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第5話 恋人達の椅子

                 -Merida

 メリダのホテルに着くと、僕はまずカメラの状態を確認した。途中まで撮影したフィルムを巻き上げて抜き取り、レンズを一眼レフのボディから外す。目視した限りでは特に異常と感じられる箇所はない。しかし、現実として作動しないのだから、電気系統がどこか湿っているのだろう。多少リスクはあるが、ボディのミラー部を上向きにして、レンズの接合部と共に、デスクに備え付けのスポットスタンドのライトを直射する。このまま一晩乾かして、どこまで回復するか。駄目なら今回の旅行写真は妻のカメラ頼みということになる。


 ホテル到着が比較的早い時間だったので、夕食後に街に出てみることにした。メキシコの都市はスペイン植民地時代に形成されたものが多く、ソカロと呼ばれる公園を中心に碁盤の目状に道路が拡がる独特の作りをしている。


「ホテルの前の道をまっすぐ行くと、ソカロに着くみたいよ」


 メインストリートであるモンテホ通りは基本的に街灯がなく暗いのだが、ところどころに派手な電飾が設置されている。建国記念祭の期間中だから常設ではないのかもしれないが、どことなくディズニーのエレクトリカルパレードを連想させる。


 南下するに従い、界隈が徐々に明るくなり人出も増えてくる。ソカロまでやって来ると、そこはもう昼のような賑わいだった。正方形をした一区画が丸々公園になっていて、それを囲むように教会と州庁舎が建つ。このスタイルはどこの都市でも共通で、いわば街のへそに当たる。道端には屋台が並び、日本の縁日のようだ。


 州庁舎は中心部が吹き抜けになっていて、回廊状の二階がマヤをテーマとした壁画を飾るギャラリーとなっている。外では合唱のコンサートが行われているらしく、少年少女の歌声が風に乗って流れてくる。夜でも暖かい熱帯ならではの気候のせいもあり、開放感があって親しみやすい。日本の役所もこれくらいすればいいのにと思う。


「メリダはユカタンの中でも、とりわけのんびりした街です。皆さんがちょっと走っただけで、何事が起きたのかとびっくりされますよ」


 ガイドも言っていたが、確かに、人々の表情からも生活を楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。きっと、人生における優先順位が日本人とは違うのだろうと思う。さすがラテン系。宵越しの銭は持たないタイプと見た。


 ラテン系と言えばもうひとつ、モンテホ通り沿いの公園を戻ってくる途中で面白いものを見つけた。ビーチサイドにありそうなシングルチェアーがふたつ、互いの右手の位置を支点にして向かい合っている。しかも、そのように並べたのではなく、くっつけて一体成形している。すなわち、最初から二人用の椅子ということだ。


「どう見ても、カップルが愛を語らう用にしか思えないよね」

「男ふたりで座ってたら、かなりキモい」

「腕相撲をするんだったら便利かもしれない」

「ていうか、ここにある椅子、みんな同じ形なんだけど」


 そう、この公園にはこんな奇妙な代物がそこかしこに備え付けてある。ある意味シュールな光景だ。実際に座っている人がおらず、街灯も暗いので、宇宙人映画か何かのワンシーンに出てきそうな気配すらある。それとも、時間帯によっては年頃の男女で満員御礼となるのだろうか。試しに妻とふたりで座ってみたが、気恥しさが先に立ち、とても顔を合わせられなかった。長年連れ添った相手といえど、見つめ合うには勇気がいるものだ。

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