二十三.生贄娘、砥青に潜んでいたモノを見る
笑い声は次第に甲高い声になり、不快な音が響く。
次の瞬間、お腹を抱えて笑い転げていた砥青が苦しげに胸をかきむしり、その姿がぐにゃりと歪んでいく。
砥青の姿が二重に見え、二つ影が重なったと思った瞬間、どさりと砥青の体が倒れ、砥青が立っていたその場所に砥青とは似ても似つかない、おぞましい姿の者が現れた。
それはヘドロに油を溶かしたようなぎっとりした黒茶色の長い髪に、ぎょろりとした目、割けたように大きい口にはギザギザの歯を持っていた。
「ば、化け物……」
腰を抜かした香世に、砥青から現れたモノは言う。
「化け物とは失礼な。これでも我はかつては神と呼ばれた者ぞ」
「かみ、さま……?」
「まぁ、信仰を失い、取り込んだ瘴気に逆に蝕まれ、今は『堕ち神』と成り果ててしまったがなぁ」
化け物――堕ち神は笑いながら、長く伸びた爪を舐めた。
「本物の、砥青様は……」
化け物は倒れている砥青を見下ろす。
「あぁ、こいつは、ここに入るのに利用しただけだ。守りが厳重で、そうでもなければ入れなかったからな。神力を吸えるだけ吸って、こうして仮の体を手に入れるための養分にしてやったわ。変に抵抗しなきゃ、もっと早くにお前に会えたんだがなぁ。手こずらせやがって。おかげで現れるのに一月もかかっちまった」
堕ち神は今も苦しみ、のたうっている白麗を顎で示し、地面に倒れ伏す砥青を足蹴にする。
そして、堕ち神の目が、香世を見つめる。
「だが、まずはお前だ。こいつらは、後でゆっくり堕ちる姿を眺めるとするさ」
「ひっ」
「人の肉は美味いらしいぞ。この一月、我慢するのが大変だった」
香世は少しでも離れようと、立てないながらも必死で後ずさるも、堕ち神は舌なめずりをしながら近づいてくる。
「さぁ、まずは味見っ、ぐぎゃあああ――!」
一瞬、香世の手の甲が目を開けていられない位にまばゆく光ったかと思うと、ふわりと芳しい風が薫った。目を庇っていた手を下ろすと、香世と堕ち神との間に白髪の青年が立ち塞がっていた。
後ろ姿と特徴的な白髪に、昨日会った白麗の眷属だとすぐに思い至る。
抜き身の刀には血がついており、この眷属が守ってくれたようだった。
「なっ、この、邪魔をするな」
「夫が妻を守って何が悪い」
憮然とした声は、久々に聞く白麗のものだった。
驚いたのは、香世だけではなかった。
「お前っ何故! そこで瘴気に堕ち取り込まれていたではないか――」
「答える義理はないが、すべては我が妻のお陰と言っておこう」
そう言われても香世には心当たりがない。
「まさか。我が瘴気を浄化したのか――? あれ程の量を取り込んでいたのだ。そろそろ完全に堕ちきった頃合いかと思っていたが……。お前、名を何と言ったか」
「白麗だ」
聞こえた名に困惑する香世を余所に、堕ち神は嗤い声を響かせる。
「白麗か、覚えたぞ。ならば今度はそこの女共々、我が瘴気で染めてくれるわ」
そう言って襲いかかってくる堕ち神に、白麗は一太刀浴びせる。
だが、堕ち神は切られながら口を歪める。
「流石に分身では敵わぬか。だが、無駄だ。これはそいつの力を奪って作った身ゆえ、どう刀を振るおうと、我を倒すことなどできぬ。また会いに来る。白麗、次に会った時はこの借りを返してやろう」
そのまま堕ち神は溶けるように消えていく。
跡形もなく堕ち神が消え去るのを見届けて、白麗は刀を鞘に収め、香世の方へと振り返った。
人間の姿をしているが、全てを見透かすような金眼は、香世のよく知る白麗と同じ眼差しだ。
「はくれい、さま?」
「そうだ。香世、怪我はないか?」
「は、はい」
慌てて立とうとするが、立ち上がることができない香世を白麗は抱き上げる。
「ここは空気が悪い。場所を変える。楓、桜、砥青殿の手当を。念のため、香世の薬草茶も飲ませておいてくれ。それと、紫水にも連絡を」
そして白麗は楓と桜を呼ぶと砥青の手当と片付けを命じ、香世を連れて襲われた部屋から離れた場所へと移動した。




