第50話 解呪直前?! 悪役令嬢とヒロイン。二人の関係。迫るヒロインの魔の手。
悪役令嬢御一行がその扉へ近付くと、ガチャ、と妙な音が聞こえた。
猫をかばうかのように先頭を歩く男が視線を向ける。――隙間が空いている。
こちらへどうぞという様相で。
「罠とも考えられるが――」
現在『弱々しい婚約者』を男から護ることに余念がないカナデ様が、奴の気配を探る。が、やはり何も感じられない。あの――野郎がしつこくつきまとっているのか、それとは別の存在の仕業なのか、自動で開く仕組みなのか――。
猫はシオンが護っている。クールな男が側にいるなら彼女が傷つくことはない。
――確かめてみるか。
否、サクラがブレザーを見ている。彼の『弱々しい婚約者』が身を隠すための、シオンの黒いブレザーを。
ドアノブへ伸ばしかけた手を悪漢へ向け魔力を集めた瞬間、にゃーんと声が響く。
「お兄にゃーん。きっとここですにゃーん」
黒い布の中から、愛らしい猫がシュポッと顔を出す。
彼女は真っ白な猫手でにゃーんと開きかけの扉を示した。
悪役令嬢ちゃんは確信していた。隙間から心地好い気配を感じる。
『ハナちゃんこちらですよ』と。
目の前の部屋はなかなか快適そうである。お兄様のブレザーの中とは比ぶべくもないが。
――実のところ彼女は、猫になった当初こそ驚いていたものの、それ以降は特に不自由なく過ごしていた。
お勉強の時間も減り、行きたくなかった学園(中等部)へ送り届けられることもなく、大好きなママのお膝でにゃーんとごろごろし、移動の際はお兄様が抱えてくれる。
睡眠時もクールなお兄様と一緒であれば安心だ。もしも突然大悪党が襲ってきても、ひとりでいるよりは撃退しやすい。
お兄様の親友兼ハナの婚約者(仮)――カナデの部屋でパトロールをしながらお兄様の帰りを待つのも、慣れてしまえば悪くはなかった。自宅の警備をするのと変わらない。
彼女の爪が当たっただけで死にかけるほど弱々しい婚約者を殺してしまわぬよう配慮する必要はあったが。
ついでにいうと、大悪党の襲撃があったら弱々しい婚約者では役に立たないし、猫の猫手では護りきれないのではないかという不安もあったが。
大悪党がにゃーんとお家を乗っ取ろうとしているのですにゃーん。
由々しき事態ですにゃーん。
頼りになるクールなお兄様に奴の企てをにゃーんと伝えてみたものの、そもそもどうやって乗っ取るのか分からないせいで、反応は〝いまいち〟だった。
幼いころに悪党が無理やり聞かせてきた自慢。よく分からない、美しいヒロインとヒーローたちの物語。ひとりだけいるという邪魔者の話。その末路。
――アンタが〝そうなる〟って知ってて黙ってるのってさぁ、後味悪いじゃない? まぁ転生者じゃない悪役令嬢なんて、そうなるために生まれてきたようなもんだけどぉ。
千代鶴ハナは〝悪役令嬢〟で、ヒロインであるスズランの行動をことあるごとに妨害し、そのせいで〝大好きなお兄様〟から蛇蝎の如く嫌われてしまうのだ。と、憎らしい幼女はいった。
そして家ごとどうにかなったり、ハナだけ誰かにどうにかされたり、クールなお兄様の命令で遠くへ飛ばされたり……。
彼女は顎をつんとあげ、目の前のハナを見くだすようにして語った。
だらだらだらだらと。幼児用アニメ一本分くらいの時間を使って。
――世の中の人間は皆、ハナが大嫌いで、ハナが不幸になるその瞬間を心待ちにしているのだと。ハナの不幸を集めるのが、最高に楽しいと。
大悪党からぶつけられた悪意は、彼女の卵豆腐よりもなめらかでやわらかいハートに深い傷をつけた。
お布団のなかでボロボロと、涙をこぼすほどに。
幼い頃には理解できなかった、数々の言葉。
暗記も得意ではない。記憶にすべてを残すことは叶わなかった。
だが、覚えていることもある。
『アタシの世界』『みんなアタシの男』『シオン様最高』『カナデ様も最高』
――彼だけっていうのも意外と――。
『――討伐』『同時攻略』『戦いで傷付いたヒーローを癒す超美少女ヒロイン』
――支配率、魅力、逆ハールート――。
『婚約者からも嫌われる悪役令嬢』『不釣り合い』
『破棄してあたりまえ』――そもそも見た目が幼児――。
――運営の設定ミス。乙女ゲームに幼女は不要――。
『悪役令嬢と仲良くなる系の話ってぜんっぜん好みじゃないんだけどぉ』
――まぁ将来家族になるかもだし? アタシのこと〝お義姉様〟って呼ぶなら〝だんざい〟は保留にしてあげる――。
美しいおひげがにゃーん……と下を向くほど苦しくなる、極悪で難解な大悪党の捨て台詞たち。
邪悪な気を漂わせ、クールなお兄様を狙っている〝自称お義姉様〟
遺跡での戦いで大分強くなったが、奴をにゃーんと宇宙へ吹き飛ばすには力が足りない。体が小さいせいだろう。
一度にゃーんと人間の姿に戻って、もっと凄い悪魔をにゃーんと召喚すべきである。
彼女はクールなお兄様と共に、神聖な気が満ちる部屋へ肉球を踏み入れた。
令嬢らしくお上品に。にゃーんと。
◇
「見つけた……!」
只者ではないヒロインが教会に到着する。スチルより断然輝いてる! と。
きょろきょろとあたりを見回す。
「宝物庫の守護者は? もしかして、ヒロインだけだと出てこないの? ……さすがアタシ。ものすごい歓迎されてるってことよね」
若干の違和感を感じながらも、鍵のかかっていない扉を押し開ける。
――世界の理ってやつかしら。うっかりヒロインが負けたら大変なことになっちゃうし、と。
そして再び走り出す。
只者ではない不審者は、悪役令嬢達のすぐ側まで迫っていた。
◇
「お兄にゃーん。きっとあちらの宝箱ですにゃーん。一番光って見えるのですにゃーん」
「そうか。お前がそういうなら光っているのだろう。俺には見えないが」
「シオン、前から言おうと思っていたが。その甘やかし方はハナの教育に――」




