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第63話 跡地の作り方。様子のおかしい学園長。聖なる力の持ち主、ハナちゃんは見た。

 スピリチュアルな香水を纏っているヒロインが問題しかない妄想ノートを鞄の中へしまい、ほぼ同時に一年生の講義室へ静かに突入してきた黒服達に囲まれ、「きゃっ……こわい……!」と可愛らしく怯えるフリを無視され、まるで荷物のように担がれ『グェ……』と言いかけたところを「キャー」と甲高い悲鳴でごまかし、最終的に学園長室に放り込まれていた頃。


 情報共有をするためシオンが廊下へ出て行き、代わりに弱々しい婚約者を受け取ったヤンデレ(カナデ)は彼女をなでる隙を窺っていた。


 彼がすっと手をのばそうとすると、机に敷かれた(カナデの)ブレザーの上に座っているお上品な猫もすっと猫手をあげる。

 カナデの緩く握られた拳がゆっくりと、ハナにゃんの鼻先へ近付く――が、気高い彼女は「にゃーん、にゃーん」と鳴き、テチテチテチ! テテテテ! と彼の手を肉球で叩いた。


「…………」


 カナデがふっとわらう。

 今日は〝クールなお兄様(シオン)〟以外に触れられたくないらしい。


 ヤンデレは考えた。彼の弱々しい婚約者の機嫌がよくないのもカナデに懐かないのも、すべては猫の嫌がる香水をまいた不審者の呪具と彼女の――。

 カナデの記憶の中でハナの弱々しい美声が再生される。


『わたくし、とても困っているのですにゃーん』


の後の『――(ピー)なのですにゃーん』が。繰り返すように――(ピー)と。


 ヤンデレの闇が急激に深まってしまったカナデが発作で苦しむ美青年のように顔を歪め、ハナに見られぬよう、左手で自身の目元を隠す。


 机上に残された彼の拳は、抑えきれぬ苦しみを表すかのように震えていた。

 すると突然、ふわり――と小さなふわふわが拳にのせられる。


 ぷくっとした部分だけ熱が高い。

 この感触は……弱々しい婚約者の小さな肉球。


 ヤンデレの闇が燃え上がる。

 ――心優しく弱々しい生き物を自分の手で早急に保護しなければ。


 よく見るとあの美貌が猫の状態の婚約者(ハナ)からもにじみ出てしまっている。

 自分以外の男の手に肉球をのせれば、次はどのような事件に巻き込まれるか……。


 ハナちゃんが『とあるおじさんへの憎悪に震えるカナデの拳』に猫手をのせたのは婚約者の彼を心配して、という乙女な理由ではなく動くものを捕まえようとする猫的な事情であったが、ヤンデレの手をそっと握れば危険もそっとついてくるのは当然である。


 幼稚園児系悪役令嬢でヤンデレ製造機な彼女にヤンデレになってしまった婚約者の闇を理解できる日はおそらく来ないだろう。



『スズランサロン』におかれていた怪しげな呪具(アロマ加湿器)の調査は千代鶴(チヨヅル)桔梗院(キキョウイン)が合同で行うこととなった。


 壁紙にも『危険な毒物』が染み込んでいる可能性を考慮し、あらゆる訓練を受けたボディーガードたちが速やかに、術で切れ込みを入れながらシュバッ! ビリビリィ……とはがす。


 現場保存を優先すれば犯人が同じことをしでかすに違いない。


 という乱暴な理由で、ピンクと白で揃えられた乙女系な家具も雑貨もティーセットも無駄に数の多い紅茶缶も剝がし終えた壁紙もなにもかもすべて、ボディーガード達が引っ越し専門業者並みに鮮やかに梱包し、調査チームの車へ載せすみやかに学園の外へと運び出した。


 現在『スズランサロン跡地』では、最新型のオゾン発生器を使用してさらなる脱臭を試みている最中である。なお、燻蒸中に入室すると健康被害を及ぼすため、人間、動物、猫的な生き物の立ち入りは禁止されている。


 

 やんごとなき生徒達の通う学園。最上階、隔離室。


 悪役令嬢ちゃんとその保護者達は、様子のおかしい学園長の扱いに困った副学園長が用意した特別な部屋に集まっていた。


「へぇ……。実はもともとおかしいとかじゃなくて?」


 学園内にある『胡蝶(コチョウ)サクラ様専用ルーム』で入浴し、新品の制服に着替えてきたサディストは、シオンから話を聞き終えると、どこかのヤンデレと似たような発言をした。

 匂いが取れるまで様々な消臭スプレーと術を試すというつまらぬことに三十分以上も時間を割かれたサクラは、とても不機嫌だった。


「…………」


 シオンは(いもうと)を撫でながらクールに考えた。

 その場合は別の人間を学園長の席に着かせればいいだけだが、猫が同じ部屋にいるというのにベッドから動かない男を見ると、何か別の問題が起きているように感じる。


 以前会った時の学園長はハナを執拗に目で追っていた。

 あのような人間はどんなに具合が悪くとも無理やり起き上がって猫を見ようとするものだ。


「お兄にゃーん、お兄にゃーん」  


「そうか。お前は本当に鼻が敏感なのだな……」


 愛らしい鳴き声がお兄様(シオン)に苦情を述べる。

『ベッドに香水が寝ている』と。


 ようやく良くなったお鼻にふたたび嫌な刺激を受けたハナにゃんは葛藤していた。

 あのベッドはザァー……とシャワーをかけて洗い流すべきである。

 しかし『弱っている人に水をかけてはいけません』という大好きなママからの教えを破るとメッ! されてしまう。

 

 お兄様の腕の中でにゅ……と立ち上がり、『弱っている人』を「香水ですにゃーん……」と眺めていたハナちゃんは、ハッと気が付いた。


 学園長のまわりに、ゆらり、とピンク色の何かが揺らめき、ハナの視線を嫌がるように消えたことに。

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