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第51話 猫耳がない! 月明かりに照らされた超美少女。驚愕する男達。

 超レアアイテムが『アタシ』を待ってる!

 

 浮かれたヒロインは、バン! と勢いよく扉を開けた。神聖な空気をぶち壊すかのように。

 そして、目撃してしまったのだ。

 あるはずのない、ゲームでは起こり得なかった出来事を。


「――なんで……なんでここに……」


千代鶴(チヨヅル)ハナが宝物庫なんかにいるのよ?!)

 


 聖堂のような部屋。奥には縦長の窓が三つ並び、そこから月明かりが漏れている。

 青白き光に包まれたその場所は、長年放置されていたとは思えぬほど空気が澄んでいた。


 ハナを抱いたシオンが、クールにスタスタと月光を目指す。

 兄妹の会話に疑問を投げかけながら、カナデも彼らに続く。

 

 アヤメが入り口付近、その少し先にサクラ。二人は自然と、ハナを悪意から護るための布陣を敷いた。


 幅広の壇上には、深い青の絨毯。

 その上に、三つの台座が並べられている。

 ハナの猫手が指しているのは中央の台座、凝った装飾がほどこされた銀色の宝箱であった。


 妹の持つ『特別な力』を疑うことなく、壇上へと足を運ぶ。

 シオンは箱の前に立ち、右手に魔力を集めた。

 鑑定の魔法をかける。が、予想していた通り、何も起こらない。

 聖属性の魔力で外部からの力を弾いているのだろう。


 猫を抱いたまま、台座の上――神聖な宝へと手を伸ばす。


 それを止めたのはカナデだった。


「俺が開ける」



 ――カチャ……、キィー――。


 蝶番が鳴り、抵抗なく箱が開く。


 中を見ると、薄花色の艶やかな布。そのうえに、繊細なつくりの白銀の腕輪。

 聖なる力で守られ、傷一つない。丁重に仕舞われていた物であるとわかる。


「ハナ」


 問題なく取り出した装身具を、自身の婚約者へ見せる。


「お兄にゃーん。この腕輪ですにゃーん。なんだか凄そうですにゃーん」


 嬉しそうな声。しっかりと聞いた兄がクールに答える。


「そうか。ではつけてもらいなさい」

 

 大きさは人間用だが、人間に戻るためのアイテムならそんなものだろう。

 目の前のカナデに視線を送る。やれ、と。


 効果は一度きり。この世にはそういうアイテムも存在する。

 最初にふれた者、箱を開けた者に紐づけされるというものも。

 案内人が信用できないため、彼が代わりに取り出したが、これ以上の確認はできそうにない。



 彼らが神聖な腕輪を発見した頃。ヒロインはとある部屋へ立ち寄り、着替えをしていた。『超レアアイテム』の取得を確実なものとするため。魅力を少しでも上げるべく。


 スズラン(ヒロイン)の到着まで、あと数分。



 シオンが抱えるハナの可愛らしい猫の手を、そっと持ちあげる。

 厳かな雰囲気に包まれた部屋のなか、カナデはまるで結婚式のように、自身の婚約者の腕へ、白銀の輪を通した。


 その瞬間。腕輪から強い力があふれ、まばゆい光が広がる。


 目を開けていられぬほど強い、白藍の輝き。

 神聖な空気に息苦しさを覚える。


 ハナは無事か――。未だおさまらぬ光のなか、男は無理やり瞳を開き、猫を見た。

 シオンが抱えているはずの、弱々しい猫へと。


 カナデの視線の先には、天使のように美しい、儚げな娘がいた。

 この世の者とは思えぬほどの美貌。緩やかに巻かれた白銀の髪。同じ色の長いまつ毛が、心細げに震えている。陶器のように傷一つないなめらかな肌が、淡い光を帯びている。


 永遠に眺めても見飽きることなどないであろう美しさ。

 全身を輝きに包まれ、たった今、光の中から生まれたかのような――ふたつの意味でとんでもない美少女が。


 見てしまったカナデに、シオンの殺気が飛ぶ。ついでに言葉も。


「殺す」と。


 婚約者の兄に罪人扱いされた男は、自身のブレザーを脱ぎ、速やかに彼女を隠した。

 振り返り、すぐ側の宝箱を開ける。都合よくドレスでも入っていないかと。


「これは……ヴェール……いや、ドレスか……?」


 偶然か、もともとこのために用意されていたのか。

 彼が開いたそれには、運がいいのか悪いのか、レースの部分が異様に多いドレスが入っていた。


「殺す」


「俺が仕組んだかのように言うのはやめろ。それよりハナは大丈夫なのか」


 クールな男の声がどんどん低くなっているのは、彼女が目覚めないせいもあるのだろう。

 カナデが箱から引き出したレースのせいではない。はずだ。

 

「ハナ……目を開けてくれ」


 珍しく、本当に珍しく、シオンが弱ったような声でハナに呼びかける。

 抱きかかえたまま、彼女の髪に頬をよせたとき。


 ハナのまつ毛がふるふると震え、ゆっくりと、瞳をのぞかせた。


 悪役令嬢ハナが、猫耳のない姿で。

 そして何故か――本来の彼女よりも成長した姿で、ついに目を覚ましたのだ。



「凄い光だったけど、ハナは大丈夫?」


 といって彼らのほうへ歩いてこようとした(サディスト)は、瞳孔の開いた男達の魔法でもとの位置まで追い払われた。

 当たればただでは済まない威力の魔法で。

 

「ああ、レース持って何やってんのかと思ったら、着替えるの? 分かった。見張っとく」


 二人ともイカレすぎ。苦情をぶつけてから下がったサクラは、カナデの手元の布を見て納得したようだった。

 己が殺意を抱かれている理由には気が付いていないらしい。

 日頃から殺気を放つ人間が、彼の周りには多いのだろう。


『まぁ、子供でも一応女性だからね』


 彼が思っていたことが知られれば、ハナからも殺意を抱かれるに違いない。


 優秀でクールなお兄様(シオン)の手を借り、たった二分でドレスを纏った彼女は、そんな彼を驚愕させるほど美しかった。


 ほっそりとしたシルエット。肌にぴったりと沿う、品の良いレースのドレス。

 折れそうな腰まで強調された。うっすらと透ける。それでいていやらしさを感じさせない極上のドレスは、華奢で心細げな美少女をどこまでも引き立てていた。


 おそらく彼女のためだけに、職人が一針一針丁寧に刺してつくった衣装なのだろう。

 ここまで美しい女性を飾るドレスなのだから、そのように手配するのは当然だ。

 ハナの姿を見た彼らはもれなく全員がそう考えた。たった今発見した服であると知っていながら。


「…………」


 サクラは無言のまま、絶世の、といってまったく差し支えない彼女を見た。

 一度目を閉じ、もう一度ひらく。幻覚ではないらしい。

 世間の目にふれさせれば様々な問題が起こりそうな、危険な美少女が、ふるふるとふるえるウサギのように心細げに、彼女と同じ髪色の男に支えられ、佇んでいる。

 

「呪いが解けたっていうより……」


 こっちのほうが危ないんじゃない? とは言えなかった。

 瞳孔の開いた男達の殺意が高まりそうだ。


 千代鶴(チヨヅル)ハナはもともと美しい少女だった。

 それは誰もが認めることだろう。

 ただ、人より少し成長が遅いせいで、女性というより幼女という言葉が似合う存在だったのだ。


 それがどうしてこうなってしまったのか。どのみち数年後にはこの姿になっていた、と言ってしまえばそれまでだが。

 突然こうなるのと徐々に成長するのでは、若干意味合いが異なるように思う。


「…………」


 堅物教師は自身の色気を棚に上げ、問題の解決方法を考えた。

 彼女をどこかに隠したほうがいいのではと。


 ほどけかけの緩い巻き髪が、華奢な肩にそっと下ろされている。

 月明かりに照らされた彼女は、本当に輝いているようだった。


 教師である彼にとっては、護るべき大事な生徒でしかない。どのような姿でも変わらず。

 だが美しい女性に目がない危険人物というのは世界中にあふれているのだ。


 しかし悩んでいる時間など、彼らにはなかった。

 扉に一番近いアヤメが、彼らに告げる。

 

「来るぞ」と。



 色気しかない声が響いた十秒後。


 バン! 派手に扉が開かれる。神聖な空気をぶち壊すかのように。


 超レアアイテムが『アタシ』を待ってる! 浮かれた彼女の頭にあるのはそれだけだった。


 驚きで見開かれた瞳。風に靡いた長い髪が、彼女のドレスにサラリとかかる。

 綺麗な形の唇が、微かにわななく。


 なんで――と。


「――なんで……なんでここに……」


 ヒロインの目に、いるはずのない人物が映った。


 彼女の大好きな『超美麗スチル』より、何倍も美しい姿で。

 スズランは震える手で自身の口を押さえた。魂の叫びが漏れ出さぬように。


(なんで千代鶴(チヨヅル)ハナが宝物庫なんかにいるのよ?!)

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