六.生贄娘、朝餉をいただく
「ん? 座らぬのか?」
「め、滅相もございません」
神様の隣に座るなど恐れ多すぎて、香世は首を振る。
「嫁なのだ、遠慮するな」
「ですが……」
「やはり、こんななりの私の嫁になるのは嫌だったか……。今からでも契約を破棄した方がいいだろうか……」
「いえ、しません!」
しょげた様子の白麗の隣に慌てて腰を下ろすと、白麗はにっこりと笑う。
なんだか手のひらの上で踊らされているような気がしながらも、香世は頭を下げた。
「地上に日差しを戻してくださって、ありがとうございます」
「香世の協力があってこそだ。私も、約束を果たせてほっとしている。神としては頼りないかもしれんが、夫として、香世に頼りに思ってもらえるよう励むつもりだ」
「あの、白麗様は、私を本当に妻と思ってくださっているのですか?」
「契約したであろう?」
不思議そうに首を傾けられ、香世の方が絶句してしまう。
「うーん。私が人の流儀に疎いのがいけないのかもしれんな。そうだ。楓と桜にも、思った事は何でもとにかく口に出せと言われていたのだった」
白麗が突然立ち上がると、香世の周りをゆっくりと一周した。
「思った通り、その着物もとても似合っている。私の見立て通りだ」
「こちらは、白麗様が選んでくださったのですか?」
「もちろんだ。嫁の着物は夫が選ぶものだと楓が言っていた」
胸を張って言われて、まるで褒めろとでもいうように尻尾をゆらす白麗に、香世は思わず手が伸びかける。
だが、白麗はただの犬ではないのだし、気軽に撫でるのはよくないだろう。
内心で葛藤している香世に、白麗が気まずげに口を開く。
「……もしかして、香世は気に入らなかったか?」
「いえ、その」
思わず私にはもったいないと言おうとしたけれど、それは選んでくれた白麗には失礼かもしれないと、別の言葉を探した。
「このような豪華な着物は着たことがなく、嬉しいですが汚してしまわないか緊張します」
「嫌ではないんだな?」
「……はい」
「なら、慣れろ」
「なっ――」
簡単に言われ、香世は思わず顔を上げて白麗を見る。
「はは。やっと目が合った」
言葉通り、白麗の尻尾は満足げに揺れる。
「諦めろ、香世の着物はこれからも私が選ぶ」
「ですが」
「うむ。嫁を着飾るのも夫の役目。それに、私も香世に何を着せようと考える時間は楽しかったのだ」
絶句した香世に、白麗は言う。
「改めて言うが、契約とはいえ、私は香世を形ばかりの花嫁にするつもりはない。よろしくな、花嫁殿」
はっきりと口にされ、香世の方は困惑してしまう。
香世にばかり利がある結婚で、こんなに良くしてもらっていいのだろうか。
神だからこそ、優しくしてくれるのだろうか。
それでも、何かを期待するように見つめる白麗に、香世は戸惑いながらも頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします」
そうしている間に襖越しに楓と桜の声が聞こえた。
「失礼します。朝餉をお持ちしました」
白麗が入るように促し、面前にはご馳走が並べられていく。
漆塗りのお膳に、揃いの器が載っている。
白いお米とたまご焼き、飾り切りされた人参が乗る煮付け、それに汁物と香の物。
「すごい、ご馳走……」
「足りないならおかわりもあるぞ」
思わず零れた言葉を白麗に拾われてはっとする。
並べられているのは、香世の食事だけだ。
「白麗様のお食事は?」
「私はいい。今は食べることができぬのだ。香世が良いなら、ここで見ている」
今は、ということは、いつかは食べることもできるということだろうか。
尋ねようとした時、香世のお腹がくぅと小さく音を立てた。
「さぁ、ゆっくりいただきなさい」
白麗は驚く艶やかなふさふさの尻尾をゆったりと揺らし、静かに香世の食事を見つめた。