第54話 ガーディアンが護るモノ。声だけの再会。
「聖属性のゴーレムか。ならば遺跡……いや、宝物庫の守護者である可能性が高い」
今のところ攻撃をしかけてくる様子はない。
入ろうとする者にだけ反応するのか?
堅物なきぼくろイケメン教師アヤメが真面目な話を始める。
ほぼ同時に、真面目な話が嫌いな生き物が声を上げる。
「お兄にゃーん、お兄にゃーん」
「ハナ、教師が真面目な話をしているからといって、戦いの前に戦力を削ぐべきではない」
「宝を持ち出す者に反応するとすれば、俺がこの扉を超えた瞬間に動き出すとも考えられるが」
カナデはそう返し、耳元でにゃーにゃーしている婚約者の苦情を聞き流した。
「ふーん。俺には反応しないみたいだね。同行者ってだけだと攻撃対象にはならないのか」
外に出たサクラが振り返る。
「このまま進むけど、結界は必要?」
あまり時間をかけると後ろから不審者が追いかけてきそうだ。
「それは俺がする。カナデは遺跡の扉まで走れ」
シオンは幼い妹だけを迅速に結界で包み込んだ。
お前なら少しぐらい殴られても大丈夫だろうと。
「……まぁカナデくんなら……」
爽やかな男の頭にさきほどの場面が過ぎる。
背の高い黒髪の青年が、子猫のように震える美少女を――。
自業自得、と思いつつ、サクラは守護者目掛けて飛び出した。
カナデが殴られるのは構わないが、そのせいでハナが落とされたら可哀相だ。
彼が倒れてもどうにかなる位置にいよう。
遺跡と宝物庫の関係について考察していた堅物教師も続く。
「…………」
震える婚約者を抱えた黒髪の美青年は、思い浮かべたアレコレを顔に出さぬよう配慮しつつ扉を超えた。
自分の背をシオンに任せるのは不安なんだが、と。
◇
彼らが予想していた通り、ハナを抱えるカナデに反応するように、石の人形がガラガラと動きだした。
重そうな見た目通りの緩慢な動作。男達の警戒が強まる。
聖属性の魔法を放たれれば防ぐのが難しくなる。他属性で対抗する場合、倍以上の力でなければ打ち消せないからだ。
しかし、敵意を向けられている気がしない。命令で動くだけのゴーレムだからか?
体勢を低くする守護者。サクラが腕に魔力を集める。
ドンッ――!!
鈍い音と地面の揺れ。巨体に見合わぬ機敏な動作で、ゴーレムが頭上を飛び越える。
「ハナっ!」
ひやりと心臓を撫でられ、咄嗟に振り向く。
まっさきに弱者を狙うとは。卑怯なクソゴーレムめ。守護者の風上にもおけぬ。
生意気な石人形に、心の中で悪態を吐く。
「お兄にゃーん!」
悪役令嬢は震えながら叫んだ。
あの石はズルをしていると。
しかし、彼女が震えているのは恐怖のせいではなかった。
人間にもどってから体がずっとぞわぞわするのだ。
たとえるならば風邪をひいたときに似ている気がしなくもないが、体調不良を報告するつもりはない。絶対に。誰にも。そんなことをすれば大嫌いな医者が来てしまう。
幼い妹の悲鳴を聞いたお兄様が、空中のゴーレムを森へぶっ飛ばすべく右手に力を注ぐ。――が、その必要はなかった。
ドォン……――! 重々しい音が鳴り響く。衝撃で地面が揺れる。
彼らを飛び越えたゴーレムが、宝物庫の入り口を護り始めたからだ。
「――もしかすると、初めからあの不審者が狙いなのか?」
守護者の着地点から大きく離れたカナデは、ハナを抱えたまま静かに呟いた。
聖なる力を持つハナを守護しているつもりだろうか、と。
「奴にとっても不審者ということか。調べるのはあとでいい。早く戻るぞ」
シオンは皮肉気な言葉でクールに返しながら、さきほどぶん投げたブレザー二着をクールに拾った。
◇
石造りの階段をのぼっている途中で、またしても癪にさわる声が聞こえてきた。
『なんと! さらにぷるぷると……!』『どのようなお姿でも大変弱々しい……!』『まさに、まさに理想の……!』
「お兄にゃーん……」
「ハナ……。探し出して口を封じてくるから少しの間待っていなさい」
「不快な声のせいでもあるが……弱っているのは発熱しているからだろう。この姿になってから余計に震えている」
シオンの言葉にカナデが答え、彼の腕に抱かれたままハナが反論する。
そのような事実はないと。弱々しく。
「お兄にゃーん……」
「ハナ、分かっている。お前はいつも通り子猫のように平熱が高いだけだ。余計なことをいう男も俺があとで始末する」
お兄様は妹の言い分が正しいかのように、クールに告げた。
お前の婚約者の口も塞いでやると。
――病院を嫌う幼児のごとく医者と注射を憎む妹に、『お前の体調不良には気付いている』とわざわざ口に出して指摘する人間に制裁を。医者が到着するまえに妹が暴れて衰弱したらお前を衰弱させてやる。
クールな友人の怒りの波動を背中で感じ取ったカナデは、表情を変えぬまま訂正した。
「……よく見ると健康的な肌色だな。震えているのは薄着なせいだろう」
なるほど。医者が家に到着するまでそれを悟らせないのが千代鶴家の決まりらしい。病院へ連れて行くことを猫に隠すのと同じだろう。
ギィ……――。
補佐役の悪魔の語りを無視して扉を開ける。
すると、足元に魔法陣が広がり、彼らは一瞬で、応接間へと移動させられた。
◇
ちょうどその頃、ウェディングドレス姿のスズランは、守護者に追いかけられていた。
本人の予想に反し、まったく歓迎されていなかったらしい。
「カナデ様の――を奪ったうえにアタシの宝まで……! ガーディアンまでけしかけるなんて!!」
お嬢様っぽく振る舞うことすら忘れ、森の中で怒り狂う。
あのアマ……!! と。




