三十一.生贄娘、紫水に薬草茶の作り方を教える 二
庭で必要な薬草を一通り摘み終わると水場に向かい、屋敷の外にある井戸の水で薬草についている泥や汚れを落としていく。
紫水も手伝ってくれているのだが、その手際の良さに香世は内心感嘆の息を吐いた。
(さすが薬師の神様……)
見とれているばかりではいられないと、香世も手を動かした。
少しして、ふと思いついた様子で紫水が顔を上げた。
「ところで、香世殿はどういう経緯で白麗の妻となったのか聞いてもいいかな?」
「成り行き、です。元々、私は生け贄として捧げられた存在で、白麗様は最初は私を村に返されようとされていたのです。ただ、瘴気から白麗様の神格を守るためにと残していただけで」
「意外だ。溺愛の様子が窺えたが、そういう事情があったのか。生け贄というのは?」
「去年から村で不天候が続いていて、落ち着かせるために生け贄をだすことになったのです」
「白麗は、そんなに前から瘴気に蝕まれていたのか」
紫水は驚いたように目を見開く。
そういえば、白麗も紫水に助けは求めなかったのだろうか。
「白麗様から連絡はなかったのですか?」
「あぁ。もともと白麗とは用事が無ければ文を交わすこともなかった。おそらく、私を巻き込むまいとしたのだろう。白麗のように呪われずとも、瘴気に触れて浄化できなければ、堕ち神になるからな。私は人より浄化が苦手でな」
「神様にも、得意不得意があるのですか」
「もちろん。私が浄化できる瘴気はほんのわずかだ。だが、神としてそれでは駄目だと、何か方法がないかと探すために薬草について学び、薬に詳しくなった」
紫水が香世を見つめる。
「けれど、どう探しても、瘴気を浄化する薬など存在しなかった。だがそれも、香世殿の薬草茶で、変わるだろう。あれは、本当にすごい発見だ」
「私も、父の薬草茶が役に立って嬉しいです」
香世は、この機会に以前から気になっていたことを尋ねることにした。
「紫水様は白麗様と、古くからお知り合いなのですか?」
「知り合って、確か百数十年だったと思う……。うん、二百年はいっていなかったはずだ」
「そんなに」
驚く香世に紫水は笑う。
「神になりたての頃、他の神と争って傷を負った白麗を手当したのが出会いだ」
「えぇっ」
「白麗は以外と喧嘩早いぞ。何かの集まりで、白麗のことを『犬っころ』だとかなんとか、煽ってきた相手と喧嘩になっていた。私はたまたま現場に居合わせてしまって、どちらも手当をしてやったのだ。犬も狼もそう変わらんだろうに、神だというのに大人げないだろう」
香世も白麗のことを犬だと思い込んでいたが、もしかして不快に思わせてしまっていただろうか。
顔を青くする香世に、紫水は首を傾ける。
「怖がらせてしまったか? だが、今は香世殿のおかげか白麗も落ち着いているようだし、心配はないと思う」
その時だった。
「何を話しているんだ」
白麗の声が聞こえて、香世はびくりと肩を震わせた。
振り返ると、人型を取った白麗がこちらに向かって来るところだった。
「白麗」
「白麗様」
驚く香世達を横に、白麗は周囲に漂う薬草の匂いに顔をしかめている。
「すごいにおいだな」
「何か用事か?」
紫水の言葉に白麗が答える。
「もうすぐ昼になるし、二人が何をしているか様子を見に来た」
「もうそんな時間か」
紫水が伸びをする。
もうすぐ昼だと聞くと、香世の方もお腹が減ってきた。
「急ぎますね。残っている薬草を洗って干したら、今日の作業は終わりですので」
香世の言葉に、白麗が首を傾ける。
「手伝うか?」
どう答えたものかと紫水を見ると、紫水は笑いを含んだ眼差しで白麗と香世を見つめていた。
「白麗も、嫁には優しいのだな」
「なんだ、藪から棒に」
「以前、薬草の補填を頼んだ時のことを忘れたとは言わせんぞ」
何があったのだろうと疑問を浮かべていると、紫水は言う。
「こいつは、散々私の薬に世話になってきたくせに、薬草を摘んできて欲しいという私の頼みに『臭いから嫌だ』と言ったんだ。あの頃はまだ弟子もいなくて、人手がなくてに困っていたというのに」
「あの時は申し訳なかったな」
「はは、もう気にしていない。こうして今楽しい思いをしているからな」
ウググと唸る白麗を尻目に、紫水は言う。
「さて、香世殿。あと少し、終わらせるとしよう」
そうして残った薬草を洗った後は、使っていない小屋に陰干しに向かうのだった。




