三十五.生贄娘、デートに行く
「本当に、すごい人ですね」
「香世、絶対に手を離してはいかんぞ」
混雑に圧倒されながらも、白麗と二人で市を見ていく。
白麗が手を繋いでいてくれるから、はぐれることもない。
地上で暮らしていた時に行ったことがある市よりも遙かに来ている人が多く、並んでいる品も多彩だ。
見たことがない果物、異国から取り寄せたという獣の毛皮。美しいガラス細工の簪など、目を引く物は多かったが、中でも香世の目を引きつけたのは、無造作に並べられている薬草の根だった。
「何か気になる物があったのか?」
「はい。あの、少し見てもよろしいですか?」
「もちろんだ」
白麗の手を引きその露天に向かうと、やはり香世の思った通りの物であった。
「お嬢さん、いらっしゃい」
「お嬢さんではない、妻だ」
香世が答える前に、白麗がふんすと店主に言う。
「失礼しました。奥方でしたか」
店主が笑いながら答えている。
その間も、香世の目は露天に並べられている商品に釘付けだった。
「こちら。半島人参の根ですか?」
「おや。お目が高いね。そうだよ。滅多に出回らないのが入ってきてね。他にも大陸から珍しい薬草も仕入れているから見ていってくれ」
確かに、他にもこの辺りで見かけない薬草も並んでいる。
(あれは図鑑で見た物かも……?)
でも、香世の視線はやはり最初に目に付いた薬草の根に戻る。
「香世、その根っこが気になるのか?」
「そう、ですね」
金額が気になって曖昧に頷く香世に、白麗が尋ねる。
白麗に問われて、香世は頷いた。
「個数は?」
「一つで」
「それだけでいいのか?」
だって、値段がどれだけするのかわからない。
今すぐ調薬に必要な材料でもなく、あまり多くの数を求めるのも憚られた。
迷わず頷いたはずだったが、白麗はうむと言って店主に言う。
「では、店主、とりあえずこれを十本」
驚く香世に、白麗は言う。
「滅多に見ないのだろう? なら、半分は今度紫水の所に行くのに土産に持っていけば良いと思ってな」
「半分……」
つまりは、五本は香世にくれるつもりだろうか。
「毎度あり。けど旦那、こいつは高いが大丈夫かい?」
「いくらだ?」
店主が半島人参の重さをはかりで量る。
「うーん、これだと三十両になるね」
三十両、と聞いて香世は心臓が飛び出そうになる。
一両あれば、香世なら二月は暮らせる。
頷きながらも白麗は懐を探る。
「なるほど。結構な値段なのだな。数を買うのだ。まけてはくれぬのか」
「まけるとしても、二両だよ。そんで、二十八両な」
「おや、まけてくれるのか?」
「まぁ、こんなに一気に数が出ることもないからね」
頷く店主に、白麗は少し考えると言った。
「値段は最初の三十でいいから、そっちの薬草をおまけにつけてくれんか」
「どれですか?」
「香世、さっき見ていたのはあれであっているか?」
「あ、はい」
白麗は先程香世が目を留めていた薬草を指さす。
「店主、あれだ」
「それだけでいいのかい。なんか悪いな。旦那。よかったら、こっちのやつもつけておくよ」
白麗が言い値を払うと、店主は他にいくつか薬草をおまけにつけてくれた。
「奥方、いい旦那を持ったな」
店主の言葉に、白麗がどうだというように香世を見る。
「はい。私にはもったいないくらいの旦那様です」
香世の言葉に、白麗は満足げに頷くと、品物を貰って店を出た。




