九.生贄娘、お茶を運ぶ
そうして、白麗の屋敷での生活は穏やかに始まった。
衣食住の心配はなく、仕事と言えば白麗の毛を梳くだけ。
白麗は体の不調なのかもしれないと、一応気を付けて見ているが、今のところそのような様子はない。
もっとも、それは、朝餉と、その後の毛繕いの時間位しか白麗と過ごす時間は取れていないからかもしれない。
毛繕いが終われば自由にしていいと言われているが、今まで毎日何かしら体を動かし働いていた香世にとって、そんな贅沢な生活は二日が限界だった。
「楓さん、桜さん、お願いがあります」
「伺いましょう」
「私にお仕事をください」
真剣にお願いする香世に、楓と桜は首を傾ける。
「お仕事ですか?」
「香世様は特別なお仕事をなさっているではないですか」
白麗の毛繕いは特別な仕事だろうか。
確かに神様の毛皮のお手入れをするなんてただの人では考えられない程のことをさせてもらっているが、香世が言いたいのはそういうことではない。
「こんなにお世話になっていて、あれだけでは到底申し訳が立ちません! どうかお料理でもお掃除でも何でもよいので手伝わせてください!」
「主様の毛繕いは何にも勝る大事なお仕事ですよ!」
「そうです! そうです! 今のお姿では私達には触れることもできないのに、香世様はすごいことをなさっているのですよ」
二人は、いかに香世が大変なことをしているのか必死に伝えようとしているが、それは香世には気を遣われているという風にしか思えなかった。
「ですが、自由にしていいと言われましても、私は何をすればいいかわかりません。なので、せめてもう少しお二人のお手伝いがしたいのです」
「うーん、花嫁様にお手伝いいただくのは、ちょっと。楓はどう思いますか……?」
「そうですね。そういったお手伝いを主様の花嫁様にしていただくのは……」
香世の言葉に、楓と桜は考え込む。
「そうだ!」
楓が何か思いついたようだ。
「主様は最近働き過ぎなので、香世様にお茶を持って行って頂きましょう」
「それはいいですね、楓!」
「そうでしょう、桜!」
これで解決だとご機嫌な楓に、桜も微笑む。
「そうと決まれば、お茶を煎れに行きましょう」
香世は楓と桜に手を引かれ、これまで立ち入らせてもらえなかったお台所へと向かった。
台所は別棟にあるようで、香世は楓と桜と共に白い玉砂利が敷かれた小道を進む。
裏庭は綺麗に掃除され、苔の上には落ち葉一つ落ちていなかった
地上の長雨が嘘のように、植物は青々と茂っている。
「広いですね」
香世の言葉に、楓が頷く。
「はい。あちらの垣根まで全部白麗様の敷地です」
「垣根の外は危ないので、香世様お一人ではお出かけにならないでくださいね」
二人が示す垣根は、香世が目をこらした先にかろうじて見えていた。
真剣な顔をする二人に、あんなに遠くまで一人で出かけることはないだろうと思いながらも頷く。
「わかりました。白麗様にお茶出しが終わったら、少しお庭を見て回ってもよろしいですか?」
香世の言葉に、楓と桜は頷いた。
「もちろんです!」
「私共も一緒に参ります! 早く白麗様のお茶の準備をしてしまいましょう」
「もう、桜。それでは白麗様のお茶の準備がついでみたいです」
元気よく言う桜を、楓がたしなめている。
その様子に、香世もついつい口角が上がってしまうのだった。