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第49話 少しずつ変化する、悪役令嬢ちゃんと婚約者様の関係。と、ヒロインによる乙女ゲーム情報。

 霧の広がる夜の森。ざぁ――と一度だけ大きく聞こえた葉擦れの音。

 ぼやけた視界の奥に、幻のような白い建物が見える。

 おかしなことに、『悪魔の居城にぴったりな下り階段』の先にあったのは幻想的な『教会』だった。それも、『聖なる』という修飾語がついてもおかしくない佇まいの。


 城の地下を抜け、更に地下へと移動したはず。一体何故。


 ――と、普通の人間ならば気にするところだ。

 人ならざるものが作った異空間。何が出てきてもおかしくはない。

 最悪閉じ込めようとしてくる可能性も――。


 つい先程まで、『弱々しい猫様はこちらの遺跡にぴったり』としつこく勧誘されていたことも、彼らの警戒心を煽る要因だった。


 が、難しいことも嫌いな悪役令嬢ちゃんがそんなことを気にするはずもない。


「お兄にゃーん」


 愛らしくお上品な鳴き声で、頼りになる兄に願う。

 わたくしは教会へ行きますにゃーん。連れて行ってほしいのですにゃーんと。


 霧のかかる暗い森も、幻想的に光る教会も、自ら肉球を踏み入れるような場所ではない。

 彼女は神秘的な空間も好きではなかった。

 ああいう場所には真面目な話をしそうな人間がいるからだ。

 

「そうか。今のところ何かが出てくる様子はないが、飛び出さないよう注意しなさい」


 クールな男は幼い妹をブレザーの上から撫で、霧のなかをスタスタと移動した。

 

「俺が開ける。シオンはハナを頼む」


 弱々しい婚約者に襲い掛かる(クズ)が飛び出してくるかもしれない。

 

 カナデの頭に『灰色がかったピンク色の髪』『悪漢共に押さえつけられている華奢な手』が浮かぶ。

 時間の経過と共に、殺意が増してゆく。普段滅多に怒りを感じない男にとって、『人生で一番許せない出来事』堂々の一位を飾る大事件だったらしい。

 付け加えると、二位も三位も四位も五位もサクラと大悪魔の所業で占められている。

 ほぼ同列で『大悪魔の補佐役』もランクインしていた。そして当然のように、十位より下も彼らの行いが続く。



 彼の弱々しい婚約者に近付く者すべてを(ほふ)る勢いで、ぐつぐつと怒りをたぎらせる男が扉を押し開いたころ。


 無事、隠し通路を抜けたヒロイン、(ヒヨドリ)スズランは、神聖な空気が漂う森のどこかで悪態をついていた。


「くらっ! しかも何なのこの霧! 髪が広がっちゃう……! ゲームと全然違うじゃない!」


 ゲームではもっと……と記憶を探り、ボイスとスチルを思い浮かべる。


『ははっ。もしかして怖がってる? 大丈夫だよ。俺が灯りをつけてあげる。……ほら、ぜんぜん怖くないでしょ?』


 そう言ってヒロインの顔をのぞきこむ、愛おし気な笑み。甘やかな視線。

 このあと、至近距離の彼に慌てたヒロインが木の根につまずき、『あっぶないなぁ。あれ? 凄いドキドキしてるね』と、美麗な男の力強い腕が彼女を羽のようにふわりと――。

 そして抱きとめたまま、言われてしまうのだ。


『……放して欲しい?』


(きゃー! あまーい! 囁き方がエロかっこいー! 耳が……、耳がしあわせ……!)


 (ちな)みに、幸せそうな彼女(ヒロイン)の頭に記録されている男は、爽やかサディスト胡蝶(コチョウ)サクラ、乙女ゲームVersion(バージョン)である。

 カナデ様が見れば『誰だ貴様』といわれかねない仕上がりだ。幼い妹以外に関心を寄せないシオン様ならクールに一瞥するだけで、一切コメントをしないだろう。

 

 魔法で灯りを出したヒロインが、ふたたび(ハナ)に悪態をつきながら森の中を走り出す。


「あのク――猫さえ、泉にいなければ……! 今頃は! アタシが……!!」 


 

 半ギレ系ヒロインが教会を目指していることなど露知らず、彼らは落ち着いた様子で建物内の探索をはじめていた。

 

「あの補佐役、声がしなくなったな……。どう思う? 御剣(ミツルギ)アヤメ」


 どこかの世界で作られた『乙女ゲーム』に『攻略対象者』として出演させられ、そのうえ性格を別人のように変えられている(とは夢にも思っていない)(サディスト)が、(本人も知らぬところで)同じ目に遭っている(なきぼくろ)に尋ねる。


 なきぼくろだけでも色っぽいアヤメは、緩めたネクタイを直すことも忘れ、無駄に色気あふれまくりの美声で答えた。


「ああいった(たぐい)の人間……悪魔がすぐに諦めるとも思えないが。気配が消せるというのは確かにやっかいだな。『補佐役(あくま)がこの場に居ない』ことを証明するのは非常に難しい。ここへ来る途中で死んだとも思えぬ。彼らの殺気程度で消滅するならあれほどしつこく『弱々しい猫』に言い寄ったりしないはず。万が一、蠟燭から引火した炎で消し炭になったとして、肉体を失ってなお生き続ける部類の悪魔であれば――」


「お兄にゃーん!」


 突然真面目でどうでもいい話をはじめたアヤメに、悪役令嬢が叫ぶ。

『真面目な話をする人間の口をふさいでくれ』と。

 彼の声がずっと聴いていたくなるほど美しく、色気に満ちていたとしても、猫な彼女にはまったく関係がないのだ。


 クールな男が妹を優しく撫でている間に、いくつかの部屋を簡易的に調べていたカナデが戻って来た。弱々しい婚約者の鳴き声を聞きつけ。


「どうしたハナ。何かあったか」と。


 カナデの中の『弱々しい婚約者』の立ち位置が、明確に変わってゆく。

 大悪魔様が無作為に送り付けた『奇跡の衝撃映像』、そのあと見せつけられた『頭の血管が焼き切れる犯行現場』のせいで。


『護るべき猫』から、『一瞬たりとも目が離せぬ、子猫よりも弱々しい人間のご令嬢』へと。

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