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生贄娘と呪われ神の契約婚  作者: 乙原 ゆん


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二十四.生贄娘、事情を聞く

 白麗に抱き上げられたまま連れて行かれたのは、香世が初日に寝かされていた部屋だった。

 何故か一人分の座布団しか用意されておらず、白麗は香世を己の膝の上に乗せ抱きしめるようにその腕で囲い込んでいる。


「あの、白麗さま」

「なんだ?」

「白麗さま、なのですよね?」


 香世が恐る恐る尋ねると、白麗は頷いた。


「ああ。そうだ。信じられぬか?」

「あの、お色が、あまりにも違って……」


 犬の姿から人の姿に変わったことより、何より気になったのはそこだった。

 あの黒い毛皮を持った犬の姿の白麗が、今の真っ白な色の髪を背に流す人の姿に繋がらない。

 確かに、声は同じなのに。

 香世の戸惑いに、白麗は眉尻を下げる。


「この色味の方が本来の私なのだが、香世は慣れぬだろうな」


 悲しげな白麗に、香世も胸が痛い。


「信じられぬかもしれないが全て話そう。聞いてくれるか?」

「はい。……教えてください。ですが、あの」


 口ごもる香世に白麗が優しく尋ねる。


「なんだ?」

「その、白麗様のお膝の上から、下りてもよろしいですか?」


 思いがけないことを言われたとでもいうように、白麗が目を見開く。


「香世は、私が嫌いか?」

「いえ、そんなことはありません」

「なら、理由は何だろうか。ようやく香世を抱きしめることができる形になったのだ。離したくないのだが」

「あの、白麗様に抱えて頂くなど恐れ多いですし、それに、私は重いです」


 確かに人型の白麗は馴染みがないが、香世にとって白麗は大事な存在だ。だがそれとこれとは別だった。

 黒犬姿の時も気品があったが、人の姿となった白麗は内側から輝きを放つような白い髪と、金色の瞳を持ち、顔立ちも信じられない位に美しい。香世は白麗が『神』なのだと、人である自分とは遠い存在なのだと実感していた。その腕の中に抱えられながら話を聞くのは、どうにも恐れ多い。できるのならば、香世は今からでも下座から白麗に額ずき、そのまま話を聞きたい位だ。


「我が妻は、遠慮深いのだな」


 低く、いつまでも聞いていたくなるような声で、白麗はクツクツと笑う。


「つま……」


 呆然とする香世の右手に、白麗が優しく触れる。


「花嫁になると、私との契約を受け入れてくれたではないか。それに、香世は羽のように軽いから、気にせずとも良い」


 そうまで言われてしまうと、これ以上の反論は不敬になる気がして、香世は何も言えなくなってしまう。


「では、少々格好の付かない話でもあるが、聞いてほしい」


 白麗はそう言い置くと、話し始めた。


「話は二年前に遡る。私の守護する領域にある『堕ち神』が流れてきたことから、此度の一件が始まった。香世は『堕ち神』については知っておるか?」


 白麗の話が始まってすぐだが、聞き馴染みのない『堕ち神』という言葉に香世は首を振る。

 砥青に取り付いていた化け物に襲われた際に初めて聞いたが、あの時は意味なんて考える余裕もなかった。


「堕ち神とは、かつて神であった者達を総称して言う。信仰を失くした神であったり、瘴気を取り込みすぎたために力を維持出来なくなったり、理由は様々だが、神としての力を失った神の末路だ」

「末路、というのは」

「一度堕ち神に成り果てると、神に戻ることはできない」

「そんな……」

「だからこそ、堕ち神は神を襲うのだ。己の身に起こった不運を、かつての同胞に擦り付け、呪い、仲間を増やそうとする」

「でも、神様だったのに」


 香世の言葉に白麗は悲しげに首を振る。


「だからこそ、絶望が深いとも聞く。私もそうして狙われた。自浄できない程に瘴気を無理矢理取り込まされて、香世が来なければあと僅かで私も堕ち神となるところだった」

「私が、ですか?」

「そうだ」


 白麗は頷くと、目を細め、契約の証が浮かぶ香世の手の甲へと指を滑らせた。


「香世が我が花嫁となってくれたことで、神力を香世に預けることができた。そのおかげで私は猶予を得られた」


 愛おしげに証を撫でる白麗に気を取られながら、香世は尋ねる。


「白麗様のお力が、こちらに?」

「ああ」


 何でも無いことのように白麗は頷くが、香世はとんでもないことだと震え上がった。そんな香世を見て、白麗は小首を傾げる。


「他に方法はなかったのですか?」

「ない。それに、この方法でさえあの時、香世が『何でもする』といってくれたから思いつくことができたのだ」


 今の状況が自分の発言によるものだと言われて困惑する香世を置いて、白麗は続ける。


「後は時間を掛けて瘴気を浄化していければよいと思っていたが、それも香世が解決してくれた」


 意味がわからず、香世は白麗の続きを待ってその美しい顔を見上げた。


「わからぬか? 香世が私に淹れてくれた薬草茶だ。あれは、我が神気を整え、身に淀んだ瘴気の浄化を助けてくれたのだ」

「あのお茶にそのような効果があったのですか」


 驚く香世に、白麗は苦笑する。


「そうだ。だが、香世に『白髪』と驚かれたのには参ったがな」


 くつくつと楽しげな笑い声を立てる白麗に香世は頭を下げる。


「その、申し訳ありません」

「いい。香世は私を黒毛と思っていたのであろう?」

「はい」

「黒毛は瘴気により染まっていたものだ。香世には見慣れぬだろうがこちらが本来の色なのだ」


 香世にとっては髪の色よりも、犬と思っていた白麗が人の姿となったことの方が大事件である。だが、白麗は香世がそこを気にしているとは思っていないようだ。

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