四十一.生贄娘、紫水の屋敷で歓待される
紫水の屋敷でのもてなしは豪華な物だった。
夕飯だと呼びに来た紫水の眷属に連れられて座敷に向かうと、四人分の席が設けられている。一人一人の前に朱塗りの大きなお膳が用意され、その上にご馳走が並んでいた。
「白麗様はこちらに。奥方様はこちらにどうぞ」
白麗と隣り合うように座って、紫水がやってくるのを待つ。
正面に二席設けられているので、そちらが紫水と砥青の席だろう。
そう間を置かずに、紫水と砥青が入ってきた。
「待たせたな」
「いえ。私達も先程来たばかりだ」
席に腰を下ろした紫水と白麗がやり取りする様子を眺めていると、不意に紫水が香世の方を向く。
「ささやかだが、二人を歓迎して宴を開いた。明日からはいつも通りの質素な食事に戻るから、是非堪能してくれ」
お膳にのっている山菜のおひたしや、葉物野菜のクルミ和えなど、香世が知っているものから、見たことがない物まで様々だ。
それらを食べ進めていると、お頭つきの鯛の塩焼きやご飯、お吸い物も運ばれてくる。
香世が暮らしていた村から海は遠く、父の話でしか聞いたことがない。「鯛の塩焼きだ」
「すごい、初めて見ました」
感嘆の声を上げる香世に、白麗が驚いたような顔をする。
「香世は鯛を食べたことがないのか?」
「はい。父から話には聞いたことがありますが」
「そうだったのか。私が用意したかったな」
むぅっと唇を尖らせる白麗を、紫水が面白そうに眺めて言う。
「なら、白麗は海に連れて行けばいいじゃないか」
「海に?」
「香世殿は、海にも行ったことは?」
「ありません」
「なら、今度香世を私が連れて行く」
そう宣言する白麗に、よろしくお願いしますと香世は頭を下げる。
「相変わらず、仲が良いのだな」
微笑ましい物を見るような眼差しで、紫水は香世達を眺める。
ふと白麗が口を閉じていた砥青に尋ねる。
「砥青殿も元気にしておったか?」
「おかげさまで、瘴気が残ることもなく元気に過ごしております」
「そういう割には疲れているようだが」
尋ねる白麗に、紫水がこらえきれないと言ったように笑いを漏らす。
「砥青が疲れているのはな。香世殿の作った奇跡の薬草茶の効果を確認するために、他の眷属達が検査を色々しているせいだ」
「奇跡の薬草茶」
復唱する香世に、紫水は頷く。
「薬草茶自体は、香世殿に教わった通りの作り方を伝えたし、薬草茶も土産に貰った物がある。だが、実際に瘴気を浴びて、回復したのは砥青だけだ。なので、体調を調べたり、他に変化はないかと、検証に付き合わされている」
「それは難儀だな」
白麗の言葉に香世が頷くと、紫水はあっという顔で香世を見る。
「決して、香世殿の薬草茶の効果を疑っているわけではないぞ。皆研究心が豊富すぎて、どこまで効果があるのか、新しい知見があると隅々まで明らかにしたいという意識が強すぎるのだ」
そういえばと紫水が白麗を見る。
「白麗殿にも協力を願いたいと言っていたな。香世殿が勉強している間、暇だろう。よろしく頼む」
「なんと」
顔を青くする白麗に、紫水は微笑む。
「神の身で、堕ちかける程に瘴気を取り込みながらも持ち直したのだ。白麗の症例を知れば、他の神の希望にもなるだろう」
その言葉に、白麗は渋い顔をしながらも頷く。
「そうだな。堕ち神になりかけるなど恥ずべき事だが、我が経験が生きるのならば仕方ないな」
頷く白麗に、砥青は真面目な顔で伝える。
「白麗様、私もですが、紫水様の眷属は皆加減を知りません。もし、あまりにもご負担をかけるようなことを言われた場合は、きっぱりと断られた方が身のためかと」
「む、それほどなのか?」
「ははは、砥青、さすがに白麗は客人だ。そんな無謀な者はおるまい」
「いえ、紫水様、それは楽天的過ぎるかと」
首を振る砥青に、紫水はうーんと考えると言う。
「なら、砥青が白麗殿についているといい。明日以降も、検査があるのだろう? 私は香世殿の授業があるからな」
それでもまだ納得する様子がない砥青に、紫水は続ける。
「私と香世殿が顔を出せば、授業そっちのけで薬草茶のことを聞こうするだろう。それでは香世殿に申し訳ない」
紫水の言葉に、あぁ、と砥青は頷いている。
「だが、砥青。本当に手に負えないような事があれば、私を呼ぶのだぞ」
「かしこまりました」
「ところで、三斎の市に行ったと先程聞いたが、他には何か面白い物はあったか?」
紫水に問われ、香世達は先日出かけた時の話をするのだった。




