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生贄娘と呪われ神の契約婚  作者: 乙原 ゆん


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三十二.生贄娘、団欒する

 薬草の下処理が終わると、手を洗って白麗についていく。

 部屋に着くと、既に三人分の食事が並べてあり、桜がご飯をよそってくれた。楓は砥青についているようで姿が見えなかった。

 人型になった白麗は香世と同じように食事も取れるようだ。

 今までは瘴気の浄化に力を集中させるために、食事をとっていなかっただけで、普段は一緒に食事することができるのだそうだ。

 ということで、白麗が人型を取るようになってからは香世達と食事を共にしていた。



 昼食を食べ終わり、食後のお茶を飲みながら午後からの予定について紫水が尋ねた。


「香世殿。午後からは何かやることがあるか?」

「いえ、薬草茶の続きは明日以降でないとできません」

「なら、私は午後は砥青の所についていようと思う。香世殿の授業もまた明日行おう」

「かしこまりました」

「では、私は先に失礼する」


 食事を終えた紫水が部屋を去ると、香世も席を立った。

 今まで教わった知識の復習でもしようかと思っていたのだが、白麗に呼び止められる。


「香世、どこにいくのだ?」

「部屋に帰ろうかと思っていました」

「その、よかったら久しぶりに毛を梳いて欲しいのだが」


 そう言われて、香世は微笑み、白麗と連れ立って白麗の私室へと向かった。



 狼の姿を取った白麗の、真珠色に輝く、腰のある白い毛並みを櫛で梳いていく。

 こうして白麗の毛並みに触れるのは久々だった。

 白麗はうっとりと目を閉じていたが、ふとその瞼が薄く開かれ、金色の瞳が覗く。


「香世は、私の狼の姿の方が好きか?」


 唐突に問われ、動揺する。


「いえ、そんなわけでは」

「だが、こちらの姿の方が私に触れる手に躊躇いがない」

「それは……」


 人の姿の白麗が美しすぎるからだ。

 狼の毛並みと同じ真珠色の長い髪に、全てを見透かすような金色の瞳。それに、香世よりも遙かに高い身長で、隣に立つと香世は白麗の胸元までしか高さがない。

 そんな存在の隣に立つのが自分でいいのかと、つい気後れしてしまっていた。


「慣れていないだけだと思います」

「そうか? だが、紫水とは、随分楽しそうにしていた」


 拗ねたように言う白麗に、香世は首を振る。


「それは、紫水様は女性で話しやすいですし、薬草の事を話していたからで」


 だから、白麗が妬くようなことは何もなかったと思うが、白麗はむっとした様子だ。

 次の瞬間、白麗が人の姿に変わり、香世の膝の上に白麗の頭が乗る形で、横たわっていた。


「えっと、……?」


 重くはないが、櫛はもう良いのだろうか。戸惑う香世に向かって、白麗は拗ねたように唇を尖らせる。


「私は、香世の夫ではないか。私も楽しく話したい」


 白麗の手が伸び、香世の頬に触れる。

 親指の腹で頬を撫でられるのがくすぐったい。


「毛繕いはもうよろしいのですか?」


 なんとか尋ねた香世に、白麗は頷いた。


「あぁ。香世がこちらの姿に慣れていないと言うから、まずはこちらの姿に慣れてもらう方が良いのではないかと思ってな」


 そう言って、白麗は微笑む。

 香世の方は自分を見つめる白麗の柔らかな眼差しに戸惑うばかりだ。

 白麗の妻ではあるが、それは瘴気から白麗の神格を守るため。便宜的に迎え入れたわけで、いつかは終わりがくるのだと思っていた。

 今、尋ねてみようか。

 いつまで白麗の妻でいられるのか。

 けれど、不用意に尋ねて、白麗が香世の存在がもう不要だと気が付いてしまえば、今のこの穏やかな時間さえも失われてしまうかもしれない。そう思うと、たった一言が聞けなかった。


「む」


 突然、白麗が起き上がるとあっという間に香世を抱き込んだ。

 先日と同じように横抱きに膝の上に抱えられ、顔を覗き込まれる。


「白麗様?」

「なんだか、香世の顔が悲しげだった。何か心配事が?」


 白麗の問いに、香世は浮き上がりかけた本心を沈め、もう一つの心配事を口にした。


「……村は、どうなったのだろうと考えておりました」

「私に力が戻ったから、天候はあれ以来安定しているはずだ。私も気になっておったし、紫水達が帰ったら、見に行こうか」


 頷くと、白麗は満足げに微笑んだ。


「ではもう気がかりはないな。そういえば、私は香世の事をあまり知らぬ。村ではどのように過ごしてったのだ?」

「村で。畑を耕したり、薬草を採りに行ったり、父が残した書き付けを見て薬の勉強をしたり、でしょうか」

「なるほど。今と変わらず働き者だったのだな」


 穏やかに言われ、首を振る。


「いえ。そんなことは。皆と、同じだったと思います。それに、一人で出来ないことも沢山あって、助けてもらわねば暮らしていけませんでした」

「うむ。それは、私も同じだ。だから、この間は香世にも頼ってしまった」


 そう言って、契約の証がある手の甲を包むように白麗の手が挟み込む。


「だから、香世もあまり思い詰めず、相談しても良いと思えるようになったら、私に言って欲しい」

「白麗様……」


 悩んでいるのは、白麗との関係なのだけれど。

 でも、香世のことを思って、言葉を選び慰めようとする白麗に、香世は胸が温かくなる。


「まだ、相談できるほど、私も気持ちの整理ができていなくて。でも、いつかは、きちんとお話ししますので。なので、その時は、話を聞いてください」

「もちろんだ」


 頼もしく頷いて見せる白麗に、香世は気が付くと微笑みを浮かべていた。

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