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第59話 猫がにゃーんと鳴けばヤンデレが出動する。罪深き悪役令嬢ハナにゃん。

 殺気を感じたサクラはこの場に相応しくない爽やかな、というより穏やかに近い笑顔を浮かべた。

 つまらぬ噂話如きにこの二人が反応する日が来ようとは。可愛い猫が入学したおかげか。


「俺も詳しいわけじゃないよ。『様子がおかしいのは全員男』『日中は上の空なのに、放課後になると急いでどこかに行くらしい』ってことくらい」


 まぁ、野郎が放課後だけ元気になろうが欠片も興味がなかったから、調べなかったんだけど。

 二人がそんなに興味津々なら後でもつけてみようかな。


 サクラは『それは人としてどうなのか』という発言をしつつ、石ころでも眺めるような眼差しで講義室のなかを見渡した。


「へぇ、三年にはいないんだ。一年だけ……って決めつけるのは早計かな。『変な薬のせい』とかつまんない話じゃないといいけど」


 彼はまったく悪気なく、『様子がおかしい男』『ハナと同学年』『放課後になにかを狙い、動きが活発になる』『薬物を使用する可能性』という、闇を纏いしヤンデレ達の闇を増幅させるような言葉を紡いだ。


 シオン達の頭に『わざわざ薄汚れた格好をした、(ヤク)の売人』つまり『うすぎたないおじさん』が過ぎる。


 瞳孔の開いたヤンデレ達に『なんでもかんでも無理やり〝うすぎたないおじさん〟にこじつけすぎである』と指摘する者はいなかった。



 お兄様と引き離され、堅物なきぼくろイケメン教師アヤメと二人きり(廊下にいる無駄に多いボディーガードは除く)の教室で、猫に戻った悪役令嬢は悲しんでいた。


「お兄にゃーん……」


 猫に戻ってしまったことを悲しんでいるのではない。

 昨日までの日々をおもい悲しんでいるのだ。


 真面目な雰囲気の学園でお勉強をさせられることもなく、クールなお兄様のクールなお部屋で、抱っこしてもらったり撫でてもらったりと、実に幸せであった。


 時々お兄様に真面目な報告をしにきたお兄様の部下も、遊び道具を持ってきてくれたり、ふわふわしたものを持ってきてくれたりしたので、追い出したくなるほどではなかった。

 それに、真面目なお話のときだけみんな廊下へ出て行ったおかげで、難しい話は聞かずに済んだ。


 幸せすぎたせいで『大悪党』のことも『カナデを味方に引き入れるべく相談を持ち掛けたのに結局最後まで話せていない』ことも、彼女はすっかり忘れていた。あのあとぐっすり寝たせいでもある。


『そもそも話しはじめと言葉選びに問題があった』こと、『あれから婚約者(カナデ)の様子がおかしい』ことには永遠に気付かないだろう。


 休みのあいだ中ずっとお兄様のお部屋の中で暮らしていたことに何の違和感も覚えないほど、彼女はお兄様さえいれば大抵のことは気にならないという性質をもっていた。


 たとえ俺様でヤンデレ様なカナデ様に軟禁されたとしても、脱走するという考えは浮かばないに違いない。

婚約者(カナデ)の部屋はお前の部屋でもある』と教えられた彼女がすることはただ一つ。

『お兄にゃーん、お兄にゃーん』と鳴き、ヤンデレが『ハナちゃんのお兄様』を連れてくるのを待つだけだ。


 婚約者に軟禁されても受け入れるがその場合はお兄様も一緒に軟禁しろという、度量が広いのか狭いのか分からぬ罪深き悪役令嬢は、教科書を開こうとするアヤメの手を猫手でチョチョチョチョチョ! としつつ「お兄にゃーん……」と切なげな声を出した。


 アヤメはなきぼくろのせいで余計に色気の強いイケメン顔を、少々悲しそうに歪ませた。

「なんと弱々しい……」と。


 しかしお兄様が不足中の彼女は、無礼者なアヤメに子猫パンチを放つ元気がなかった。

 

「お兄にゃーん……」 


「ふむ……。やはり、肉体の変化で気落ちしているのだろう。あとで遺跡の管理者に話を聞きに行こうと思ったのだが、今日のところはやめておこう。あそこは少々刺激が強い」


 弱々しい子猫の状態を見極めた堅物が、優しい手つきでそっと、ハナを抱き上げる。

 赤子にふれるようなそれのおかげか、香水をつけていないせいか、悪役令嬢ちゃんが嫌がることはなかった。


 アヤメは続けて、ハナに提案した。


「君が望むのであれば、学園内の散歩をするというのはどうだろうか。猫に散歩は必要ないという専門家の意見もあるが……」


 悪役令嬢ちゃんはハッと、自分の使命を思い出した。

 彼女には非常に大事なお仕事がある。

 それを怠れば、お兄様に危険が及ぶかもしれないのだ。


「にゃーん。パトロールは大切なのですにゃーん。大悪党が悪さをしているかもしれないのですにゃーん」


 大悪党の悪意に満ちた言葉がハナちゃんの頭を駆け巡る。


『シオン様が……、シオン様の……、シオン様と家族に……』


 長すぎるうえに複雑すぎる物語はところどころ、もとい大部分が抜けていて、『それで結局なにをするつもりなのか』という肝心の部分が不明瞭であった。

 本人の口から直接聞きたいぐらいにはもやもやするが、ヤツはまだ幼児だったハナちゃん(が一言も話さぬうち)に、二十分以上も自分語りをかますような猛者なのだ。


 口が達者ではない悪役令嬢ちゃんが、悪党の企みを暴くためさりげなく会話に罠を仕掛けうまい具合に目的を吐かせる、などたとえ天地がひっくり返ってもできるはずがない。

 それは人間嫌いの猫に誘導尋問をしろと言っているようなものだ。つまり不可能。答えはにゃーんである。


 というよりそもそも、ハナちゃんは彼女の拙い言葉から言いたいことや気持ちを察してくれる表面上はクールなくせにやることが激甘なお兄様以外とまともに会話をしたことがない。


 だからこんな風に会話がすれ違ってしまうのも、致し方ないことなのだ。


「大悪党……? 警官の見回り……? まさか、『犯罪者』のことを言っているのか……?」


「にゃーん。そうなのですにゃーん」



 犯罪者といえばヤクの売人。

 ヤクの売人といえば。


 うすぎたないおじさん。


 ヤンデレの仕事はこじつけ。闇を纏いし男達の怒りがふたたびボッと燃え上がる。


 怪しげな機械をミシ――と痛めつけたお兄様(シオン)はすっと立ち上がった。

 当然、俺様ヤンデレ系イケメンにジョブチェンジしてしまったカナデ様も。


 サクラは腕組みをしたまま難しい顔をしていた。


「犯罪者……? 見回り? もしかして……聖なる力で学園内の異変を感知したってこと?」

   

 そんなわけはない。猫を買いかぶりすぎである。

 といえるようなまともな人間は、残念ながらひとりもいなかった。

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