四十九.生贄娘、悩む
台所で食器を返し、なんとなく離れには戻る気になれず、庭に出ることにした。
好きに見て良いとは言われていたが、午前中は紫水の授業、午後からは書庫で借りた本を写していて、なかなか庭に出る時間を作ることができなかったのだ。
紫水の屋敷の庭は、薬効のある木や草しか育てていないようだ。よく見ると、その中に葉に触れるだけでかぶれる草や、毒草も混じっていて、見るのはいいが触れないようにと注意されたことを思い出す。
庭を眺めながら歩いていると、屋敷の方から人が出てきた。
「砥青様」
「体調が悪いと伺っていましたが、もうよろしいのですか?」
「はい。たくさん、休ませていただいたので。寝不足が続いていただけで、体調を崩したわけではありませんから」
砥青は疑わしげに香世を見ている。砥青の眼差しに居心地が悪い思いをしながら、香世は尋ねる。
「砥青様はこちらにご用事が?」
「いえ。私はただ奥方様のお姿が見えたので気になって」
「心配してくださったのですね。ありがとうございます」
頭を下げると、砥青は首を振った。
「そういうわけでは。寝不足というのは、何か心配事がございますか? 何か、離れで不都合がありましたらできる限り改善しますので、お聞かせください」
「そういったことではないのですが」
少なくとも、寝不足の原因は心配事ではなかった。
むしろ、紫水と白麗の話を立ち聞きしてしまったことで、心配事が増えて、今夜の寝不足の原因になるかもしれない。
どう答えようと迷ったが、砥青は急かすことなく待ってくれた。
「大切な方が、問題を抱えていて。そのことで苦しまれているのに、私にできることは何もないようなのです。けれど、私は何かをしたくて、何ができるかと考えていました」
「それは……、難しい問題ですね……」
砥青も、思ってもみない内容だったようで、少し困ったような表情をしている。
「お話だけでも伺えたら、悩みが軽くなるかと思いましたがお力になれないようです」
「いえ。聞いてくださったので、自分が何に悩んでいたのか分かった気がします。先程まで、自分が何をしたいのか、全然、わからなくて、ただ沈んだ気持ちを持て余しているだけでした」
「お役に立ったのならよろしいのですが。なんだか私の方が、慰められてしまいましたね」
そう言って砥青は穏やかに微笑む。香世もつられて微笑んだところで、背後から足音が聞こえた。
振り向くと、焦った顔の白麗がやってくるところだった。
「香世、ここにいたのか」
「白麗様」
「離れにいないから、どこにいったのかと」
そう言って、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。
そうしながら、白麗は砥青を見る。
「砥青殿が香世についていてくれたのか?」
「ずっとではありません。たまたまそこの廊下を通りがかった際に庭にお姿が見えたので」
「そうだったのか。気に掛けてくれて礼を言う」
「いえ。では、白麗様もいらっしゃったことですし、私はこれで失礼します」
「砥青様、話を聞いてくださってありがとうございました」
背を向ける砥青に、香世は白麗の腕から抜け出して慌てて礼を言った。




