言っていたね。時間と言う概念は0次元だとか」
「はい。それもそうなんですが、0次元が点だとしても。その時点で時間が存在してないのはおかしな事だと」
僕が熱弁しかけたが教授が何かを思い出したようで、話の腰を折る。
「そうだ、マコ君に伝えておくのを忘れていたよ。来週、外国の実験を見に行くから。用意しておいて」
「……面白い実験なんでしょうね?」
「うん、すごく面白いよ。何でも異世界を確認する実験だとか」
「異世界を……二次元宇宙の事ですか?」
「うん」
「たしかに研究はされているとは聞いた事がありますけど。高次元空間の定義も不確定じゃありませんでしたっけ?」
「まぁね、でも重力波は出せるようになったからね。時間の問題だったんじゃないかな?」
――その数日後、僕が旅行の手続きを済ませ。某国へと出かけていく。
そして、某国の研究機関――窓ガラス越しに中を見て教授と確認を始める。
「確認しますけど、これは高次元空間に重力波を打ち込み、その反響を観測する事でもう一つの世界の確認をする……という事でしたよね」
「だねぇ。ん、始まるみたいだ。翻訳おねがいね」
アナウンスで開始すると連絡が告げられる。まばらだった他の国のえらい教授達が集まり複数のモニターを食い入るように見る。
そしてモニターに映し出されたカウントダウン―――
「今更何ですけど……教授。この実験が失敗したらどうなりますかね」
「さぁ、ここら辺いったいが吹き飛ぶか。地球がなくなるか。新しい宇宙が出来るかもねぇ」
「……あまり良い話じゃないかも知れないですけど……この国はまだ経済成長の真っ只中。そこでこの研究は不安があると思うんですが」
「それでも世紀の大実験の一つだよ?見なかったら損でしょ」
カウントダウンが終わりを告げ、次第に周りが騒がしくなる。あくまでデータ上の事なので目の前で何が起きてるのかは……分からない。
「どうしたの?」
「実験そのものは成功したみたいです」
「なんであわててるのかな?」
「そこまでは把握できてないですけど。内容を予想すると、必要以上に打ち込む重力波が大きかったんじゃないですかね……まぁデータ上の事ですけど」
やがて警報が鳴り、赤いアラームが点灯する。
すると周りにいた教授達が慌てふためき――逃げ始める。
あっという間に研究所内がもぬけの殻となってしまった。
数人は覚悟を決めた人達が残っているだけ。
しかし当の研究員は皆逃げてしまった。
「これはまずいねぇ、僕達も逃げたほうが良いかな?」
「無駄でしょうね。もし大きすぎる重力波の反響だとしたら、この現象は世界へと帰ってくるはずですし」
「……だよねぇ、まずいねぇ」
「教授は、ここでモニタリングしていてください。僕は中に入って配線やら何やらしてきます」
「え、あ、うん。……そうか!同じ周波数で重力波をもう一度打ち込んで相殺するのか!」
「はい、他にも細かい誤差とか色々あるんで。じゃあ行ってきます」
言葉を言い切り、走り出す。
僕は世界が終わるかも知れないと言うのに――妙に冷静だった。なぜだろう…こうなる事は予想が付いていたような気がする。
「ここを……こうして……こうか。うわっ!コードこんがらがってるじゃん!」
「マコ君大丈夫?もし相殺出来ても、その中だと何が起こるかわからない。作業が終わったら直ぐに出るんだよ!」
「ああ、大丈夫です。もうすぐ終わります。ただ…時間が無いですね…僕が合図したら始めてください。」
「そんな事は無理だ! 戻ってくるんだ、今すぐ!!」
今までに見た事がない顔をする教授。
しかし、今やらなければ自分が今まで愛してきた物は泡となり消える。
そんな事が頭を過ぎる。
「すいません。この扉は開かないみたいで」
「そんな、でも」
「早くしてください!」
「くっ……」
教授は決断をしボタンを押す。さっきと同様に何も起きないように思われた。
数秒後に過度の揺れが襲う。
おそらく宇宙的な揺れになったはずだ。
やがて揺れが収まり、僕は教授に親指を立てる。
だが異変はそこで収まらなかった。
「どうしたんですか教授?」
教授があわてて、ガラス越しに問いかけようとしてくる。
僕も話しかけたが言葉が返ってこない。先ほどの揺れでスピーカーが逝かれたらしい。
「いったい何が言いたいんですか?……あ」
自分の後方を確認する…実験機材が。砂が風になびくよう機器が分解され、光になり消えていく。
不思議に思い好奇心だけで近づこうとした。
しかし、さすがに危ないと思い後ろに下がる。
それでも現象は収まるどころか広がり…浸食する。
やがて僕自身もその現象にのまれる。
「すごい……見てください教授。体が、細胞が、物質が光の砂粒みたいに……」
ガラス越し―――教授が涙を流しながら叫んでいる。
しかし、僕は冷静にその現象を凝視する。
「どうなってるんだろ、これは不思議だ」
僕は消えていく腕を笑顔で教授に見せ付けて答えを期待する。
教授は涙しながらも現象を食い入るように見る。
僕を救い出さなきゃいけないと思う半分、好奇心も前に出てしまっているのだろう。
それは研究者としての性なのだから仕方がない。
僕は教授と初めて会った時のように困った笑い方をする。
「教授すみません。これが僕の最後の実験みたいです。しっかり見ていてください」
僕は思想にふける。
恐怖などは感じ無い。
むしろ、心のどこを探しても好奇心があるだけ。
「すごい……僕と言う肉体が、一つのエネルギーになってるんだ」
足が崩れ……その場に倒れる。
もっと見たい……もっとこの神々しい現象を見ていたい…研究したい。
意識が保てなくなる―――その一瞬までマコトは凝視する。そして現象を目に焼き付ける。
だめだ…まだだ…まだ………
…………
そして僕は世界から一つのエネルギーとなり……飛散した。