三.生贄娘、契約する
叫ぶように言われ、香世は驚きのあまり顔を上げてしまった。黒い子犬は不機嫌そうに香世を見ている。
「あなた様が……、守り神様?」
「……そうだ」
子犬は不機嫌に頷くが、香世はそれどころではなかった。
そういえば、村の守り神の姿は狼の姿をしていると村長から聞いたことがあったかもしれない。
日々を過ごすのに必死で、村の神がどんな姿かなんて気にしたことはなかったし、今も、外見が違うことなど気にならない。
この方が守り神様なら、香世がするべきことは一つだった。
「とんだ失礼を申し訳ありません。守り神様、どうか村をお救いください」
香世は額を畳に擦りつける程ひれ伏して、懇願する。
「私の命で足りることとは思いませんが、どうかお願いします。村をお助けください。村の人たちは、皆さん良い方々なのです」
神は、何も言わなかった。
香世もまた、微動だにせず願い続ける。
先に沈黙を破ったのは、神の方だった。
「……今の私に、お前の村を救う力はない」
驚きのあまり、香世は顔をあげた。
村の守り神だという黒い子犬は、じっとガラス玉のような瞳で香世を見つめている。
「……だが、お前の協力があれば、できるやもしれん」
「っ! 私に出来ることであれば何でも協力します!」
「確約はできんぞ」
「少しでも可能性があるのなら!」
「なら、お前には、我が花嫁となってもらう」
悩むまでもなかった。
「わかりました!」
即答する香世に、子犬は一瞬驚いたようにと口を開ける。
「獣の姿でも構わぬのか」
「どんなお姿でも、村を救ってくださるのならば構いません」
「……そうか。お前の名は?」
「香世と申します」
「では、香世、手を出してじっとしていろ」
子犬姿の神が香世が差し出した手の甲に鼻の頭をつけた途端、花の文様が浮かび上がる。
「我、白麗は、この者、香世を妻とし、我が力を与えん」
同時に手の文様から光が広がり、体に暖かい何かが染み渡っていくような心地がした。
「これで契約は成された。香世、以後、私のことは、白麗と呼べ。白く麗しいと書いて、白麗だ」
はっとして白麗を見ると、白麗の姿は子犬から成犬に変わっている。
名前についても聞きたかった。黒い犬のお姿なのに、白の色を名に持つ理由は何かあるのだろうか。
そのことを聞こうと思ったものの、異様な眠気に目を開けていられない。
「これで村の雨は上がったはずだ。安心して、神気が体に馴染むまで眠っていろ」
優しい声に促され、香世は抗いがたい眠気に身を委ねた。