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生贄娘と呪われ神の契約婚  作者: 乙原 ゆん


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五十六.生贄娘、老婆と話す

 老婆は案内されるまま、濡れ縁に腰掛けて庭を見ている。


「どうぞ」

「ありがとうねぇ」


 薬草茶を出すと、老婆は礼を言う。

 香世も隣に座り、一緒に庭を眺めた。

 じっと遠くを見る老婆は、庭ではないどこかを見ているようだった。

 かなりの時間、老婆は黙っていた。


「……わしはね、紫水様が守ってくださっている村の生まれじゃ、ないんじゃ」


 ふと、老婆が口を開いた。


「昔はねぇ、山奥の、なんていったか、名前は覚えていないけどねぇ。山犬の守り神さんがいた村じゃ。神さんは、祭にもね、よく来てくださっておった」

「村の場所は覚えてあるのですか?」

「紫水様のところの北原の村からさらに北に、山を三つ超えたところじゃ」


 北原の村は、ここに来る時に通った村からさらに北にある村だ。来る時に、白麗から、紫水様が守る地で、最北の村だと聞いていた。

 香世の問いで記憶が刺激されたのか、老婆ははっとしたように声を上げた。


「あぁ、そうだ、楠実村だ。母ちゃんが、楠実村には真白様がおるけん、暮らしていけるんじゃとずっと言っておった」

「真白様というのが、神様のお名前なのですね」

「そうじゃ。けどなぁ。わしが十になった頃じゃったか、病が流行ってなぁ。友達も、友達の父ちゃん母ちゃんも、わしの母ちゃんも、みんな倒れてしまった。真白様のお姿も見えなくなって、このままでは助からんと、父ちゃんは熱を出しているわしを背負って山を下り、紫水様に助けてもらったんじゃ」


 老婆は目尻に涙を浮かべながら話し続ける。


「父ちゃんも、結局、紫水様の守っておられる村に着くと限界で……、結局、わしだけが助かったんじゃよ」


 言葉を無くす香世に、老婆は続ける。


「わしも、命は助かったが、体が治るまで長くかかったし、その後は助けてもらったご恩を返そうと必死で、その時はそれで精一杯じゃったが……、全て終わった後には帰る村もなくなっておってな、助けてもらった紫水様の村に置いてもらったんじゃ」

「そうだったのですね」

「……わしは、この病にかかったときに、罰があたったんだと思ったんじゃ」

「罰、ですか……?」


 首を傾ける香世に、老婆は言う。


「わし一人だけ、助かった罰。それに、わしは聞いたんじゃ」

「何をです?」

「村で祀っていた神様を、粗末にすると神様に障りがあると。あの村の生き残りは、わしだけじゃった。だから、わしがきちんと真白様にお役目は終わりだと言わんといかんかったのに。なんにも知らず、のうのうとこの年まで生きてしまった、その罰じゃ……」


 以前、白麗に聞いた堕ち神になってしまう条件が思い出される。「信仰を失くした」場合も堕ち神になってしまうというが、老婆もどこかでそのことを聞いてしまったのだろう。老婆が村で祀っていたという真白様は、どうなってしまったのだろうか。

 だが、今はそんなことよりも目の前で肩を落とす老婆の方が心配だった。


「でも、そのことを知られたのは最近なのですよね。それに、その、真白様に障りがあったかは、わからないかと……」

「知ったのは、この病にかかってからじゃ。けどな、この病にかかる前、わしは真白様の遠吠えを聞いたんじゃ。とても怒っておられた。もっと早くに知っておったら、わしは……」


 後悔に沈む老婆に、香世は何と言っていいのかわからなかった。

 そうしていた時だった。


「初江さん!」

「おぉ、誰じゃったかの」


 紫水の眷属の一人が焦ったようにこちらにやってくる。名前は知らないが、見たことがある顔だった。


「急にいなくなられて、探していたのですよ。こちらでお世話になっていたのですね。まだ、あまり出歩かれてはまた寝込まれてしまいます」

「もう、わしはいいから」

「そんなことは言わず、さぁ、戻りましょう」


 そして、眷属は振り返ると香世に頭を下げる。


「奥方様、お相手くださって、ありがとうございます」

「いえ、私は何も。ただ、お茶を振る舞っただけですから」


 そして、老婆は眷属に連れられて帰っていった。

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