二十七.生贄娘、我が儘を言う
「香世も、もう休む時間だな。送っていこう」
そうして、香世の部屋の方に向かう白麗の後を香世も付いていく。
すぐに香世の部屋の前に来てしまい、白麗が足を止めた。
「今日はゆっくり休んだ方がいい。色々あったから、思った以上に疲れているはずだ」
白麗が香世を思ってそう言っているのはわかるが、一月ぶりに会った白麗と離れがたく、香世は思わず踵を返した白麗の袖を引いてしまった。
「どうした?」
「……その、もう少し白麗様と居たいです」
無意識とはいえ、自分がやってしまったことだ。羞恥から消えそうな声で伝えた香世に、白麗は驚いたように金色の瞳を丸くした。
白麗が狼の姿だったら、耳がピンと立っていただろう。
「なら、もう少し夫婦水入らずの時間を楽しむとしよう」
白麗の声は弾んでいる。
そのまま来た道を引き返し、白麗の部屋に向かった。
香世は部屋に付いた途端、白麗に抱き込まれる。
「この一月、会えなくて寂しく思っていたのは私だけだろうと思っていた」
香世は白麗の腕の中で顔を上げると、白麗は金色の瞳を蜂蜜のように甘く溶かして、香世を見つめていた。
「は、白麗様……」
「む。少し、鼓動が早いな。香世、体調が悪いのか?」
「い、いえ。そんなこと、ありませんが、その、」
至近距離で見る白麗の顔に鼓動が早くなっているだけだが、白麗は香世の体調を真剣に心配してくれているのだろうか。香世の赤く染まった頬に手を添えて、香世は魅入られたように金色の瞳を見つめた。
ドキドキと今までに無いほど高まった鼓動に、香世はこのままではすぐに部屋に戻されてしまうと、言葉を探す。
「そ、そうだ。白麗様。私、白麗様の毛繕いをさせてください」
「毛繕い……。この状況で、毛繕い……?」
白麗は驚いたように目を丸くしている。
そんな白麗の様子に気が付かず香世はなんだかむず痒いこの雰囲気を変えようと、必死だった。
「そういえば、狼になった時のお姿も、白く変わられるのですか?」
「そうだが。毛繕い……」
「お嫌でしたか?」
「そうではないが。まぁ、今日はそれでいいか」
白麗は切り替えたように微笑むと、一瞬で姿を狼へと変える。
香世が知っている黒い姿の白麗よりも、もう一回り大きくなって、この姿であれば香世一人くらいはその背に乗せることができそうな大きさだった。
「どうだ? 香世の想像通りだっただろうか?」
「……想像以上です。とっても綺麗な毛並み……真珠色というか、内側から輝くような、柔らかな白で、とても美しいです」
「うむ。我が妻は褒め上手だな」
白麗の尾が、満足げにゆったりと揺れる。
「では、櫛を取って参ります」
香世が戻ってくると、白麗は寝そべって待っていた。
大きくなっているためその分は少し大変だが、いつも通りに白麗の胴体を梳っていく。
しばらくお互いに無言だったが、ふと白麗が口を開いた。
「香世が瘴気に染まった私の毛を梳いてくれて、嬉しかった」
「楓さんと桜さんには頼まれなかったのですか?」
少し前に二人が白麗を梳るのは香世にしかできないと言っていたが、何か理由があるのだろうか。
「あの頃の私は瘴気を身に宿していた。二人は私の眷属だが、瘴気を帯びた私の体に触れれば瘴気に取り込まれてしまいかねず頼めなかったのだ」
「私は、大丈夫だったのですか?」
「あぁ。香世に施した契約紋に、破邪の効果もあるから、多少なら瘴気の影響も撥ねのける。だが、結界の外に出た時のような、瘴気が澱んで凝り固まった物は危ないから、近づかぬように」
「わかりました」
「やはり、香世の手は心地よい」
うとうとしだした白麗に、香世もそれ以上は話しかけることをせず、静かに白麗の毛並みを堪能するのだった。




