四十.生贄娘、紫水の元に向かう
三斎の市に連れて行ってもらってからしばらく経つ。
人型を取るようになった白麗にも大分馴れた。
午前中は白麗も神としての仕事があるようでその間、香世は砥青に教えてもらった薬を実際に作る時間に充てている。
知識を頭にたたき込む事も重要だが、実際に作ってみないとわからないことがある。
白麗の庭にある薬草は好きに使って良いという言葉に甘えている形だ。
丸薬など日持ちがする物を中心に作っているので、今度砥青に会った時に一度出来を見てもらえたらと思う。
そうして日々を過ごしていたところで、紫水の所から待ちに待った手紙が届いた。
「香世、紫水から文が届いた」
白麗に渡された手紙には、いつでも来て欲しいと書いてある。
「明後日には向かおうと思うが、香世の都合はどうだ?」
急だが、香世には予定がない。強いて言うなら、今作っている薬を仕上げ、後片付けをするくらいだが、それも今日中には終わるだろう。
「明後日でしたら問題ありません。どのくらい行ってきてよろしいですか?」
「うん? 私も共に参るぞ。香世が必要なだけ滞在していいとあるし、私も共にと書いてある」
そう言って首を傾ける白麗に、楓と桜があっという顔をする。
「主様、お待ちください。秋の大祭をお忘れです」
「大祭は、主様にこちらにお戻りいただかねばなりません」
二人の言葉に、あっという顔をして白麗が頷く。
「そうだったな。では、長くても二ヶ月といったところか」
香世はそんな三人の会話についていけない。
「ですが、白麗様は退屈では? それにこちらにいらっしゃらなくて大丈夫なのですか?」
思わず零れた問いに、白麗は頷く。
「問題ない。仕事なら向こうでもできるし、私は香世とそんなにも長い間離れたくない」
「主様、それは私達もです」
「私達も香世様と離れたくありません」
「だが、完全に屋敷を留守にするわけにもいかぬ。楓と桜には留守を頼みたい」
キリリという顔をして言う白麗に、楓と桜は唇を尖らせる。
「むぅ」
「……確かに、お屋敷を全員で空けるのは良くないですね」
「というわけで、二人には我らの仕度を頼む」
頬を膨らませる桜と、諦めた様子の楓に白麗は仕度を頼んでいる。
離れたくないというお気持ちだけでそんなにあっさり決断して良い物なのだろうか。
何か他に理由があるのかもしれないと思って、ふと気が付く。
白麗との契約はまだ結んだままだ。香世は白麗の神気を預かっているのであまり離れるのはよくないかもしれない。
わいわいと騒いでいる三人の様子を眺めながら、香世はそう結論づけるのだった。
「うわぁ、ここが紫水様のお屋敷ですか」
感心したような声を上げる香世に白麗が苦笑気味に答える。
「この位ですごいと言っていては、身が持たぬぞ」
狼に変化した白麗の背に乗せてもらい、通常なら十日前後かかるところを、その半分の日程で紫水の屋敷に到着したところだった。
香世の視線の先には、緑に覆われた山と、その入り口にそびえる壮麗な門、そして階段があった。
「紫水の屋敷はこの山の上にあるのだ」
「この山は、紫水様の物なのですか」
「そうだ。なんでも特別な薬草がここで取れると言っていた。さて、行くか」
白麗に続き、階段を上った。
香世達が来ることは事前に伝えてあったために、屋敷に着くとすぐに紫水の元に案内される。
白麗の屋敷より遙かに人が多いようで、廊下を進みながらも結構な数の人の気配がしていた。
「白麗、香世殿、よく参られた」
「招いていただき感謝する」
「しばらくお世話になります」
「土産にこちらを持ってきた。紫水が良いように使って欲しい」
白麗と香世の挨拶に、紫水はうんうんと頷いていたが、白麗の差し出した包みからはみ出る根っこを見て、喜色を浮かべる。
「これは、半島人参ではないか? これをどこで?」
「この間、香世と三斎の市に行ったのでそこで見つけたんだ」
「なんと。このような掘り出し物があったとは。私も見に行けばよかったな」
紫水ははっとしたように、咳払いをすると続ける。
「このような素晴らしい物を感謝する。先日教わった香世殿の薬草茶も、素晴らしいのに。弟子達も驚嘆していた。是非話を聞きたいと言っている。調薬を学びに来ているのに悪いが、滞在中、香世殿の話をする時間を取ってくれたら幸いだ」
「かしこまりました」
「その時は、私も同席する」
白麗が言い、紫水は当然だろうなと頷いている。
「さて、まずは、旅の疲れを癒やして欲しい。また夕飯の時に会おう。その時に砥青も呼ぼう。誰か、白麗らを案内せよ」
紫水が手を打って人を呼び、水干姿の青年に連れられてこちらで滞在する部屋へと連れて行ってもらった。
香世達に与えられたのは、離れの建物だった。
荷物を置いて見て回ると、すぐに全てを見終わってしまえるくらいにはこぢんまりとした小さな造りだ。
庭の景色がよく見える居間と、香世が調薬をするようにだろう、色々と道具が置かれた一室、それに寝室と浴室がついている。
浴室には湯が掛け流されていた。どうやら、温泉のようだ。
小さいが居心地が良さそうな建物で、気分が上がる。
だが、白麗はそうではないようで、小さく呻いていた。
「なんてことだ」
「どうかなさいましたか?」
尋ねると、愕然としたように白麗が香世を見る。
「寝室が一つしかないではないか」
「あっ」
言われてみて、初めて気がつく。
白麗の屋敷では、香世が来た当初から寝室は別だった。今もその状態が続いている。
疑問に思うこともなかったのだ。
あの頃は、白麗も瘴気に侵されていてそれどころではなかったし、白麗の件が解決しても、香世は契約上の妻で有り、寝室が別で疑問に思うことはなかった。
「香世は、私と同室で嫌ではないか?」
恐る恐る尋ねる白麗に、香世は頷く。
「白麗様こそ、お嫌ではないですか?」
「もちろん。香世は、私の妻だからな」
胸を張って言う白麗に香世はほっとする。
「さて、では、夜の会食に向け旅の疲れを取るか。香世、先に湯を使うと言い」
「ですが」
「香世の方が、支度に時間がかかるだろう」
白麗に促され、香世は浴室へと向かった。




