五.生贄娘、湯をいただく 二
風呂から上がれば髪を乾かし整えて、顔には薄く化粧も施される。
そして湯上がりの熱が取れれば薄桃色の着物と髪飾りが用意されており、その上等さに呆然としている間に楓と桜が着付けていった。
今まで来ていた着物とあまりにも違う、柔らかで滑らかな手触りに、これは一体どれ程の価値があるものなのか、汚してしまったらどうしようと背筋が凍る。
「こんなに良い物を貸してもらって、よろしいのですか?」
躊躇いがちに尋ねると、香世に着せる楓も桜も驚いたように香世を見る。
「香世様、なんて慎み深い方なんでしょう!」
「これは屋敷にあったものですが、後日、きちんと香世様のために仕立てたものを準備いたします」
桜の言葉を、楓が補足する。
「そんな、こちらを貸してくださるだけでも十分ですのに」
謝絶しようも、桜も楓も首を縦には振らなかった。
「確かにこちらも香世様にお似合いですが、大人しすぎます。主様の花嫁様ですから、もっと豪華な着物を着ていただきたいです」
「でも」
「それに主様も香世様を色々と着飾らせたいと言われるはずです」
もしかして二人は香世が花嫁となった経緯を知らないのだろうか。
白麗にとっては香世は押しつけられた生け贄だ。
先程、楓と桜は、香世の存在が白麗の助けになったというようなことを言っていたが、そもそも白麗は生け贄を必要とはしていなかった。
一人でゆっくり湯を浴びて、少し冷静になった頭で考えると、香世に花嫁になるよう言ったのも、もしかしたら村を救う理由を作ってくれただけなのかもしれないと思い至ったのだ。
「そんなことないと思いますが」
「いえ、あります」
「そうです。だって、あの状態の主様が、花嫁様を迎えられたのですから、絶対に香世様のことを気に入っておられます」
「もう、桜、話しすぎです」
「あっ、申し訳ありません」
「香世様も、桜の言葉はどうぞお気になさいませんよう」
桜を叱り、頭を下げる楓に香世は頷いた。
香世が知らない事情があるのだろうが、この様子だと無理に尋ねることもできない。
黙り込んだ香世を気にしながらも、手際よく楓と桜は着付けを進めていった。
後片付けをするという楓に見送られ、桜の案内で香世は白麗のいる部屋の前へとやってきた。
「主様、香世様をお連れしました」
「入れ」
白麗の許可に、桜が襖を開けてくれる。
部屋の中ではふかふかの座布団の上に黒犬姿の白麗が腰を下ろして香世達を見ていた。
白麗の艶やかな黒い尻尾が満足げに一揺れする。
「香世はこちらに。桜、香世の朝餉はこちらに運ばせろ」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
桜が行ってしまうと、部屋には香世と白麗の二人だけである。
こちらにと示されたのは白麗の隣にある座布団で、香世は動くことができずにいる。