十三.生贄娘、白髪を見つける
白麗との日々は穏やかに過ぎていった。
朝餉の後、日課となった毛繕いをしている最中に白麗が言う。
「そういえば、香世は地上では薬師になりたかったのだろう? 今も薬師の勉強をしてみたいと思うか?」
唐突に問われ、白麗の毛を梳いていた香世の手が止まる。
香世は、白麗に地上の雨を収めるために花嫁となった。白麗は、元は生け贄だった香世を花嫁として遇してくれているが、きっといつかは、もっと相応しい方を花嫁に迎えられるだろう。そうなった後の生きる術を考えておかなければいけない。
そう考えて、遠慮がちに頷いた。
「……できるのでしたら、学んでみたいです」
「なら、紫水の所の眷属を招待できないか聞いてみよう」
「紫水様とは……どなたですか?」
「長い付き合いの薬師の神だ。あいつはそういうのが得意な神だし、私の所には薬師はおらぬからな。眷属を弟子として鍛えていると聞いている。その中の一人に来てもらおう」
「そこまでしていただくわけには」
「遠慮は不要だ。楓と桜から、香世が手持ち無沙汰にしていると聞いている。暇つぶしがてら、好きなことをするといい」
「あの、」
断りを口にしようとした香世を、白麗の金色の瞳が真っ直ぐに見つめる。
「香世のおかげで、かなり助かっているのだ。そのくらいはさせておくれ」
「どう、お役に立っているのでしょうか……?」
香世は、ただ白麗の世話になるばかりで、何もしていない。それなのに、何がどう役に立っているのだろう。
「居てくれるだけで、助かっている。それにこうして茶の時間も共にしてくれて、香世は申し分のない嫁御だ」
白麗にそうまで言われてしまえば、香世は何も言えない。
「ご配慮、ありがたく、頂戴します」
礼を言うと、白麗はうむと満足げに頷き再び体を横たえる。
「さて、続きを頼む」
「かしこまりました」
再び櫛を持ち、毛を梳いていく。
しばし無言が満ちる。
香世の腕前も上達したのか、最初の頃より白麗も心地よさげにしている。
頭から尻尾まで、丁寧に梳かしていくと、尻尾の毛に、白い物が混じっているのに気がついた。
「まぁ、白髪」
「なに?」
驚いたように、白麗が飛び起き、己の尻尾を見ようと体をひねる。
「これは……。まさか……、こんなことが……」
神にも白髪が生えるのだろうか。
黙り込んだ白麗に、香世はそんなに衝撃を受けることなのかと、自身の発言を反省した。
しばらくの沈黙の後、ようやく白麗が口を開く。
「香世、すまない。少し一人になりたい」
動揺する白麗を一人にすることを心配しつつ、念のために楓と桜に話をして、香世は与えられている私室へと戻った。
それ以降、白麗は香世の作る薬草茶を飲む頻度が上がった。おやつの時間だけだったものが、今では朝餉の時間にも、食事をする香世の横で飲んでいるほどだ。
香世にも、作れるだけ作って欲しいと言われている。
幸い、ドクダミも他の薬草も沢山あるため、材料に困ることもなかった。
「このお茶に白髪を治す効能はありませんよ?」
「白髪など気にしておらぬ」
そう言いながらも、白麗の視線は尻尾にある。
最初は白い毛が混じるだけだったのに、今は尻尾に一筋、はっきりと分かるほどに白く変わっている場所が見える。
白麗に何か事情があるのは察するところだったが、未だ詳しい事は何も教えてもらえない。
話してくれたら嬉しいのに。けれど、香世は花嫁と言われるものの、元は生け贄だ。いくら楓達に花嫁として接してもらっていたとしても、そう振る舞う権利はないのだと自分を戒める。
「香世、また茶のお代わりを頼めるか」
胸にわだかまる何かが、あふれてこないように蓋をして、香世は静かに席を立った。




