十三夜
世の中には敵にしてはならない人種が3種類いる。子持ちの母、狂信者、常識人である。その中でも一番危険なのが常識人だ。常識とは厄介な物だ。我々を縛る枷であるとともに火に焚べる薪でもある。それなしには生きられない。無限遠への発散を常態としない限り。風船に息を吹き込む。ぷくーと膨らんでいく。膨らむにつれて膜はピンと張り詰めていき、薄く伸ばされる。やがて限界にたっしたらパンと短い音を出して割れる。膜のような物だ。器はいつも満たされぬまま。
張りぼてに帽子を被せ外套と傘を差し出そう。少しはましにはなるだろうか。土砂降りの雨は明日の朝まで続くらしい。横凪の雨風が腕をしとどに濡らす。ボタボタと冷たい水滴が足を伝う。灯火が揺らいでいる。ガラスに映る景色は紛い物だ。この目に映る景色も。聖母に揺られる赤ん坊の像。頭は砂漠の海に埋もれてしまった。十三夜に太陽と最も暗い星が交わった場所で銀の硬貨がそれを引き合わせるだろう。揺らめく灯りの影は今にも消えてしまいそうだ。しっかりと繋ぎ止めておくことなど不可能に違いない。粉々に砕け散った窓の破片に灰色の鳥が映り込む。神殿は何かの到来を待ち侘びている。3本の柱が悲鳴を上げているように軋む。立てかけられた蝋燭で祀られているのはいつかの栄華の誇った王国の剣と盃。柄はボロボロに朽ち果て見る影もない。光は台座を弱々しく照らす。ぽと。ぽと。盃は水が滴り落ちている。屋根からは曇天が顔をのぞかせる。遠くで雷も鳴り始めた。ひび割れから水が漏れ出している。そう。器が満たされることは無いのだ。彼の地に安住する限り。玉座に雷が直撃しようと、剣が台座から引き抜かれようと、盃から水が溢れようと。