四十七.生贄娘、相談する
その夜のことだった。
今日も昨日と同じく布団が並べて敷いてある。
昨晩も何事もなく過ぎたし、白麗が照れる様子もなく布団に入り込むと、香世ばかりが白麗を気にするのがおかしな気がして、同じく自分の布団に潜り込み、疲れもあってすぐに寝入った。
異変は、その夜更けに起きた。
白麗のうなり声で、香世は目が覚めた。
「……白麗様?」
声をかけるが、返事はない。最初はうなり声かと思ったが、聞いていると苦しんでいるようにも聞こえる。
「白麗様、起きていらっしゃるのですか?」
思わず体を起こして声をかけても返事はない。
「夢を見ておられるのかしら」
起こしても夢から覚める様子はなく、苦しむ白麗を見かねて背中をさすると、ふと白麗の呼吸が和らいだ。
(……よかった)
少しでも白麗が楽になるのならばと、香世は白麗がうなされることのない深い眠りに入るまで、背を撫で続けた。
翌朝、起きると、香世は白麗に正面から抱き込まれていた。
昨晩は途中で起きたせいか、体は寝不足を訴えているが、二日連続で寝坊するわけにはいかない。気合いを入れて、白麗に声をかける。
「白麗様、起きていらっしゃいますか?」
何度か声を掛けると、ようやく白麗も目が覚めたようだ。
「おはよう。香世。やはり、朝から、香世が腕の中にいるのは格別だな」
そんなことを言う白麗に、普段ならば照れてしまうのだろうが、香世は昨晩のことが気になって声をかける。
「昨日は良く眠られましたか?」
「あぁ。もちろんだ。香世は?」
尋ねてみるが、白麗に自覚がないのか、うなされていたことを教えてくれるつもりがないのかはわからない。
「私も良く眠れました。白麗様は枕が変わって眠れないなどないのですね」
「どちらかというと、戻ったら香世を探して目が覚めてしまいそうだ」
白麗の軽口に、探りを入れようにもそれどころではない。
そんな話をしているうちに紫水の眷属が起こしにやってきて、結局詳しく話を聞けないままに朝餉へと向かうのだった。
白麗のうなされようは気になるものの、一晩だけなら様子を見て良いかもしれない。
そう思っていた香世だったが、翌日も、その翌日の夜も白麗はうなされていた。
起こそうとしても目覚めない白麗に、ふと、もしかしてこれはここ三日だけのことではないのかもしれないと気が付く。
紫水のところに来るまでは寝室も別だったし、初日は疲れていて白麗を気にするどころではなかった。
考えている間にも白麗は苦しげにしていて、香世にできることはうなされる白麗の背を撫でることだけだった。
「寝不足のようだな」
翌朝。いつものように朝餉の後、紫水の講義に向かうと、向かい合って座った紫水にそんなことを言われてしまう。
「……はい、少し」
「眠れていないのか? 体調が悪いのなら、今日は休みにしようか」
心配げな表情を浮かべる紫水に、香世は迷った末に口を開く。
「……あの。ご相談なのですが」
「なんだい?」
「夢見をよくする薬などございますか?」
少なくとも、そのような薬は香世が知る範囲にはない。砥青に教わった知識にもないので、紫水が知っている可能性は低いが、それでも聞かずにおれなかった。
「夢見を……? それは、つまり夢見が悪くて良く眠れないということか」
紫水は香世に言いつのる。
「他に症状は? 寝付きが悪いとか、体が冷えるとか」
心配げな紫水に、大事なことを伝えていなかったと首を振る。
「その、私ではないのです。白麗様が、毎晩うなされておられて」
「なるほど。白麗だったか。うなされているというのは、こちらに来てからか?」
「……わかりません」
首を振ると「おや?」という顔をしながらも紫水は頷いた。
寝室を別にしていたと伝わってしまったようだ。
「まぁ、それぞれ事情はあるだろう。本人から詳しく話を聞いてみる必要があるな。香世殿から聞いたと伝えるかもしれないが、いいだろうか」
「どう伝えられるかは、お任せします」
「ありがたい。後で白麗にも話を聞いておこう。香世殿は、今日はもう休みなさい」
「ですが」
「ここ数日、あまり眠れていないのだろう。顔色が悪い。その状態では頭も働かない。無理して詰め込む必要は無いのだから、また明日改めて授業を行おう」
「時間を取っていただいているのに申し訳ありません」
「いや。こちらこそ、言いにくいことを相談してくれて感謝する」
そうして、香世は離れに引き返した。
白麗は今日も眷属に話を聞かれているのか不在で、眷属が準備してくれた布団に横たわり、香世は眠りに就いた。




